最高裁平成10年5月1日刑集52巻4号275頁・刑訴百選【11版】24事件(包括的差押えの可否)
1 はじめに
本判例は、フロッピーディスク等につき内容を確認せずに差し押さえることが許されるとされた事例です。具体的には、フロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる場合において、そのような情報が実際に記録されているかを捜索差押えの現場で確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があるなどの事情の下では、内容を確認せずに上記フロッピーディスク等を差し押さえることが許されるとしました。
2 前提となる知識
⑴ 刑訴法99条1項(同法222条1項本文前段で準用)
裁判所は、必要があるときは、証拠物又は没収すべき物と思料するものを差し押えることができる。ただし、特別の定めのある場合は、この限りでない。
⑵ 刑訴法219条1項
①前条の令状には、被疑者若しくは被告人の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、身体若しくは物、提供させるべき電磁的記録、提供させるべき者及び提供の方法、検証すべき場所若しくは物又は検査すべき身体及び身体の検査に関する条件、有効期間及びその期間経過後は差押え、捜索若しくは検証に着手し、又は電磁的記録提供命令をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。
3 問題の所在(刑訴百選【11版】24事件解説2)
「令状による差押えば被疑事実に関連する証拠の収集・保全を目的とする処分であるから,差押えの対象とする物は.被疑事実との関連性を有する物でなければならない(酒巻匡「令状による捜索・差押え(2) 」法教294 号109頁)。被疑事実と差押え対象物との関連性は.憲法35条が押収について要求する「正当な理由」の一要素であり.刑訴法において差押対象物が「証拠物……と思料するもの」(刑訴222条1 項・99条1項)と規定されているのも,被疑事実との関連性が要求されることに対応したものである(川出・平成10年度重要判例解説181 頁参照)。差押え対象物が紙の文書や帳簿類である場合は,捜査官が捜索の現場でその内容を確認して関連性の有無を判断できる場合が多いと考えられるが,電磁的記録媒体については,そのままでは可視性,可読性がなく,内容確認のためには,適切な装置を用い,あるいは被処分者の協力を得るなどして,記録内容を読み出す必要がある。しかし,適切な装置が確保されない場合,被処分者の協力を得ることが困難または不相当である場合(罪証隠滅のおそれがある場合など),大量の情報が記録されており精査分析に長時間を要する場合など,捜索の現場での内容確認が不可能または不相当であることが多くある。そこで,捜索の現場で個々の電磁的記録媒体の内容確認をしないまま現場に存在する電磁的記録媒体を一括して差し押さえて持ち出し,捜査機関の施設等で内容確認をする(それにより関連性がないと判明したものは還付する)という差押え方法をとることが許されるかどうかが、本決定で扱われた問題である。」(※一部加筆しています。)
4 判旨
https://www.courts.go.jp/hanrei/50009/detail2/index.html
「本件抗告の趣意は、憲法違反をいうが、実質は単なる法令違反の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、職権により判断する。
本件は、自動車登録ファイルに自動車の使用の本拠地について不実の記録をさせ、これを備え付けさせたという電磁的公正証書原本不実記録、同供用被疑事実に関して発付された捜索差押許可状に基づき、司法警察職員が申立人からパソコン一台、フロッピーディスク合計108枚等を差し押さえた処分等の取消しが求められている事案である。原決定の認定及び記録によれば、右許可状には、差し押さえるべき物を「組織的犯行であることを明らかにするための磁気記録テープ、光磁気ディスク、フロッピーディスク、パソコン一式」等とする旨の記載があるところ、差し押さえられたパソコン、フロッピーディスク等は、本件の組織的背景及び組織的関与を裏付ける情報が記録されている蓋然性が高いと認められた上、申立人らが記録された情報を瞬時に消去するコンピュータソフトを開発しているとの情報もあったことから、捜索差押えの現場で内容を確認することなく差し押さえられたものである。
令状により差し押さえようとするパソコン、フロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる場合において、そのような情報が実際に記録されているかをその場で確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があるときは、内容を確認することなしに右パソコン、フロッピーディスク等を差し押さえることが許されるものと解される。したがって、前記のような事実関係の認められる本件において、差押え処分を是認した原決定は正当である。
よって、刑訴法434条、426条1項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」
5 解説
本判例の評釈である判例タイムズ976号146頁を引用します。
「埼玉県警察は、オウム真理教のいわゆる越谷アジトで使用されている普通貨物自動車につき、その使用の本拠地について虚偽の申請をし、自動車登録ファイルに不実の記録をさせ、これを備え付けさせたという電磁的公正証書原本不実記録、同供用の嫌疑を抱き、捜索揚所を同アジトの建物等とし、差し押さえるべき物を組織的犯行であることを明らかにするための磁気記録テープ、光磁気ディスク、フロッピーディスク(以下、FDと略称する。)、パソコン1式等や、本件に関係のある自動車の登録に関する書類等とする捜索差押許可状の発付を求め、発付された同許可状に基づき、パソコン1台、FD合計108枚等を差し押さえた。
なお、警察は、オウム真理教において、コンピュータを起動させる際にそこに記録されている情報を瞬時に消去するソフトが開発されているとの情報を得ていたため、本件捜索差押えの現場でFD等の内容を確認することなく、それらを包括的に差し押さえた。
申立人は、それらの差押え処分の取消しを求めて、準抗告を申し立てたが、原審の浦和地裁は、捜査目的を達するため、被疑事実についての情報等が記録、保存されでいる蓋然性が高いと認められる磁気記録媒体それ自体を差し押さえることに違法な点はなく、また、差し押さえられた物の中に本件の組織的背景や組織的関与を裏付ける情報等が記録されている蓋然性が高く、捜索差押許可状記載の差し押さえるべき物にも該当するなどとして、準抗告を棄却した。
申立人は、特別抗告を申し立て、「FD等の磁気記録媒体を差押え目的物とすることは、一般探索的な捜索差押えを容認するものであり、また、差し押さえられたFDの中には何も記録されていないものもあるから、申立人らの任意の協力の申し出を聞き入れずに無差別的に差し押さえたことは、憲法35条に違反する。」などと主張した。 本決定は、抗告趣意は不適法な主張であるとしたが、職権で、本件の事実経過等を指摘した上、FD等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる場合において、そのような情報が実際に記録されているかを捜索差押えの現場で確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があるなどの事情があるときは、内容を確認せずに右FD等を差し押さえることが許される旨の判断を示し、原決定を是認した。
コンピュータシステムの飛躍的な発展・普及により、従来は文書という形式で記録されていた情報がパソコンのハードディスクやFD等の中に記録される場合が多くなってきている。
そのため、事件に関連する情報を記録したFD等を差し押さえる必要が生じる場合がある。
ところが、FD等は大量の情報を容れることができる上、文書類のようには可視性・可読性がなく、情報の処理・加工等が容易で罪証隠滅のおそれも高いことなどから、文書類の差押えとは異なる種々の問題が生じてくる。
本件の論点に限っても、文書類であれば、捜査官が捜索差押えの現場で内容を確認することができるから、被疑事実との関連性をその場で判断することができるが、FD等の場合には、貼られたラベル(それが真実の記載であるとき)等の外部的事情のみで関連性を判断できるときを除くと、その内容を確認しなければ、被疑事実との関連性を判断することが困難である。
内容を確認するには、ディスプレイに表示するか、プリントアウトすることになり、それらも捜索差押えのための必要な処分(刑訴法222条1項の準用する111条1項による)として許されるが、処分を受ける者が任意に協力しない場合や、捜査官らがその揚で確認しようとしたのでは情報を消去される危険がある場合などでは、それも期待できないから、一定の場合には、内容を確認せずに差し押さえることを許容し、速やかに内容を確認させて不要な物を還付させる(刑訴法222条1項の準用する123条1項による)という取扱いを是認せざるを得ないものと思われる。
本決定は、FD等の中に①被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められることを前提として、②その場で実際に記録されているか確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があるような場合には、内容を確認せずに差し押さえることが許されると判断したものである(※①②は筆者が付した)。
本決定は、あくまでも内容を確認せずに差し押さえることが許される一例を示した事例判例に過ぎないが、このような論点に関する裁判例としては、大阪高判平3・11・6本誌796号264頁が見当たるだけである。
この判決は、中核派の活動拠点を捜索し、FDの内容が被疑事実と関連するか否かを確認することなく、その場にあった全部のFDを差し押さえた事案であり、「その場に存在するFDの一部に被疑事実に関連する記載が含まれていると疑うに足りる合理的な理由があり、かつ、捜索差押えの現揚で被疑事実との関連性がないものを選別することが容易でなく、選別に長時間を費やす間に、被押収者側から罪証隠滅される虞れがあるようなときには、全部のFDを包括的に差し押さえることもやむを得ない措置として許容される」として、包括的な差押えを適法としている。
本件のような事情が存在する場合であれば内容を確認せずに差し押さえることが許されることには、あまり異論はないところと思われるが、他にどのような場合に許されるかについては、今後の問題として残されている。
なお、本決定の論点に関する参考文献としては、井上弘通「フロッピーディスクに入力された情報の収集と令状の発付」増補令状基本問題(下)331頁、的場純男「コンピュータ犯罪と捜査」刑訴法の争点(新版)94頁、原田國男「コンピュータ、クレジット・カード等を利用した犯罪」現代刑罰法大系2巻223頁、安冨潔「刑事手続とコンピュータ犯罪」151頁、廣畑史朗「コンピュータ犯罪と捜索、差押え」警察学論集41巻3号65頁等がある。
また、同様の論点を含む参考となる裁判例として、押収した未現像フィルムの現像が必要な処分として許されるとした東京高判昭45・10・21高刑23巻4号749頁がある。」
本判例は、必要な処分として許されるとしたものではないことに注意が必要です。すなわち、「被疑事実と関連する情報が記録されている蓋然性があることを前提に,内容確認の困難さ等を考慮して.内容確認なくして電磁的記録媒体の差押えを認める見解」(刑訴百選【11版】24事件解説3はこの見解を「差押え許容説」と呼称しています。)に立っています。

