名古屋高裁金沢支部平成20年6月5日判例タイムズ1275号342頁・刑訴百選【11版】57事件(公判前整理手続後の証拠調べ請求の可否・弾劾証拠の場合)

1 はじめに

 本裁判例は、刑訴法316条の32第1項の「やむを得ない事由」について,同法328条による弾劾証拠の取調請求には,「やむを得ない事由」があるとした上,原審裁判所が,弁護人のした同条による請求をすべて却下したことが違法であると判断した事例判決です。

2 前提となる知識

⑴条文
・刑訴法316条の32
①公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件については、検察官及び被告人又は弁護人は、第298条第1項の規定にかかわらず、やむを得ない事由によつて公判前整理手続又は期日間整理手続において請求することができなかつたものを除き、当該公判前整理手続又は期日間整理手続が終わつた後には、証拠調べを請求することができない。
②前項の規定は、裁判所が、必要と認めるときに、職権で証拠調べをすることを妨げるものではない。
・刑訴法328条
第321条乃至第324条の規定により証拠とすることができない書面又は供述であつても、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うためには、これを証拠とすることができる。
⑵判例
最高裁平成18年11月7日刑集60巻9号561頁・刑訴百選【11】85事件
刑訴法328条により許容される証拠は,信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が,同人の供述書,供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る。),同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られる

3 問題の所在(判例タイムズ1275号342頁)

 「刑訴法316条の32第1項は,公判前整理手続等を経た事件については,やむを得ない事由によって公判前整理手続等において請求することができなかったものを除き,証拠調べ請求ができないと規定している。……
 原判決は,判決文中には刑訴法316条の32を理由付けに用いていないが,原審裁判所は,その証拠決定において,同条のやむを得ない事由が認められないとした。
 本判決は,証人尋問終了以前に刑訴法328条の請求を要求することは相当ではないとして,上記のとおり「やむを得ない事由」があるものと判断し,その一方,公判前整理手続等を実施した事件における刑訴法328条の請求の採否に当たっては,「必要性」について厳格な吟味を要するものとした
 そして,刑訴法328条に関する最三小判平18.11.7刑集60巻9号561頁,判タ1228号137頁が,「刑訴法328条は,公判準備又は公判期日における被告人,証人その他の者の供述が,別の機会にしたその者の供述と矛盾する場合に,矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより,公判準備又は公判期日におけるその者の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨のものであ」るとしていると述べた上,「必要性」について,検討すベき要素を示し,結局,本件において,すべてを却下した原審の措置は違法であると判断した。」

4 判旨

 「論旨は,要するに,原審裁判所が,前記弾劾証拠請求についてこれを却下し,また,刑事訴訟法316条の32第2項に基づく職権証拠調べも行わなかったことは,同法316条の32第1項所定の「やむを得ない事由」及び同条2項の解釈を誤った訴訟手続の法令違反があり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。
 1 そこで,原審記録を調査し,これに当審における事実取調べの結果を加えて検討する。原判決は,弾劾証拠の取調請求を却下したことに関し,「弁護人は,公判前整理手続において類型証拠の開示請求により得た甲野及び乙山の各捜査段階の供述調書に基づいて,証人尋問で十分尋問しており(供述内容の変遷について,検察官も特段争っていない。),この証拠をさらに弾劾証拠として取り調べる必要性はもはやないことは明らかである。」との理由を説示しているが,原審第7回公判調書に引用された証拠等関係カードによれば,原審裁判所は,弾劾証拠請求を却下した理由として,「審理経過に照らすと,本件においては弁護人らが甲野及び乙山の各証言を弾劾する機会は十分にあったというべきであり,このような場合に,当然のごとく証人尋問終了後に証人の捜査段階での供述調書を弾劾証拠として請求してこれを取り調べることは,充実した公判審理を継続的,計画的かつ迅速に行うという公判前整理手続が設けられた趣旨(刑事訴訟法316条の2第1項)に反するものというべきであり,刑事訴訟法316条の32第1項の「やむを得ない事由」があるということはできない。したがって,弁護人らの各証拠調請求は,いずれも必要性もないので,却下を免れない。」と述べていることが認められる。そうすると,原審裁判所は,前記弾劾証拠請求について,① 「取調べの必要性もない。」との判断をするとともに,② 同法316条の32第1項の「やむを得ない事由」があるということはできないとの判断をしていることが認められる。
 2 まず,上記②の判断の当否について検討すると,所論がいうように,同法328条による弾劾証拠は,条文上「公判準備又は公判期日における被告人,証人その他の者の供述の証明力を争うため」のものとされているから,証人尋問が終了しておらず,弾劾の対象となる公判供述が存在しない段階においては,同条の要件該当性を判断することはできないのであって,証人尋問終了以前の取調請求を当事者に要求することは相当ではない
 そうすると,同条による弾劾証拠の取調請求については,同法316条の32第1項の「やむを得ない事由」があるものと解すベきであって,原審裁判所がその証拠決定において,「やむを得ない事由があるということはできない。」としたことは,法律の解釈を誤ったものというべきである。
 3 次に上記①の判断の当否について検討する。同法328条は,公判準備又は公判期日における被告人,証人その他の者の供述が,別の機会にしたその者の供述と矛盾する場合に,矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより,公判準備又は公判期日におけるその者の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨のものである(最高裁平成18年11月7日第三小法廷判決・刑集60巻9号561頁参照)から,同条による弾劾証拠請求を採用するに当たっては,別の機会にした供述が公判準備又は公判期日の供述と矛盾するものであるとの要件が認定されることが必要である。
 そして,公判前整理手続を実施した事件における弾劾証拠の採否に当たっては,同法316条の2第1項に規定する「充実した公判の審理を継続的,計画的かつ迅速に行う」ことの要請から,証拠としての「必要性」についても厳格な吟味を要するものといえる。
 4 そこで,同法328条の証拠請求の採否に関する判断要素について検討すると,① その供述者の立場(被害者,共犯者,第三者等,被告人),② その弾劾の対象となる供述者のした供述の重要性(犯罪事実の存否の認定に不可欠か否か),③ 弾劾の対象が供述者の供述全体の信用性にかかわるものか,供述中の特定の事項の信用性にかかわるものか,④ 公判準備又は公判期日における供述と,別の機会にした供述の矛盾の程度(明白に異なるか,意味合いの違いにとどまるか),⑤ 別の機会にした供述が複数あって,それらの相互の間にも矛盾がある場合などにおいては,その供述のなされた時期,変遷経緯,⑥ その公判期日等において,供述者の別の機会にした供述とのくい違いに関し,十分な尋問がなされているか否か,⑦ 供述者が,別の機会にした供述とのくい違いについて,十分な説明をしたか否か,等の諸点について,考慮することになる。
 5 弁護人や検察官が,供述者に対して,自己矛盾の供述について十分な尋問をしていない場合に,同法328条の弾劾証拠請求を許容することは,いたずらに,供述者の供述の信用性の判断を難解にすることにもなりかねないから,原則的には,公判期日等における反対尋問や補充尋問が十分になされることなく請求された場合には,それを許容すべきでないと考えるが,一方,弁護人としては,供述者に事前尋問をするために当該弁護人の事務所等に呼び出す権限が与えられているわけではないから,事前の準備にも一定の限度があり,公判期日等の審理の際に十分な反対尋問等ができないことも考慮すべきであって,公判期日等における反対尋問等がなされていないことのみで,弾劾証拠をすべて排斥するのは相当とはいい難い。
 なお,そのための審理の方式について検討すると,充実した公判審理を行う観点からは,自己矛盾供述に関しても,公判供述のみで十分に判断できるような審理が望ましく,そのためには,証人尋問請求者に,詳細な尋問事項書の提出を求めて審理の充実を図ることなどが考えられる。
 さらに,公判期日等において,捜査段階の供述調書に基づき公判供述の信用性に関して尋問がされた場合においても,その供述調書の取調べが全く不要になるとはいい難い。刑事訴訟規則199条の3第4項が,「誘導尋問をするについては,書面の朗読その他証人の供述に不当な影響を及ぼすおそれのある方法を避けるように注意しなければならない。」としているので,尋問の当初は,その供述調書の要点を供述者に述べて尋問するであろうところ,供述調書自体を同法328条によって採用されないとなれば,供述調書の内容を詳細に読み聞かせた上での尋問を行わなければならないことになり,かえって迅速な審理を妨げることにもなりかねない。また,証人尋問等において供述者の自己矛盾の供述が明らかとなった場合と,その点について具体的な供述が記載されている供述調書自体を取り調べる場合とでは,供述者の供述の信用性の判断に及ぼす影響が異なる場合もあると考えられることからすると,証人尋問等で十分な反対尋問がなされているからといって,必ずしも弾劾証拠の取調べの必要性がなくなるものではない。
 6 これらの諸事情を総合勘案した上で,原審裁判所の同法328条の証拠請求に対する採否について検討すると,甲野の供述調書(当審弁2号証)は,甲野が,本件に関して,当初被告人から指示された内容について,公判においては,甲野が,「片町の交差点において,被告人から,大和太郎の運転するベンツの後を追って家を確認してくれと言われた。」との供述をしているが,捜査段階の初期においては,甲野が,「被告人から,地図が書いてある紙を手渡され,この家の近くに,ワインレッドのベンツが停めてある場所とかを調べて来いと言われた。」との内容となっているところ,この供述部分は,本件の事実認定に関して重要な事項に当たる上,その矛盾も明らかであって,弁護人が,これを同法328条の証拠として請求する以上,供述調書の当該部分については,これを証拠採用した上,最終的な評議において,慎重に供述の信用性を判断する際に用いるベきものといえる。
 同様に,実行犯の首謀者たる丙川三男(以下「丙川」という。)と被告人がどのような知り合いであるかの点について,甲野の公判供述は,中国の大連において,甲野を介して丙川と被告人が知り合ったというものであるのに対し,甲野の捜査段階の供述調書(当審弁3号証)には,「丙川が,甲野と被告人が泊まっていたホテルに現れ,被告人と丙川が個人的に付き合っているのが判った。」と記載されているのであって,丙川と被告人との交際関係に関する事項について,明らかに矛盾する供述をしているのであるから,この点についても,証拠採用をすべきといえる。
 次に,乙山の供述について検討すると,乙山の公判供述は,平成14年10月1日,乙山と中国人2名を被告人が自動車で案内し,パチンコ店経営者の自宅を見に行った際,被告人から大和方には間違いなく2000万円近く現金が置いてあると聞いたとか,同行していた中国人が,縛り上げるのは得意であるなどと話していたというものであるところ,捜査段階の供述調書(当審弁15号証)には,「被告人が昨日はどうだったか聞いてきた。……被告人に2時ころまで待ったが出かけなかったので,やめたというと,被告人はしょうがないなというようなことを言った。これを聞いて,被告人が甲野に,強盗に入れる家として大和方を教えていたのではないかと思いました。」と記載があり,被告人が大和方の事情を話したことや,中国人が縛り上げるのは得意であるなどとの話は出ていない。この部分についても,自己矛盾の供述として証拠採用の上,公判供述の信用性を検討すべきであるといえる。
 結局,原審裁判所の同法328条の証拠決定は,以上のような重要事項に関する明らかな自己矛盾供述をも採用しなかった点において,その裁量権を逸脱した違法があるといわざるを得ない。
 7 なお,同法328条の証拠採用の方式について検討すると,捜査段階の供述調書が請求された場合においては,裁判所において,その提示を求めて,内容を確認することになるであろうが,その場合に念頭に置くべきことは,それによって証拠採用したものが,最終的な裁判の評議において,証人の信用性を検討するために用いられることであり,その証拠採用に当たっては,充実した評議に資するように配慮する必要がある。すなわち,矛盾供述といえない部分まで広範囲に採用することによって評議に要する時間を無駄に増やすことがないようにすべきである反面,矛盾供述の意味合いを理解できない程に限定した採用も,評議を困難にさせることを考慮する必要がある。また,供述者が,捜査段階において,当初に述べた事実を虚偽であるとして,後に異なる事実を述べ,公判期日等の段階においては,捜査段階の後に述べたのと同様な供述をしている場合には,当初に述べた自己矛盾の供述が記載された供述調書とともに,この矛盾のある事項に関して,後に異なる事実を述べた供述調書も採用した方が,公判期日等の供述の信用性を適切に判断できると思われる。」

5 解説(判例タイムズ1275号342頁)

 「1 本判決は,原審裁判所が,検察官請求証人の証言の信用性に関し,弁護人のした刑訴法328条に基づく弾劾証拠の取調請求について,これをすべて却下したことは違法であると判断したものである。
 本件事案は,中国人2名を含む5名の強盗団が,資産家方において,高額の金品を強取し,傷害を負わせるという強盗致傷の犯行に及んだ際,被告人が,Aと共謀し,強盗団の首領に対して,資産家方に常時多額の金品が保管されていることや,資産家の家族構成などを教示するとともに,Aにおいて,資産家方に強盗団を案内し,強盗致傷の犯行を容易にして幇助したという強盗致傷幇助の事案である。
 原審では,公判前整理手続を経た上で審理され,幇助の共犯者Aは,被告人の指示で,強盗団を資産家方に案内したもので,資産家の家族構成などは被告人が強盗団の首領に話していた旨証言し,強盗団の一員であるBも,これを一部分裏付ける証言をした。
 これに対し,弁護人らは,A及びBの捜査段階の各供述調書を刑訴法328条により弾劾証拠として取調請求したが,原審は,これをすべて却下し,Aの証言の信用性を認めて,被告人を有罪とし,懲役4年6月に処した。
 2 控訴審において,弁護人らは,事実誤認の主張とともに,原審が刑訴法328条の弾劾証拠請求を却下したことは訴訟手続の法令違反に該当すると主張した。
 本判決は,訴訟手続の法令違反の主張に対し,刑訴法328条の請求には,同法316条の32第1項の「やむを得ない事由」があるものと認め,弁護人の請求をすべて却下したことは違法であるとしたものの,判決に影響を及ぼさないと判断した。
 3 刑訴法316条の32第1項について
 刑訴法316条の32第1項は,公判前整理手続等を経た事件については,やむを得ない事由によって公判前整理手続等において請求することができなかったものを除き,証拠調べ請求ができないと規定している。この規定の趣旨については,辻裕教「刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成16年法律第62号)について(2)」曹時57巻8号111頁以下に詳しい。
 原判決は,判決文中には刑訴法316条の32を理由付けに用いていないが,原審裁判所は,その証拠決定において,同条のやむを得ない事由が認められないとした。
 本判決は,証人尋問終了以前に刑訴法328条の請求を要求することは相当ではないとして,上記のとおり「やむを得ない事由」があるものと判断し,その一方,公判前整理手続等を実施した事件における刑訴法328条の請求の採否に当たっては,「必要性」について厳格な吟味を要するものとした
 そして,刑訴法328条に関する最三小判平18.11.7刑集60巻9号561頁,判タ1228号137頁が,「刑訴法328条は,公判準備又は公判期日における被告人,証人その他の者の供述が,別の機会にしたその者の供述と矛盾する場合に,矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより,公判準備又は公判期日におけるその者の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨のものであ」るとしていると述べた上,「必要性」について,検討すベき要素を示し,結局,本件において,すべてを却下した原審の措置は違法であると判断した
 4 従来は,請求された調書は,矛盾する部分のみならず,調書全体を採用する傾向にあったと思われるが,今後,裁判員裁判が実施されるようになれば,公判中心主義の実現のため,矛盾部分に限定した採用が原則的になるのではないだろうか。ちなみに,本件において,弁護人の請求したAの捜査段階の供述調書9通(合計83丁),Bの捜査段階の供述調書7通(合計107丁)のうち,控訴審が採用したのは,Aについて,8通の各一部分合計14丁,Bについて4通の各一部分合計8丁である。
 本判決は,公判前整理手続等を経た事件における刑訴法328条による弾劾証拠の取調請求の採否を判断する方法について,示唆するところがあると思われる。」