最高裁平成25年3月18日刑集67巻3号325頁・刑訴百選【11版】A23事件(刑訴法316条の17と自己に不利益な供述の強要)
1 はじめに
本判例は、刑訴法316条の17は,自己に不利益な供述を強要するものとはいえないとした判例です。
2 前提となる知識
⑴憲法38条1項
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
⑵刑訴法316条の17
①被告人又は弁護人は、第316条の13第1項の書面の送付を受け、かつ、第316条の14第1項並びに第316条の15第1項及び第2項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けた場合において、その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。 この場合においては、第316条の13第1項後段の規定を準用する。
②被告人又は弁護人は、前項の証明予定事実があるときは、これを証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならない。 この場合においては、第316条の13第3項の規定を準用する。
③裁判所は、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴いた上で、第1項の主張を明らかにすべき期限及び前項の請求の期限を定めることができる。
3 問題の所在(判例タイムズ1389号114頁)
「立案担当者の解説(辻裕教「刑事訴訟法等の一部を改正する法律〔平成16年法律第62号〕について(2)」曹時57巻8号73頁)では,刑訴法316条の17第1項の主張明示義務と同法311条1項の黙秘権との関係について,「本項(注:刑訴法316条の17第1項)は,公判期日においてする予定の主張がある場合に限って,その予定している主張を,時期を前倒しして公判前整理手続において明らかにするよう,被告人又は弁護人に義務付けているにすぎない。すなわち,本項は,被告人に不利なことを自認することを義務付けるものでないことはもとより,そもそも,公判期日においてその主張をするかどうかも被告人自らの判断によるものであって,当該主張をすること自体を強要するものでもない。換言すれば,被告人が公判期日において黙秘する予定である場合にまで何らかの主張を明示することを義務付けているわけではなく,公判前整理手続において黙秘することも許される。したがって,本項は,311条1項に抵触するものではない」とされている。」
4 判旨
「1 被告人らの弁護人和久田修,同遠藤憲一の上告趣意のうち,公判前整理手続に関して憲法38条1項違反をいう主張について
所論は,公判前整理手続において被告人に対し主張明示義務及び証拠調べ請求義務を定めている刑訴法316条の17が,憲法38条1項に違反する旨主張する。
公判前整理手続は,充実した公判審理を継続的,計画的かつ迅速に行うために,事件の争点及び証拠を整理する公判準備であるところ,公判前整理手続において十分に争点及び証拠を整理するためには,検察官の主張に対する反論として,被告人側の主張やその取調べ請求証拠が明らかにされなければならないことから,刑訴法316条の17は,被告人又は弁護人に対し,検察官の証明予定事実を記載した書面の送付を受け,かつ,同法316条の14,316条の15第1項の各規定による証拠開示を受けた場合に,公判期日においてすることを予定している主張があるときには,これを明らかにするとともに,その証明に用いる証拠の取調べを請求することを義務付けている。
このように,同法316条の17は,被告人又は弁護人において,公判期日においてする予定の主張がある場合に限り,公判期日に先立って,その主張を公判前整理手続で明らかにするとともに,証拠の取調べを請求するよう義務付けるものであって,被告人に対し自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について認めるように義務付けるものではなく,また,公判期日において主張をするかどうかも被告人の判断に委ねられているのであって,主張をすること自体を強要するものでもない。
そうすると,同法316条の17は,自己に不利益な供述を強要するものとはいえないから,憲法38条1項違反をいう所論は前提を欠き,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
2 同上告趣意のその余の主張について
同上告趣意のその余の主張のうち,公判前整理手続が裁判公開の原則に違反するとして憲法82条,37条1項違反をいう点については,公判前整理手続のような公判準備の手続が憲法82条にいう「裁判の対審及び判決」に当たらないことは,当裁判所の判例(最高裁昭和23……年11月8日大法廷決定・刑集2巻12号1498頁)の趣旨に徴して明らかであり,憲法31条違反をいう点については,公判前整理手続は立証責任を被告人に負わせるものでないことは明らかであるから,いずれも前提を欠き,憲法14条違反をいう点については,原審で何ら主張,判断を経ていない事項に関する主張であり,判例違反をいう点は,原判決の認定に沿わない事実関係を前提とするものであるか,あるいは,所論引用の判例が所論の主張するような趣旨を示したものではないから前提を欠き,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
3 よって,同法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。」
5 解説(判例タイムズ1389号114頁)
「1 本件は,革労協関係者である被告人らが,福岡地裁で開かれた別件公判の傍聴券交付,警備等の業務を妨害したという威力業務妨害と,地裁所長から庁舎敷地外への退去命令を受けたのに退去しなかったという建造物不退去の事案において,第1審裁判所が事件を公判前整理手続に付したところ,公判前整理手続において被告人に主張明示義務及び証拠調べ請求義務を課している刑訴法316条の17が,「何人も,自己に不利益な供述を強要されない」と定める憲法38条1項に違反する旨主張された上告事件についての最高裁決定である。
2(1) 周知のとおり,刑訴法316条の17を含む公判前整理手続は,平成16年法律第62号の刑事訴訟法等の一部を改正する法律で創設され,平成17年11月1日から施行されたものであるところ,立法段階である司法制度改革推進本部における裁判員制度・刑事検討会において,被告人に主張明示義務を課すことと憲法38条1項の自己負罪拒否特権(及び刑訴法311条1項の黙秘権)との関係について,主張明示義務の主体に被告人を加えるべきかとの観点から議論されている。
憲法上の自己負罪拒否特権や黙秘権との関係には諸説があり,慎重な制度設計が望ましいなどという意見や,(刑訴法の黙秘権は憲法による保障を一歩広げているとの理解を前提にしつつ)被告人に主張明示義務を課するのは,刑訴法上の黙秘権との関係で問題があるなどという意見があったものの,「憲法が保障する自己負罪拒否特権の関係では,主張明示の義務付け自体については,主張する時期を公判期日から公判前の段階へと前倒しにするというだけであり,被告人にとっては,具体的な防御上の主張をするかどうかを決断する際に一定の心理的プレッシャーはあるが,そのプレッシャーは憲法が禁じている「強要」ではないと考えられる」,「刑訴法311条1項の黙秘権についても,言いたいことがあれば早めに言って下さいという制度は,その趣旨に反しない」(第20回,第26回酒巻匡委員発言)などという意見が出て,最終的には,被告人に主張明示義務を課すことについて,「検察官が公判で証明しようとする事実とその証明に用いる証拠が被告人側に示された上で,被告人側として自らの判断により公判で明らかにしようとする主張を,時期を前倒しして,あらかじめ準備手続で明らかにしてもらうよう求めるだけのもので,自己に不利益なことを認めるよう求めるものでないばかりか,そもそも当の主張をするということ自体を強要するものではないので,憲法上の自己負罪拒否特権には抵触せず,刑訴法上の黙秘権の趣旨にも反しない」との見解(井上正仁「『考えられる刑事裁判の充実・迅速化のための方策の概要について』の説明」6頁)で,おおむね議論がまとまった。
そして,立案担当者の解説(辻裕教「刑事訴訟法等の一部を改正する法律〔平成16年法律第62号〕について(2)」曹時57巻8号73頁)では,刑訴法316条の17第1項の主張明示義務と同法311条1項の黙秘権との関係について,「本項(注:刑訴法316条の17第1項)は,公判期日においてする予定の主張がある場合に限って,その予定している主張を,時期を前倒しして公判前整理手続において明らかにするよう,被告人又は弁護人に義務付けているにすぎない。すなわち,本項は,被告人に不利なことを自認することを義務付けるものでないことはもとより,そもそも,公判期日においてその主張をするかどうかも被告人自らの判断によるものであって,当該主張をすること自体を強要するものでもない。換言すれば,被告人が公判期日において黙秘する予定である場合にまで何らかの主張を明示することを義務付けているわけではなく,公判前整理手続において黙秘することも許される。したがって,本項は,311条1項に抵触するものではない」とされている。
(2) 一方,被告人の主張明示義務等と憲法38条1項との関係について判断を示した最高裁判例はこれまでになく,高裁判例としては,東京高判平23.3.18(公刊物未登載)があり,検討会の議論や立案担当者の上記見解を踏まえて,刑訴法316条の17第1項は,被告人又は弁護人が公判期日においてする予定主張がある場合に,その予定主張を,時期を前倒しして公判前整理手続で明らかにすることを義務付けているにすぎず,被告人が公判期日で黙秘する予定である場合にまで何らかの主張を明示することを義務付けているものではなく,同条2項も,前項の証明予定事実がある場合に,それを証明するために用いる証拠の取調べ請求を義務付けているにすぎない,などと説示して憲法38条1項違反の主張を排斥しているところである。
学説についてみると,刑訴法311条1項の黙秘権が憲法38条1項によって直接保障されているとの立場を前提に,憲法上保障されている黙秘権は,何時いかなる段階で自己の主張を述べるかを含めて保障しているから,合憲限定解釈をしない限り主張明示義務は黙秘権の侵害になる(小坂井久「主張明示義務と黙秘権」刑弁41号77頁以下),後の公判で供述する予定の内容でも,公判前整理手続において供述しかなったことを後の公判における証拠制限と結びつける形で公判前に行うように義務付けることは,被告人側の立場に立てば「今まさに供述を強要されている」ことになり,黙秘権等の間に深刻な問題を生じさせる(渕野貴生「裁判員制度と刑事手続改革」法時76巻10号34頁等),といった憲法違反の疑いを指摘する見解が一部にある。
その一方で,有力な学説は,前記検討会の最終的な意見と同様の見解に立っている。すなわち,刑訴法311条1項の黙秘権は,憲法38条1項によって直接保障されているものではないとの立場を前提にしつつ,準備手続で検察官の主張する事実を争うか否かを明らかにするよう義務付けることは,自己が刑事責任を問われるおそれのある特定の事項について,それを認めることを義務付けられているわけではないから,仮に被告人が準備手続である事実を争わないということを明らかにし,そのことが結果的に,後の公判で被告人の刑事責任を基礎付ける証拠になったとしても,被告人自身の決断によるものにすぎず,不利益供述の「強要」とはいえない,また,例えば,公判で,当初は構成要件該当事実を否認していたが,検察官立証によってそれが難しくなった場合,その主張を維持するか,構成要件該当事実を認めた上で正当防衛を主張するかの決断を迫られる状況になる,その意味で,第1回公判期日前に主張を明らかにするよう義務付けることは,被告人が主張の選択を迫られる時期を前倒しにしたにすぎないから,自己負罪拒否特権の侵害を導くような性質のものではない(川出敏裕「新たな準備手続の創設」現刑43号48頁),被告人側の主張や反証は,公判審理終了までのいずれかの時点で,その内容が明らかにされる必要があり,この場合に,被告人側が,主張や反証を行うか否かを決断しその内容を明らかにすることは,自らの判断に基づく選択にほかならず,一定の時期までに決断を迫られることに伴う心理的負担はあるにせよ,強要されたものとはいえないから,主張や反証があれば準備手続において明らかにするよう義務付ける制度を設けても強要とはいえない(大澤裕「『新たな準備手続』と証拠開示」刑法43巻3号68頁)などとしており,公判前整理手続における主張明示義務等は,その主張の選択を迫られる時期を前倒しにしたにすぎないから,憲法38条1項にいう自己に不利益な供述の強要には当たらないとの見解を採っているところである。
3 以上のような状況において,本決定は,刑訴法「316条の17は,被告人又は弁護人において,公判期日においてする予定の主張がある場合に限り,公判期日に先立って,その主張を公判前整理手続で明らかにするとともに,証拠の取調べを請求するよう義務付けるものであって,被告人に対し自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について認めるように義務付けるものではなく,また,公判期日において主張をするかどうかも被告人の判断に委ねられているのであって,主張すること自体を強要するものでもない」として,「自己に不利益な供述を強要するものとはいえないから,憲法38条1項違反をいう所論は前提を欠(く)」と判示した。
これは,上記検討会の最終的な意見や有力説と同様の見地から,公判前整理手続における被告人に対する主張明示義務等が,憲法38条1項にいう自己に不利益な供述を強要するものとはいえない,としたものと思われる。
4 本決定は,立法段階から議論になり,一部に憲法との抵触を指摘する見解もあった論点に関し,初めて最高裁が判断を示したもので,重要な意義を有するものであると思われる。」

