最高裁平成19年10月16日刑集61巻7号677頁・刑訴百選【11版】58事件(証明の程度)

1 はじめに

 本判例は、①有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」の意義、②有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」の意義は,直接証拠によって事実認定をすべき場合と情況証拠によって事実認定をすべき場合とで異なるかについて判断したものです。

2 前提となる知識

刑訴法317条
事実の認定は、証拠による。
刑訴法318条
証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。
刑訴法333条1項
被告事件について犯罪の証明があつたときは、第334条の場合を除いては、判決で刑の言渡をしなければならない。

3 問題の所在(判例タイムズ1253号118頁)

 「専ら情況証拠による場合の事実認定が,目撃供述,被告人本人や共犯者の自白等といった直接証拠による事実認定(直接証拠と情況証拠を総合考慮して事実認定を行う場合を含む。)と,証明の程度等において質的に異なるとは到底思われない。すなわち,訴訟上の証明は,通常人であれば,誰でも疑いを差し挟まない程度に真実らしいとの確信を得させるものであれば足りることを判示した最一小判昭23.8.5刑集2巻9号1123頁は,「元来訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基くいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性』をもって満足する。言いかえれば,通常人なら誰でも疑を差挟まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである。だから論理的証明に対しては当時の科学の水準においては反証というものを容れる余地は存在し得ないが,歴史的証明である訴訟上の証明に対しては通常反証の余地が残されている。」としており,学説もこれを支持している(藤永幸治ほか編『大コンメンタール刑事訴訟法(5)(1)』111頁〔安廣文夫〕,伊藤栄樹ほか『新版注釈刑事訴訟法(5)』16頁〔植村立郎〕など)。そして,昭和48年判例でも,訴訟上の証明が,反対事実の存在ないし反証の余地のないものでないことは当然の前提とされているものと思われる。もとより,個々の情況証拠ないし間接事実は,それが独立した事実である場合,その一つ一つが高度に確実で,合理的な疑いをいれない程度に証明されていなければならないが,そのことは,情況証拠による認定では,特に証明力の高いものによらなければならないとか,立証の程度がより高度でなければならないということを意味しない。実際上,直接証拠にも様々なものがあるところ,共犯者の自白であれば自己の刑責を軽減するために虚偽を述べる可能性があるし,目撃供述であれば,目撃状況や観察力の制約等から来る錯覚や誤解等の可能性があるのであって,直接証拠の方が情況証拠より一般的に証明力が高いなどということは到底いえないはずである。結局,問題となるのは,当該証拠が直接証拠か情況証拠かということではなく,その証明力に尽きるというべきであろう。」

4 判旨

 「弁護人吉田茂,同桑城秀樹の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意は,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 なお,所論にかんがみ,職権で判断する。
 1 本件は,離婚訴訟中であった被告人が,妻の実母甲野花子らを殺害する目的で,アセトン等から生成したトリアセトントリパーオキサイド(過酸化アセトン。以下「TATP」という。)相当量に,点火ヒーター,乾電池等を使用した起爆装置を接続して,これをファイルケースに収納し,更に同ケースを定形外郵便封筒内に収納するなどして,同封筒から同ケースを引き出すことにより上記起爆装置が作動して上記TATPが爆発する構造の爆発物1個(以下「本件爆発物」という。)を製造した上,定形外郵便物として甲野花子あてに投かんし,情を知らない郵便配達員をしてこれを高松市内の甲野花子方に配達させ,甲野花子をして同封筒から同ケースを引き出させてこれを爆発させ,もって,爆発物を使用するとともに,甲野花子らを殺害しようとしたが,甲野花子を含む3名の者に重軽傷を負わせたにとどまり,甲野花子らを殺害するに至らなかったとして,爆発物取締罰則違反,殺人未遂に問われた事案である。
 2 第1審判決は,(1)被告人は,本件爆発物の爆発事件(以下「本件爆発事件」という。)が発生する8日ほど前までに,自宅のパソコンからインターネットを利用して,TATPを含む爆発性物質の生成方法や起爆装置の製造方法等を記載したサイトにアクセスし,閲覧しており,実際にプラスチックケースに入った爆発性物質を取り扱っていた事実も推認できること,(2)被告人は,本件爆発事件発生前に,本件爆発物に使われたとみられる分量のTATPを生成し得るアセトン等を購入していたほか,本件爆発物に使用された起爆装置の起爆薬など多数の構成部品と同種又は類似の物を新たに購入し,あるいは以前から入手しており,被告人方からは,TATPの成分が付着した金属粉末も発見されていること,(3)本件爆発物を収納した封筒にちょう付されていた24枚の切手中9枚は,本件爆発事件発生の前日,長尾郵便局(香川県さぬき市所在)に設置された自動販売機から発行・発売されたものであるところ,被告人方から発見押収された切手3枚は,上記切手9枚の発行・発売の2分後に,同じ自動販売機から発行・発売されたものであること,(4)同封筒にちょう付されていた差出人を示す紙片は,クレジットカード会社のホームページの高松支店の地図付き案内ページを利用し,これをカラープリンターでラベルシートに印刷して作成されたものであるところ,被告人は,本件爆発事件発生の6日前に上記ホームページを閲覧していた上,被告人方からは上記印刷が可能なカラープリンター及び同種ラベルシートが発見されていること,(5)同封筒は,本件爆発事件発生の前日の一定の時間帯に高松南郵便局管内の投入口が比較的大きい郵便ポストに投かんされたものとみられるが,被告人は,上記の時間帯に,同郵便局管内の同封筒が投かん可能な郵便ポストの設置されている場所へ行っていることなどを総合すれば,被告人が本件爆発物を製造し,甲野花子あてに郵送したと認められるとした上で,本件爆発物の威力に関する被告人の認識や,本件爆発事件の発生当時,被告人には,妻との離婚訴訟をめぐって同女の実母である甲野花子らに対し殺意を抱き得る事情があったことなどに照らせば,被告人には,甲野花子に対する確定的な殺意及び本件爆発事件で負傷したその余の2名の者に対する未必的な殺意が認められるとした。そして,原判決も,第1審判決の上記判断を是認した。
 3 所論は,上記(2)の点に関し,被告人が,その購入したアセトン等を他の使途に費消した可能性や,上記(3)の点に関し,上記封筒にちょう付されていたその余の切手中,少なくとも10枚を被告人が購入し得なかった可能性等を指摘して,原判決は,情況証拠による間接事実に基づき事実認定をする際,反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性がないにもかかわらず,被告人の犯人性を認定したなどという。
 刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らして,その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には,有罪認定を可能とする趣旨である。そして,このことは,直接証拠によって事実認定をすべき場合と,情況証拠によって事実認定をすべき場合とで,何ら異なるところはないというべきである。
 本件は,専ら情況証拠により事実認定をすべき事案であるが,原判決が是認する第1審判決は,前記の各情況証拠を総合して,被告人が本件を行ったことにつき,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されたと判断したものであり,同判断は正当であると認められる。
 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

5 解説(判例タイムズ1253号118頁)

 「1 本件は,妻と離婚訴訟中であった被告人が,妻の実母(義母)らを殺害する目的で,アセトン等から生成した,爆発性物質であるトリアセトントリパーオキサイド(TATP)相当量に,点火ヒーター,乾電池等を使用した起爆装置を接続して,これをファイルケースに収納し,更に同ケースを定形外郵便封筒内に収納するなどして,同封筒から同ケースを引き出すことにより上記起爆装置が作動して上記TATPが爆発する構造の爆発物1個を製造した上,定形外郵便物として義母あてに投かんし,郵便配達員をして高松市内の義母方に配達させ,情を知らない義母をして同封筒から同ケースを引き出させてこれを爆発させ,もって,爆発物を使用するとともに,義母らを殺害しようとしたが,義母ら3名の者に重軽傷を負わせたにとどまり,殺害するに至らなかったという事案である。被告人は,捜査公判を通じて本件犯行を否認しており,目撃証言等も全くないところ,一審判決は,本決定の2項のとおり,専ら情況証拠に基づいて,被告人をその犯人と認めた上,求刑どおり無期懲役を言い渡し,二審もこれを是認して被告人の控訴を棄却したので,被告人が更に上告に及んだものである。
 2 上告審において,弁護人は,いわゆる長坂町放火事件(甲府放火事件ともいう。)に関する最一小判昭48.12.13裁判集刑190号781頁,判時725号104頁(以下「昭和48年判例」ともいう。)を引用して,判例違反を主張したほか,憲法違反,事実誤認の主張をしたが,本決定は,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は事実誤認の主張であるから,適法な上告理由に当たらないとし,事実誤認を理由とする被告人本人の上告趣意も退けた上,所論にかんがみ,①有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」というのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らしてその疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には有罪認定を可能とする趣旨であること,②上記「合理的な疑いを差し挟む余地がない」の意義は,直接証拠によつて事実認定をすベき場合と情況証拠によって事実認定をすべき場合とで異ならないことを職権で判示した。
 3 弁護人が引用する昭和48年判例は,木造住宅兼店舗に居住し,夫と共に商売を営んでいた女性被告人が,自宅に放火してその天井を焼燬した旨の現住建造物等放火事件で起訴された事案であるところ,一審では無罪,二審では有罪(懲役2年6月の実刑)になったが,被告人からの上告を受けた最高裁は,犯行と被告人との結び付きに関する二審判決の事実認定には不合理な点があるとして,「疑わしきは被告人の利益に」の原則により,二審の有罪判決を破棄して無罪の自判をしたものである。
 昭和48年判例は,その理由中で,情況証拠による事実認定の在り方に触れて,要旨,刑事裁判において「犯罪の証明がある」というのは「高度の蓋然性」が認められる場合をいうものと解されるとした上で,「蓋然性」は,反対事実の存在の可能性を否定するものではないのであるから,思考上の単なる蓋然性に安住するならば,思わぬ誤判に陥る危険のあることに戒心しなければならない。したがって,上記「高度の蓋然性」とは,反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性を志向した上での「犯罪の証明は十分」であるという確信的な判断に基づくものでなければならず,この理は,専ら情況証拠による間接事実から推論して,犯罪事実を認定する場合においては,より一層強調されなければならない旨説示した。
 4 昭和48年判例の上記説示は,前後の文脈からすれば,特段異論はないものとも思われるが,同判例が,専ら情況証拠に基づき事実認定を行うべき事案に関するものであり,かつ,二審判決を事実誤認として無罪の自判をしていることに加えて,判文中で,「思わぬ誤判に陥る危険のあることに戒心しなければならない。」,「反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性を志向した上での『犯罪の証明は十分』であるという確信的な判断に基づくものでなければならない。」,「専ら情況証拠による間接事実から推論して,犯罪事実を認定する場合においては,より一層強調されなければならない。」といった表現が使用されていることから,同判例は,情況証拠による事実認定に際しては,通常の証明の程度より高度な証明を要求している等の趣旨の判例としてとらえられる傾向が見られた。現に,本件の上告趣意でも,そのような観点から昭和48年判例違反の主張がされていたようである。
 5 しかしながら,専ら情況証拠による場合の事実認定が,目撃供述,被告人本人や共犯者の自白等といった直接証拠による事実認定(直接証拠と情況証拠を総合考慮して事実認定を行う場合を含む。)と,証明の程度等において質的に異なるとは到底思われない。すなわち,訴訟上の証明は,通常人であれば,誰でも疑いを差し挟まない程度に真実らしいとの確信を得させるものであれば足りることを判示した最一小判昭23.8.5刑集2巻9号1123頁は,「元来訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基くいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性』をもって満足する。言いかえれば,通常人なら誰でも疑を差挟まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである。だから論理的証明に対しては当時の科学の水準においては反証というものを容れる余地は存在し得ないが,歴史的証明である訴訟上の証明に対しては通常反証の余地が残されている。」としており,学説もこれを支持している(藤永幸治ほか編『大コンメンタール刑事訴訟法(5)(1)』111頁〔安廣文夫〕,伊藤栄樹ほか『新版注釈刑事訴訟法(5)』16頁〔植村立郎〕など)。そして,昭和48年判例でも,訴訟上の証明が,反対事実の存在ないし反証の余地のないものでないことは当然の前提とされているものと思われる。もとより,個々の情況証拠ないし間接事実は,それが独立した事実である場合,その一つ一つが高度に確実で,合理的な疑いをいれない程度に証明されていなければならないが,そのことは,情況証拠による認定では,特に証明力の高いものによらなければならないとか,立証の程度がより高度でなければならないということを意味しない。実際上,直接証拠にも様々なものがあるところ,共犯者の自白であれば自己の刑責を軽減するために虚偽を述べる可能性があるし,目撃供述であれば,目撃状況や観察力の制約等から来る錯覚や誤解等の可能性があるのであって,直接証拠の方が情況証拠より一般的に証明力が高いなどということは到底いえないはずである。結局,問題となるのは,当該証拠が直接証拠か情況証拠かということではなく,その証明力に尽きるというべきであろう。
 6 本件は,専ら情況証拠による事実認定が問題となる事案であるが,本決定は,①有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」の意義を明確にするとともに,②上記「合理的な疑いを差し挟む余地がない」の意義は,直接証拠によって事実認定をすべき場合と情況証拠によって事実認定をすべき場合とで何ら異ならないことを明示したものである。
 情況証拠による事実認定の必要性・重要性は,今後もますます増加していくと予想されるところ,取り分け,間もなく始まる裁判員制度の下では,犯罪の立証における「合理的な疑い」の意義や,情況証拠による事実認定の在り方等が問題として提起される可能性は少なからずあるように思われるが,ややミスリーディングな説示を含む昭和48年判例の下では,これを正解しない当事者から,同判例に依拠して,「判例によれば,情況証拠に基づく立証では,直接証拠に基づく立証より高度な証明が必要とされている。」などと,裁判員に向けたアピールがなされる事態なども考えられないではなかった。本決定が示されたことにより,そのような懸念は払しょくされたのではないかと思われる。なお,本決定の評釈で知り得たものとして,正木祐史・法セ636号123頁がある。