最高裁平成27年5月25日刑集69巻4号636頁・刑訴百選【11版】56事件(公判前整理手続における主張明示と被告人質問)
1 はじめに
本判例は、公判前整理手続で明示された主張に関しその内容を更に具体化する被告人質問等を刑訴法295条1項により制限することはできないとされた事例判例です。具体的には、「公訴事実記載の日時には犯行場所にはおらず,自宅ないしその付近にいた」旨のアリバイ主張が明示されたが,それ以上に具体的な主張は明示されず,裁判所も釈明を求めなかったなどの本件公判前整理手続の経過等に照らすと,前記主張の内容に関し弁護人が更に具体的な供述を求める行為及びこれに対する被告人の供述を刑訴法295条1項により制限することはできないとした事例判例です。
2 前提となる知識
刑訴法295条
①裁判長は、訴訟関係人のする尋問又は陳述が既にした尋問若しくは陳述と重複するとき、又は事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないときは、訴訟関係人の本質的な権利を害しない限り、これを制限することができる。 訴訟関係人の被告人に対する供述を求める行為についても同様である。
②以下略
刑訴法316条の17【被告人・弁護人による主張の明示と証拠調べ請求】
①被告人又は弁護人は、第316条の13第1項の書面の送付を受け、かつ、第316条の14第1項並びに第316条の15第1項及び第2項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けた場合において、その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。この場合においては、第316条の13第1項後段の規定を準用する。
②以下略
3 問題の所在(判例タイムズ1416号68頁)
「刑訴法295条1項の規定によれば,裁判長は,訴訟関係人の被告人に対する供述を求める行為(質問)及び被告人のする供述につき,「事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないとき」は,訴訟関係人の本質的な権利を害しない限り制限できることとされている。
ところで,公判前整理手続は,充実した公判審理を行うため,事件の争点及び証拠を整理するための公判準備の手続であり(刑訴法316条の2第1項),訴訟関係人は,その実施に関して協力する義務を負う(同条の3第2項)上,被告人又は弁護人は,同条の17第1項所定の主張明示義務を負うのであるから,公判期日においてすることを予定している主張があるにもかかわらず,これを明示しないということは許されない(最一小決平成25年3月18日・刑集67巻3号325頁,判タ1389号114頁参照)。他方,司法制度改革推進本部の裁判員・刑事検討会では,当初,被告人を含む当事者の公判前整理手続終了後の新たな主張を制限する規定を置く案が示されたが,被告人が公判で新たな供述をした場合,その発言を禁止して主張をやめさせるというのは適当でないという理由から,被告人については主張制限の定めを置かないという消極意見が多数を占め,さらに,被告人には主張制限の定めを置かず,検察官及び弁護人に主張制限を設けるとの案も提示されていたところ,被告人が公判期日において新たな供述をした場合に,弁護人がこれに依拠した主張ができないとするのは,弁護人の立場との整合性に問題を生じ得ることなどが指摘され,最終的に,主張制限の規定を一切置かないこととされた。このため,被告人が公判期日で新たな主張に沿った供述を始めた場合の刑訴法295条1項による制限の可否・範囲という問題が残された。」
4 判旨
「弁護人桃川雅之及び被告人本人の各上告趣意は,いずれも,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論に鑑み,弁護人の被告人に対する供述を求める行為(質問)及びこれに応じた被告人の供述の一部を制限した第1審裁判所の措置の適法性について,職権により判断する。
1 記録及び原判決の認定によれば,第1審裁判所における審理の経過は,次のとおりである。
(1) 被告人は,「平成24年4月25日午後5時50分頃,和歌山市内の路上において,真実は被害者が運転する普通乗用自動車に故意に被告人の身体を接触させたのに,被害者の過失により同車に接触されて右腕を負傷したように装い,その頃,同市内の駐車場において,同人に対し,治療費名目で金員を要求し,よって,同日午後5時55分頃,同人から現金5000円の交付を受けた。」旨の詐欺の公訴事実(以下「本件公訴事実」という。)のほか,同年5月及び7月の同種詐欺2件につき公訴を提起され,第1審裁判所は,いずれも公判前整理手続に付した。
(2) 公判前整理手続中,本件公訴事実につき,弁護人は,公判期日でする予定の主張として,犯人性を否認し,「被告人は,平成23年8月頃,和歌山県内へ行ったが,それ以来,平成24年7月18日まで同県内には来ていない。」「被告人は,本件公訴事実記載の日時において,犯行場所にはおらず,大阪市西成区内の自宅ないしその付近に存在した。」旨のアリバイの主張を明示したが,それ以上に具体的な主張は明示せず,第1審裁判所がその点につき釈明を求めることもなかった。以上を受け,第1審裁判所は,本件公訴事実に係る争点の整理結果を「争点は,被告人が本件詐欺行為を行った犯人であるか否かである。」と確認した。
(3) 公判手続中,本件公訴事実につき,冒頭手続及び弁護人の冒頭陳述において,被告人及び弁護人は,いずれも前記予定主張と同趣旨の陳述をするにとどまっていたところ,被告人質問において,被告人が,「その日時には,自宅でテレビを見ていた。知人夫婦と会う約束があったことから,午後4時30分頃,西成の同知人方に行った。」との供述をし,弁護人が更に詳しい供述を求め,被告人もこれに応じた供述を行おうとした(以下「本件質問等」という。)。これに対し,検察官が「公判前整理手続における主張以外のことであって,本件の立証事項とは関連性がない。」旨を述べて異議を申し立て,第1審裁判所は,異議を容れ,本件質問等を制限した。なお,被告人は,最終陳述において,「平成24年4月25日午後4時30分から,20分ないし25分の間に,福祉で世話になった知人夫婦と話をしており,私から梅干しか蜂蜜の品物を送ったりしたという事実がある。私にはそういう現場に存在できなかったという事実もある。」旨の前記アリバイの主張の具体的な内容を陳述しており,第1審裁判所がこれを制限することはなかった。
2 公判前整理手続は,充実した公判の審理を継続的,計画的かつ迅速に行うため,事件の争点及び証拠を整理する手続であり,訴訟関係人は,その実施に関して協力する義務を負う上,被告人又は弁護人は,刑訴法316条の17第1項所定の主張明示義務を負うのであるから,公判期日においてすることを予定している主張があるにもかかわらず,これを明示しないということは許されない。こうしてみると,公判前整理手続終了後の新たな主張を制限する規定はなく,公判期日で新たな主張に沿った被告人の供述を当然に制限できるとは解し得ないものの,公判前整理手続における被告人又は弁護人の予定主張の明示状況(裁判所の求釈明に対する釈明の状況を含む。),新たな主張がされるに至った経緯,新たな主張の内容等の諸般の事情を総合的に考慮し,前記主張明示義務に違反したものと認められ,かつ,公判前整理手続で明示されなかった主張に関して被告人の供述を求める行為(質問)やこれに応じた被告人の供述を許すことが,公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合(例えば,公判前整理手続において,裁判所の求釈明にもかかわらず,「アリバイの主張をする予定である。具体的内容は被告人質問において明らかにする。」という限度でしか主張を明示しなかったような場合)には,新たな主張に係る事項の重要性等も踏まえた上で,公判期日でその具体的内容に関する質問や被告人の供述が,刑訴法295条1項により制限されることがあり得るというべきである。
3 本件質問等は,被告人が公判前整理手続において明示していた「本件公訴事実記載の日時において,大阪市西成区内の自宅ないしその付近にいた。」旨のアリバイの主張に関し,具体的な供述を求め,これに対する被告人の供述がされようとしたものにすぎないところ,本件質問等が刑訴法295条1項所定の「事件に関係のない事項にわたる」ものでないことは明らかである。また,前記1(2)のような公判前整理手続の経過及び結果,並びに,被告人が公判期日で供述しようとした内容に照らすと,前記主張明示義務に違反したものとも,本件質問等を許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせるものとも認められず,本件質問等を同条項により制限することはできない。そうすると,検察官の異議申立てを容れて本件質問等を制限した第1審裁判所の措置は是認できず,原判決が同措置は同条項に反するとまではいえない旨判示した点は,同条項の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。
もっとも,原判決は,本件質問等を制限した措置が違法であったとしても,被告人が,最終陳述において,前記アリバイの主張の具体的な内容を陳述しており,この陳述は制限されなかったことなどを指摘し,前記法令解釈の誤りは判決に影響を及ぼすものではない旨判示しており,その結論は相当であるから,原判決に,判決に影響を及ぼすべき違法があるとはいえない。
よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官小貫芳信の補足意見がある。
5 解説(判例タイムズ1416号68頁)
「1 事案の概要
本件は,被告人が,平成24年4月25日午後5時50分頃,和歌山市内で起きた自動車との接触事故を装った治療費名目の詐欺1件(以下「本件公訴事実」という。)のほか,同種詐欺2件で起訴されていずれも公判前整理手続に付され,本件公訴事実につき明示したアリバイ主張に関し,その内容を更に具体化する被告人質問等がされようとしたのに対し,第1審裁判所がこれを制限した措置の適法性が問題となった事案である。
2 訴訟の経過
公判前整理手続中,本件公訴事実につき,弁護人は,公判期日でする予定の主張として,犯人性を否認し,「本件公訴事実記載の日時において,犯行場所にはおらず,大阪市内の自宅ないしその付近にいた。」旨の主張を明示したが,更に具体的には主張せず,第1審裁判所もその点につき釈明を求めなかった。その上で,第1審裁判所は,本件公訴事実に係る争点の整理結果を「争点は,被告人が本件詐欺行為を行った犯人であるか否かである。」と確認した。
そうしたところ,公判手続中,被告人質問において,被告人が,「その日時には,自宅でテレビを見ていた。知人夫婦と会う約束があったことから,午後4時30分頃,西成の同知人方に行った。」などの供述をし,更に詳しい弁護人の質問・被告人の供述が行われようとした(以下「本件質問等」という。)。これに対し,検察官の異議を受け,第1審裁判所が本件質問等を制限した。そこで,本件公訴事実を含む3件とも有罪認定した第1審判決に対し,被告人が控訴し,前記制限が違法である旨を主張したところ,原判決は,第1審の前記制限が刑訴法295条1項に反するとまではいえず,仮に違法であったとしても判決に影響を及ぼすものではないとして控訴を棄却した。
これに対し,被告人が上告し,原審における主張と同様の法令違反の主張をした(他に憲法違反,単なる法令違反,事実誤認の主張もされた。)ところ,第二小法廷は,適法な上告理由の主張はないとし,所論に鑑み,決定要旨のとおり職権判示した上,第1審裁判所の前記制限の違法が判決に影響を及ぼさないとの原判決の結論は相当である旨を述べて上告棄却の決定をした。
3 説明
刑訴法295条1項の規定によれば,裁判長は,訴訟関係人の被告人に対する供述を求める行為(質問)及び被告人のする供述につき,「事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないとき」は,訴訟関係人の本質的な権利を害しない限り制限できることとされている。
ところで,公判前整理手続は,充実した公判審理を行うため,事件の争点及び証拠を整理するための公判準備の手続であり(刑訴法316条の2第1項),訴訟関係人は,その実施に関して協力する義務を負う(同条の3第2項)上,被告人又は弁護人は,同条の17第1項所定の主張明示義務を負うのであるから,公判期日においてすることを予定している主張があるにもかかわらず,これを明示しないということは許されない(最一小決平成25年3月18日・刑集67巻3号325頁,判タ1389号114頁参照)。他方,司法制度改革推進本部の裁判員・刑事検討会では,当初,被告人を含む当事者の公判前整理手続終了後の新たな主張を制限する規定を置く案が示されたが,被告人が公判で新たな供述をした場合,その発言を禁止して主張をやめさせるというのは適当でないという理由から,被告人については主張制限の定めを置かないという消極意見が多数を占め,さらに,被告人には主張制限の定めを置かず,検察官及び弁護人に主張制限を設けるとの案も提示されていたところ,被告人が公判期日において新たな供述をした場合に,弁護人がこれに依拠した主張ができないとするのは,弁護人の立場との整合性に問題を生じ得ることなどが指摘され,最終的に,主張制限の規定を一切置かないこととされた。このため,被告人が公判期日で新たな主張に沿った供述を始めた場合の刑訴法295条1項による制限の可否・範囲という問題が残された。法案の立案担当者が,公判前整理手続の趣旨・目的や,その実効性担保のために主張明示義務,証拠調べ請求義務,立証制限の制度が設けられたことに鑑み,同手続終了後の主張の変更は本来許されないことであり,これを差し控えるべき義務がある旨を解説していたことなどもあり(落合義和=辻裕教・新法解説叢書21『刑事訴訟法等の一部を改正する法律及び刑事訴訟規則等の一部を改正する規則の解説』200頁。後記広島高岡山支判の評釈である森田邦郎・研修720号115頁も基本的に同趣旨と思われる。),これを全面的に踏襲した広島高岡山支判平成20年4月16日・高検速報平成20年度193頁なども現れていた。
本決定は,決定要旨に係る説示に先立ち,まず,公判前整理手続の意義,訴訟関係人の協力義務,被告人又は弁護人の主張明示義務を確認している。これらの諸規定が,事件の争点が明確にされ,充実した公判の審理が継続的,計画的かつ迅速に実現されるための事前準備に協力すべきことを図ったものであって,本件の問題についても,このことを踏まえた検討がされるべきであることを念頭に置いた説示と解される。その上で,本決定は,公判前整理手続終了後の新たな主張を制限する規定はなく,新たな主張に沿った被告人の供述を当然に制限できるとは解し得ない旨を説示した。刑訴法は,前記のとおり被告人の主張明示義務と証拠調べ請求義務を定め,公判前整理手続終了後の証拠調べ請求について「やむを得ない事由によって」同手続において請求できなかったものに制限しているが,あえて主張については制限する規定を置いておらず,両者を区別していることが明らかといえる。このような刑訴法の規定によれば,公判前整理手続終了後の主張の変更を差し控えるべき義務があるとか,合理的理由のない限りそのような主張の変更を認めないとの解釈には無理があるといわざるを得ないように思われ(また,そのような解釈が争点整理の実効性を上げ,公判前整理手続の長期化を防ぐという観点から明らかに優れているとまでいえるのかについても議論の余地があるように思われる。),そうすると,新たな主張に沿った被告人の供述を当然に制限できるとは解し得ないことになる。本決定が前記のような説示をした背景には,以上のような考慮があるのではないかと思われ,判示事項ではないが,重要な説示になるものと解される。
以上を踏まえ,本決定は,裁判所の求釈明に対する釈明状況を含む公判前整理手続における被告人又は弁護人の予定主張の明示状況,新たな主張がされるに至った経緯,新たな主張の内容等の諸般の事情を総合的に考慮し,主張明示義務に違反し,かつ,新たな主張に関する被告人質問等を許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合には,新たな主張に係る事項の重要性等も踏まえた上で,被告人質問等が刑訴法295条1項により制限されることがあり得るとし,決定要旨のとおり,必ずしも十分でない明示主張に対する求釈明もなかったなどの本件公判前整理手続の経過等に照らすと,同手続で明示された主張の内容を更に具体化するものにとどまる本件質問等を,同条項により制限することはできない旨の事例判断をしたものである。
被告人質問等が刑訴法295条1項により制限される場合があること自体は,本決定を待つまでもなく,同条項の文理上明らかといえ,本決定もそのことは当然の前提としている。しかし,本決定が,前記のように種々の要素を挙げて諸般の事情の総合考慮の上で刑訴法295条1項による被告人質問等の制限があり得るとしていること,被告人質問等の制限がされる場合の例として,公判前整理手続において,裁判所の求釈明にもかかわらず,「アリバイの主張をする予定である。具体的内容は被告人質問において明らかにする。」という限度でしか主張を明示しないという,殊更に主張明示義務に違反していることが明らかな場合を挙げていること,さらに,「新たな主張に係る事項の重要性等も踏まえた上」との留保を付していることなどからすると,本決定は,本条項による被告人質問等の制限が幅広く行われるという事態を想定したものではないと思われ,また,当然のことながら,新たな主張に係る事項の被告人質問等を制限した結果,事実認定を誤ってもよいなどということはおよそ想定していないものと解される。
4 本決定の意義等
本決定は,公判前整理手続終結後に被告人が公判期日で新たな主張に沿った供述を始めた場合の刑訴法295条1項による制限に係る総合的な考慮要素に言及しつつ,本件の訴訟手続の経過等に即した具体的な事例判断を示したものであって,同条項による制限の可否の外延を考える上で実務上の参照価値が高いと思われる。また,本決定には,本件の第1審の訴訟遂行に関し,公判前整理手続における争点整理等のあり方や,当事者の訴訟活動のあり方などといった観点から具体的に指摘した小貫芳信裁判官の補足意見が付されている。本件は裁判員裁判ではないが,公判前整理手続が裁判員裁判にとって極めて重要な意義を有することからすれば,その適正な運用のためには法曹三者の協力と力量が問われている旨を説く本補足意見は,裁判員裁判の運用を考えるに当たっても参考になるところが多いと思われる。」

