最高裁平成20年9月30日刑集62巻8号2753頁・刑訴百選【11版】54事件(公判前整理手続における証拠開示)

1 はじめに

 本判例は、警察官が私費で購入したノートに記載し,一時期自宅に持ち帰っていた取調べメモについて,証拠開示を命じた判断が是認された事例判例です。

2 前提となる知識

1 条文
⑴刑訴法
316条の13【検察官による証明予定事実の提示と証拠調べ請求】
①検察官は、事件が公判前整理手続に付されたときは、その証明予定事実(公判期日において証拠により証明しようとする事実をいう。以下同じ。)を記載した書面を、裁判所に提出し、及び被告人又は弁護人に送付しなければならない。この場合においては、当該書面には、証拠とすることができず、又は証拠としてその取調べを請求する意思のない資料に基づいて、裁判所に事件について偏見又は予断を生じさせるおそれのある事項を記載することができない。
② 検察官は、前項の証明予定事実を証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならない。
③ 前項の規定により証拠の取調べを請求するについては、第299条第1項の規定は適用しない。
④ 裁判所は、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴いた上で、第1項の書面の提出及び送付並びに第2項の請求の期限を定めるものとする。
316条の14【検察官請求証拠の開示、証拠の一覧表の提供】
①検察官は、前条第2項の規定により取調べを請求した証拠(以下「検察官請求証拠」という。)については、速やかに、被告人又は弁護人に対し、次の各号に掲げる証拠の区分に応じ、当該各号に定める方法による開示をしなければならない。
1 証拠書類又は証拠物 当該証拠書類又は証拠物を閲覧する機会(弁護人に対しては、閲覧し、かつ、謄写する機会)を与えること。
2 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人 その氏名及び住居を知る機会を与え、かつ、その者の供述録取書等のうち、その者が公判期日において供述すると思料する内容が明らかになるもの(当該供述録取書等が存在しないとき、又はこれを閲覧させることが相当でないと認めるときにあつては、その者が公判期日において供述すると思料する内容の要旨を記載した書面)を閲覧する機会(弁護人に対しては、閲覧し、かつ、謄写する機会)を与えること。
② 検察官は、前項の規定による証拠の開示をした後、被告人又は弁護人から請求があつたときは、速やかに、被告人又は弁護人に対し、検察官が保管する証拠の一覧表の交付をしなければならない。
③ 前項の一覧表には、次の各号に掲げる証拠の区分に応じ、証拠ごとに、当該各号に定める事項を記載しなければならない。
1 証拠物 品名及び数量
2 供述を録取した書面で供述者の署名又は押印のあるもの 当該書面の標目、作成の年月日及び供述者の氏名
3 証拠書類(前号に掲げるものを除く。) 当該証拠書類の標目、作成の年月日及び作成者の氏名
④ 前項の規定にかかわらず、検察官は、同項の規定により第二項の一覧表に記載すべき事項であつて、これを記載することにより次に掲げるおそれがあると認めるものは、同項の一覧表に記載しないことができる。
1 人の身体若しくは財産に害を加え又は人を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれ
2 人の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ
3 犯罪の証明又は犯罪の捜査に支障を生ずるおそれ
⑤ 検察官は、第2項の規定により一覧表の交付をした後、証拠を新たに保管するに至つたときは、速やかに、被告人又は弁護人に対し、当該新たに保管するに至つた証拠の一覧表の交付をしなければならない。この場合においては、前2項の規定を準用する。
316条の15第1項柱書【検察官請求証拠以外の証拠の開示:類型証拠開示】
①検察官は、前条第1項の規定による開示をした証拠以外の証拠であつて、次の各号に掲げる証拠の類型のいずれかに該当し、かつ、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であると認められるものについて、被告人又は弁護人から開示の請求があつた場合において、その重要性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに、同項第1号に定める方法による開示をしなければならない。この場合において、検察官は、必要と認めるときは、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。
316条の17第1項【被告人・弁護人による主張の明示と証拠調べ請求】
被告人又は弁護人は、第316条の13第1項の書面の送付を受け、かつ、第316条の14第1項並びに第316条の15第1項及び第2項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けた場合において、その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。この場合においては、第316条の13第1項後段の規定を準用する。
316条の20【争点に関する証拠の開示:主張関連証拠開示】
①検察官は、第316条の14第1項並びに第316条の15第1項及び第2項の規定による開示をした証拠以外の証拠であつて、第316条の17第1項の主張に関連すると認められるものについて、被告人又は弁護人から開示の請求があつた場合において、その関連性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに、第316条の14第1項第1号に定める方法による開示をしなければならない。この場合において、検察官は、必要と認めるときは、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。
②被告人又は弁護人は、前項の開示の請求をするときは、次に掲げる事項を明らかにしなければならない。
1 開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項
2 第316条の17第1項の主張と開示の請求に係る証拠との関連性その他の被告人の防御の準備のために当該開示が必要である理由
316条の26第1項【開示命令】
①裁判所は、検察官が第316条の14第1項若しくは第316条の15第1項若しくは第2項(第316条の21第4項においてこれらの規定を準用する場合を含む。)若しくは第316条の20第1項(第316条の22第5項において準用する場合を含む。)の規定による開示をすべき証拠を開示していないと認めるとき、又は被告人若しくは弁護人が第316条の18(第316条の22第4項において準用する場合を含む。)の規定による開示をすべき証拠を開示していないと認めるときは、相手方の請求により、決定で、当該証拠の開示を命じなければならない。この場合において、裁判所は、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。
316条の27【証拠及び証拠の標目一覧表の提示命令】
①裁判所は、第316条の25第1項又は前条第1項の請求について決定をするに当たり、必要があると認めるときは、検察官、被告人又は弁護人に対し、当該請求に係る証拠の提示を命ずることができる。この場合においては、裁判所は、何人にも、当該証拠の閲覧又は謄写をさせることができない。
②裁判所は、被告人又は弁護人がする前条第一項の請求について決定をするに当たり、必要があると認めるときは、検察官に対し、その保管する証拠であつて、裁判所の指定する範囲に属するものの標目を記載した一覧表の提示を命ずることができる。この場合においては、裁判所は、何人にも、当該一覧表の閲覧又は謄写をさせることができない。
③第一項の規定は第316条の25第3項又は前条第3項の即時抗告が係属する抗告裁判所について、前項の規定は同条第3項の即時抗告が係属する抗告裁判所について、それぞれ準用する。
⑵刑訴規則191条の3(証人尋問の準備)
証人の尋問を請求した検察官又は弁護人は、証人その他の関係者に事実を確かめる等の方法によつて、適切な尋問をすることができるように準備しなければならない。
⑶犯罪捜査規範13条(備忘録)
警察官は、捜査を行うに当り、当該事件の公判の審理に証人として出頭する場合を考慮し、および将来の捜査に資するため、その経過その他参考となるべき事項を明細に記録しておかなければならない。
2 判例
・最高裁平成19年12月25日刑集61巻9号895頁
①刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となる証拠は,必ずしも検察官が現に保管している証拠に限られず,当該事件の捜査の過程で作成され,又は入手した書面等であって,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものを含む。
②取調警察官が,犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,当該事件の公判審理において,当該取調べ状況に関する証拠調べが行われる場合には,刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となり得る。
・最高裁平成20年6月25日刑集62巻6号1886頁
①犯罪捜査に当たった警察官が犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録であって,捜査の経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,当該事件の公判審理において,当該捜査状況に関する証拠調べが行われる場合,刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となり得る。
②警察官が捜査の過程で作成し保管するメモが証拠開示命令の対象となるものか否かの判断は,裁判所が行うべきものであり,裁判所は,その判断のために必要があるときは,検察官に対し,同メモの提示を命ずることができる。

3 問題の所在(刑訴百選【11版】54事件解説1)

 「刑訴法は,検察官が持っている証拠を全面開示示するという立場はとらずに,
 (1) 検察官が請求する証拠を被告人側に開示する(刑訴316条の14)
 (2) 検察官請求証拠の証明力判断に重要な類型証拠を被告人側に開示する(類型証拠開示。同316条の15)
 (3) 弁護人が主張を明示した後これに関連する証拠を検察官が被告人側に開示する(主張関連証拠。同316条の20)
 という段階的な構造を採用した。
 刑訴法がこのような構造を採用した理由は,
 ①開示の必要性を凌駕する個別的弊害招来の可能性の防止(検察官の保管する多様な証拠の中には,開示に適さない重大な弊害を伴う資料があり得ることからの合理的制約)
 ②公判準備・争点整理という公判前整理手続の目標に資するための制度設計という政策的目的(関係者の行動を争点整理に役立つ方向に誘導するとともに,被告人側の防御準備という証拠開示の法的必要の核心部分を確保しつつ,防御準備活動の長期化や争点の拡散等を排除しておくこと)
 ③当事者追行主義刑事訴訟の適正·健全な機能維持のための合理的・原理的制約(法的分析や意見そのもの……を開示の対象とせず,不正な虚偽主張・反証捏造を防止する)
の3 点にあるとされる……。
 そうすると,以上の観点から,公判前整理手続における証拠開示の限界はどこにあるかが問題となる。」

4 判旨

 「本件抗告の趣意は,判例違反をいうが,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でないか,実質において単なる法令違反の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
 なお,所論にかんがみ職権で判断する。
 1 記録によれば,本件の経過は次のとおりである。
 (1) 被告人は,強盗致傷等の罪で起訴されたが,この強盗致傷の行為(以下「本件犯行」という。)に関与したことを否認している。
 (2) 上記被告事件の公判前整理手続で,検察官は,被告人の知人であるA(以下「A」という。)の証人尋問を請求し,これが採用されたことから,準備のためAに事実の確認を行ったところ,Aは,検察官に対し,被告人がAに対し本件犯行への関与を自認する言動をした旨の供述を行うに至った。
 Aについては,捜査段階でB警察官(以下「B警察官」という。)が取調べを行い,供述調書を作成していたが,上記の供述は,この警察官調書には記載のないもの(以下,Aの上記の供述を「新規供述」という。)であった。
 そこで,検察官は,この新規供述について検察官調書を作成し,その証拠調べを請求し,新規供述に沿う内容を証明予定事実として主張した。
 (3) 弁護人は,この新規供述に関する検察官調書あるいはAの予定証言の信用性を争う旨の主張をし,その主張に関連する証拠として,「B警察官が,Aの取調べについて,その供述内容等を記録し,捜査機関において保管中の大学ノートのうち,Aの取調べに関する記載部分」(以下「本件メモ」という。)の証拠開示命令を請求した。
 (4) 本件大学ノートは,B警察官が私費で購入して仕事に利用していたもので,B警察官は,自己が担当ないし関与した事件に関する取調べの経過その他の参考事項をその都度メモとしてこれに記載しており,勤務していた新宿警察署の当番編成表をもこれにちょう付するなどしていた。
 本件メモは,B警察官がAの取調べを行う前ないしは取調べの際に作成したものであり,B警察官は,記憶喚起のために本件メモを使用して,Aの警察官調書を作成した。
 なお,B警察官は,本件大学ノートを新宿警察署の自己の机の引き出し内に保管し,練馬警察署に転勤した後は自宅に持ち帰っていたが,本件事件に関連して検察官から問い合わせがあったことから,これを練馬警察署に持って行き,自己の机の引き出しの中に入れて保管していた。
 (5) 原々審である東京地方裁判所は,本件メモの提示を受けた上で,その証拠開示を命じたため,その命令の適否が争われている。
 2 以上の経過からすると,本件メモは,B警察官が,警察官としての職務を執行するに際して,その職務の執行のために作成したものであり,その意味で公的な性質を有するものであって,職務上保管しているものというべきである。したがって,本件メモは,本件犯行の捜査の過程で作成され,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものに該当する。また,Aの供述の信用性判断については,当然,同人が従前の取調べで新規供述に係る事項についてどのように述べていたかが問題にされることになるから,Aの新規供述に関する検察官調書あるいは予定証言の信用性を争う旨の弁護人の主張と本件メモの記載の間には,一定の関連性を認めることができ,弁護人が,その主張に関連する証拠として,本件メモの証拠開示を求める必要性もこれを肯認することができないではない。さらに,本件メモの上記のような性質やその記載内容等からすると,これを開示することによって特段の弊害が生ずるおそれがあるものとも認められない
 そうすると,捜査機関において保管されている本件メモの証拠開示を命じた原々決定を是認した原判断は,結論において正当として是認できるものというべきである。
 よって,刑訴法434条,426条1項により,裁判官甲斐中辰夫の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官宮川光治の補足意見がある。
 裁判官宮川光治の補足意見は,次のとおりである。
 私が多数意見に同調するのは,次の理由からである。
 原決定及び原々決定は,いずれも,本件メモが証拠開示命令の対象となるか否かの判断において,まず犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録(以下「13条書面」という。)に当たるか否かを検討し,本件メモは13条書面に該当すると判断している。しかしながら,本件メモが,広く,「本件犯行の捜査の過程で作成され,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものに該当する」か否かを問題とすることが適切である。そして,そのような書面であると判断した後,刑訴法316条の20第1項に規定する主張との関連性の程度,必要性の程度,弊害の内容及び程度について判断することとなる。
 そして,主張との関連性の程度,必要性の程度,弊害の内容及び程度の判断については,原決定が「弁護人に既に開示された証拠を見ていない裁判所が限られた資料からその内容の必要性や相当性を否定するには慎重であるべきであって,弁護人の観点からする検討の余地を与えることも重要である」と述べていることは相当である。
 なお,主張と開示の請求に係る証拠との関連性については,本件弁護人は,新規供述に沿う事実を否定し,新規供述に関する検察官調書あるいはAの予定証言の信用性を争う旨の主張をした上で,それを判断するためには,本件メモにより,B警察官によるAの取調べの際のやり取り等を明らかにし,供述の変遷状況等を明確にすることが必要であると述べている。被告人の取調べ状況を争点とする場合とは異なって,B警察官によるAの取調べ状況とその際のAの供述内容を裏付ける根拠は,Aの協力が得られない以上,具体的に明らかにしようがない本件では,関連性についての主張は上記の程度でもやむを得ないと考える。
 裁判官甲斐中辰夫の反対意見は,次のとおりである。
 私は,原決定が,本件メモは「被告人側の主張との関連性」及び「必要性」があるものと認めた点において,明らかに刑訴法316条の20の解釈を誤り著しく正義に反すると認めるので,原決定を破棄し,証拠開示命令請求を棄却するべきものと考える。その理由は,以下のとおりである。
 本件メモは,刑訴法316条の20にいう主張関連証拠として開示請求がなされているところ,弁護人が,上記の開示請求をする際には,同条2項2号により刑訴法316条の17第1項の主張と開示の請求に係る証拠との関連性を明らかにしなければならない。そして,同項による「証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張」の明示義務は,争点の明確化と審理計画の策定のために課せられるものであり,可能な限り具体的な主張であることが求められている。
 ところで,取調べメモを証拠開示請求する場合には,取調べ状況やその際に作成された調書の信用性を争点とするべきところ,本件においては,弁護人は,新規供述に沿う事実を否定し,新規供述に関する検察官調書あるいはAの予定証言を争う旨の主張をしたものの,B警察官のAに対する取調べ状況やその際の供述内容の信用性については争点とせず,一切主張していない。したがって,本件メモの開示請求の前提となる事実上の主張を具体的にしておらず,少なくとも本件メモとの関連性を明らかにしていないものといわざるを得ない
 さらに,開示の必要性についても,原決定は,「A証人が従前の取調べでどのように述べていたかは重要な争点となるから,・・・その(本件メモ)記載が新たな角度から意味をもってくる可能性は否定できず・・・」として本件メモの開示の必要性があるものと判断している。
 しかし,本件では,検察官はAのB警察官に対する供述調書を開示済みであり,弁護人も,同調書に新規供述に関する事項についての記載がないことは争っていないのである。したがって,Aが従前の取調べでどのように述べていたかが重要な争点とはなり得ない。あえていえば,A証人が新規供述に関する事項について,警察官と調書外で何らかのやり取りがあり,それが本件メモに記載されていることが仮定的な可能性としては考えられないでもなく,原決定の「新たな角度から意味をもってくる可能性」とは,そのことをいうものとも解される。しかし,原決定は,本件メモを検討の上,自ら「本件メモ自体は,その内容からして証拠価値に乏しいものともいえる」としているのであるから,上記のような可能性はおよそ考え難いところである。
 さらに,一般に取調べメモの開示請求をする場合は,当該取調べ担当官の証人請求がなされた上で行うものであるが,本件ではB警察官の証人申請がなされておらず,警察官調書作成の際の取調べメモのみが開示請求されているのであり,その請求の方法からしても必要性は乏しいものといわざるを得ない。
 私は,主張関連証拠の関連性,必要性等の判断については,法律審たる当審は原則として事実審の判断を尊重すべきものと考えるが,双方の主張の明示義務は争点整理のために重要であり,関連性,必要性等の判断は具体的に検討されるべきことが法律上予定されているので,そのような観点から,本件については,多数意見に反対するものである。」

5 解説(判例タイムズ1292号157頁)

 「1 本件は,公判前整理手続において,警察官が参考人取調べの際に作成した取調べメモの証拠開示を命じた決定に関し,検察官から特別抗告がなされた事案である。本件で問題となったメモは,警察官が私費で購入したノートに記載されたもので,一時期職場から自宅に持ち帰るなどして警察官が保管していたことから証拠開示の対象文書性が争われ,また,開示を求める弁護人の主張と問題となった取調べメモとの関連性なども争われた
 2 本件の事実関係の概略は,次のようなものである。
 被告人は強盗致傷事件等について起訴されており,公判前整理手続の結果,被告人が強盗致傷事件の実行犯の一人かどうかという犯人性が争点であることが確認され,犯人性を立証するための間接証拠の取調べ予定などの審理計画が定められた。
 ところが,公判前整理手続が終了し,第1回公判期日前の段階で,検察官から,これまで請求されていなかったAの検察官調書が証拠請求された。Aは,既に検察官請求証人として採用され,同人に対する尋問が予定されていたが,検察官の請求するAの検察官調書は,尋問予定事項とは異なる事項を立証趣旨とするものであった。
 公判前整理手続が終了した後の証拠請求には「やむを得ない事由」(刑訴法316条の32)が必要であるため,検察官は,公判前整理手続終了後に,証人に対する事実の確認(刑訴規則191条の3)を行ったところ,Aが「被告人が犯行ヘの関与を自認する言動をしたこと」について,新たに供述した(以下,この供述内容を「新規供述」という。)ために同検察官調書が作成されたことや,捜査段階で警察官が行った参考人取調べの際にも新規供述事項について質問が行われていたことを明らかにした。その上で,検察官は新規供述に沿う内容を証明予定事実として追加主張した。
 これを受けて事件は再び公判前整理手続に付され,弁護人は,検察官が証明予定事実に加えた「被告人が犯行を自認する言動をした」事実を否認し,新規供述の信用性を争った。その上で弁護人は,Aの取調べメモについて,証拠開示を求め,検察官がこれに応じないことから,証拠開示命令を請求した。証拠開示命令請求の判断のために裁判所が取調べメモの提示を命じた結果,捜査段階でAを取り調べた際に担当の警察官BがAの応答を書き留めたメモ(以下「本件メモ」という。)を記載したノートが検察官から裁判所に提示された。検察官は,本件メモは,私費で購入したノートに記載し,一時期自宅に持ち帰るなど個人的に保管していたメモであり,犯罪捜査規範13条に基づいて作成されたものではないから証拠開示の対象文書に当たらないとし,また,新規供述の信用性を争う旨の弁護人の主張が具体的でないから主張関連証拠開示命令請求の前提である主張明示がなされておらず,主張と開示を求める証拠との関連性も認められないと主張した。
 原々決定は,本件メモについて,その作成の経過や保管の状況から犯罪捜査規範13条に基づいて作成された取調べメモに該当するとして対象文書性を肯定し,その余の証拠開示の要件も認めて証拠開示を命じ,原決定もこの判断を維持した。これに対し,検察官が特別抗告したのが本件である。
 3 検察官は判例違反を理由に抗告し,証拠開示命令の対象文書性の判断において,最三小決平19.12.25刑集61巻9号895頁,判タ1260号102頁(以下「平成19年12月決定」という。)に,また,証拠開示の必要性の判断において,東京高決平20.2.28(平20(く)77号)にそれぞれ反すると主張した。
 本決定は,検察官の抗告趣意はいずれも刑訴法433条の抗告理由に当たらないとした上,職権で,本件メモは,「本件犯行の捜査の過程で作成され,公務員が職務上現に保管し,検察官において入手が容易なもの」に該当し,弁護人の主張と開示を求める証拠との関連性も認められ,証拠開示の必要性も肯認できないではないなどとして,原決定の結論を是認し,特別抗告を棄却した。
 4 検察官が保管していない証拠について,証拠開示を命じることができるかについて最高裁が判断した先例としては,所論も引用する平成19年12月決定が,被告人の警察官調書の任意性が争われた事案について,警察官作成の取調べメモや備忘録等の開示を命じた原決定に対する検察官の特別抗告に対し,「証拠開示命令の対象となる証拠は,必ずしも検察官が現に保管している証拠に限られず,当該事件の捜査の過程で作成され,又は入手した書面等であって,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものを含む」とした上で,「取調警察官が,犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,当該事件の公判審理において,当該取調べ状況に関する証拠調べが行われる場合には,刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となりうる」と判示し,犯罪捜査規範13条備忘録に該当する文書について,その証拠開示を是認していた
 5 本決定も,問題となった警察官作成の取調べメモについて,その作成経過,保管の状況,入手の容易性を検討した上で,証拠開示を命じており,平成19年12月決定と同じ考え方を基本的に維持しているが,犯罪捜査規範13条備忘録該当性について言及することなく原判断を是認しており,犯罪捜査規範13条備忘録該当性が証拠開示の対象文書性を肯定するための必要条件ではないとの立場に立っていることが推測される。
 平成19年12月決定は,問題となる文書の存否さえ明らかにされず,様々な形態の取調べメモが想定しうる中で取調べメモの開示を命じた事案に関するものであったが,本決定は,問題となる文書が特定された上,その作成経過等を具体的に検討して開示を命じた事案に関するものであった。両決定の判断手法の相違はそのような事案の相違に由来すると思われ,本決定は,問題となる文書の作成経過を具体的に検討できる事案についての対象文書性の判断手法を示したものといえる。なお,本件で問題となった取調べメモは,取調べ前ないしは取調べの際に作成し,調書作成の際の記憶喚起に用いられたものである。
 6 本件では,弁護人の主張と本件メモの関連性の問題や本件メモの証拠開示の必要性も争われ,新規供述の信用性を争う弁護人の主張と警察官の取調べメモとの関連性を認め,開示の必要性も肯認できなくはないと判示している。
 検察官がその判例違反の主張において引用した前記東京高裁決定は,本件同様参考人取調べメモの主張関連証拠開示が求められた事案である。同決定は,参考人が矛盾した供述を行っているなどと主張し,供述の信用性を争って参考人取調べメモの開示を求めた弁護人の主張に対し,参考人供述の信用性を検討するには,一般的には,既に開示された同人の供述調書等を検討すれば足りるはずであり,更なる証拠の開示を求める具体的な事情の主張もないから,開示の必要性が乏しいなどと判示して,開示を認めなかった判断を是認したものである。
 本決定は,本件取調べメモについて「従前の取調べで新規供述に係る事項についてどのように述べていたか」という点に関する証拠と位置づけているものと思われるが,本件では弁護人が供述の変遷状況等を明確にするためには開示された供述調書に記載されていない問答を把握する必要性がある旨の主張を行っていたのであって,「取調べメモの開示を求める場合には供述調書の開示では足りない事情を明らかにすベき」とした前記東京高裁決定の考え方を否定しているものではないと推測される。
 反対意見も指摘するとおり,本件メモは,信用性が争われる供述が行われる以前の取調べにおいて作成されたもので,新規供述がなされた際の取調べ状況を吟味できるものではないが,多数意見は,本件メモによって参考人の過去の供述が明らかにされ,その内容を踏まえて新規供述の信用性が吟味されるという意味で,新規供述の信用性を争う主張と本件メモの関連性を認めている
 7 本決定は,証拠開示命令の対象文書性について,特定の文書の作成経過等を踏まえて最高裁が判断した初めての事例であり,証拠開示のその他の要件についての判断も含め,今後の同種事例の参考になるものと思われる。」