最高裁大法廷昭和47年12月20日刑集26巻10号631頁・刑訴百選【11版】A30事件(迅速な裁判・高田事件)
1 はじめに
本判例は、憲法37条1項の迅速な裁判の保障条項の趣旨及びそれに反した場合の救済手段について判断したものです。
2 前提となる知識
憲法37条1項 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
3 問題の所在
憲法37条1項はプログラム規定ではなく強行規定であること、及び、同条同項に違反した場合には非常救済手続として免訴(刑訴法337条4号)をすることができるかが問題となりました。
4 判旨
「弁護人の各上告趣意のうち憲法の違反または憲法の解釈の誤りをいう点について。
当裁判所は、憲法37条1項の保障する迅速な裁判をうける権利は、憲法の保障する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であると解する。
刑事事件について審理が著しく遅延するときは、被告人としては長期間罪責の有無未定のまま放置されることにより、ひとり有形無形の社会的不利益を受けるばかりでなく、当該手続においても、被告人または証人の記憶の減退・喪失、関係人の死亡、証拠物の滅失などをきたし、ために被告人の防禦権の行使に種々の障害を生ずることをまぬがれず、ひいては、刑事司法の理念である、事案の真相を明らかにし、罪なき者を罰せず罪ある者を逸せず、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現するという目的を達することができないことともなるのである。上記憲法の迅速な裁判の保障条項は、かかる弊害発生の防止をその趣旨とするものにほかならない。
もつとも、「迅速な裁判」とは、具体的な事件ごとに諸々の条件との関連において決定されるべき相対的な観念であるから、憲法の右保障条項の趣旨を十分に活かすためには、具体的な補充立法の措置を講じて問題の解決をはかることが望ましいのであるが、かかる立法措置を欠く場合においても、あらゆる点からみて明らかに右保障条項に反すると認められる異常な事態が生じたときに、単に、これに対処すべき補充立法の措置がないことを理由として、救済の途がないとするがごときは、右保障条項の趣旨を全うするゆえんではないのである。
それであるから、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判の保障条項によつて憲法がまもろうとしている被告人の諸利益が著しく害せられると認められる異常な事態が生ずるに至つた場合には、さらに審理をすすめても真実の発見ははなはだしく困難で、もはや公正な裁判を期待することはできず、いたずらに被告人らの個人的および社会的不利益を増大させる結果となるばかりであつて、これ以上実体的審理を進めることは適当でないから、その手続をこの段階において打ち切るという非常の救済手段を用いることが憲法上要請されるものと解すべきである。
翻つて本件をみるに、原判決は、「たとえ当初弁護人側から本件審理中断の要請があり、その後訴訟関係人から審理促進の申出がなかつたにせよ、一五年余の間全く本件の審理を行なわないで放置し、これがため本件の裁判を著しく遅延させる事態を招いたのは、まさにこの憲法によつて保障された本件被告人らの迅速な裁判を受ける権利を侵害したものといわざるを得ない。」という前提に立ちながら、「刑事被告人の迅速な裁判を受ける憲法上の権利を現実に保障するためには、いわゆる補充立法により、裁判の遅延から被告人を救済する方法が具体的に定められていることが先決である。ところが、現行法制のもとにおいては、未だかような補充立法がされているものとは認められないから、裁判所としては救済の仕様がないのである。」との見解のもとに、公訴時効が完成した場合に準じ刑訴法337条4号により被告人らを免訴すべきものとした第一審判決を破棄し、本件を第一審裁判所に差し戻すこととしたものであり、原判決の判断は、この点において憲法37条1項の迅速な裁判の保障条項の解釈を誤つたものといわなければならない。
そこで、本件において、審理の著しい遅延により憲法の定める迅速な裁判の保障条項に反する異常な事態が生じているかどうかを、次に審案する。
そもそも、具体的刑事事件における審理の遅延が右の保障条項に反する事態に至つているか否かは、遅延の期間のみによつて一律に判断されるべきではなく、遅延の原因と理由などを勘案して、その遅延がやむをえないものと認められないかどうか、これにより右の保障条項がまもろうとしている諸利益がどの程度実際に害せられているかなど諸般の情況を総合的に判断して決せられなければならないのであつて、たとえば、事件の複雑なために、結果として審理に長年月を要した場合などはこれに該当しないこともちろんであり、さらに被告人の逃亡、出廷拒否または審理引延しなど遅延の主たる原因が被告人側にあつた場合には、被告人が迅速な裁判をうける権利を自ら放棄したものと認めるべきであつて、たとえその審理に長年月を要したとしても、迅速な裁判をうける被告人の権利が侵害されたということはできない。
ところで、公訴提起により訴訟係属が生じた以上は、裁判所として、これを放置しておくことが許されないことはいうまでもないが、当事者主義を高度にとりいれた現行刑事訴訟法の訴訟構造のもとにおいては、検察官および被告人側にも積極的な訴訟活動が要請されるのである。しかし、少なくとも検察官の立証がおわるまでの間に訴訟進行の措置が採られなかつた場合において、被告人側が積極的に期日指定の申立をするなど審理を促す挙に出なかつたとしても、その一事をもつて、被告人が迅速な裁判をうける権利を放棄したと推定することは許されないのである。本件の具体的事情を記録によつてみるに、
(一)本件は、第一審裁判所である名古屋地裁刑事第3部で、検察官の立証段階において、被告人朴鐘哲ほか25名については昭和28年6月18日の第23回公判期日、被告人趙顕好ほか3名については昭和29年3月4日の第4回公判期日を最後として、審理が事実上中断され、その後昭和44年6月10日ないし同年9月25日公判審理が再び開かれるまでの間、15年余の長年月にわたり、全く審理が行なわれないで経過したこと、
(二)当初本件審理が中断されるようになつたのは、被告人ら総数31名中20名が本件とほぼ同じころに発生したいわゆる大須事件についても起訴され、事件が名古屋地裁刑事第一部に係属していたため、弁護人側から大須事件との併合を希望し、同事件を優先して審理し、その審理の終了を待つて本件の審理を進めてもらいたい旨の要望があり、裁判所がこの要望をいれた結果であること、
(三)大須事件が結審したのは、昭和44年5月28日であつたが、本件について審理が中断された段階では、裁判所も訴訟関係人も、大須事件の審理がかくも異常に長期間かかるとは予想していなかつたこと、
(四)昭和39年頃被告人団長および弁護人から、大須事件の進行とは別に、本件の審理を再び開くことに異議がない旨の意思表明が裁判所側に対してなされたこと、
(五)本件被告人中大須事件の被告人となつていたもののうち5名が被告人として含まれていた、いわゆる中村県税事件、PX事件および東郊通事件が名古屋地裁刑事第2部に係属しており、本件と同様大須事件との併合を希望する旨の申立が昭和27年頃弁護人からなされたが、右刑事第2部においてはこの点についての決定を留保して手続を進め、昭和31年頃、全証拠の取調を完了したうえ、論告弁論の段階で大須事件と併合することとして、次回期日を追つて指定する措置をとつたこと、
(六)本件審理の中断が長期に及んだにもかかわらず、検察官から積極的に審理促進の申出がなされた形跡が見あたらないこと、
(七)その間、被告人側としても、審理促進に関する申出をした形跡はなく消極的態度であつたとは認められるが、被告人らが逃亡し、または、審理の引延しをはかつたことは窺われないこと、
(八)その他第一審裁判所が本件について、かくも長年月にわたり審理を再び開く措置をとり得なかつた合理的理由を見いだしえないこと、の各事実を認めることができる。これら事実関係のもとにおいては、検察官の立証段階でなされた本件審理の事実上の中断が、当初被告人側の要望をいれて行なわれたということだけを根拠として、15年余の長きにわたる審理の中断につき、被告人側が主たる原因を与えたものとただちに推認することは相当ではない。次に、本件審理の遅延により、迅速な裁判の保障条項がまもろうとしている前述の被告人の諸利益がどの程度実際に害せられたかをみるに、記録によれば、
(一)本件のうち、いわゆる高田事件、民団事件については、第22回公判期日に行なわれた最後の証拠調までの間には、関係被告人らの具体的行動等についての証拠調はなされておらず、また同じくいわゆる大杉事件、米軍宿舎事件については未だ何らの証拠調もなされていなかつたこと、
(二)検察官がかねてより申請していた高田事件の共謀場所であるとする旧朝連瑞穂支部事務所や民団事件の犯行現場である大韓民国居留民団愛知県本部事務所の検証について、その後右両事務所消滅のゆえをもつてその申請が撤回されており、その他地理的状況の変化、証拠物の滅失などにより、被告人側に有利な証拠で利用できなくなつたものもあるのではないかと危倶されること、
(三)長年月の経過によつて、目撃証人やアリバイ証人はもとより被告人自身の記憶すら瞬味不確実なものとなり、かりに証人尋問や被告人質問をしたとしても、正確な供述を得ることが非常に困難になるおそれがあること、
(四)各被告人の検察官に対する各供述調書につき、被告人らは当初よりすべてその任意性を争い、ことに多数の被告人らにおいて、右任意性の有無の判断の一資料として取調警察官による暴行脅迫の事実があつたと主張しているのであるが、取調当時から長年月を経過した時点において警察官の証人尋問を行なつても果してどの程度真実を発見し得るかは甚だ疑わしく、その争点についての判断が著しく困難になるおそれがあること、などの事実が認められる。したがつて、もし、本件について、第一審裁判所である名古屋地裁刑事第三部が、前記刑事第二部と同じ審理方式をとり、全証拠を取り調べた後、論告弁論の段階で大須事件との併合を予定し、次回期日を追つて指定することとしていたならば、右の被告人側の不利益も大部分防止できたものと思われるが、かかる措置がとられることなく放置されたまま長年月を経過したことにより、被告人らは、訴訟上はもちろん社会的にも多大の不利益を蒙つたものといわざるをえない。以上の次第で、被告人らが迅速な裁判をうける権利を自ら放棄したとは認めがたいこと、および迅速な裁判の保障条項によつてまもられるべき被告人の諸利益が実質的に侵害されたと認められることは、前述したとおりであるから、本件は、昭和44年第一審裁判所が公判手続を更新した段階においてすでに、憲法37条1項の迅速な裁判の保障条項に明らかに違反した異常な事態に立ち至つていたものと断ぜざるを得ない。したがつて、本件は、冒頭説示の趣旨に照らしても、被告人らに対して審理を打ち切るという非常救済手段を用いることが是認されるべき場合にあたるものといわなければならない。刑事事件が裁判所に係属している間に迅速な裁判の保障条項に反する事態が生じた場合において、その審理を打ち切る方法については現行法上よるべき具体的な明文の規定はないのであるが、前記のような審理経過をたどつた本件においては、これ以上実体的審理を進めることは適当でないから、判決で免訴の言渡をするのが相当である。よつて、これと相反する判断をした原判決は、各上告趣意その余の点に判断を加えるまでもなく、刑訴法410条1項本文によつて破棄を免れず、被告人らに免訴を言い渡した本件各第一審判決は、結論において正当であるから、同法413条但書、414条、396条により、本件各被告人に対する検察官の控訴を棄却することとし、裁判官天野武一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。」
5 解説(判例タイムズ287号165頁)
「本判決は、検察官の立証段階の中途で審理を中断したまま15年余第一審が審理再開をしないまゝすごした、いわゆる高田事件についての上告審判決である。
第一審判決は、迅速な裁判の保障条項を、プログラム規定に留らず、刑事被告人の具体的権利を保障した強行規定と解し、本件審理中断継続により、被告人側が蒙つた不利益を具体的に認定したうえ、公訴時効が完成した場合に準じ、被告人らを免訴するのが相当という判断をした。
原判決は、第一審判決と同じく、憲法によって保障された被告人の迅速な裁判をうける権利が侵害されたことを認め乍らも「被告人の迅速な裁判を受ける憲法上の権利を現実に保障するためには、いわゆる補充立法により、裁判の遅延から被告人を救済する方法が具体的に定められていることが先決であり、補充立法がなされていないから裁判所としては救済の仕様がない。」との見地に立ち、「第一審判決は、刑訴法254条1項及び337条4号の解釈適用を誤り不法に免訴判決を言渡した違法を犯しているもの」とし、破棄差戻判決をした。
昭和23年12月12日大法廷判決・刑集2巻14号1853頁および昭和24年11月30日大法廷判決・刑集3巻11号1857頁は、いずれも傍論としてではあるが、「裁判が迅速を欠いたかどうかということは場合によっては係官の責任の問題を生ずるかも知れないけれども、そのため判決破棄の理由となるものではない」旨の判示をし、起訴後10年審理をしないまゝ放置された事件につき、昭和38年12月27日第2小法廷判決も、右二つの大法廷判決の判例を踏襲し上告を棄却していたため、最高裁判例は、迅速な裁判の保障条項をプログラム規定とみているというように理解されていたふしがあつたことは否定しえないところであつた。
本判決に関与された14名全員の裁判官は、反対意見の天野裁判官を含め、迅速な裁判の保障条項は、個々の刑事事件につき現実にこの保障条項に反すると認められる異常な事態が生じたときには、これに対処すべき具体的な補充的立法措置がなくとも、当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であるとの見解を示され、右保障条項が、補充立法をまたずに実現可能な強行法規であるという大法廷の判断が初めて世に示されたわけである。
迅速な裁判の保障条項は、米合衆国連邦憲法修正6条および米国の50州の州憲法に明定されており、更に遡れば、英国のマグナカルタに起源を発するものであるが、この保障条項の目的は、(1)公判に先立ち、不当に長く且つ虐待的に投獄されることから被告人をまもること、(2)起訴されることにより、被告人は、一般国民から差別され、職を失い、言論や結社の自由も自然制約を蒙ることになるが、このような公訴にともなう憂慮や懸念を最少限度のものにすること、(3)公判までに長年月がたつことにより、被告人は、防禦能力をそこなわれるに至り、反証としての証人や物証の利用も不能となり、また、被告人や証人の記憶もうすれる事態が生ずるわけであるが、このような事態にならないようにすることにあるといわれている(Klopper v.North Calorina,386 U.S.223〈1967〉)。
本判決は、記録上、被告人らが迅速な裁判をうける権利を自ら放棄したとは認めがたいこと、および迅速な裁判の保障条項によってまもられるべき被告人の諸利益が実質的に侵害されたと認定したうえ、本件は、被告人らに対し審理を打ち切るという非常救済手段を用いることが是認されるべき場合にあたり、判決で免訴の言渡をするのが相当であるとの結論に至っているが、その途上で示されている、右保障条項に反する事態に至っているか否かの判断基準は、将来の同種争点の事件に対し、指針を提供しているものである。
被告人が迅速な裁判をうける権利を自ら放棄したと認められる場合には、後になって、被告人側が迅速な裁判をうける権利を侵害されたと主張しえないことは当然のことであり、出廷拒否や審理引延ばしの挙に被告人側が出た場合、調書や記録にこれを明らかにしておくことが必要である。
反面、検察官の立証がおわるまでの間に、訴訟進行の措置が採られなかった場合において、被告人側が積極的に期日指定の申立をするなど審理を促す挙に出なかったとしても、その一事をもって被告人が迅速な裁判をうける権利を放棄したと推定することは許されないのであることも忘れられるべきではない(アメリカの下級審判決のいくつかが採っていた、いわゆるデマンデング・ルール、即ち、被告人側が審理促進の申立をしないと、迅速な裁判をうける権利を放棄したと推定されるという法則は、本件大法廷判決によれば、少くとも、検察官の立証がおわるまでの間には適用がないとされたものと解せられる)。」

