最高裁平成30年7月3日刑集72巻3号299頁・刑訴百選【11版】65事件(証人等の氏名・住所の秘匿)

1 はじめに

 本判例は、証人の氏名・住所等の秘匿措置を定める刑訴法299条の4,299条の5が証人審問権を定める憲法37条2項前段に反しないかが問題となりました。

2 前提となる知識

⑴憲法
37条2項
刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
⑵刑訴法 
299条の4
①検察官は、第299条第1項の規定により証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の氏名及び住居を知る機会を与えるべき場合において、その者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、弁護人に対し、当該氏名及び住居を知る機会を与えた上で、当該氏名又は住居を被告人に知らせてはならない旨の条件を付し、又は被告人に知らせる時期若しくは方法を指定することができる。 ただし、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるときその他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、この限りでない。
②第299条第1項の規定により証人の氏名及び住居を知る機会を与えるべき場合において、第271条の2第2項の規定により起訴状抄本等を提出した場合又は第312条の2第2項の規定により訴因変更等請求書面抄本等(同項に規定する訴因変更等請求書面抄本等をいう。以下この条及び次条第2項第1号において同じ。)を提出した場合(第312条第1項の請求を却下する決定があつた場合を除く。第7項において同じ。)であつて、当該氏名又は住居が起訴状に記載された個人特定事項のうち起訴状抄本等に記載がないもの又は訴因変更等請求書面(第312条第4項に規定する訴因変更等請求書面をいう。以下この条及び同号において同じ。)に記載された個人特定事項のうち訴因変更等請求書面抄本等に記載がないもの(いずれも第271条の5第1項(第312条の2第4項において読み替えて準用する場合を含む。)の決定により通知することとされたものを除く。第7項及び同号において同じ。)に該当し、かつ、第271条の2第1項第1号又は第2号に掲げる者のものに該当すると認めるときも、前項と同様とする。 この場合において、同項ただし書中「証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人」とあるのは、「証人」とする。
③検察官は、第1項本文の場合において、同項本文の規定による措置によつては同項本文に規定する行為を防止できないおそれがあると認めるとき(被告人に弁護人がないときを含む。)は、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなる場合その他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除き、被告人及び弁護人に対し、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の氏名又は住居を知る機会を与えないことができる。 この場合において、被告人又は弁護人に対し、氏名にあつてはこれに代わる呼称を、住居にあつてはこれに代わる連絡先を知る機会を与えなければならない。
④第299条第1項の規定により証人の氏名及び住居を知る機会を与えるべき場合において、第271条の3第3項又は第271条の4第4項(これらの規定を第三百十二条の二第四項において準用する場合を含む。第九項において同じ。)の規定により起訴状抄本等又は訴因変更等請求書面抄本等を提出した場合(第312条第1項の請求を却下する決定があつた場合を除く。第9項において同じ。)であつて、当該氏名又は住居が起訴状に記載された個人特定事項のうち起訴状抄本等に記載がないもの又は訴因変更等請求書面に記載された個人特定事項のうち訴因変更等請求書面抄本等に記載がないもの(いずれも第271条の5第1項又は第2項(これらの規定を第312条の2第4項において準用する場合を含む。)の決定により通知することとされたものを除く。第九項において同じ。)に該当し、かつ、第271条の2第1項第1号又は第2号に掲げる者のものに該当すると認めるときも、前項と同様とする。 この場合において、同項中「証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の供述」とあるのは「証人の供述」と、「その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の氏名」とあるのは「当該氏名」とする。
⑤第二項前段に規定する場合において、被告人に弁護人がないときも、第3項と同様とする。 この場合において、同項中「証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の供述」とあるのは「証人の供述」と、「その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の氏名」とあるのは「当該氏名」とする。
⑥検察官は、第299条第1項の規定により証拠書類又は証拠物を閲覧する機会を与えるべき場合において、証拠書類若しくは証拠物に氏名若しくは住居が記載され若しくは記録されている者であつて検察官が証人、鑑定人、通訳人若しくは翻訳人として尋問を請求するもの若しくは供述録取書等の供述者(以下この項及び第8項において「検察官請求証人等」という。)若しくは検察官請求証人等の親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、弁護人に対し、証拠書類又は証拠物を閲覧する機会を与えた上で、その検察官請求証人等の氏名又は住居を被告人に知らせてはならない旨の条件を付し、又は被告人に知らせる時期若しくは方法を指定することができる。 ただし、その検察官請求証人等の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるときその他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、この限りでない。
⑦第二百九十九条第一項の規定により証拠書類又は証拠物を閲覧する機会を与えるべき場合において、第271条の2第2項の規定により起訴状抄本等を提出した場合又は第312条の2第2項の規定により訴因変更等請求書面抄本等を提出した場合であつて、起訴状に記載された個人特定事項のうち起訴状抄本等に記載がないもの又は訴因変更等請求書面に記載された個人特定事項のうち訴因変更等請求書面抄本等に記載がないものが第271条の2第1項第1号又は第2号に掲げる者のものに該当すると認めるときも、前項と同様とする。 この場合において、同項中「その検察官請求証人等の氏名又は住居」とあるのは「これらに記載され又は記録されているこれらの個人特定事項」と、同項ただし書中「その検察官請求証人等」とあるのは「これらの個人特定事項に係る証人」とする。
⑧検察官は、第6項本文の場合において、同項本文の規定による措置によつては同項本文に規定する行為を防止できないおそれがあると認めるとき(被告人に弁護人がないときを含む。)は、その検察官請求証人等の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなる場合その他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除き、被告人及び弁護人に対し、証拠書類又は証拠物のうちその検察官請求証人等の氏名又は住居が記載され又は記録されている部分について閲覧する機会を与えないことができる。 この場合において、被告人又は弁護人に対し、氏名にあつてはこれに代わる呼称を、住居にあつてはこれに代わる連絡先を知る機会を与えなければならない。
⑨第299条第1項の規定により証拠書類又は証拠物を閲覧する機会を与えるべき場合において、第271条の3第3項又は第271条の4第4項の規定により起訴状抄本等又は訴因変更等請求書面抄本等を提出した場合であつて、起訴状に記載された個人特定事項のうち起訴状抄本等に記載がないもの又は訴因変更等請求書面に記載された個人特定事項のうち訴因変更等請求書面抄本等に記載がないものが第271条の2第1項第1号又は第2号に掲げる者のものに該当すると認めるときも、前項と同様とする。 この場合において、同項中「その検察官請求証人等の供述」とあるのは「これらの個人特定事項に係る証人の供述」と、「その検察官請求証人等の氏名又は住居」とあるのは「これらの個人特定事項」とする。
⑩ 第7項前段に規定する場合において、被告人に弁護人がないときも、第8項と同様とする。 この場合において、同項中「その検察官請求証人等の供述」とあるのは「これらの個人特定事項に係る証人の供述」と、「その検察官請求証人等の氏名又は住居」とあるのは「これらの個人特定事項」とする。
⑪ 検察官は、前各項の規定による措置をとつたときは、速やかに、裁判所にその旨を通知しなければならない。
299条の5
①裁判所は、検察官が前条第1項、第3項、第6項又は第8項の規定による措置をとつた場合において、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で、当該措置の全部又は一部を取り消さなければならない。
1 当該措置に係る者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがないとき。
2 当該措置により、当該措置に係る者の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるときその他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき。
3 検察官のとつた措置が前条第3項又は第8項の規定によるものである場合において、同条第1項本文又は第6項本文の規定による措置によつて第1号に規定する行為を防止できるとき。
②検察官が前条第2項、第4項、第5項、第7項、第9項又は第10項の規定による措置をとつた場合において、次の各号のいずれかに該当すると認めるときも、前項と同様とする。
1 当該措置に係る氏名若しくは住居又は個人特定事項が起訴状に記載された個人特定事項のうち起訴状抄本等に記載がないもの又は訴因変更等請求書面に記載された個人特定事項のうち訴因変更等請求書面抄本等に記載がないもの(第312条第1項の請求を却下する決定があつた場合における当該請求に係るものを除く。)に該当しないとき。
2 イ又はロに掲げる個人特定事項の区分に応じ、当該イ又はロに定める場合であるとき。
イ 被害者の個人特定事項  当該措置に係る事件に係る罪が第271条の2第1項第1号イ及びロに規定するものに該当せず、かつ、当該措置に係る事件が同号ハに掲げるものに該当しないとき。 
ロ 被害者以外の者の個人特定事項  当該措置に係る者が第271条の2第1項第2号に掲げる者に該当しないとき。 
3 検察官のとつた措置が前条第4項、第5項、第9項又は第10項の規定によるものである場合において、当該措置に係る個人特定事項が第271条の5第2項(第312条の2第4項において準用する場合を含む。)の決定により通知することとされたものに該当するとき。
4 当該措置により、当該措置に係る者の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるときその他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき。
5 検察官のとつた措置が前条第4項、第5項、第9項又は第10項の規定によるものである場合において、同条第2項又は第7項の規定による措置によつて第271条の2第1項第1号ハ(1)及び第1号イに規定する名誉又は社会生活の平穏が著しく害されること並びに同項第1号ハ(2)及び第2号ロに規定する行為を防止できるとき。
③ 裁判所は、第1項第2号又は第3号に該当すると認めて検察官がとつた措置の全部又は一部を取り消す場合において、同項第1号に規定する行為がなされるおそれがあると認めるときは、弁護人に対し、当該措置に係る者の氏名又は住居を被告人に知らせてはならない旨の条件を付し、又は被告人に知らせる時期若しくは方法を指定することができる。 ただし、当該条件を付し、又は当該時期若しくは方法の指定をすることにより、当該措置に係る者の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるときその他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、この限りでない。
④ 第2項第3号から第5号までに該当すると認めて検察官がとつた措置の全部又は一部を取り消す場合において、第271条の2第1項第1号ハ(1)若しくは第2号イに規定する名誉若しくは社会生活の平穏が著しく害されるおそれ又は同項第1号ハ(2)若しくは第2号ロに規定する行為がなされるおそれがあると認めるときも、前項と同様とする。 この場合において、同項中「者の氏名又は住居」とあるのは、「個人特定事項」とする。
⑤ 裁判所は、第1項又は第2項の請求について決定をするときは、検察官の意見を聴かなければならない。
⑥ 第1項又は第2項の請求についてした決定(第3項又は第4項の規定により条件を付し、又は時期若しくは方法を指定する裁判を含む。)に対しては、即時抗告をすることができる。

3 問題の所在(刑訴百選【11版】65事件解説1)

 「本件では,主に,新設された刑訴法299条の4, 299条の5が被告人の証人審問権を侵害し憲法37条2項前段に違反するかが争われた。
 刑訴法299条1項は,証人等(以下「証人」ともいう)の尋問を請求する際に,予め相手方に証人等の氏名や住居を知る機会を与えるべきものと規定する。しかし,それによって,証人等に対する加害行為等を生じさせる場合もある。それを防止する制度として,既に,加害行為等防止のための配慮(299 条の2) や証拠開示の際の被害者特定事項の秘匿要請(299 条の3) があるが,配慮や要請にとどまり実効性に乏しい。他方,証人の氏名・住居を知ることが被告人の防御に不可欠でない場合も考えられる。
 そこで,加害行為等を防止するとともに,証人等の安全を確保し,その負担を軽減することを通じて,同人から十分な協力を得て,より充実した公判審理を実現するため,平成28年刑訴法一部改正により,299 条の4, 299条の5が新設された(保坂和人ほか「刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)について(2) 」曹時69巻3号705頁以下)。各措置(……「条件付与等措置」,「代替開示措置」ともいう)の特徴は,秘匿事項に氏名も含まれる点(299条の2対照),条件付与等措置は検察官が弁護人に一定の不作為を義務付ける点,代替開示措置は弁護人にも証人等の氏名・住居を開示しないことを認める点(以上, 299条の2・299条の3対照)にある。これらは,従前の制度よりも強力な証人保護となるが,被告人の防御権に及ぼす影響も一層大きい。
 299条1項の趣旨は.相手方がそれを手掛かりに証人の信用性に関わる事情(利害関係偏見予断等)を事前に把握するなどして.反対尋問を効果的に行うことができるようにすることにある。そうすると各措置はその手段を剥奪するおそれがある。具体的にいうと,各措置は,被岩人側に.証人への反対尋問の機会を付与しつつ,証人の信用性に関わる事情の事前調査を行うのに有用なその氏名・住居を開示しないものであることから被告人側は事前検討が不十分なまま反対尋問をせさるをえなくなる。そのため,上記各規定が,刑事被告人は証人尋問の機会を充分に与えられるとする憲法37条2項前段に違反しないかが問題となった。特に代替開示措置は,弁護人にも氏名等を知らせないものてあるため,一層問題となる。」

4 判旨

 「1 本件抗告の趣意のうち,刑訴法299条の4,299条の5は,憲法37条2項前段に違反する旨の主張について
 (1) 刑訴法299条の4は,検察官が,証人,鑑定人,通訳人又は翻訳人(以下「証人等」という。)の尋問を請求するに際し,相手方に対し,証人等の氏名及び住居を知る機会を与えるべき場合において,証人等又はその親族に対する加害行為等のおそれがあるときには,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除き,1項において,弁護人にその証人等の氏名及び住居を知る機会を与えた上でこれらを被告人に知らせてはならない旨の条件を付す等の措置(以下「条件付与等措置」という。)をとることができるとし,2項において,条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときには,被告人及び弁護人に対し,その証人等の氏名又は住居を知る機会を与えず,証人等の氏名に代わる呼称,住居に代わる連絡先を知る機会を与える措置(以下「代替開示措置」という。)をとることができるなどとするものである。
 (2) 刑訴法299条の5は,1項において,被告人又は弁護人は,検察官のとった措置に不服があるとき,裁判所に対して裁定請求をすることができるとし,3項において,裁判所は,裁定請求について決定をするとき,検察官の意見を聴かなければならないとし、4項において,裁判所の決定に不服があるとき,即時抗告をすることができるなどとするものである。
 (3) 条件付与等措置及び代替開示措置は,証人等又はその親族に対する加害行為等のおそれがある場合に,弁護人に対し証人等の氏名及び住居を知る機会を与えた上で一定の事項が被告人その他の者に知られないようにすることを求めることなどでは,証人等の安全を確保し,証人等が公判審理において供述する負担を軽減することが困難な場合があることから,加害行為等を防止するとともに,証人等の安全を確保し,証人等が公判審理において供述する負担を軽減し,より充実した公判審理の実現を図るために設けられた措置であると解される。このうち,代替開示措置については,検察官が,被告人及び弁護人に対し,証人等の氏名又は住居を知る機会を与えなかったとしても,それにより直ちに被告人の防御に不利益を生ずることとなるわけではなく,被告人及び弁護人は,代替的な呼称又は連絡先を知る機会を与えられることや,証人等の供述録取書の取調べ請求に際してその閲覧の機会が与えられることその他の措置により,証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめ,予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができる場合があり,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないこととなる場合があるということができる。
 (4) しかしながら,検察官は,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには,条件付与等措置も代替開示措置もとることができない。さらに,検察官は,条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときに限り代替開示措置をとることができる。裁判所は,検察官が条件付与等措置若しくは代替開示措置をとった場合において、加害行為等のおそれがないとき,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき,又は検察官が代替開示措置をとった場合において,条件付与等措置によって加害行為等を防止できるときは,被告人又は弁護人の裁定請求により,決定で,検察官がとった措置の全部又は一部を取り消さなければならない裁定請求があった場合には,検察官は,裁判所からの意見聴取において,刑訴法299条の5第1項各号に該当しないことを明らかにしなければならず,裁判所は,必要なときには,更に被告人又は弁護人の主張を聴くなどすることができるということができる。そして,裁判所の決定に対しては,即時抗告をすることができる。これらに鑑みれば,刑訴法299条の4,299条の5は,被告人の証人審問権を侵害するものではなく,憲法37条2項前段に違反しないというべきである。
 (5) 以上のように解すべきことは,当裁判所の判例(最高裁昭和……24年5月18日大法廷判決・刑集3巻6号789頁,最高裁昭和……25年9月27日大法廷判決・刑集4巻9号1774頁,最高裁昭和……27年4月9日大法廷判決・刑集6巻4号584頁)の趣旨に徴して明らかである。
 2 その余の主張について
 刑訴法299条の5の憲法37条1項違反をいう点は,刑訴法299条の5は、所論のいうように受訴裁判所の裁判官に係属中の被告事件について予断を抱かせるものではないから(最高裁昭和……25年4月12日大法廷判決・刑集4巻4号535頁参照),前提を欠き,その余は単なる法令違反の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 3 よって,刑訴法434条,426条1項により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。」

5 解説(判例タイムズ1470号27頁)

 「1 本件は,被告人が,共犯者らを報酬あるいは暴力によって支配し,これらの者を背後から意のままに動かすことにより,平成21年から同23年にかけ,自らの意に沿わない者5名に対し,逮捕監禁するなどした上,このうち2名を殺害するとともに,1名を監禁の途中で予期せず死亡させるなどしたとして,平成24年から同27年までの間に公訴が提起された殺人等被告事件について,検察官がした証人等の氏名等の代替開示措置に関する特別抗告事件である。
 2 上記被告事件の主たる争点は,共犯者らとの共謀であるが,共犯者らのうち主要な実行行為を行ったとされる者が否認し,2名の遺体も発見されていないことなどから,多数の証人尋問が請求され,そのうち,かつて被告人の配下にあって犯行に関わった者,被害者あるいは被害者側の人物として事情を知る者,犯行場所と被告人のつながりを知る者など,合計16名の証人について,検察官が,刑訴法299条の4第2項により,被告人及び弁護人に対し,その住居を知る機会を与えず,住居に代わる連絡先として神戸地検姫路支部の連絡先を知らせる措置(本件代替開示措置)をとった。
 3 これに対し,弁護人が,刑訴法299条の5第1項により,裁判所に対し,本件代替開示措置の取消しを求めて裁定請求をしたが棄却され,即時抗告も棄却されたため,特別抗告を申し立て,刑訴法299条の4,299条の5は,被告人の証人審問権を保障した憲法37条2項前段,公平な裁判所の裁判を受ける権利を保障する憲法37条1項に違反するとともに,無罪推定を受ける権利を保障した市民的及び政治的権利に関する国際規約14条2項に違反すると主張した。
 4 本決定は,本件抗告の趣意のうち,刑訴法299条の4,299条の5が憲法37条2項前段に違反する旨の主張について,刑訴法299条の4,299条の5は,被告人の証人審問権を侵害するものではなく,憲法37条2項前段に違反しないとし,刑訴法299条の5が憲法37条1項に違反する旨の主張については,刑訴法299条の5は,所論のいうように受訴裁判所の裁判官に係属中の被告事件について予断を抱かせるものではないから,前提を欠き,その余は単なる法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらないとした。
 5 刑訴法299条1項は,「検察官,被告人又は弁護人が証人,鑑定人,通訳人又は翻訳人の尋問を請求するについては,あらかじめ,相手方に対し,その氏名及び住居を知る機会を与えなければならない。証拠書類又は証拠物の取調を請求するについては,あらかじめ,相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない。但し,相手方に異議のないときは,この限りでない。」と規定する。しかし,他方で,相手方に対し証人等の氏名及び住居を知る機会を与えることにより,証人等に対する加害行為等のおそれを生じさせる場合もないではない。
 刑訴法299条の4,299条の5は,刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)によって新設された規定であり(平成28年6月3日公布,同年12月1日施行),証人等に対する加害行為等を防止するとともに,証人等の安全を確保し,証人等が公判審理において供述する負担を軽減し,より充実した公判審理の実現を図るための,より実効性のある方策を規定したものである(保坂和人ほか「刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)について(2)」法曹時報69巻3号39頁〔平成29年〕)。
 6 本決定は,刑訴法299条の4,299条の5が憲法37条2項前段に違反しないということを説示するに当たり,まず,証人等の氏名又は住居を知る機会を与えられなかったとしても,それにより直ちに被告人の防御に不利益を生ずることとなるわけではなく,被告人及び弁護人は,代替的な呼称又は連絡先を知る機会を与えられることや,証人等の供述録取書の取調べ請求に際してその閲覧の機会が与えられることその他の措置により,証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめ,予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができる場合があり,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないこととなる場合があることを指摘する。①開示された証拠から,証人が被告人側の知っている特定の人物であることが分かる場合,②証人が,たまたま現場に居合わせて事件を目撃した者であって,被告人等と利害関係を有しないことが明らかな場合などにおいては,代替開示措置がとられたとしても,証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無等を確かめ,予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができ,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがない場合があるであろう。また,代替開示措置がとられたとしても,弁護人が,証人等との面談を要請し,検察官が,証人等にその旨連絡して,証人等の承諾の下,場所を提供し,弁護人に対して,証人等との面会の機会を与える措置がとられた場合などにおいては,証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無等を確かめ,予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができ,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないこととなる場合があるであろう。以上のとおり,代替開示措置がとられたとしても,それにより直ちに被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるということになるわけではない場合があるといえるであろう(同旨,川出敏裕『刑事手続法の論点』166,170,171頁〔令和元年〕)。
 7 本決定は,以上を前提に,刑訴法299条の4,299条の5は憲法37条2項前段に違反しない理由として,まず,これらの規定が,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには代替開示措置をとることができない旨規定していることを指摘する。被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときというのは,予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができず反対尋問を実効的に行うための準備をすることができないことをいうものと考えられるが,前記のとおり,代替開示措置がとられたとしてもそれにより直ちに被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるということになるわけではない場合があり,刑訴法299条の4,299条の5は,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには代替開示措置をとることができない旨規定しているのであるから,これらの規定が憲法37条2項前段に違反するというのは困難であるというほかないと解される(同旨,川出170頁)。
 8 本決定は,刑訴法299条の4,299条の5は憲法37条2項前段に違反しない理由として,次に,これらの規定が,条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときに限り代替開示措置をとることができる旨規定していることを指摘する。弁護人が選任されている場合において条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときとしては,①被告人に証人等の氏名又は住居が知られた場合には,当該証人等に対する深刻な加害行為等のおそれが強く,これを確実に防止するためには,弁護人の過失により被告人に証人等の氏名又は住居を知らせてしまう可能性も排除しておく必要があることから,弁護人に対しても知らせないこととせざるを得ないような場合,②被告人が,弁護人に対し,証人等の氏名又は住居を教示するよう強く求めている場合など,弁護人が被告人に対してこれらを秘匿することに困難が予想される場合,③弁護人が,被告人の所属する暴力団組織に,被告人の事件の証拠の内容を漏らしているなどの事情があり,弁護人と暴力団組織の癒着が疑われる場合などが考えられる。これらに鑑みれば,代替開示措置をとることができるのは,かなり限定的であるということになる。もとより,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには代替開示措置をとることができないのであるから,条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないときに限り代替開示措置をとることができるということは,同措置が憲法37条2項前段に違反しないということとの関係では,その合憲性を支えるものとして指摘されていると考えられる。
 9 本決定は,刑訴法299条の4,299条の5は憲法37条2項前段に違反しない理由として,さらに,①裁判所は,検察官が条件付与等措置若しくは代替開示措置をとった場合において,加害行為等のおそれがないとき,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき,検察官が代替開示措置をとった場合においては,条件付与等措置によって加害行為等を防止できるとき,被告人又は弁護人の裁定請求により,決定で,検察官がとった措置の全部又は一部を取り消さなければならないこと,②裁定請求があった場合には,検察官は,裁判所からの意見聴取において,刑訴法299条の5第1項各号に該当しないことを明らかにしなければならず,裁判所は,必要なときには,更に被告人又は弁護人の主張を聴くなどすることができるということができること,③そして,裁判所の決定に対しては即時抗告をすることができることを指摘する。これらは,代替開示措置がとられたことにより被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認められる場合などに関してそのような事態を是正する手続であり,このような手続が設けられていることは,代替開示措置について定める規定の合憲性を担保するものとして指摘されていると考えられる。
 10 本決定は,以上の諸点から,刑訴法299条の4,299条の5は,被告人の証人審問権を侵害するものではなく憲法37条2項前段に違反しないとし,このように解すべきことは,判文に掲記の最高裁判所の判例の趣旨に徴して明らかであるとする。これらの判例は,一定の要件の下,証人に対して直接に審問する機会を与えずに,伝聞証拠の取調べを許容することも,被告人の証人審問権を侵害するものではない旨判示したものであり,証人審問権の機会が与えられていない場合であっても憲法37条2項前段違反になるわけではないとするこれらの判例の趣旨に徴すれば,証人審問の機会がある場合について同項違反をいうのは困難であろう。
 11 なお,刑訴法299条の5の裁定請求において,裁判所は,証人等に対する加害行為等のおそれがあるか否か,証人等の氏名又は住居を開示することに代えて代替開示措置をとることにより被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないか否か,条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるか否かを判断するのであるから,受訴裁判所の裁判官に,係属中の被告事件について予断を抱かせるものではなく,刑訴法299条の5が憲法37条1項に違反する旨の主張は前提を欠くというほかないであろう。
 12 本決定は,刑訴法299条の4,299条の5について憲法37条2項前段に違反しないということを最高裁が初めて判断したものであり,これらの規定が合憲とされる理由を判示するものとして,今後の実務の参考になる判断を提供するものと考えられる。
 なお,改正法施行から本件原決定後の平成30年4月までの間に,弁護人からの刑訴法299条の5第1項の裁定請求を認め代替開示措置を取り消した証人等の数は6件あり,裁定請求を棄却したものは本件のほかには見当たらないことからは,慎重な判断がされていることが看取される。」

6 関連する判例(最高裁令和6年4月24日集刑333号289頁重要判例解説令和6年度刑訴1事件)

⑴判旨

 「本件抗告の趣意は、刑訴法207条の2の規定について、被疑者を勾留するに当たり、その理由を被疑事件を特定して告げるものとはいえず、また、被疑者が弁護人に依頼する権利を侵害するとして、憲法34条違反をいうが、勾留を請求された被疑者に裁判官が被疑事件を告げるに当たり、刑訴法207条の2第2項の規定する、個人特定事項を明らかにしない方法によったとしても、その余の事項から当該被疑事件を特定することができ、また、同条は、被疑者が弁護人に依頼する権利を行使することを妨げるものでもないから、前提を欠き、同法433条の抗告理由に当たらない。
 よって、同法434条、426条1項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」

⑵前提となる知識

刑訴法201条の2第1項柱書
検察官又は司法警察員は、次に掲げる者の個人特定事項(氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項をいう。以下同じ。)について、必要と認めるときは、第199条第2項本文の請求と同時に、裁判官に対し、被疑者に示すものとして、当該個人特定事項の記載がない逮捕状の抄本その他の逮捕状に代わるものの交付を請求することができる。
刑訴法207条の2(被疑者の勾留手続における個人特定事項の秘匿措置)
①検察官は、第201条の2第1項第1号又は第2号に掲げる者の個人特定事項について、必要と認めるときは、前条第1項の勾留の請求と同時に、裁判官に対し、勾留を請求された被疑者に被疑事件を告げるに当たつては当該個人特定事項を明らかにしない方法によること及び被疑者に示すものとして当該個人特定事項の記載がない勾留状の抄本その他の勾留状に代わるものを交付することを請求することができる。
②裁判官は、前項の規定による請求を受けたときは、勾留を請求された被疑者に被疑事件を告げるに当たつては、当該請求に係る個人特定事項を明らかにしない方法によるとともに、前条第5項本文の規定により勾留状を発するときは、これと同時に、被疑者に示すものとして、当該個人特定事項を明らかにしない方法により被疑事実の要旨を記載した勾留状の抄本その他の勾留状に代わるものを交付するものとする。ただし、当該請求に係る者が第201条の2第1項第1号又は第2号に掲げる者に該当しないことが明らかなときは、この限りでない。

⑶解説(判例秘書:L07910013。LIC提供)

 「1 本件の経緯等
(1) 本件事案の詳細は不詳であるが、未成年の女性を被害者とする性的犯罪等に係る被疑事件である。被疑者は通常逮捕を経て勾留されたが、勾留の手続においては検察官の請求により刑訴法207条の2に依拠して被害者の氏名は秘匿され、勾留状別紙における被疑事実の記載では、犯行日時その他の事項により特定されていた。勾留決定に対し、弁護人は準抗告を申し立てたが、神戸地方裁判所がこれを棄却した。
 この準抗告棄却決定に対して、弁護人は、刑訴法207条の2等について法令違憲(憲法34条違反)を主張して特別抗告をした。特別抗告の申立理由は、以下の2点である。
① 理由を告げられていないこと
 憲法34条は、「何人も理由を直ちに告げられ・・・なければ、抑留又は拘禁されない。」と定めるところ、ここに「理由」とは、犯罪の嫌疑であるが、その嫌疑は、十分特定された具体的事実として告げられる必要がある。そして、被疑事実の要旨のうち、被害者が誰かということは、その根本に関わることであり、被害者の氏名を秘匿した状態で被疑事実の要旨を告げたとしても、被疑事実が十分な特定性を持つ具体的事実として告げられたことにはならず、憲法34条にいう「理由」を告げたことにはならない。
② 弁護人依頼権の侵害であること
 この主張は、令和5年改正刑訴法(令和5年法律第28号)の施行に伴う弁護士会の刑事弁護に関する運用などを踏まえて考えると、次のような趣旨だと思われる。憲法34条は、「何人も、・・・直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」と定めているところ、弁護士は現に受任している依頼者と、他の依頼者すなわちこれから弁護人になろうとする被疑者の利益が相反する場合には、弁護人となることができない(弁護士職務基本規程28条3号)。しかるに、刑訴法207条の2の制度では、被疑者・被告人だけでなく少なくとも受任の時点では、弁護人にも被害者の氏名が開示されないので、これでは受任しようとしている事件が利益相反に該当するか否かを判断することができず、弁護士倫理上は被害者氏名の秘匿措置が取られている事件については一律に受任を断るべきだということにならざるを得ない。これは被疑者・被告人側からみれば、憲法で保障された弁護人選任権の侵害である。
(2) 本決定は、弁護人の憲法違反の主張に対し、上記①の点については、「勾留を請求された被疑者に裁判官が被疑事件を告げるに当たり、刑訴法207条の2第2項の規定する、個人特定事項を明らかにしない方法によったとしても、その余の事項から当該被疑事件を特定することができ(る。)」とし、また、上記②の点については、「同条は、被疑者が弁護人に依頼する権利を行使することを妨げるものでもない」と述べて、いずれも前提を欠き、刑訴法433条の抗告理由に当たらないとして本件特別抗告を棄却した。
2 解説
(1) 性犯罪などの被害者の情報を保護することを定めた改正刑訴法(令和5年法律第28号)が令和6年2月15日に施行され、これにより逮捕、勾留や起訴に際して、被害者の氏名等を被疑者や被告人に明らかにしないまま、刑事手続を進められるようになった。本決定は、この改正のうち新設された刑訴法207条の2(被疑者の勾留手続における個人特定事項の秘匿措置)に関するものである。同条によれば、検察官は、不同意性交等の罪の被害者らや個人特定事項が被疑者に知られることによりその者の名誉又は社会生活上の平穏が著しく害されるおそれのある者等の個人特定事項について、必要と認めるときは、勾留請求と同時に裁判官に対し、被疑者に被疑事件を告げるに当たっては当該個人特定事項を明らかにしない方法によること、被疑者に示すものとして、当該個人特定事項の記載がない勾留状抄本等を交付することを請求できるものとされた(同法207条の2第1項)。そして、裁判官は、この請求を受けたときは、勾留を請求された被疑者に被疑事件を告げるに当たっては、個人特定事項を明らかにしない方法によるとともに、勾留状を発するときは、被疑者に示すものとして、当該個人特定事項を明らかにしない方法により被疑事実の要旨を記載した勾留状抄本などを交付するものとされる(同条2項)。
 この刑訴法改正の背景は、次のようなものである。元来、逮捕状、勾留状、起訴状などに被疑事実や公訴事実を記載するに当たっては、被害者のある事件では事実を特定するために、その氏名、年齢、住所などによることが最も直截な方法であり、実際にもそのように運用されてきた。しかし、例えば、性犯罪の被害者等は、公開の法廷でその氏名などが明らかにされると名誉やプライバシー等が著しく侵害されるおそれがあるとの問題意識から平成19年刑訴法改正によって裁判所の決定により公開の法廷における被害者の氏名等(被害者特定事項)の秘匿措置をとることができるようになり(同法290条の2)、また、証拠開示の際の被害者特定事項秘匿の要請などが定められた(同法299条の3)。しかし、これらは刑事手続のごく一部の場面での配慮にすぎないことから、依然として性犯罪などでは面識のない加害者に名前を知られたくないとの被害者側の意向で起訴に至らなかったり、起訴状等に記載された情報をもとに被害者が特定され二次被害を受けたりするおそれが指摘されていた。このような状況を受けて刑事手続全体を視野に入れた上記令和5年刑訴法改正が行われた(特に、同法271条の2参照)のである。
(2) 上記①の点について
 勾留を決定する前に、裁判官は被疑者に対し被疑事件を告げ、弁解の機会を与えなければならない(刑訴法207条1項、61条)。勾留質問の手続であり、憲法34条に基礎を持つ。勾留質問では、裁判官が被疑者に被疑事実を告げて、その陳述を聞くことになるが、本件で弁護人は、被疑者が裁判官から被疑事件を告げられる際、事実を特定するうえで重要な被害者の氏名等が秘匿された状態で告げられても、防御権保障の観点からは不十分で、憲法34条にいう「理由」を告げられたことにはならない旨主張したわけである。
 これについては、確かに、被害者の氏名等の個人特定事項は被疑事実を特定する上で有効なものであることは間違いないものの、不可欠なものでないことも明らかで、その他の事項により特定することができれば被疑事件の特定に問題はない。これまでの実務においても、親権者の氏名や犯罪場所などを利用することで被害者の氏名や生年月日を使わずに被疑事実を記載することも実務上の工夫として一部行われていたところである。
 本決定は、欠前提の処理をしている。憲法違反の主張の前提となる事実が認められない場合、前提を欠く主張として、適法な上告理由に当たらないとされる(最大判昭25.4.26判例秘書L00510129・刑集4巻4号697頁)。また、憲法違反の主張の前提となる法律見解が正当でなく、前提を欠くとして不適法とされた事例もある(最一小決昭39.8.13判例秘書L01910329・刑集18巻7号437頁)。そして、上記のように本件では、被害者の個人特定事項を明らかにしない方法によったとしても、その余の事項から被疑事件の内容を特定できる以上、勾留質問において被疑事件を告げたことにはならないとはいえないから、違憲主張の前提を欠くので、その結論は支持できる。
(3) 上記②の点について
 刑訴法207条の2の規定は、被疑者の弁護人依頼権を侵害するので憲法34条に違反するとの主張は、やや分かりにくいところがあるが、その内容は次のようなものだと思われる。弁護士職務基本規程により、弁護士は現に受任している依頼者と、他の依頼者(弁護人になろうとする相手=被疑者)の利益が相反する場合には弁護人となることができない。しかるに、被疑者の勾留手続における個人特定事項の秘匿措置(同法207条の2)は、被疑者・被告人だけでなく、少なくとも受任の時点では弁護人にも被害者の氏名等(個人特定事項)が開示されない。これでは、弁護士側から見れば、受任しようとしている事件が利益相反にあたるか否かを判断することができない(現に受任している依頼者と被害者との関係如何によっては利益相反に当たることがあり得る。)ので、被害者の特定事項が秘匿されている事件については一律に受任を断るべきだということにならざるを得ない、そして、これは被疑者側からみれば、憲法で保障された弁護人依頼権が侵害されていることになる。本件弁護人の主張の趣旨は、このようなものと理解できる。
 確かに、受任するか否かを決める時点で利益相反に当たるか否かを判断しにくい事例があることはそのとおりであろう。しかし、現に受任している依頼者と被害者との関係から利益相反に当たるような事例は、そもそも非常に稀なものであることは明らかである。しかも、一旦受任した上で、利益相反が判明した場合には、その時点で辞任すればよいのであり、最初から、被害者特定事項が秘匿されている事件については弁護人となろうとする者は一律に受任を断るべきであるとの主張は、飛躍があって相当でないというべきである。
 本決定は、②の主張に対して、「被疑者が弁護人に依頼する権利を行使することを妨げるものでもない」と述べて結論だけを示しているが、併せて前提を欠くとしているので、上記と同様の考え方に立っているとみてよいように思われる。
(4) 本決定は、憲法の規定との関係が問題になり得る改正刑訴法207条の2の新設規定について、最高裁が簡潔な理由を付してその合憲性を確認したものであって、同条及び関連規定の安定的な運用に資することになると思われるので、紹介する次第である。 (LIC提供)」