最高裁平成6年9月8日刑集48巻6号263頁・刑訴百選【11版】21事件・場所に対する令状で人の身体を捜索することができるか等
1 はじめに
本判例は、甲の居住する場所に対する捜索差押許可状によって、そこに同居する乙がその場で携帯していたボストンバッグについて捜索することの適否について、甲の居住する場所に対する捜索差押許可状により、そこに同居する乙がその場で携帯していたボストンバッグについても捜索することができるとしたものです。
2 前提となる知識
⑴ 刑訴法102条
①裁判所は、必要があるときは、被告人の身体、物又は住居その他の場所に就き、捜索をすることができる。
②被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができる。
⑵ 刑訴法218条
①検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索、電磁的記録提供命令又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。
②以下略
⑶ 刑訴法219条
①前条の令状には、被疑者若しくは被告人の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、身体若しくは物、提供させるべき電磁的記録、提供させるべき者及び提供の方法、検証すべき場所若しくは物又は検査すべき身体及び身体の検査に関する条件、有効期間及びその期間経過後は差押え、捜索若しくは検証に着手し、又は電磁的記録提供命令をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。
②以下略
3 問題の所在
実務上、捜索令状に記載された捜索場所に居る人がその身体(着衣を含む)や所持品の中に捜索の目的物を隠匿している疑いがあるがその身体や所持品自体に対する捜索令状は発付されていない場合(捜索対象を「捜索場所に在所する人の身体およひ所持品」と記載する捜索令状は原則として特定の要請を満たさないものであってこれを発付できない……)捜査機関は強制力を用いたいたいかなる処分を実行できるかという問題が生じ得ます(刑訴百選【11版】21事件解説1)。
4 判旨
https://www.courts.go.jp/hanrei/50146/detail2/index.html
「弁護人若松芳也の上告趣意は、違憲をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、原判決の是認する第一審判決の認定によれば、京都府中立売警察署の警察官は、被告人の内妻であった甲に対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき、同女及び被告人が居住するマンションの居室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け、平成3年1月23日、右許可状に基づき右居室の捜索を実施したが、その際、同室に居た被告人が携帯するボストンバッグの中を捜索したというのであって、右のような事実関係の下においては、前記捜索差押許可状に基づき被告人か携帯する右ボストンバッグについても捜索できるものと解するのが相当であるから、これと同旨に出た第一審判決を是認した原判決は正当である。
よって、同条414条、386条1項3号、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」
5 解説
⑴ 本判例の評釈である判例タイムズ868号158頁を引用します。
「一 本件は、被告人が覚せい剤約330.85グラムを営利目的で所持したという事案において、右覚せい剤が違法収集証拠であるとしてその証拠能力が争われたものである。
すなわち、右覚せい剤の発見押収の経過は、捜査官が、被告人の内妻に対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき、同女及び被告人が居住するマンションの居室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け、右許可状に基づき右居室の捜索を実施した際、同室にいた被告人が携帯するボストンバッグの中を捜索し、本件覚せい剤を発見したことから、覚せい剤営利目的所持の被疑事実により被告人を現行犯逮捕するとともに、逮捕の現場における差押えとして右覚せい剤を差し押さえたというものであり、右捜索差押手続の適法性が争われたものである。
二 本決定は、本件場所に対する捜索差押許可状によってその場所に居住する被告人がその場で携帯するボストンバッグについて捜索できるかとの争点につき、これを肯定した一、二審判決を是認する旨の職権判断をした。
三 本件のような場合における捜索の適否に関する最高裁の判断はこれまでなく、下級裁の裁判例としては、場所に対する捜索差押許可状によってその場所で生活していた者がその場から持ち出そうとしたバッグにつき捜索したことを適法としたものがあり(京都地決昭48・12・11本誌307号305頁、判時743号117頁)、学説も、通常そこにいる人の所持する物については、「その場所にある物」として捜索差押えの対象になるとするもの(山本正樹・同志社法学26巻4号76頁)、捜索場所に居合わせた者の携帯する手提げ鞄等について、もともと捜索場所にあった物と認められるものであれば捜索の対象として差し支えないとするもの(田宮裕編著・刑事訴訟法I376頁〔青木吉彦〕)など、肯定的見解が目につく。
なお、場所に対する捜索令状によって捜索場所に居合わせた者の身体の捜索が許されるかについては、多くの見解があるが、下級裁裁判例は、一定の条件の下でこれを肯定しており(東京高判平6・5・11本誌861号299頁等)、学説も同様の見解が有力である(島田仁郎・新版令状基本問題574頁)。
四 本決定の理由としては、(1) 捜索場所の居住者は、被疑事件又は被疑者となんらかの関係があって差押えの目的物を所持しているのではないかとの疑いを抱かせるものであるから、その者の所持品につき捜索する必要性は大きいこと、(2) 人が携帯するバッグ等の捜索は、例えば上着ポケット内の財布等身体に密着させて所持する物の捜索と異なり、これを携帯する人の身体の捜索を伴うものではなく、あくまで当該物の捜索にすぎないから、これを捜索することによる権利の侵害は身体の捜索の場合に比較して小さいといってよいこと、(3) 捜索場所の居住者がその場でバッグ等を携帯している場合には、右バッグ等は未だ捜索場所から離脱したものではないと見ることが可能であり、これらを捜索場所にある物と同一視して捜索場所に含ませて考えても不合理と思われないことが挙げられよう。
五 捜索の適法性については実務上争点となることが少なくないが、本決定は、捜索の適法性が肯定される一類型について最高裁の判断が示されたものとして意義がある。」
⑵刑訴百選【11版】21事件解説
次に、本判例の評釈である刑訴百選【11版】21事件解説を一部引用します。
ア 捜索が許される範囲(解説2⑴)
同解説は、「場所」(刑訴法219条1項)の概念として、①捜索場所に置かれた物、②捜索場所に居る人の身体、③捜索場所に居る人の携帯品に分けて検討をします。
①捜索場所に置かれた物については、「捜索すべき場所に置かれた物に対する利益は,場所に対する利益に包摂されている。住居等についていえば,そこで保護されるべき利益は,そこに居住し.あるいは定常的にそこを使用する人のプライハシーや生活その他の泊動に係る権利・利益の総体でありその用に共されるためにその場所に置かれている物に対する利益は,権利・利益の総体に包摂され, これと一体をなすものである(井上正仁『強制処分と任意捜査』〔新版〕317頁)。したがって,そうした物は場所の概念に含まれるのであり裁判官も,それを削提として.楊所に対する捜索の「正当な理由」(憲法35条)の存否を判断して令状を発付しているとされる(川出敏裕『判例講座刑事訴訟法〔捜杏・証拠篇〕〔第2版〕』[2021]140頁)。」(※一部を加筆しています)「場所に対する捜索令状により,個別に同令状に記載されていない物についても捜索が許されるのはそのためである……。」「ただしそうであるがゆえに捜索場所の居住者等でなく偶然居合わせた第三者がそこに置いていた物に対する利益は,場所に対するそれに包摂されるとはいえず,したがって捜索場所の概念に含まれない……。当該物を捜索するにはそれを捜索対象として明示した令状を要する。」
②捜索場所に居る人の身体については、「捜索場所に居る人が同所の居住者等であるか,たまたま居合わせた人であるかを問わず,その身休に対する捜索によって侵害される利益(人格の腺厳や人身の自由〔三井誠「刑事手続法(1)〔新版〕」[1997] 45 頁〕)は,場所に対する利益とは異質てある。したがって.人の身体が場所の概念に含まれるということはない……。」「裁判例の中には.「場所に対する捜索差押許可状の効力は当該捜索すべき場所に現在する者が当該差し押さえるべき物をその着衣・身休に隠匿所持していると疑うに足りる相当な理由があり.許可状の目的とする差押を有効に実現するためにはその者の着衣・身体を捜索する必要が認められる具体的な状況の下においては.その者の着衣・身体にも及ぶものと解するのが相当である(もとより「捜索」許可状である以上.着衣・身体の捜索に限られ.身体の検査にまで及ばないことはいうまでもない。)」と判示したものがある(東京高判平成6年5月11日判夕861号299頁)。その趣旨が差押目的物を「隠匿所持しているなどの事l肯がある場合には.本来の捜索対象である
「場所」が人の身体にまで拡張されるということであれば疑問である。そのような事情が認められるからといって場所と人の身体に対する利益の異質性が解消されるわけではない(川出・前掲145頁)からである。」なお、東京高判平成6年5月11日判夕861号299頁は本判例の評釈である本判例の評釈である判例タイムズ868号158頁も先例として指摘しています。
③捜索場所に居る人の携帯品については、「物が捜索場所に置かれているのではなく,人によって携帯されている場合その捜索の適否は,人が携帯することで物に対して捜索場所に置かれている場合とは別個の保護すべき利益が付け加わるといえるかによって判断され(川出・前掲142頁),携帯の態様(物と身体との密着度)がその指標となる。人が手に持っている物については新たに保護すべき利益が付け加わるわけではないとされており……,それを捜索することに伴う利益の侵害は,場所に対する捜索令状により許容される範囲内にとどまる。その場所の居付者等の物であれば場所に対する捜索令状によって,それを捜索できる。
これに対し,物を身体(衣類のポケットなど)に所持するときは当該物に対する利益(場所に対する利益に包摂される)のほかに,人身の自由や身体のプライバシーが制約・侵害されることとなるから別途,身体に対する捜索許可状が必要となるといわれている(古江頼隆『事例演習刑事訴訟法〔第3版〕』[2021] 158頁)。」
イ 捜索の目的を達成するための措置(解説2⑵)
「人の身体はもとより捜索場所に偶然居合わせた第三者の所持品は,捜索場所の概念に含まれないが,このことはそれらを捜索するにはつねにそのための別個の令状が必要であることを意味しない。刑訴法により強制処分が認められている以上,それに付随してその目的を達成するために強制力を用いることも同様に許され(酒巻匡『刑事訴訟法〔第2版〕』[2020] 118頁),捜索に対する直接的な妨害行為を排除するために必要不可欠な最小限度の措置をとることは,場所の捜索自体としてではなく,場所の捜索に対する妨害排除措置として捜索令状の効力により,あるいは捜索令状の執行に必要な処分(刑訴222条1項,111条1項)として許容される(川出・前掲145から146頁まで)。」(※一部加筆しました)
「そこでそうした措置として,捜索場所に居る人の身体の捜索が許されるのはその人が捜索の実施中あるいは捜索の開始直前に,捜索の目的物・差押目的物を身体に隠匿したことを詑めるに足りる合理的な理由がある場合(……裁判例として.京都地決昭和48年12月11日判時743号117頁参照)に限られるというべきである……。捜索場所に居る人が捜索とは無関係に,それが開始される前から身体に所持していた差押目的物の提示を拒否しても捜査機関に対し積極的にそれを提示する義務は刑訴法に定められていないため,不提示を捜索に対する妨害行為とは評価できない(川出・前掲146頁)。そのような場合には任意捜査として所持品検査を行い得る(井上・前掲329 頁)にすぎない。また.捜索を契機としてなされた直接の妨害行為を対象要件とすることで排除措置による利益の侵害を「妨害者が自らの責めにより被った」(酒巻・前掲119 頁)ものに限定すべきである。」
ウ 本決定の理解(解説3)
「本決定は,捜索場所の居住者である被告人が携帯していたボストンバッグの捜索を適法としたものであるがその理由を示していないため,本件捜索が前記2(1)③捜索場所に居る人の携帯品と(2)捜索の目的を達成するための措置のいずれに位置付けられているか明らかでない。しかし被告人による同ボストンバッグ内への目的物隠匿に関する判示がないところから,捜索の必要が認められた事案において,場所に対する捜索自体として本件捜索の適法性が肯定されたものと思われる。その判断に当たっては本件捜索が場所に対する捜索において許容される権利の侵害を超える侵害を伴わないことが考慮され……,被告人による抵抗を排除するためその身体を制圧して強制的にボストンバッグを取り上げた行為については本来行うべき捜索それ自体として許されるものと捉えられているといえよう。」(※一部加筆しました)

