最高裁昭和41年7月1日刑集20巻6号537頁・刑訴百選【11版】68事件(約束自白)

1 はじめに

 本判例は、約束自白による場合、自白の任意性が否定されるかが問題となりました。

2 前提となる知識

憲法38条2項
強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
刑訴法319条1項
強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

3 問題の所在

 「被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書の任意性の有無について、被告人に賄賂を贈つたAの弁護人である弁護士Bが、「昭和36年8月28日岡山地方検察庁において本件の担当検察官であるC検事に面談した際、被告人のため陳弁したところ、同検事より、被告人が見えすいた虚構の弁解をやめて素直に金品収受の犯意を自供して改悛の情を示せば、検挙前金品をそのまま返還しているとのことであるから起訴猶予処分も十分考えられる案件である旨内意を打ち明けられ、且つ被告人に対し無益な否認をやめ卒直に真相を自供するよう勧告したらどうかという趣旨の示唆を受けたので、被告人の弁護人である弁護士Dを伴つて児島警察署へ赴き留置中の被告人に面接し、『検事は君が見えすいた嘘を言っていると思つているが、改悛の情を示せば起訴猶予にしてやると言つているから、真実貰つたものなら正直に述べたがよい。馬鹿なことを言つて身体を損ねるより、早く言うて楽にした方がよかろう。』と勧告したところ、被告人は、同弁護士の言を信じ起訴猶予になることを期待した結果、その後の取調べ即ち同日第二回目の取調べから順次金品を貰い受ける意図のあったことおよび金銭の使途等について自白するに至ったものである。」

4 判旨

https://www.courts.go.jp/hanrei/51771/detail2/index.html

 「弁護人司波実の上告趣意第一点のうち、判例違反をいう点について。
 論旨は、原判決が、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書の任意性の有無について、被告人に賄賂を贈つたAの弁護人である弁護士Bが、「昭和36年8月28日岡山地方検察庁において本件の担当検察官であるC検事に面談した際、被告人のため陳弁したところ、同検事より、被告人が見えすいた虚構の弁解をやめて素直に金品収受の犯意を自供して改悛の情を示せば、検挙前金品をそのまま返還しているとのことであるから起訴猶予処分も十分考えられる案件である旨内意を打ち明けられ、且つ被告人に対し無益な否認をやめ卒直に真相を自供するよう勧告したらどうかという趣旨の示唆を受けたので、被告人の弁護人である弁護士Dを伴つて児島警察署へ赴き留置中の被告人に面接し、『検事は君が見えすいた嘘を言っていると思つているが、改悛の情を示せば起訴猶予にしてやると言つているから、真実貰つたものなら正直に述べたがよい。馬鹿なことを言つて身体を損ねるより、早く言うて楽にした方がよかろう。』と勧告したところ、被告人は、同弁護士の言を信じ起訴猶予になることを期待した結果、その後の取調べ即ち同日第二回目の取調べから順次金品を貰い受ける意図のあったことおよび金銭の使途等について自白するに至ったものである。」旨の事実を認定したうえ、「自白の動機が右のような原因によるものとしても、捜査官の取調べそれ自体に違法か認められない本件においては、前記各供述調書の任意性を否定することはできない。」と判示したのが、所論引用の昭和29年3月10日福岡高等裁判所判例(高裁刑事判決特報26号71頁)に相反するというのである。
 よつて案ずるに、右福岡高等裁判所の判決は、所論の点について、「検察官の不起訴処分に附する旨の約束に基く自白は任意になされたものでない疑のある自白と解すべきでこれを任意になされたものと解することは到底是認し得ない。従つて、かかる自白を採つて以て罪証に供することは採証則に違反するものといわなければならない。」と判示しているのであるから、原判決は、右福岡高等裁判所の判例と相反する判断をしたこととなり、刑訴法405条3号後段に規定する、最高裁判所の判例がない場合に控訴裁判所である高等裁判所の判例と相反する判断をしたことに当るものといわなければならない。そして、本件のように、被疑者が、起訴不起訴の決定権をもつ検察官の、自白をすれば起訴猶予にする旨のことばを信じ、起訴猶予になることを期待してした自白は、任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を欠くものと解するのが相当である。
 しかしながら、右被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書を除外しても、第一審判決の挙示するその余の各証拠によつて、同判決の判示する犯罪事実をゆうに認定することができるから、前記判例違反の事由は、同410条1項但書にいう判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合に当り、原判決を破棄する事由にはならない。
 同第一点のその余は、単なる法令違反の主張てあり、同第二、三点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも上告適法の理由に当らない。
 弁護人小山昇の上告趣意第一、二、四ないし六点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第三、七、八点は、単なる法令違反の主張であって、いずれも上告適法の理由に当らない。
 また、記録を調べても刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。
 よって、同408条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。」

5 解説(判例タイムズ196号149頁)

 「いわゆる約束による自白は、英米においてはもとより(注解アボツト刑事裁判手続464頁、江家義男・刑事証拠法の基礎理論34など参照)、わが国においても(青柳文雄・刑事訴訟法通論658頁、藤岩睦郎・自白--法律実務講座8巻1800頁、司法研修所・供述心理485頁など参照)、任意性がないものと解されているのであるが、わが国には、あまり具体例がなく、わずかに本判決が引用している福岡高裁の判決があつたのみである(なお、昭和26年8月13日名古屋高裁判決--判決特報27号141頁参照)。
この意味で、本判決は、理論上も、実務上もきわめて有意義なものということができる。
 原判決は、検察官のした起訴猶予にする旨の約束は、自白の単なる動機に過ぎないものであるとして、これと自白との関連性を否定し、取調べにも違法がなかったとして、任意性を肯定している。
 被告人が、一方的に、自白をすれば起訴猶予にしてもらえるものと考えて自白をしたような場合ならともかくも、本件では、被告人は検察官の約束にこたえて自白をしたのであるから、動機と自白とを切離して考えることはできないのではなかろうか。
また、取調行為自体には違法がないようにみえても、その底には、自白への強い誘引力が働いているのであるから、外面的な判断だけでことを処理することはできないのではないかと思われる。」