最高裁平成14年10月4日刑集56巻8号507頁・刑訴百選【11版】A5事件(令状提示前の立ち入り)
1 はじめに
本判例は、捜索差押許可状の執行方法の適否が問題となった事案です。
2 前提となる知識
⑴刑訴法110条(222条1項本文前段で準用)
差押状又は捜索状は、処分を受ける者にこれを示さなければならない。
⑵刑訴法111条1項(222条1項本文前段で準用)
差押状又は捜索状の執行については、錠を外し、封を開き、その他必要な処分をすることができる。公判廷で差押え又は捜索をする場合も、同様とする。
3 問題の所在
本件では、差押対象物件の破棄隠匿のおそれがある状況での捜索差押許可状の執行方法、具体的には、捜索場所への立入り方法および令状の呈示時期が問題となりました。令状については呈示することが求められているところ(刑訴法222条1項本文前段・110条)、呈示の時期は事前の提示が原則とされていることとの関係が問題となりました。
4 判旨
「弁護人真木幸夫の上告趣意は,憲法31条違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令違反,量刑不当の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論にかんがみ,捜索差押許可状の執行手続の適否について判断する。
原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,警察官らは,被疑者に対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき,被疑者が宿泊しているホテル客室に対する捜索差押許可状を被疑者在室時に執行することとしたが,捜索差押許可状執行の動きを察知されれば,覚せい剤事犯の前科もある被疑者において,直ちに覚せい剤を洗面所に流すなど短時間のうちに差押対象物件を破棄隠匿するおそれがあったため,ホテルの支配人からマスターキーを借り受けた上,来意を告げることなく,施錠された上記客室のドアをマスターキーで開けて室内に入り,その後直ちに被疑者に捜索差押許可状を呈示して捜索及び差押えを実施したことが認められる。
以上のような事実関係の下においては,捜索差押許可状の呈示に先立って警察官らがホテル客室のドアをマスターキーで開けて入室した措置は,捜索差押えの実効性を確保するために必要であり,社会通念上相当な態様で行われていると認められるから,刑訴法222条1項,111条1項に基づく処分として許容される。また,同法222条1項,110条による捜索差押許可状の呈示は,手続の公正を担保するとともに,処分を受ける者の人権に配慮する趣旨に出たものであるから,令状の執行に着手する前の呈示を原則とすべきであるが,前記事情の下においては,警察官らが令状の執行に着手して入室した上その直後に呈示を行うことは,法意にもとるものではなく,捜索差押えの実効性を確保するためにやむを得ないところであって,適法というべきである。したがって,これと同旨の原判断は正当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。」
5 解説
⑴判例タイムズ1107号203頁
「一 本件は、捜索差押許可状の執行方法の適否が問題となった事案である。警察官らは、かねてより覚せい剤取締法違反の件で被疑者の所在を捜査していたが、被疑者の立ち回り先と目されていたホテルから、被疑者が投宿した旨の通報があった。そこで、そのホテル客室に対する捜索差押許可状の発付を得て、直ちに現場に赴き、捜索差押を実施した。施錠されている客室に立ち入るに際しては、ホテル支配人に対し、捜索差押許可状が発付されていること等の事情を説明して協力を求めた上、マスターキーを借り受け、これを用いてドア開けている。警察官らは、室内に立ち入った後、直ちに警察官であることを告げ、捜索差押許可状を呈示しているが、ドアを開けるに先立って来意を告げるようなことは、全く行われていない。
本決定は、捜索差押許可状執行の動きを察知されれば、覚せい剤事犯の前科もある被疑者において、直ちに覚せい剤を洗面所に流すなど短時間のうちに差押対象物件を破棄隠匿するおそれがあったこと等の事情を摘示した上、本件における令状の執行手続が適法である旨判示した。判文中においては、刑訴法111条1項にいう「処分」、同法110条にいう「呈示」との関連が具体的に論じられている。
二 被疑者方等に対する捜索差押許可状の執行に当たり、捜査官が来意を告げることなく施錠されているドアを開ける措置の適否については、これまでに高裁段階で二つの先例があった。その一は、合鍵でドアを開け鎖錠を切断した措置が適法とされた事例(大阪高判平5・10・7判時1497号134頁1であり、その二は、合鍵でドアを開けた措置が適法とされた事例(東京高判平8・3・6本誌923号275頁)である。今回の事件の一、二審判決も、これら先例の判断を踏襲したものとみられる。また、令状の呈示時期に関して参考になる先例としては、捜索差押許可状の呈示前になされた罪証隠滅防止等のための措置が適法とされた事例(東京高判昭58・3・29判時1230号143頁)があった。
合鍵でドアを開ける措置の適否については、安東美和子「捜索・差押え-検察の立場から」新刑事手続(1)334頁、笠井治「捜索・差押え-弁護の立場から」新刑事手続(1)341頁などがある。また、令状の呈示時期の問題に係る関連文献としては、佐々木真郎「令状呈示前の執行」警察実務判例解説・本誌別冊10号54頁、戸田信久「新判例解説」研修432号79頁、木藤繁夫「刑事判例研究」警論38巻1号142頁などがある。
三 本件と類似する問題として、欺罔行為を用いて扉を開けさせる措置の適否がある。この問題に関する先例としては、警察官が捜索差押許可状の執行に際し、宅急便の配達を装って玄関を開けさせたことが適法とされた事例(大阪高判平6・4・20高刑47巻1号1頁、本誌875号291頁)がある。関連文献としては、山室惠「令状による捜索」刑事訴訟法百選〔第7版〕50頁、麻生光洋「判例研究」研修567号11頁、猪俣尚人「実務刑事判例評釈」警察公論51巻4号95頁、宮城啓子「捜索差押許可状による住居立入り方法の適否」平6重判解171頁、大野正博「判例研究」朝日大学大学院法学研究論集2号139頁、石塚敬一「判例研究」立教大学大学院法学研究17号41頁などがある。
今回の事件においても、警察官は、当初、ホテルの従業員を装って「シーツを交換に来ました。」などと部屋の外から声をかけ、被疑者にドアを開けさせようとしている。しかし、被疑者が「そのようなものは頼んでいない。」などと言ってドアを開けようとしなかったため、本件では、欺罔行為を用いて扉を開けさせる措置の適否は、争点にならなかった。令状の執行に際し、方便としての虚言が許されるか否かは、今後に残された課題であるということができよう。
四 本決定は、捜索差押許可状の執行に当たり、施錠されているドアを捜査官が合鍵で開けて入室する措置が、一定の事情の下では許されることを明確に判示したものである。事例に即しての判断ではあるが、この問題に関する上告審としての初判断であり、先例として重要な意義を有するものと思われる。」
⑵百選A6事件解説
「①本決定によれば,刑訴法222条1項, 111条1項に基づく処分は,捜索差押えの実効性を確保するために必要であることを前提に.「社会通念上相当な態様」で行われなければならない。具体的には.当該処分の必要性と被処分者の被る法益侵害との間に合理的権衡が求められ,その判断にあたっては,被疑事実の内容.差押対象物件の重要性.差押対象物件の破棄隠控のおそれ,被処分者が受ける不利益の内容,被処分者の協力態様などの事情が総合衡量される(永井・平成14年度最高裁判所判例解説刑事篇209頁)。
②令状呈示の趣旨は.被処分者に裁判官が許可した捜索差押えの範囲を知らしめ,その範囲外の捜索差押えが行われた場合に是正を求めることを可能にすることにより.「手続の公正」を担保し.「処分を受ける者の人権」の保護に資する点にあるから,原則として,令状執行前の呈示が求められる。しかしながら,令状の呈示は憲法35条が定める令状主義そのものの要請ではないから,被処分者が不在の場合など合理的な理由がある場合には,令状を呈示することなく処分を行うことができる。本件のように,被疑者により差押対象物件が破棄隠匿される
危険がある場合には,まずその危険を排除した上で,その後に令状の呈示を行うことも許容されよう。」
6 関連する裁判例(大阪高裁平成6年4月20日判例タイムズ875号291頁)
この裁判例は、令状の執行に際し、方便としての虚言が許されるか否かについて事例判断を下したものです。
「本件では、警察官が被告人方を捜索するに当たり宅急便の配達を装って住居内に立ち入るなどした行為の適否が争われた。
すなわち、本件警察官7名は、覚せい剤取締法違反被疑事実につき発付された被告人方の捜索差押許可状を所持し、被告人方に赴いたが、玄関が施錠されていたため、宅急便の配達を装い、「宅急便です。」と声をかけ、被告人が玄関扉を開くや、玄関から奥の部屋に入った後、同部屋で捜索差押許可状を提示し、捜索の結果、覚せい剤結晶等を差し押えるなどした。
弁護人は、本件捜索は被告人を欺罔して玄関を開錠開扉させるなどしたもので、令状主義違反であるなどと違法収集証拠の主張をした。
本判決は、刑訴法は捜索を受ける者(以下「相手方」という)が受忍的協力的態度に出ることを予定し、かつ、捜査官が相手方に直接面と向かい令状を提示できる状況があることを前提にしているが、現実には、相手方が受忍的協力的態度をとるどころか、捜査官が捜索差押に来たことを知るや、玄関扉に施錠するなどして、令状を提示する暇も与えず、捜査官が内部に入るまでに、証拠を湮滅して捜索を実効のないものにしてしまうという行為に出ることがないではなく、ことに薬物犯罪における捜索差押の対象物件である薬物は、撒き散らして捨てたり、洗面所等で流すなどして、ごく短時間で容易に湮滅することができるものであり、この種犯罪は、証拠湮滅の危険性が極めて大きい点に特色があり、かつ、捜索を受ける者が素直に捜索に応じない場合が少なくないという実情にある。
刑訴法は、捜索を受ける者が受忍的協力的態度をとらず、令状を提示できる状況にない場合においては、捜査官に対し令状提示を義務付けている法意に照らし、社会通念上相当な手段方法により、令状を提示することができる状況を作出することを認めていると解され、かつ、執行を円滑、適正に行なうために、執行に接着した時点において、執行に必要不可欠な事前の行為をすることを許容しており(117条)、例えば、住居の扉に施錠するなどして令状執行者の立入りを拒む場合には、立ち入るために必要な限度で、錠をはずしたり破壊したり、あるいは扉そのものを破壊して、令状の提示ができる場に立ち入ることも許していると解される、とした。
そして、本件は、覚せい剤取締法違反等の被疑事実により覚せい剤等の捜索差押を行ったものであるところ、その捜索場所は、当該事件の被疑者である被告人の住居であるうえ、被告人は、覚せい剤事犯の前科2犯を有していることに照らすと、被告人については、警察官が同法違反の疑いで捜索差押に来たことを知れば、直ちに証拠湮滅等の行為に出ることが十分予測される場合であると認められるから、警察官らが、宅急便の配達を装って、玄関扉を開かせて住居内に立ち入ったという行為は、有形力を行使したものでも、玄関扉の錠ないし扉そのものの破壊のように、住居の所有者や居住者に財産的損害を与えるものでもなく、平和裡に行なわれた至極穏当なものであって、手段方法において、社会通念上相当性を欠くものとまではいえない、とした。
捜索差押等に際して欺罔的手段を用いた立入りがどの程度行われているのかは必ずしも明らかではない(警察官が捜索差押許可状の執行に際し「佐藤です」などと偽名を用いて戸を開けさせた事例として、東京高判昭58・3・29判時1120号143頁が見当たる位である。)。本判決は、もとより事案に即した具体的な判断であるが、本件の立入りを適法とした点でも、その条文上の根拠を刑訴法111条の「必要な処分」に求めた点でも、注目に値するものと思われる。
また、本件では、警察官が、令状の提示前に室内に立ち入った行為も問題とされたが、本判決は、本件警察官らの室内立入りは捜索の準備行為ないし現場保存的行為というべきであり、捜索行為そのものは令状提示後に行われていることなどから、警察官の措置は社会的に許容される範囲内のものと認められる、としている。
当然の結論であると思われるが、この点の判断も実務の参考になるであろう。」

