東京高裁令和3年6月16日判例タイムズ1490号99頁・刑訴百選【11版】38事件

1 はじめに

 本裁判例は、身体の拘束を受けていない被疑者の弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者が、任意の取調べを受けている被疑者との間で立会人のない接見の申出をした場合に、その事実を告げないまま任意の取調べを継続する捜査機関の措置が国家賠償法1条1項の適用上違法となる場合について判断したものです。

2 前提となる知識

⑴刑訴法30条1項
被告人又は被疑者は、何時でも弁護人を選任することができる。
⑵刑訴法39条
1項 身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第31条第2項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び司法巡査をいう。以下同じ。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第1項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。
⑶刑訴法198条1項
検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。

3 問題の所在

 身体の拘束を受けていない被疑者は刑訴法198条1項によれば、「出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる」。本裁判例は、身体の拘束を受けていない被疑者の弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者が、任意の取調べを受けている被疑者との間で立会人のない接見の申出をした場合に、その事実を告げないまま任意の取調べを継続する捜査機関の措置は、弁護人等であることの事実確認のために必要な時間を要するなど特段の事情がない限り、被疑者の接見の利益を侵害するだけではなく、その弁護人等の固有の接見の利益も侵害するものとして、国家賠償法1条1項の適用上違法となるとしたものです。身体の拘束を受けている者については接見交通権があり、それに対しては判例法理が確立しています。そこで、身体の拘束を受けていない者についてどのような基準で判断するのかが問題となりました。

4 判旨

 「第2 事案の概要
 1 本件は,被疑者A(以下「本件被疑者」という。)の妻からの依頼により本件被疑者の弁護人となろうとする者となった被控訴人が,検察庁において任意の取調べを受けていた本件被疑者との接見を求めたにもかかわらず,これを速やかに許さなかった検察官の違法な措置により,精神的苦痛を被ったとして,控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料200万円及び遅延損害金の支払を求める事案である。
 争点は,①任意の取調べ中の被疑者との接見に関する弁護人固有の権利又は利益の有無,②検察官による措置の違法性の有無,③慰謝料の額である。
 原審は,被控訴人は本件被疑者との面会を制限され,弁護権を違法に侵害されたとして,被控訴人の請求のうち慰謝料として10万円及びこれに対する不法行為日である令和元年11月27日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却した。控訴人がこれを不服として控訴し,被控訴人が附帯控訴した。
 2 当事者の主張は,後記第3の3及び4において当審における控訴人及び被控訴人の主張をそれぞれ加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も,被控訴人の請求は控訴人に対し10万円及びこれに対する不法行為日である令和元年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。
 1 認定事実(当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実をいう。)
 (1)本件被疑者は,共同代表取締役を務める会社の売上金を着服横領していたという被疑事実(以下,当該被疑事実に関する事件を「本件被疑事件」という。)により,令和元年11月26日,居宅等の捜索差押えを受け,本件被疑者及び本件被疑者の妻が使用する各携帯電話等が押収された。同月27日午前11時10分頃,本件被疑者は東京地方検察庁に出頭し,B検察官(以下「本件取調官」という。)の取調べ(以下「本件取調べ」という。)を受けた。
 (2)本件被疑者は,本件取調べに先立ち,本件被疑者の妹から,その娘の使用する携帯電話(以下「本件携帯電話」という。)を借り受け,本件取調べのために出頭する前に,弁護士である被控訴人の所属する弁護士事務所に架電し,応対に出た者に対し,弁護士に相談したい旨を申し入れた。これに対し,被控訴人は,同日午後零時前後に本件携帯電話に折り返し架電したところ,これに対応した本件被疑者の妻から本件被疑者の弁護につき依頼を受けた。
 (3)被控訴人は,同日午後3時10分頃,東京地方検察庁を訪問し,本件被疑者の妻から依頼を受けた弁護士であり,本件被疑者の弁護人になろうとする者であるとして本件被疑者との面会を申し出たところ,本件被疑事件の主任検察官であったC検察官(以下「本件検察官」という。)が,電話で対応し,本件被疑者の取調べ終了後に改めて被控訴人に連絡することを提案した。
 (4)これに対し,被控訴人は,本件検察官に対し,本件被疑者との面会を要求し,本件被疑者が被控訴人と面会する意思があるか否かを確認するよう求めたものの,本件検察官は,本件被疑者に対する任意の取調べを実施中であり,単に弁護人になろうとする者であると自称する弁護士が本件被疑者との面会を求めても,検察官がその資格等を確認することなく直ちに面会させることはできない旨を述べて,被控訴人に再考を促して一度電話を切った。
 (5)本件検察官は,同日午後3時40分頃,被控訴人に対し,電話で,同日午前にも被控訴人と同様に,本件被疑者の妻から依頼を受けた弁護士を名乗る者から本件被疑者との面会を申し出る旨の連絡があったことから,被控訴人が本件被疑者の妻から依頼を受けた弁護士であるかどうかを確認する必要があり,そのためには一定の時間が必要である旨説明したところ,被控訴人はこれを了承した。
 (6)もっとも,被控訴人は,この際に,その確認手段として,本件検察官に対し,本件被疑者が被控訴人の事務所に本件携帯電話の電話番号(以下「本件電話番号」という。)を伝えてきたため,被控訴人が本件電話番号に架電したところ,本件被疑者の妻から本件被疑者の弁護につき依頼を受けたという事実経過を説明し,本件被疑者の妻の携帯電話番号であるとして本件電話番号を本件検察官に伝えた。
 (7)被控訴人は,同日午後4時15分頃,本件検察官に電話をし,確認作業の進捗状況を尋ねたところ,本件検察官は,本件電話番号の使用者を確認することができず,被控訴人が本件被疑者の妻から弁護につき依頼された事実を確認することができないとして,被控訴人に対し,本件被疑者が被控訴人と面会する意思があるかどうかを本件被疑者に確認することは適切ではない旨説明した。
 (8)これに対し,被控訴人は,本件電話番号に直接電話を掛けて本件被疑者の妻から弁護を依頼された事実を確認すべきであり,また,本件被疑者が被控訴人と面会する意思があるかどうかを直ちに本件被疑者に確認すべきであるなどと主張したが,本件検察官は,必要な資格等の確認は行わざるを得ない旨を伝え,電話を切った。
 (9)本件検察官は,被控訴人から本件電話番号を知らされた直後から,本件被疑者ならびにその妻,長女,長男,両親及び妹がそれぞれ使用する携帯電話番号を確認したものの,いずれも本件電話番号と異なるものであった。また,本件検察官は,前日に行われた本件被疑事件に係る捜索差押えに従事した検察事務官らが,本件被疑者の妻から連絡先等として本件電話番号を教示された可能性があると考えて,上記検察事務官らに本件電話番号を確認したものの,上記検察事務官らは,いずれも本件電話番号の教示を受けていなかった。
 (10)さらに,本件検察官は,上記捜索差押えにより押収した本件被疑者及びその妻の携帯電話内に保存されているアドレス帳のデータに本件電話番号が登録されているかを問い合わせたものの,保存されているデータを保全する作業が未了であったことから,アドレス帳のデータを閲覧して本件電話番号の存否を確認することはできなかった。
 (11)本件取調官は,本件取調べ中,本件被疑者が本件被疑事件につき自白する内容の供述調書1通を録取し,同日午後4時30分頃,本件検察官に対し,本件被疑者の取調べが終了したため,本件被疑者を退出させたい旨連絡した。本件検察官は,本件取調官に対し,本件電話番号を示して本件被疑者に確認するよう指示し,その後,本件取調官から,本件被疑者への聴取結果として,本件携帯電話を借用し弁護士事務所へ電話したこと,被控訴人と面会する意思が本件被疑者にある旨の報告を受けた。
 (12)本件検察官は,本件取調官から,上記の報告を受けたため,同日午後5時前頃,被控訴人に対し,本件取調べが終了し,本件被疑者が被控訴人と面会する意思があることを伝えた。
 (13)本件検察官は,被控訴人と本件被疑者が東京地方検察庁1階で面会した場合には,報道関係者等の目に触れる可能性があり,適切ではないと考えたことから,両名をこれらの者の目に触れにくい庁舎南口外に案内することとした。そして,本件検察官は,被控訴人に電話を掛けてその旨説明したところ,被控訴人もこれに同意したことから,検察事務官に本件被疑者を同所に案内させる手配等を行った後,本件被疑者は,同日午後5時頃,東京地方検察庁を退出し,被控訴人と会った。
 2 争点に対する判断
 (1)刑訴法30条1項は,被疑者は,何時でも弁護人を選任することができる旨規定しているところ,被疑者が刑事手続において十分な防御をするためには,弁護人に相談し,その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を実質的に保障する必要があるから,被疑者は,身体の拘束を受けていない段階にあっても,接見交通権に準じて,立会人なく接見する利益(以下,上記段階における当該利益を,単に「接見の利益」という。)を有するものである。
 また,接見の利益が保護されることは,接見の相手方である弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)にとってもその十分な活動を保障するために不可欠なものであって,被疑者の弁護人等による弁護権の行使においても重要なものである。のみならず,刑訴法39条1項によって被告人又は被疑者に保障される接見交通権が,弁護人等にとってはその固有権の重要なものの一つであるとされていることに鑑みれば(最高裁昭和……53年7月10日第一小法廷判決・民集32巻5号820頁参照),接見の利益も,上記のような刑訴法30条1項の趣旨に照らし,弁護人等からいえばその固有の利益であると解するのが相当である。
 上記のとおり,接見の利益は,被疑者のみならず,弁護人等にとっても重要なものであることからすれば,捜査機関は,刑訴法198条1項に基づき,被疑者の任意の出頭を求め,これを取り調べるに当たり,被疑者と弁護人等との接見の利益をも十分に尊重しなければならないというべきである。
 したがって,身体の拘束を受けていない被疑者の弁護人等が,任意の取調べを受けている被疑者との間で立会人のない接見の申出をした場合には,速やかにその申出があった事実を被疑者に告げて弁護人等と接見するか任意の取調べを継続するかを捜査機関において確認すべきであって,その事実を告げないまま任意の取調べを継続する捜査機関の措置は,弁護人等であることの事実確認のために必要な時間を要するなど特段の事情がない限り,被疑者の接見の利益を侵害するだけではなく,その弁護人等の固有の接見の利益も侵害するものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法となると解するのが相当である。
 (2)これを本件についてみると,前記認定事実によれば,被控訴人は,令和元年11月27日午後3時10分頃,本件検察官に対し,本件被疑者の妻から依頼を受けたとして本件被疑者との間で立会人のない接見の申出(以下「本件申出」という。)をしたところ,同日午後3時40分頃,本件検察官から,被控訴人が被疑者の妻から依頼を受けた弁護人であるかどうかを確認する必要があり,そのためには一定の時間が必要であるとの説明を受け,了承したものの,その際,被控訴人は,その確認手段として,本件検察官に対し,本件被疑者が被控訴人の所属する弁護士事務所に伝えたものであって,本件被疑者の妻から弁護の依頼を受けた際に使用した携帯電話番号であるとして本件電話番号を本件検察官に伝えたにもかかわらず,本件検察官は,本件電話番号を弁護士事務所に伝えたかどうかを本件被疑者に確認せず,本件申出があった事実を本件被疑者に告げないまま,本件取調官が本件被疑者の自白調書を録取して本件取調べが終了した同日午後4時30分頃まで,本件取調べを継続させたことが認められる。
 そして,前記認定事実によれば,本件検察官は,少なくとも同日午後3時40分頃以降においては,本件電話番号を弁護士事務所に伝えたかどうかを本件被疑者に確認すれば,被控訴人が本件被疑者の弁護人等であることを容易に確認することができたのであるから,その他本件に現れた一切の事情を勘案しても,前記特段の事情があることを認めることはできない。
 そうすると,同日午後3時40分頃以降も速やかに本件申出があった事実を本件被疑者に告げないまま本件取調べを継続させた本件検察官の措置は,被控訴人の接見の利益を侵害するものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと認めるのが相当である。そして,被控訴人が被った精神的苦痛の程度について検討するに,本件検察官との接見に至るまでのやり取り,本件被疑者との接見までに要した時間,その他の上記事実関係に照らすと,慰謝料の額は10万円と認めるのが相当である。したがって,被控訴人の主張は,上記の趣旨をいう限度で理由がある。
 3 当審における控訴人の主張に対する判断
 (1)控訴人は,刑訴法39条1項が身柄拘束中の被疑者の接見交通権を保障するものであり,本件において本件被疑者は任意の取調べを受けていたにすぎず,身柄拘束中ではなかったのであるから,刑訴法39条1項に違反するとして国家賠償法上の違法を判断するのは誤りである旨主張する。
 しかしながら,本件検察官の措置が国家賠償法上違法であると判断したのは,刑訴法39条1項に違反することを直接の理由とするものではない。上記において説示したとおり,刑事手続における接見の利益の重要性に鑑みれば,任意の取調べにおいても,これが十分に尊重されるべきであり,控訴人の主張は,接見の利益の重要性を正解しないものに帰するといえる。
 したがって,控訴人の主張は,採用することができない。
 (2)控訴人は,弁護人等から,任意の取調べ中に被疑者に対する接見の申出があった場合には,捜査機関は,具体的な捜査への支障のおそれも踏まえつつ,合理的な時間の範囲内において,弁護人選任者からの依頼の有無について確認することを要するとした上で,本件については,本件電話番号等を直接本件被疑者に確認するのは相当ではなく,本件取調べが終了するに当たり,やむを得ず本件電話番号を直接本件被疑者に示して被控訴人の弁護人等としての資格を確認したのであるから,合理的な時間の範囲内において,弁護人選任者からの依頼を確認したものであり,国家賠償法上違法となるものではない旨主張する。
 しかしながら,前記認定事実によれば,本件検察官は,令和元年11月27日午後3時40分頃には,被控訴人から,本件被疑者が被控訴人に伝えた電話番号として本件電話番号を伝えられたのであるから,本件電話番号を本件被疑者に伝えるなどして,弁護人となろうとする者であることの事実確認を容易に行うことができたというべきである。それにもかかわらず,前記認定事実によれば,本件検察官は,本件取調官が自白調書を録取して本件取調べが終了した旨報告を受けた同日午後4時30分頃まで,本件被疑者に対し,上記事実確認すら行わなかったことが認められる。そうすると,控訴人の主張を前提としても,本件における上記事実確認に要する時間としては,控訴人が主張する合理的な時間の範囲を明らかに超えていたといわざるを得ない。
 のみならず,控訴人が主張するとおり,刑訴法198条1項は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,これを取り調べることができる旨規定する一方,被疑者は,逮捕又は勾留されている場合を除いては,出頭を拒み,又は出頭後,何時でも退去することができると規定するものであるから,任意の取調べ中の被疑者に取調受忍義務が認められないことは明らかである。そうすると,弁護人等からの接見の申出に関する情報は,任意の取調べのために出頭した被疑者にとって,弁護人等の援助を求めて退去するかどうかを自己決定する上でも極めて重要なものであるといえるから,自己決定をする利益を被疑者に保障する観点からも,特段の事情がない限り,できる限り速やかに上記接見の申出を被疑者に伝える必要があるというべきである。
 したがって,本件電話番号を本件被疑者に示すのが最後の手段であったという控訴人の主張は,接見の利益の重要性を正解しないものに帰するといえる。
 以上によれば,控訴人の主張は,採用することができない。
 (3)控訴人は,被控訴人が本件検察官との間で同日午後3時40分頃及び午後4時15分頃それぞれ電話をしているところ,被控訴人は,少なくともその約35分の間は,弁護人選任に関する事実確認の方法を問題とすることなく,その確認に時間を要することを了承していたことは明らかであるから,少なくとも上記約35分間においては,本件検察官の行為が国家賠償法上違法となる余地はない旨主張する。
 しかしながら,前記認定事実によれば,被控訴人は,同日午後3時40分頃,弁護人選任に関する事実確認のために一定の時間が必要である旨の本件検察官の説明につき了解をしたものの,その後直ちに,本件検察官に対し,その確認手段として本件電話番号を伝えたことが認められる。そうすると,被控訴人は,本件電話番号が本件被疑者から伝えられたものであると本件検察官に説明しているのであるから,本件検察官が本件被疑者に本件電話番号を確認するなどして被控訴人の弁護人選任に関する事実確認が直ちに行われるものと認識していたものと推認するのが相当であり,その合理的時間を超えて接見が行われず,取調べが継続されて自白調書が作成される事態まで了解していたとは認められない。
 したがって,控訴人主張に係る上記了解の事実は,本件検察官の措置の違法性を阻却するものとはいえない。
 以上によれば,控訴人の主張は,採用することができない。
 4 当審における被控訴人の附帯控訴に基づく主張に対する判断
 被控訴人は,遅くとも令和元年11月27日午後3時40分から,被控訴人が本件被疑者に現実に会うことができた午後5時までの約1時間20分については,明らかに接見を妨害された時間と評価されるべきであり,この間,本件被疑者は弁護人の助言を得られず自白調書に署名指印するなど,被控訴人が本件被疑者に対し必要な弁護活動を全く行えなかったことは,弁護人として耐え難いものであり,これらの事情を踏まえると,慰謝料の額は,到底10万円で足りるものではない旨主張する。
 そこで検討するに,前記認定事実によれば,本件検察官は,同日午後3時40分頃に被控訴人から本件電話番号を伝えられたのであるから,少なくとも同時点以降は,本件被疑者に本件電話番号を伝えるなどして被控訴人に関する弁護人選任の事実を確認した上,速やかに本件申出があった事実を本件被疑者に伝える義務を負っていたのに,同日午後4時30分頃までの間は,本件申出を本件被疑者に伝えなかったことが認められる。そうすると,本件検察官の措置が違法となる始期については,結論において被控訴人の主張と異なるところはなく,その終期については,同日午後4時30分頃と認めるのが相当である。したがって,被控訴人が主張する接見妨害の時間としては,約50分間となる。
 これに対し,被控訴人は,接見妨害の終期については,同日午後5時頃である旨主張するものの,前記認定事実によれば,本件申出が伝えられた同日午後4時30分頃以降は,本件検察官が,本件被疑者に配慮して,報道関係者等の目に触れにくい場所への案内等を行うなどしていることが認められる。そうすると,同日午後4時30分頃から午後5時頃までの時間は,被控訴人と本件被疑者の接見に向けた準備に必要な時間であったというべきであるから,接見妨害の終期は,同日午後4時30分頃であると認めるのが相当である。
 そして,当該事実関係を前提として,被控訴人が被った精神的苦痛の程度を改めて検討すると,弁護人の固有の利益としての接見の利益が,社会正義を実現するという公益性の高い性質を有することに鑑みても,前記認定に係る当を得ない本件検察官とのやり取りその他の本件諸事情を斟酌しても,被控訴人自身が被った精神的苦痛の程度に対する慰謝料の額は,10万円の限度で認めるのが相当である。
 したがって,被控訴人の主張は,採用することができない。
 5 その他
 その他に,控訴人及び被控訴人の各主張を改めて検討しても,本件被疑者の任意の取調べ中における接見の利益の重要性及び公益性,接見の利益の侵害の程度に鑑みると,前記判断を左右するまでに至らない。
 したがって,控訴人及び被控訴人の主張は,いずれも採用することができない。
第4 結論
 よって,上記判断と結論において符合する原判決は相当であり,本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却し,仮執行の宣言は必要があると認められないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。

5 解説(判例タイムズ1490号99頁)

 「1 事案の概要等
 (1) 本件は,検察庁において任意の取調べを受けていた被疑者(以下「本件被疑者」という。)の妻からの依頼により,本件被疑者の弁護人となろうとする者となった被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)が,本件被疑者との接見を求めたにもかかわらずこれを速やかに許さなかった検察官の違法な措置により,精神的苦痛を被ったと主張して,控訴人兼附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料200万円及び遅延損害金の支払を求める事案である。
 争点は,①任意取調べ中の被疑者との接見に関する弁護人固有の権利又は利益の有無,②検察官による措置の違法性の有無,③慰謝料の額である。
 (2) 事実関係の概要は,次のとおりである。
 ア 本件被疑者は,令和元年11月27日午前11時10分頃,東京地方検察庁に出頭し,担当検察官(以下「本件取調官」という。)の任意の取調べ(以下「本件取調べ」という。)を受けた。本件被疑者は,本件取調べに先立ち,本件被疑者の妹から,その娘の使用する携帯電話(以下「本件携帯電話」という。)を借り受け,本件取調べのために出頭する前に,弁護士である被控訴人の所属する弁護士事務所に架電し,応対に出た者に対し,弁護士に相談したい旨を申し入れた。これに対し,被控訴人は,同日午後零時前後に本件携帯電話に折り返し架電したところ,これに対応した本件被疑者の妻から本件被疑者の弁護につき依頼を受けた。
 イ 被控訴人は,同日午後3時10分頃,東京地方検察庁を訪問し,本件被疑者の妻から依頼を受けた弁護士であり,本件被疑者の弁護人になろうとする者であるとして本件被疑者との面会を申し出たところ,本件被疑事件の主任検察官(以下「本件検察官」という。)が,電話で対応し,本件被疑者の取調べ終了後に改めて被控訴人に連絡することを提案した。
 ウ これに対し,被控訴人は,本件検察官に対し,本件被疑者との面会を要求し,本件被疑者が被控訴人と面会する意思があるか否かを確認するよう求めたものの,本件検察官は,本件被疑者に対する任意の取調べを実施中であり,単に弁護人になろうとする者であると自称する弁護士が本件被疑者との面会を求めても,検察官がその資格等を確認することなく直ちに面会させることはできない旨を述べて,被控訴人に再考を促して一度電話を切った。
 エ 本件検察官は,同日午後3時40分頃,被控訴人に対し,電話で,同日午前にも被控訴人と同様に,本件被疑者の妻から依頼を受けた弁護士を名乗る者から本件被疑者との面会を申し出る旨の連絡があったことから,被控訴人が本件被疑者の妻から依頼を受けた弁護士であるかどうかを確認する必要があり,そのためには一定の時間が必要である旨説明したところ,被控訴人はこれを了承した。
 オ もっとも,被控訴人は,この際に,その確認手段として,本件検察官に対し,本件被疑者が被控訴人の事務所に本件携帯電話の電話番号(以下「本件電話番号」という。)を伝えてきたため,被控訴人が本件電話番号に架電したところ,本件被疑者の妻から本件被疑者の弁護につき依頼を受けたという事実経過を説明し,本件被疑者の妻の携帯電話番号であるとして本件電話番号を本件検察官に伝えた。
 カ 被控訴人は,同日午後4時15分頃,本件検察官に電話をし,確認作業の進捗状況を尋ねたところ,本件検察官は,本件電話番号の使用者を確認することができず,被控訴人が本件被疑者の妻から弁護につき依頼された事実を確認することができないとして,被控訴人に対し,本件被疑者が被控訴人と面会する意思があるかどうかを本件被疑者に確認することは適切ではない旨説明した。
 キ これに対し,被控訴人は,本件電話番号に直接電話を掛けて本件被疑者の妻から弁護を依頼された事実を確認すべきであり,また,本件被疑者が被控訴人と面会する意思があるかどうかを直ちに本件被疑者に確認すべきであるなどと主張したが,本件検察官は,必要な資格等の確認は行わざるを得ない旨を伝え,電話を切った。
 ク 本件取調官は,本件取調べ中,本件被疑者が本件被疑事件につき自白する内容の供述調書1通を録取し,同日午後4時30分頃,本件検察官に対し,本件被疑者の取調べが終了したため,本件被疑者を退出させたい旨連絡した。本件検察官は,本件取調官に対し,本件電話番号を示して本件被疑者に確認するよう指示し,その後,本件取調官から,本件被疑者への聴取結果として,本件携帯電話を借用し弁護士事務所へ電話したこと,被控訴人と面会する意思が本件被疑者にある旨の報告を受けた。
 ケ 本件検察官は,本件取調官から,上記の報告を受けたため,同日午後5時前頃,被控訴人に対し,本件取調べが終了し,本件被疑者が被控訴人と面会する意思があることを伝えた。本件被疑者は,同日午後5時頃,東京地方検察庁を退出し,被控訴人と会った。
 (3) 原審は,取調べの性格上,特定の事項に係る質疑等のため一定の時間を要し,即時の中断が困難な場合があること等を考慮しても,社会通念上相当と認められる範囲を超えて弁護人等の来訪を被疑者に伝えず,その結果,速やかに弁護人等との面会が実現されなかった場合には,当該捜査機関の行為は,弁護人等の弁護活動を阻害するものとして違法と評価されるとした。
 その上で,原審は,本件取調官において取調べを終了し,自白調書を作成したことは,少なくとも被控訴人の立場からすれば,取調べの終了前の接見等の機会を奪われたものに等しく,そもそも,捜査機関は,任意の取調べに際し,取調べの継続を理由として接見を拒むことはできないなどとして,本件検察官の措置は,社会通念上相当と認められる範囲を超え,国家賠償法1条1項の適用上違法であるとした。
 以上を踏まえ,原審は,被控訴人の請求のうち慰謝料として10万円及びこれに対する不法行為日である令和元年11月27日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却した。控訴人がこれを不服として控訴し,被控訴人が附帯控訴した。
 (4) 本判決は,身体の拘束を受けていない段階にあっても,被疑者は,接見交通権に準じて,立会人なく接見する利益(以下,上記段階における当該利益を,単に「接見の利益」という。)を有するのであり,また,接見の相手方である弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)も,固有の利益として接見の利益を有するのであるから,捜査機関は,刑訴法198条1項に基づき,被疑者の任意の出頭を求め,これを取り調べるに当たり,被疑者と弁護人等との接見の利益をも十分に尊重しなければならないとした。
 その上で,本判決は,身体の拘束を受けていない被疑者の弁護人等が,任意の取調べを受けている被疑者との間で立会人のない接見の申出をした場合には,速やかにその申出があった事実を被疑者に告げて弁護人等と接見するか任意の取調べを継続するかを捜査機関において確認すべきであって,その事実を告げないまま任意の取調べを継続する捜査機関の措置は,弁護人等であることの事実確認のために必要な時間を要するなど特段の事情がない限り,被疑者の接見の利益を侵害するだけではなく,その弁護人等の固有の接見の利益も侵害するものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法となるとした。
 以上を踏まえ,本判決は,上記判断と結論において符合する原判決は相当であるとして,本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却した。その後,控訴人及び被控訴人は上告及び上告受理の申し立てをしなかったことから,本判決は確定した。
 2 任意取調べ中の接見交通権又は接見の利益の有無
 (1) 我が国における接見交通権の意義
 本件は,任意取調べ中の被疑者と弁護人との接見が問題となる事案であるが,これを検討する前提として,まず,被疑者又は被告人と弁護人との接見交通権についての議論につき,以下概観する。
 接見交通権の意義について判示したリーディングケースは,最一小判昭和53年7月10日民集32巻5号820頁,判タ372号67頁(いわゆる杉山事件判決)である。杉山事件判決は,「捜査のため必要があるとき」(刑訴法39条3項)という接見指定の要件につき,「捜査の中断による支障が顕著な場合」をいうものと判示するとともに,接見交通権は弁護人依頼権を保障する憲法34条に由来し,弁護人の援助を受けることができるための刑事事件手続上最も重要な基本的権利であり,弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つであると判示した点において,重要な意義を有するものである。
 そして,最大判平成11年3月24日民集53巻3号514頁,判タ1007号106頁(いわゆる安藤・斉藤大法廷判決)は,杉山事件判決が上記に説示するところを確認することとし,憲法34条前段は弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障するものであり,接見交通権は,同条の趣旨にのっとり,弁護人等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたのであるから,同条前段の保障に由来するものであると判示している。
 ところで,我が国の刑事事件手続は,当事者主義を基本としながら,捜査に関しては多分に糾問主義を残しており,被疑者の供述を得ることにより事案の真相を明らかにすることが不可欠であるとして,被疑者は,捜査手続の当事者ではなく,取調べの客体として位置付けられていると指摘されてきた。安藤・斉藤大法廷判決も,刑訴法39条3項の合憲性を判断する前提として,捜査権を行使するためには身体を拘束して被疑者を取り調べる必要が生ずることもあるとした上,接見交通権が憲法の保障に由来するからといって,これが刑罰権ないし捜査権に絶対的に優先するような性質のものということはできないとしている。法制審議会の新時代の刑事司法制度特別部会が平成25年1月にとりまとめた「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」21頁においても,被疑者の取調べへの弁護人の立会いという点につき,諸外国でも被疑者取調べへの弁護人の立会制度を導入しているところが多いことから,これを認めるべきとの意見があったものの,被疑者の取調べに弁護人を立ち会わせることを被疑者の権利として認める以上,弁護人が立ち会えなければ取調べを行うことができないこととなるし,何よりも取調べという供述収集手法の在り方を根本的に変質させて,その機能を大幅に減退させることになるおそれが大きいなどという反対意見もあり,一定の方向性を得るには至っていない。そこでは,弁護人による援助は,むしろ,接見を通じて十分なものとなるよう図られるべきであることが指摘されている(上記基本構想21頁)。
 このように,我が国では,捜査手続において糾問主義への親和性を残しつつも,当事者主義をできるだけ保障しようとする観点から,弁護人のいわば後見的役割が重視されてきたのであり,接見を通じた弁護人による援助が刑事事件手続上極めて重要なものとして位置付けられていると評価することができる。
 本判決は,杉山事件判決を引用した上,接見の利益は,弁護人等からいえばその固有の利益であるとしており,本判決が説示するところは,上記のような我が国における接見交通権の重要性を踏まえたものといえよう。
 (2) 裁判例・学説の状況
 ア 裁判例の状況
 福岡高判平成5年11月16日判タ875号117頁(以下「福岡高裁判決」という。)がリーディングケースであり,原判決も,基本的には福岡高裁判決が示した判断基準を採用するものである。
 福岡高裁判決は,警察官が被疑者と弁護人となろうとする者との面会を許さなかった事案について,刑訴法39条の趣旨は,被疑者が任意同行に引き続いて捜査機関から取調べを受けている場合においても基本的に変わるところはないとして,捜査機関が,社会通念上相当と認められる限度を超えて,被疑者に対する面会申出に係る伝達を遅らせ又は伝達後被疑者の行動の自由に制約を加えたときは,弁護人等の弁護活動を阻害するものとして国賠法上違法となる旨判示している。
 なお,福岡高裁判決の原審となる第1審判決(福岡地判平成3年12月13日判タ791号122頁)も,福岡高裁判決と同旨をいうものであるが,被侵害利益又は権利につき,福岡高裁判決が,弁護人等の弁護活動としているのに対し,第1審判決は,弁護権と明記しており,任意取調べ中の被疑者に対しても,同法39条にいう接見交通権が保障される趣旨をいうものと解される。
 イ 学説の状況
 福岡高裁判決及び第1審判決に関する判例評釈を中心として議論が展開されているところ,当該各判決の結論を支持する見解が多数を占めている。もっとも,その理論的根拠については,第1審判決が説示するように,任意取調べ中の被疑者についても刑訴法39条にいう接見交通権が保障されるとする立場と,同法39条にいう接見交通権は保障されないものの,任意取調べ中の被疑者についても接見交通権に準じた利益があるとする立場に分かれている。
(ア)接見交通権を保障する説
 ① 渡辺修(神戸学院大学教授)「接見交通の現状と課題」法律時報65巻3号33頁は,被疑者は,その法的地位に内在する包括的防御権によっていつでも弁護人による弁護を受ける権利を憲法上保障されており,憲法34条,刑訴法39条はこれを前提としつつ特に身柄拘束中の被疑者に関して接見交通権を確認するものであって,任意出頭・取調べ中の被疑者も弁護人との接見交通権があるとしている。
 ② 小山雅亀(西南学院大学助教授)「任意捜査と接見交通」ジュリスト1024号194頁は,憲法34条,刑訴法39条は,直接的には身柄を拘束された場合の弁護人依頼権を保障しているが,これらの規定は,被疑者たる法的地位に内在する包括的防御権に含まれる弁護人による援助を受ける権利の存在を前提に,身柄拘束中の者がこの権利を事実上制約される可能性の高いことに鑑みて特にこれを明文で保障したものであり(弁護人の援助を受ける必要性は,身柄拘束の有無ではなく,被疑者たる地位から生じる。),身柄不拘束の者に上記弁護人依頼権を否定する趣旨とはいえないとしている。
 ③ 小早川義則(名城大学教授)「任意取調べ中の被疑者と弁護人との接見交通権」法学セミナー455号131頁は,第1審判決に係る事案は,早朝から任意同行された被疑者の行き先は家族には一切知らされておらず,被疑者は身柄こそ不拘束とはいえ外部から完全に隔離された状態で任意の取調べを受けていたのであり,憲法及び刑訴法の保障する接見交通権の法理は,少なくとも本件のように事実上警察の支配下にある被疑者に適用されるのは当然であるとしている。
(イ)接見交通権に準ずる利益があるとする説
 接見交通権に準ずる利益があるとする説を採用する代表的なものとしては,角田正紀(法務省刑事局付検事・元東京高裁部総括判事)「任意取調べ中の被疑者と弁護人となろうとする者との間における接見交通」研修523号15頁がある。同判例評釈は,任意取調べ中の被疑者について,身体の拘束を受けていないため,接見交通権を保障する刑訴法39条が直接適用されるものではないが,被疑者と面会・打合せをすることが弁護権の内容ないし前提であることを踏まえて,身柄不拘束の被疑者の弁護人等にも接見交通権に準じた利益を認める考え方を是認すべきとしている。
 3 本判決の立場
 本判決は,任意取調べ中の被疑者の接見の利益を導くに当たり,接見交通権に準じてという表現ぶりを採用しているものの,接見交通権を保障する刑訴法39条ではなく,弁護人選任権を保障する同法30条を法解釈の出発点に掲げていることからすると,本判決にいう接見の利益は,同法39条にいう接見交通権とは別個の利益をいうものと解される。そして,本判決は,任意取調べ中の被疑者に取調受忍義務が認められないことからすると,弁護人等からの接見の申出に関する情報は,任意の取調べのために出頭した被疑者にとって,弁護人等の援助を求めて退去するかどうかを自己決定する上でも極めて重要なものであるから,自己決定をする利益を被疑者に保障する観点からも,できる限り速やかに上記接見の申出を被疑者に伝える必要があると説示している。そうすると,本判決は,任意取調べ中の被疑者の接見の利益については,取調受忍義務があると解されている身柄拘束中の被疑者の接見交通権とは異なり,基本的には捜査の必要性を理由とした制約(同法39条3項参照)をすることができないとする立場を採用するものであり,この点において同法39条にいう接見交通権と法的性質を異にするものといえる。
 これに対し,福岡高裁判決及びこれを踏襲する原判決は,被侵害利益を弁護人の弁護活動とした上で,接見の申出を伝えずに接見の利益を制約することが許容される時間(以下「接見申出の伝達時間」という。)につき,福岡高裁判決は,任意捜査の性格上,社会通念上相当と認められる限度を超える時間をいうものとし,原判決は,取調べの性格上,特定の事項に係る質疑等のため一定の時間を要し,即時の中断が困難な場合があること等を考慮しても社会通念上相当と認められる範囲を超える時間をいうものとしている。学説においても,前掲角田は,任意の取調べといっても捜査機関が法律上の根拠に基づいて行うものであるから,取調べを続行するにつき合理的な理由が存するときは,取調べと面会の順序や時間に関する調整を図る協議を弁護人に対して求めることも許容される旨を述べており,これは,同法39条3項にいう接見指定類似の措置を許容する趣旨とも解されるところである。これらの裁判例及び学説は,捜査の必要性から接見の利益を制約することを許容する趣旨をいうものとも解されようが,このように解した場合には,接見の利益の重要性の位置付けにおいて,本判決とは見解を異にするものといえよう。
 そのため,本判決は,福岡高裁判決及び原判決にいう社会通念上相当という基準を採用せず,接見の利益の重要性に鑑み,行為規範としての予測可能性が高い基準を示すものとして,接見の利益を制約するに当たっては捜査の必要性を考慮することは基本的には許されず,捜査機関は,弁護人等であることの事実確認ができれば,直ちに接見の申出を被疑者に伝えなければならない法的義務を負うことを明らかにしたものといえる。
 このように,本判決は,接見申出の伝達時間につき,基本的には,弁護人等であることの事実確認のために必要な時間に限られるものとしているものの,これを特段の事情における例示として掲げている。そのため,本判決は,上記時間以外のものも「など」として一応許容される趣旨を述べているとはいえるものの,本判決が,接見の利益の重要性に鑑み,接見申出の伝達時間を必要最小限度のものに厳格に制限しようとした趣旨を踏まえると,「など」の範囲は,現時点では直ちには想定し難く,仮にこれを認めたとしても,実務上やむを得ない極めて限定的なものとされるべきであろう。
 なお,上記において説示したとおり,刑事手続における弁護人の後見的役割の重要性は否定できないものの,刑事手続における防御の主体は,飽くまで被疑者等であるというべきであって,弁護人は,被疑者等の防御を援助する地位にあるといえるから,被疑者が接見の利益を自ら放棄した場合には,弁護人の上記地位に照らし,弁護人固有の接見の利益も,消滅すると解すべきであろう。このような観点に加え,弁護人固有の接見の利益は,被疑者の権利擁護を目的とする公益性の高いものであることに照らし,本判決は,被疑者が自白調書を作成された事情を考慮しても,当の本件被疑者ではなく,被控訴人個人の精神的苦痛を慰謝する額としては,原審が認定した10万円が相当であると判断したものと思われる。
 以上のとおり,本判決は,接見の利益の重要性に鑑み,接見申出の伝達時間を必要最小限とすべきと解する見解を採用するものであるが,新たに認められた接見の利益の法的性質を踏まえ,本判決が示した接見申出の伝達時間をめぐる問題につき,実務の運用を踏まえた議論の蓄積及びこれを踏まえた裁判例の展開が今後期待されるところである。
 4 本判決は,任意取調べ中の被疑者との接見の利益について,その存否自体が直接争われた本件事案において,新しい利益としてこれを正面から認めるとともに,接見の利益が制約される場合の違法性の判断基準を具体的に示したものであり,実務に指針を与えるものとして特に重要な意義を有するものといえる。ここに紹介する次第である。」