最高裁平成26年11月17日集刑315号183頁・刑訴百選【11】14事件(勾留の要件)

 本判例は、本決定は,原々決定を取り消して勾留を認めた原決定(準抗告審)には違法があるとした判例であり、後述するように勾留の実務に対して大きな影響を与えたとされる判例です。

 判例を引用します。

 https://www.courts.go.jp/hanrei/84640/detail2/index.html

 「本件抗告の趣意は,事実誤認,単なる法令違反の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
 しかし,所論に鑑み,職権により調査する。
 本件被疑事実の要旨は,「被疑者は,平成26年11月5日午前8時12分頃から午前8時16分頃までの間,京都市営地下鉄烏丸線の五条駅から烏丸御池駅の間を走行中の車両内で,当時13歳の女子中学生に対し,右手で右太腿付近及び股間をスカートの上から触った」というものである。
 原々審は,勾留の必要性がないとして勾留請求を却下した。これに対し,原決定は,「被疑者と被害少女の供述が真っ向から対立しており,被害少女の被害状況についての供述内容が極めて重要であること,被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もあることからすると,被疑者が被害少女に働きかけるなどして,罪体について罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると認められる」とし,勾留の必要性を肯定した。
 被疑者は,前科前歴がない会社員であり,原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば,本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は,罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ,原々審が,勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは,この可能性が低いと判断したものと考えられる。本件事案の性質に加え,本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので,被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれないことからすると,原々審の上記判断が不合理であるとはいえないところ,原決定の説示をみても,被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もあるというのみで,その可能性の程度について原々審と異なる判断をした理由が何ら示されていない。
 そうすると,勾留の必要性を否定した原々審の裁判を取り消して,勾留を認めた原決定には,刑訴法60条1項,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。
 よって,刑訴法411条1号を準用して原決定を取り消し,同法434条,426条2項により更に裁判をすると,上記のとおり本件について勾留請求を却下した原々審の裁判に誤りがあるとはいえないから,本件準抗告は,同法432条,426条1項により棄却を免れず,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。」

 本判例の評釈である判例タイムズ1409号123頁には下記のような指摘があります。

 「1 本件は,朝の通勤通学電車内でのいわゆる痴漢の事案(迷惑防止条例違反)である。原々審は,勾留の必要性がないとして勾留請求を却下したのに対し,原決定は,本決定で引用されているように,被疑者と被害少女の供述が対立し,被害少女の供述内容が極めて重要であり,被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もある,などとして勾留の必要性を肯定した。
 2 勾留の必要性が勾留の要件であることについては,現在,学説,実務上争いがないといってよい。地裁令状部の裁判官による近時の論説(安藤範樹「勾留請求に対する判断の在り方について」刑事法ジャーナル40号11頁以下)によると,勾留の必要性の審査については,次のことが指摘されている。
 勾留の必要性の判断については,被疑者勾留による公益的利益と,これによって被疑者が被る不利益とを比較衡量し,被疑者勾留が相当かという点が問題となる。具体的な考慮要素としては,勾留理由の認められる程度,事案の軽重,逮捕時間内での事件処理の可能性,示談の成立,前科前歴の有無,被疑者の年齢,健康状態,勾留による不利益の程度(仕事等への影響),身柄引受人の存在,家族の受ける不利益等である。
 勾留の必要性がないと判断した事例では,勾留理由の審査で,罪証隠滅,逃亡のおそれはあるが,それは小さいと判断したことが,勾留の必要性の審査に繋がっていることが多い。
 また,同論説では,電車内の痴漢事案(迷惑防止条例違反のもの)における勾留理由である罪証隠滅のおそれに関連して,被疑者が行為や犯意を否認することはままあるが,被疑者が被害者を付け狙っていてその生活圏を把握しているなどの特殊事情がうかがわれなければ,被害者に対する働き掛けの客観的可能性は低いといえる場合も多く,勾留請求が却下されることは珍しくない,などとされている。
 3 本決定は,前記論説に示されているような事情を踏まえ罪証隠滅の現実的可能性が低いとして勾留の必要性を否定したものと理解される原々裁判について,このような判断が不合理とはいえないとして是認した。前記論説にあるように,電車内の痴漢事案(迷惑防止条例違反のもの)では,特殊事情がなければ類型的にみて被害者への働き掛けに及ぶ客観的可能性は低いといえると思われるところ,本決定の説示によれば,本件でそのような特殊事情はうかがわれなかったようである。
 その一方で,本決定は,基本的には事後審である原審の判断について,原々裁判と異なる判断に至った理由,すなわち原々裁判が不合理であると評価した理由を何ら説示していない点において,単に勾留の必要性に関する実体判断にとどまらず,準抗告審の判断方法としても誤っている旨を指摘したものと解される。
 なお,勾留の時点では,捜査の密行性に配慮する必要があるが,現に実務上工夫されているように,準抗告決定において,そのような配慮をしつつも原々裁判と異なる判断に至った理由を端的に示すことは十分可能であろう。」

 勾留の要件は、勾留の理由(刑訴法60条1項各号)と勾留の必要性(刑訴法87条参照)です。刑訴百選【11版】14事件解説2によれば、「実務上.勾留請求却下の判断をする際,勾留の必要性なしとするものが多数である。これは,検察庁においても相当程度事件を見極めた上で勾留請求をしていると思われるところ,そうした中で勾留の理由自体が全て否定されるという事案は少ないこと,勾留が被疑者の側にもたらす不利益と捜査の遂行状況等といった種々の事情を総合考慮して.勾留請求についての判断を慎重に行うことが安定的な判断に資することなどの理由に基づくものと考えられる」との指摘があります。

 本判例については、「従来の実務では,本件のような事案において勾留を認める例も少なくなかった。しかし,本決定は,罪証隠滅のおそれの程度について,単なる抽象的な危険性では足りないという.従来から一般論としては争いのなかった基準を具体的事案に即して示したものであり,ともすれば抽象的な判断に流れやすい罪証隠滅のおそれの程度について.具体的な判断が必要であることを改めて示したものといえよう」との指摘があります(刑訴百選【11版】14事件解説4)。実際にも私が担当する事件においても、痴漢事件で勾留決定(それに先立つ検察官からの勾留請求)がされる例は少なく、在宅事件として取り扱う例が多いとの印象があります。

 なお、近時においても安易な勾留決定を戒めるものと評価することもできる判例(最高裁令和7年11月27日令和7(し)1043(勾留請求却下の裁判に対する準抗告の決定に対する特別抗告事件・いわゆる東大汚職事件))が出されています。https://avantgarde-lawoffice.com/archives/486にて解説していますので、参照してください。