仙台高裁令和5年1月24日令和4年(う)第60号・重要判例解説令和5年度刑法3事件(建造物侵入、山形県迷惑行為防止条例違反(原審認定罪名・山形県迷惑行為防止条例違反)被告事件:判例秘書L07820090)

 本裁判例は、建造物侵入罪(刑法130条前段)の既遂時期につき具体的事案に応じて諸事情を考慮し、社会通念にしたがって判断すべきとして、身体の全部が建造物に入ったことを要するとした一審判決を破棄し、建造物内に身体の全部が入っていなくとも、その大部分が入った時点で「侵入」したといえ、本罪は既遂となるとした裁判例です。

 裁判例を一部引用します。

 「3 建造物侵入罪の成否に関する当裁判所の判断
(1)建造物侵入罪の成立を認めなかった原判決の上記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがあり、当審として是認することはできず、原判決は破棄を免れない。以下、その理由について説明する。
(2)建造物侵入罪の既遂時期について
 ア 建造物侵入罪は、建造物への「侵入」が認められればその時点で直ちに既遂に至ることから、その既遂時期を検討するにあたっては、同罪にいう「侵入」の文言解釈が必要となる。
 建造物侵入罪の保護法益は、建造物の管理権者が、その建造物内を意思どおりに自由に管理支配することを内容とするものと解される。また、同罪における「侵入」とは、「他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいう」と解されるところ(最高裁判所昭和58年4月8日第二小法廷判決・刑集37巻3号215頁参照)、「侵入」の文言解釈として、身体の全部が建造物内に入ることが要請されるわけではない。建造物侵入罪の既遂時期を検討するに当たっては、上記のような建造物侵入罪の保護法益を踏まえつつ、「侵入」の文言解釈をすべきである。
 この点に関し、建造物侵入罪の既遂時期について原審の見解を採用した場合、管理権者の自由な管理支配を侵害する程度に特段差異がなくとも、身体のごく一部が建造物に入っておらず、かつ、身体の全部を建造物内に入れる意思もなかったという事例で建造物侵入罪が成立しないことになるが、このような結論は管理権者の自由な管理支配の保護に欠けるといわざるを得ない。かかる観点からは、身体の全部が建造物内に侵入していなくとも建造物侵入罪が既遂に至る場合があると解するのが相当といえる。
 一方、前記のとおり、建造物侵入罪における「侵入」とは、他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して「立ち入る」ことをいい、その文言上、侵入があったといえるためには、行為者が、建造物内に物理的に身体を立ち入れたと評価できるほどに身体が建造物内に入ることを要するものと解される。そうすると、身体の一部、あるいは身体の重要部分が建造物内に入っていれば足りると解することは、「侵入」の文言解釈として無理があり、相当でないというべきであるが、他方、身体の全部が建造物内に入っていなくとも、その大部分が入った場合には、建造物内に物理的に身体を立ち入れたと評価することが十分可能であるといえ、その時点で侵入があったとみて建造物侵入罪が既遂に達すると解しても、「侵入」の文言解釈として何ら不自然なところはなく、文理に適ったものといえる。
 以上によれば、建造物内に身体の大部分が入った場合には、建造物に「侵入」したといえ、その時点で建造物侵入罪が既遂となると解するのが相当である(以下「当審の見解」という。)。そして、当該行為が「侵入」に当たるか否かについては、具体的事案に応じて、建造物の構造、行為者が建造物に入れた身体の部位、程度及び態様、身体を入れた建造物の場所や時間の長さ等を考慮して、社会通念に従って判断すべきである。」

 「原判決は、原審の見解を採用する根拠として、既遂時期の判断基準が明確であることを挙げている。確かに、当審の見解を採ると、既遂時期に関し、画一的な判断をすることはできないが、構成要件要素として規定された文言を解釈した上、具体的事案に応じて、種々の要素を考慮し、社会通念に照らして構成要件該当性を判断するということは他の犯罪でも行われており(例えば、不動産侵奪罪における「侵奪」につき、最高裁判所平成12年12月15日第二小法廷判決・刑集54巻9号923頁参照、医師法違反における「医行為」につき、最高裁判所令和2年9月16日第二小法廷決定・刑集74巻6号581頁参照)、このような判断基準を用いることで、具体的事案ごとに、構成要件該当性を適切に判断することができているといえる。原判決が原審の見解を採用する根拠としているところをもって、一概に原審の見解が相当であるとか、当審の見解は相当でないと結論づけることはできないというべきである。」

 「また、原判決は、本件では、原審の見解を採っても、「建造物侵入罪と一罪の関係にあるとして起訴された迷惑防止条例違反の罪が成立するから、建造物侵入罪が成立しないことは実際には大きな問題とはならない。建造物侵入罪が他の犯罪の手段として行われることが多い犯罪であることからすると、身体の全部が建造物等に入っていないものの犯人を処罰すべきと考えられるような事案では、本件と同様に、他の犯罪が成立していることもあると思われる」という。しかし、建造物侵入罪と迷惑防止条例違反とでは、その保護法益も構成要件も全く異なるし、建造物侵入罪が成立するか否かでその処断刑期も異なってくるのであるから、同条例違反の罪が成立するから建造物侵入罪が成立しなくとも大きな問題とはならないとはいうことはできない。そして、この理は、建造物侵入罪が他の犯罪の手段として行われたという場合であっても同じように妥当する。他の犯罪が成立することを理由に、その手段として行われる建造物侵入罪の「侵入」の文言解釈をし、同罪の既遂時期を決することは不適切であり、相当ではない。」

 「当審の見解を前提として、本件において、被告人が女子更衣室に侵入したと認められるかについて検討する。
  ア 原審記録及び当審における事実取調べの結果によれば、次の事実が認められる。
 (ア)本件飲食店の事務室内に男子更衣室と女子更衣室が設けられており、女子更衣室は、四方が壁又は片開き戸によって区画されており、片開き戸を開くとカーテンが取り付けられている。
 (イ)被告人は、更衣中の女性の姿態を撮影するため本件スマートフォンを女子更衣室内に設置しようと考え、……本件スマートフォンを持って女子更衣室前に行き、本件スマートフォンの電源を入れた上、撮影アプリ……を起動させた。本件スマートフォンを、背面に付いているカメラレンズが女子更衣室の扉の方を向く状態で、女子更衣室内に置かれていた東西2列の段ボール箱のうち、西側の2段積み段ボール箱の上の段ボールの縁とその中の荷物の間(北側の壁面から40cm、西側の壁面から25.5cm、床面からの高さ38cmの地点付近)に立てて差し込んで置いた(以下「本件設置行為」という。)。
 (ウ)被告人は、本件設置行為をする際、女子更衣室入口の片開き戸を開け、左手に本件スマートフォンを持ち、右手で同室入口北側の縁を持ち、前傾姿勢を取りながら左足を同室内に踏み入れた態勢であり、被告人の頭部、両肩、左手全部、右腰部を除く上半身、左臀部及び左足全部は少なくとも同室内に入っていた。他方、右手の一部及び右足の大部分は同室内に入っておらず、また、右腰部及び右臀部については全部入っていたとまでは認められない……。
 (エ)被告人がその身体を女子更衣室内に入れていた時間は5秒程度である。」

 「以上の事実を前提に検討すると、明確に区画された独立の空間である女子更衣室内に、盗撮するために本件スマートフォンを設置するという目的を達するのに十分な時間といえる5秒程度、被告人の頭部、両肩、左手全部、右腰部を除く上半身、左臀部及び左足全部を少なくとも入れていたという本件においては、社会通念に照らし、身体の大部分が入ったとして、女子更衣室内に「侵入」したといえるから、建造物侵入罪の既遂に至ったと認められる。」

 本裁判例は、建造物侵入罪の保護法益について言及し、「侵入」の定義を明らかにします。「侵入」の定義については、本判例が引用する最高裁昭和58年4月8日刑集37巻3号215頁・刑法百選Ⅱ【8版】16事件は「他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいう」としていました。

 建造物侵入罪の既遂時期については、①身体の全部を入れることを要するとするもの(全部説)が長らく通説とされていました。1審はこの立場によっています。②身体の一部で足りるというもの(一部説)、③身体の大部分又は重要部分が入ることを要するというもの(大部分説)があります。この点について判例はありません。

 本裁判例は、③大部分説に立ちました。その根拠として、最高裁平成12年12月15日刑集54巻9号1049頁・刑法百選Ⅱ37事件、最高裁令和2年9月16日刑集74巻6号581頁(タトゥー事件)を引用し、「構成要件要素として規定された文言を解釈した上、具体的事案に応じて、種々の要素を考慮し、社会通念に照らして構成要件該当性を判断する」ことの根拠としています。

 本裁判例は、建造物侵入罪の既遂時期について、大部分説に立つことを明らかにした点に先例的意義があると思われます。