最高裁大法廷平成7年2月22日刑集49巻2号1頁・刑訴百選【11版】63事件(ロッキード事件)

1 はじめに

 本判例の論点は多岐にわたりますが、刑訴法上の論点としては、刑訴法(※当時)はいわゆる刑事免責の制度を採用しておらず、刑事免責を付与して得られた供述を録取した嘱託証人尋問調書を事実認定の証拠とすることは許容されないとした判例です。今は、証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度(刑訴法350条の2以下)があります。

2 前提となる知識

刑訴法317条
事実の認定は、証拠による。

3 問題の所在

 事件当時は刑事免責制度を導入していなかった事情の元で刑事免責を付与して得られた証拠の証拠能力はないとした事件です。

4 判旨

 「一 本件嘱託証人尋問調書は、第一審裁判所において、刑訴法321条1項3号に該当する証拠能力を有する書面として取り調べられ、本件各犯罪事実を認定する証拠として挙示されているものであるところ、原判決及びその是認する第一審裁判所の昭和53年12月20日付け決定によれば、その作成の経緯は、次のとおりである。
  東京地方検察庁検察官は、東京地方裁判所裁判官に対し、被告人B外1名に対する贈賄及び氏名不詳者数名に対する収賄等を被疑事実として、刑訴法226条に基づき、当時アメリカ合衆国に在住したC、Dらに対する証人尋問を、国際司法共助として同国の管轄司法機関に嘱託してされたい旨請求した。右請求に際して、検事総長は、本件証人の証言内容等に仮に日本国法規に抵触するものがあるとしても、証言した事項について右証人らを刑訴法248条により起訴を猶予するよう東京地方検察庁検事正に指示した旨の宣明書を、また、東京地方検察庁検事正は、右指示内容と同じく証人らを同条により起訴を猶予する旨の宣明書を発しており、東京地方裁判所裁判官は、アメリカ合衆国の管轄司法機関に対し、右宣明の趣旨をCらに告げて証人尋問されたいとの検察官の要請を付記して、Cらに対する証人尋問を嘱託した。これを受けた同国の管轄司法機関であるカリフォルニア州中央地区連邦地方裁判所は、本件証人尋問を主宰する執行官(コミッショナー)を任命し、まず、Cに対する証人尋問が開始されたが、その際、Cが日本国において刑事訴追を受けるおそれがあることを理由に証言を拒否し、Dらも同様の意向を表明し、前記検事総長及びその指示に基づく東京地方検察庁検事正の各宣明によって日本国の法規上適法に刑事免責が付与されたか否かが争われたところから、右連邦地方裁判所ファーガソン判事が、Cらに対する証人尋問を命じるとともに、日本国において公訴を提起されることがない旨を明確にした最高裁判所のオーダー又はルールが提出されるまで本件嘱託に基づく証人尋問調書の伝達をしてはならない旨裁定した。そこで、検事総長が改めてCらに対しては将来にわたり公訴を提起しないことを確約する旨の宣明をし、最高裁判所は検事総長の右確約が将来にわたり我が国の検察官によって遵守される旨の宣明をし、これらが右連邦地方裁判所に伝達された。これによって、以後Cらに対する証人尋問が行われ、既に作成されていたものを含め、同人らの証人尋問調書が順次我が国に送付された。
 二 右のような経緯にかんがみると、前記の検事総長及び東京地方検察庁検事正の各宣明は、Cらの証言を法律上強制する目的の下に、同人らに対し、我が国において、その証言内容等に関し、将来にわたり公訴を提起しない旨を確約したものであって、これによって、いわゆる刑事免責が付与されたものとして、Cらの証言が得られ、本件嘱託証人尋問調書が作成、送付されるに至ったものと解される。
 三 そこで考察するに、「事実の認定は、証拠による」(刑訴法317条)とされているところ、その証拠は、刑訴法の証拠能力に関する諸規定のほか、「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」(同法1条)刑訴法全体の精神に照らし、事実認定の証拠とすることが許容されるものでなければならない。本件嘱託証人尋問調書についても、右の観点から検討する必要がある。
 1 (一)刑事免責の制度は、自己負罪拒否特権に基づく証言拒否権の行使により犯罪事実の立証に必要な供述を獲得することができないという事態に対処するため、共犯等の関係にある者のうちの一部の者に対して刑事免責を付与することによって自己負罪拒否特権を失わせて供述を強制し、その供述を他の者の有罪を立証する証拠としようとする制度であって、本件証人尋問が嘱託されたアメリカ合衆国においては、一定の許容範囲、手続要件の下に採用され、制定法上確立した制度として機能しているものである。
 (二) 我が国の憲法が、その刑事手続等に関する諸規定に照らし、このような制度の導入を否定しているものとまでは解されないが、刑訴法は、この制度に関する規定を置いていない。この制度は、前記のような合目的的な制度として機能する反面、犯罪に関係のある者の利害に直接関係し、刑事手続上重要な事項に影響を及ぼす制度であるところからすれば、これを採用するかどうかは、これを必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否、国民の法感情からみて公正感に合致するかどうかなどの事情を慎重に考慮して決定されるべきものであり、これを採用するのであれば、その対象範囲、手続要件、効果等を明文をもって規定すべきものと解される。しかし、我が国の刑訴法は、この制度に関する規定を置いていないのであるから、結局、この制度を採用していないものというべきであり、刑事免責を付与して得られた供述を事実認定の証拠とすることは、許容されないものといわざるを得ない。
 (三) このことは、本件のように国際司法共助の過程で右制度を利用して獲得された証拠についても、全く同様であって、これを別異に解すべき理由はない。けだし、国際司法共助によって獲得された証拠であっても、それが我が国の刑事裁判上事実認定の証拠とすることができるかどうかは、我が国の刑訴法等の関係法令にのっとって決せられるべきものであって、我が国の刑訴法が刑事免責制度を採用していない前示のような趣旨にかんがみると、国際司法共助によって獲得された証拠であるからといって、これを事実認定の証拠とすることは許容されないものといわざるを得ないからである。
 2 以上を要するに、我が国の刑訴法は、刑事免責の制度を採用しておらず、刑事免責を付与して獲得された供述を事実認定の証拠とすることを許容していないものと解すべきである以上、本件嘱託証人尋問調書については、その証拠能力を否定すべきものと解するのが相当である。

5 解説(判例タイムズ877号129頁)

 「一 事案の概要等 本判決は、いわゆるロッキード事件丸紅ルートの被告人榎本敏夫、同桧山廣に対する最高裁判所大法廷による上告審判決である。
 1 丸紅ルート事件の中心となる事案は、ロッキード社のL1011型機の全日空への売込み活動に当たっていた当時の丸紅の社長であった被告人桧山が、担当の機械第1本部長であった大久保利春、社長室長であった伊藤宏のほか、ロッキード社の当時の社長コーチャンと共謀の上、昭和47年8月23日、当時内閣総理大臣であった田中角榮に対し、その私邸で、全日空がL1011型機を選定購入するように、運輸大臣に働き掛けて行政指導をさせ、あるいは直接全日空に働き掛けるなどの協力を依頼するとともに、成功報酬として現金5億円の供与を約束し、同年10月30日に全日空がL1011型機の購入を決定した後、右約束に基づき、昭和48年8月10日から昭和49年3月1日までの間、4回にわたり、田中に対し、その秘書官であった被告人榎本を介して、現金5億円を賄賂として供与するとともに、非居住者であるロッキード社のためにする居住者に対する支払いをしたというものである。
被告人桧山に対する議院証言法違反の事案は、昭和51年2月17日衆議院予算委員会において右5億円の供与等に関して偽証したというものである。
 2 ロッキード事件は、丸紅ルート、全日空ルート、児玉・小佐野ルートに分かれて審理されたが、丸紅ルートにおいては、田中が受託収賄、外為法違反により、被告人榎本が外為法違反により、また、丸紅側では、被告人桧山、大久保、伊藤が贈賄、外為法違反、議院証言法違反により、それぞれ起訴された。
被告人らのほか、田中、大久保が上告を申し立てていたが、両名は死亡による公訴棄却で事件が終了しており、また、伊藤は上告を申し立てず控訴審判決が確定していたところから、本判決により、丸紅ルートを含め、ロッキード事件はすべて終了した。
 3 被告人両名ほか、各ルートの被告人らに対する起訴罪名、裁判結果は別表のとおりである。
 二 本件の争点及び上告趣意 本判決の判旨事項として採り上げられた争点と上告趣意の要旨は、次のとおりである。
 1 嘱託証人尋問調書の証拠能力 本判決の判示事項一に係る争点は、検察官があらかじめ不起訴を確約する旨の宣明をした上、最高裁もこれに関する宣明をし、米国の司法機関に嘱託してされた米国在住のコーチャンらに対する証人尋問は合憲、適法といえるか、そして、その結果得られた本件嘱託証人尋問調書に証拠能力があるといえるかという点にある。
 上告趣意は、(1)外国の裁判所に対する本件嘱託証人尋問の手続は、刑訴法等の認めないものである上、被告人の弁護人を立ち会わせておらず、憲法31条、37条2項、41条、76条に違反し、違法である。
(2)不起訴宣明による刑事免責を付与し、自己負罪拒否特権が消滅したとして証言を強制するのは、憲法14条、31条、38条1項に違反するし、その証言の任意性を肯定するのは憲法38条2項に違反し、約束や偽計による自白に関する最高裁判例に反する、(3)本件嘱託証人尋問調書は、検察官が憲法、刑訴法に違反して刑事免責を与え、また、権限のない最高裁が憲法76条3項等に違反する宣明をして、コーチャンらに証言を強制して得られたものであって、刑訴法上違法な捜査方法によって得られた違法収集証拠であり、証拠能力を認めるべきではないし、弁護人に反対尋問の機会が与えられないままであった点において憲法37条2項違反等があることなどからも、刑訴法321条1項3号の要件を満たさないなどと主張した。
 2 内閣総理大臣の職務権限 判示事項二に係る争点は、内閣総理大臣は、運輸大臣に対し、民間航空会社に特定機種の航空機の選定購入を勧奨するように働き掛け(以下「Aルート」という。)、あるいは、直接民間航空会社に対し、特定機種の航空機を選定購入するように働き掛ける(以下「Bルート」という。)職務権限を有しているといえるかという点にある。
 上告趣意は、Aルートについては、運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の航空機を選定購入するよう勧奨する行為は、民間航空会社の機種選定は、その企業独自の専権に属するものであって、運輸大臣であっても、これに容喙・干渉することは許されないものであるから、これを公務としての行政指導と解する余地はまったくないし、しかも、本件の場合、内閣総理大臣の運輸大臣に対する指揮監督権限の根拠となる内閣法6条に定める「閣議にかけて決定した方針」は存在しなかったのであるから、内閣総理大臣たる田中が運輸大臣に対し本件勧奨行為をするように指揮監督権限を発動するための適法要件に欠けていたと主張し、Bルートについては、田中の全日空に対する直接の働き掛けは、本来の内閣総理大臣の職務と密接な関係にはなく、このような行為は、政治家ないし政治的有力者の私的行為と評価すべきであるなどと主張した。
 三 本判決の判旨 1 法廷意見及び多数意見 法廷意見ないし多数意見による右の1及び2の争点についての判旨は、冒頭に記載したとおりである。
なお、本判決は、一審以来争われてきた5億円の授受及び請託の有無という事実認定上の争点について、右1に関する上告趣意に対する判断に際して、結論的にではあるが、一審判決の事実認定を肯認した原判決を是認する判断を示している。
 2 個別意見 各判示事項について個別意見が付されているが、その要件は、次のとおりである。
 (一) 判示事項一の本件嘱託証人尋問調書の証拠能力の点についての大野裁判官の補足意見 本件嘱託証人尋問調書は、違法収集証拠とはいえないが、これを事実認定の証拠として許容することは、明文の規定によらず刑事免責制度を認める結果となりかねず、反対尋問権及び対審権の保障という面からも問題がある。
 (二) 判示事項二の内閣総理大臣の職務権限の点について (1) 園部、大野、千種、河合裁判官の補足意見 内閣総理大臣は、内閣法6条の閣議にかけて決定した方針を欠く場合も、憲法72条に基づく指揮監督権の行使として、多数意見のいう「指示を与える権限」を有している。
この権限は、賄賂罪の適用に当たっては、その対象となる一般的職務権限に該当する。
 (2) 可部、大西、小野裁判官の補足意見 多数意見に同調するが、本件においては、賄賂罪の成否に関する限り、憲法72条、内閣法6条に基づく指揮監督権限を根拠として内閣総理大臣の職務権限を肯定すべきものとした原判決の立論も是認することができる。
 (3) 尾崎裁判官の補足意見 内閣総理大臣の指揮監督権限は、憲法72条により付与されたものであり、内閣法6条の閣議決定があって初めて発生するものではない。
内閣総理大臣は、主任大臣に指導等をすることができるが、これは、憲法72条の指揮監督権限に包摂され、賄賂罪の成立に必要な職務権限に当たる。
 (4) 草場、中島、三好、高橋裁判官の意見 被告人桧山につき賄賂罪の成立を肯定すべきものとする多数意見の結論には同調するが、これを肯定する理由は、被告人桧山の行為は、田中に対し内閣総理大臣の職務と密接な関係にある行為の対価として金員を供与したものと評価することができるということにある。
 四 判示事項一の本件嘱託証人尋問調書の証拠能力について 1 一、二審の判断及び本判決の判旨 本件の主要な争点の一つである本件嘱託証人尋問調書について、一、二審は、刑訴法321条1項3号該当書面として証拠能力を肯定した。
これに対し、本判決は、いわゆる刑事免責を付与して得られた供述を事実認定の証拠とすることは我が国の刑訴法の許容するところではないとした上、このことは、本件のように国際司法共助の過程で右制度を利用して獲得された証拠についても全く同様であるとして、本件嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定した。
 2 いわゆる刑事免責について (一) 本判決は、本件嘱託証人尋問調書が作成された経緯(本判決の第一の一参照)にかんがみると、「検事総長及び東京地方検察庁検事正の各宣明は、コーチャンらの証言を法律上強制する目的の下に、同人らに対し、我が国において、その証言内容等に関し、将来にわたり公訴を提起しない旨を確約したものであって、これによって、いわゆる刑事免責が付与されたものとして、コーチャンらの証言が得られ、本件嘱託証人尋問調書が作成、送付されるに至ったものと解される。」と判示し、刑事免責の制度については、「自己負罪拒否特権に基づく証言拒否権の行使により犯罪事実の立証に必要な供述を獲得することができないという事態に対処するため、共犯等の関係にある者のうちの一部の者に対して刑事免責を付与することによって自己負罪拒否特権を失わせて供述を強制し、その供述を他の者の有罪を立証する証拠としようとする制度であって、本件証人尋問が嘱託されたアメリカ合衆国においては、一定の許容範囲、手続要件の下に採用され、制定法上確立した制度として機能している」旨説示している(この制度を紹介したものとして、飯田英男「アメリカ合衆国におけるイミュニティ法の運用の実情と問題点(上・下)」警研49巻8号25頁以下、9号19頁以下参照)。
 (二) 我が国の刑訴法にはこの制度に関する規定が置かれていない。
刑事手続に関しても、例えば、証拠開示の制度は、刑訴法上直接的な明文の規定がないにもかかわらず、判例(最2小決昭44・4・25刑集23巻4号248頁、本誌233号284頁)によって認められた要件の下に運用されている。
これは、いわば被告人に有利な方向での例であるが、刑事免責については、その制度の性質上、本判決も指摘しているとおり、「犯罪に関係のある者の利害に直接関係し、刑事手続上重要な事項に影響を及ぼす制度」であることからすれば、証拠能力に厳格な制限を置く刑訴法がこの制度を許容しており、その要件等を運用にゆだねているものとの解釈を導き出すことは困難と思われる。
本判決は、「我が国の憲法が、その刑事手続等に関する諸規定に照らし、このような制度の導入を否定しているものとまでは解されない」が、この制度を採用するかどうかは、「これを必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否、国民の法感情からみて公正感に合致するかどうかなどの事情を慎重に考慮して決定されるべきもの」であり、立法によって「その対象範囲、手続要件、効果等を明文をもって規定すべきもの」と判示している。
 (三) なお、本判決は、我が国において訴追、処罰されることを恐れたコーチャンらの供述を獲得するため、我が国によって刑事免責を付与して得られた供述の証拠能力に絞って検討し、消極の判断をしたところから、刑訴法226条の証人尋問の請求を受けた裁判官が、国際司法共助により外国に証人尋問の嘱託をすることができるか、その適法性については判断を示していない。
しかし、本判決が国際司法共助によって得られた証拠であってもその証拠としての許容性は我が国の法制にのっとって判断すべきものとし、国際司法共助を前提として判断を示していることからすると、証人尋問の請求を受けた裁判官が国際司法共助により外国に証人尋問の嘱託をすることまでを否定する趣旨ではないと思われる。
 3 嘱託証人尋問調書の証拠としての許容性 (一) 本判決は、「事実の認定は、証拠による」とする刑訴法317条を挙げた上、そこにいう証拠は、刑訴法の証拠能力に関する諸規定のほか、刑訴法1条に示されている「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」刑訴法全体の精神に照らし、事実認定の証拠とすることが許容されるものでなければならないとした。
その上で、刑事免責について検討し、前記の見地から、我が国の刑訴法は刑事免責制度を採用していないとし、刑事免責を付与して獲得された本件嘱託証人尋問調書を事実認定の証拠とすることは許容されないとしたものである。
 (二) これは、いわゆる違法収集証拠排除法則を適用したものではないことは、法廷意見が本件嘱託証人尋問手続が違法であるか、あるいは刑事免責を付与して供述を獲得することが違法であるかについて何ら言及していないところからうかがわれるところであって、従来の違法収集証拠排除法則とは異なる類型の判断枠組によるものと考えられる。
 (三) この点は、注目すべき新判断であって、証拠能力に関して、刑訴法の明文の規定、違法収集証拠排除法則の以外に、証拠としての許容性(あるいは証拠としての適格性といってもよく、証拠禁止の問題と考えることも可能であろう。)の要件を認めたことになる。違法収集証拠排除法則は、違法な捜査を抑制する見地に立脚するものと解されるところ(証拠物につき、最1小判昭53・9・7刑集32巻6号1672頁、本誌369号125頁。
なお、供述証拠につき、憲法38条2項、刑訴法319条1項参照)、本件の嘱託証人尋問の手続に関しては、これが捜査段階において捜査資料の獲得手段として行われたものであるとはいえ、請求を受けた裁判官の判断により嘱託され、受託国の法制に従って実施されるべき国際司法共助として行われたものであり、刑事免責を付与して証言を獲得すること自体は受託国である米国においては合法であることからすれば、このような手続により獲得された本件嘱託証人尋問調書が従来の意味における違法捜査によるものとはいいがたいであろう。
 もっとも、本判決が、本件嘱託証人尋問調書について、刑訴法に規定のない刑事免責を付与して獲得されたものである点を証拠としての許容性を否定する主要な根拠としているところからすれば、この根拠としての許容性の考え方の根底には、適正手続の観点があるとみることができる。
この観点からは、本判決のいう証拠としての許容性も、違法収集証拠排除法則の適用の1場面とみることもできないわけではないように思われる。
しかし、大野裁判官の補足意見に、「我が国の裁判官による嘱託に基づきアメリカ合衆国の裁判官又はその命ずる者によって実施されている点において司法上の統制を受けているということができ、捜査機関が国際的犯罪の捜査資料を収集するために、アメリカ合衆国において合法として行われた強制捜査手続について、重大な違法があるものということはできない」と述べられていることも参酌すると、これまで違法な捜査を抑制するという見地から問題とされてきた違法収集証拠とはやはり類型を異にするものというべきであろう。
 4 その余の点について 本判示事項一に関しては、なお次のような点を指摘することができよう。
 (一) 本判決の法廷意見は、刑事免責を付与して得られた供述を公判段階で事実認定の証拠とすることが許容されるかどうかの観点から検討し、消極の判断を示したものであって、刑事免責を付与して得られた供述を捜査資料としてのみ使用することが許されるかどうかについては触れていない。
しかし、この点は、捜査資料としてのみ使用することを全く否定するものではないと解する余地もあろう。
 (二) 本判決は、我が国の憲法が刑事免責の制度の導入を否定しているものとまでは解されないとしており、将来、刑事免責の制度を「必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否、国民の法感情からみて公正感に合致するかどうかなど」の事情を考慮し、刑事免責の制度が立法化され、その対象範囲、手続要件、効果等を明文で規定されるならば、これによって得られた供述を事実認定の証拠とすることは、許容され得るものと解される。
 (三) 本件嘱託証人尋問調書の作成過程で、最高裁判所の宣明が発せられている点について、一・二審は、司法行政上の措置として事実認識を示したものであるとの説示をしたが、本判決は、論及していない。
これは、公判段階における事実認定の証拠とすることが許容されるかどうかの観点からの検討を加え、これを否定した以上、特に触れる必要がなかったからであると思われる。
ちなみに、最高裁において、このような宣明がされたからといって、証拠能力を肯定されたことにはならず、公判段階で、その証拠としての許容性を含め、証拠能力が改めて検討されることは当然のことであろう。
このことは、一、二審判決も当然の前提としていたところである。
 (四) なお、大野裁判官の補足意見には、本件嘱託証人尋問調書が証拠としての許容性を有しないものとすべき理由として、当初から、本件の被告人あるいはその弁護人らによる反対尋問ができないことが予測されていたにもかかわらず、これを事実認定の用に供することは、刑訴法321条1項各号に該当するか否か以前の問題であり、刑訴法1条の精神に反することが挙げられている。
この点については、法廷意見は、証拠としての許容性を判断する要素としては触れていないが、刑訴法321条1項3号書面としての特信性の判断に当たって考慮するべき要素と解することもできるのではないかと思われる。
 五 判示事項二の内閣総理大臣の職務権限について 1 一、二審判決 一、二審判決は、本件請託の対象とされた行為のうちの前記Aルートは、内閣法6条に基づく内閣総理大臣の指揮監督権限に属するものであり、Bルートは、右の職務と密接な関係を有する準職務行為であって、被告人桧山が田中に対し、A、B両ルートの対価として金員を供与することは内閣総理大臣の「職務に関して」金員を供与することになるとし、贈賄罪の成立を認めた。
 すなわち、Aルートについて、内閣総理大臣が運輸大臣に対して指揮の権限を行使し得るためには、a 閣議にかけて決定した方針に基づくこと(内閣法6条)と、b 指揮の内容が運輸大臣の権限内の事項についてのものであることの2要件を満たす必要があるとした上、bの要件につき、運輸大臣が全日空にL1011型機の選定購入を勧奨する行為は運輸大臣の行政指導としてその職務権限に属するとしてこれを肯定した。
さらに、aの要件につき、(1) 昭和45年11月20日の「航空企業の運営体制について」と題する閣議了解において、「航空の安全性の基礎のうえに、航空機のジェット化・大型化を推進する」との方針が決定され、(2) 昭和46年12月19日の「円の為替レートの切り上げにあたって」と題する政府声明についての閣議決定において、輸入自由化の促進等8項目の対外政策の推進が、また、(3) 昭和47年7月18日の衆議院議員大野潔及び参議院議員中尾辰義の提出に係る質問主意書に対する答弁についての閣議決定において、右8項目の対外政策及び輸入促進等7項目の緊急対策の推進が、それぞれ内閣の方針として決定されており、その後に採られた大型航空機の対米緊急輸入は、内閣の右方針の枠内の措置といえるから、内閣総理大臣が運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう指揮することは右方針に基づくものといえるとして、aの要件についてもこれを肯定した。
 また、Bルートについては、内閣総理大臣の指揮監督権限を背景とし、Aルートと同じ効果をもたらし得る点からして、右指揮監督権限の行使に準ずる公務的性格の行為であり、職務と密接な関係にある準職務行為であるとした。
 2 本判決の判旨 本判決は、前示のようにA、B両ルートにつき、いずれも内閣総理大臣の職務権限に属さず、職務と密接な関係にある行為でもないとして原判断を争う上告趣意は適法な上告理由に当たらないとした上で、結論的には、12人の裁判官全員一致の意見で、Aルートの対価として金員を供与することは内閣総理大臣の「職務に関して」金員を供与することになるとして被告人桧山につき贈賄罪の成立を認めた原判決の結論を是認し、右の点において原判決の結論が是認できるからBルートについての判断は示さないこととする旨判示した。
 3 賄賂罪にいう「職務」 (一) この「職務」とは、公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の執務を指称する(最3小判昭28・10・27刑集7巻10号1971頁)。
そして、賄賂罪の保護法益は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼であり(大判昭6・8・6刑集10巻9号412頁)、賄賂罪の成立については、賄賂と対価関係にある行為が当該公務員の職務として行い得る抽象的な範囲内に存在すればよい(前田雅英・刑法各論講義567頁)。
多数意見が、「賄賂と対価関係に立つ行為は、法令上公務員の一般的職務権限に属する行為であれば足り、公務員が具体的事情の下においてその行為を適法に行うことができたかどうかは、問うところではない。」と判示したのはこの趣旨を述べたものである。
賄賂罪における職務の範囲を考察する上で重要な判示であると思われる。
 (二) 本件請託の対象とされた行為のうち、Aルートは、内閣総理大臣が運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう働き掛ける行為であるところから、内閣総理大臣の運輸大臣に対する右働き掛けが内閣総理大臣の職務権限に属するというためには、その前提として右勧奨が運輸大臣の職務権限に属するものであることが肯定されなければならず、さらに、内閣総理大臣の運輸大臣に対する働き掛け自体が内閣総理大臣の職務権限に属することが肯定されなければならない。
多数意見は、右のような観点から、運輸大臣の職務権限及び内閣総理大臣の職務権限を順次検討している。
 4 運輸大臣の職務権限について (一) この点につき、多数意見は、右勧奨が運輸大臣の航空運輸行政に関する行政指導としてその職務権限に属するとし、一、二審判決と同じ結論を採った。
 (二) 行政指導とは、多数意見が判示するとおり、行政機関が、その任務ないし所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることと定義できるが(本件後である平成6年10月1日施行の行政手続法2条6号参照)、行政指導は、強制力を伴わず、それに従うか否かは相手方の任意であるから、個別具体的な作用法上の根拠は必要でないとするのが通説である(成田頼明「行政指導」現代法4 150頁)。
最3小判昭59・2・24刑集38巻4号1287頁、本誌520号78頁(いわゆる石油ヤミカルテル事件)も作用法上の根拠のない行政指導の適法性を承認している。
このような行政指導については、全くの事実行為であって、行政機関の権限に基づく行為というべきではないとする見解(林修三・新聞788号)、一般に本来の職務行為と考えられていると思われるとする見解(中森喜彦「職務関連行為概念の機能」法学論叢128巻4=5=6号180頁)、本来の職務行為とみてよい、少なくとも、職務密接関連行為とみることができるとする見解(藤木英雄・行政刑法144頁)があったが、多数意見は、このような行政指導につき、「公務員の職務権限に基づく職務行為であるというべきである。」と判示し、職務行為とみる立場を明らかにした。以上の点については、草場長官以下の意見においても同趣旨が述べられており、大法廷の裁判官全員一致の意見である。
 (三)(1) ところで、運輸大臣が全日空にL1011型機の選定購入を勧奨する行為が運輸大臣の行政指導としてその職務権限に属するかどうかということについては、前述したところから明らかなように、賄賂罪の観点からは、運輸大臣が本件において右のような勧奨行為を適法な行政指導として行い得たかどうかは問題ではなく、民間航空会社に対する特定機種の選定購入の勧奨という類型の行為が運輸大臣の行政指導という一般的職務権限内にあるのかどうかということが問題となる。
 (2) 多数意見は、本判決第二の一の2の(一)において、運輸大臣の職務権限について、運輸省設置法、航空法等を検討し、民間航空会社が新機種の航空機を就航させようとする場合において、「特定機種を就航させることが前記認可基準に照らし適当であると認められるなど、必要な行政目的があるときには、運輸大臣は、行政指導として、民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することも許される」と判示して、特定機種の選定購入の勧奨が運輸大臣の航空運輸行政に関する行政指導としてその職務権限に属することを肯定した。
多数意見は、本件において、特定機種の選定購入の勧奨について行政目的が認められる具体的事情があったかどうかについて立ち入った判示はしていないが、これは、賄賂罪の職務権限という観点からは、右のような勧奨について、行政目的が認められる場合が存在する以上、具体的事情の下において行政目的があったかどうか、すなわち、適法に行い得たかどうかは問うところではないと解したからであろう。
 (3) この点につき、草場長官以下4裁判官の共同意見は、特定機種の選定購入を勧奨するような行政指導は、前記事業計画変更の認可基準に照らし、これを満たす機種が特定機種に限定されるか又は格段に優れた特定機種があるというような特殊例外的な場合に限って許されるものであるから、一般的に特定機種の選定購入の勧奨が運輸大臣の航空運輸行政に関する行政指導としてその職務権限に属するとは認められず、そのような特殊例外的な事情の存在しない本件においては、運輸大臣が全日空にL1011型機の選定購入を勧奨する行為はその職務権限外の行為であるとし、多数意見は行政目的が肯定される場合を緩やかに解し、特定機種選定購入の行政指導を広く認めるものであって、運輸省の任務及び所掌事務の範囲を逸脱するものであると批判している。
 5 内閣総理大臣の職務権限について (一) Aルートの内閣総理大臣の運輸大臣に対する働き掛けの点につき、多数意見は、内閣法6条に基づく内閣総理大臣の指揮監督権限の行使としてその職務権限に属するとした一、二審判決の判断とは異なり、内閣総理大臣の運輸大臣に対する指示としてその職務権限に属するとした。
 (二) 多数意見は、本判決の第二の2の(二)において、憲法、内閣法に規定されている内閣総理大臣の地位及び権限から、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するとした上、内閣総理大臣が運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう働き掛ける行為は、内閣総理大臣の運輸大臣に対する指示としてその職務権限に属するとした。
 多数意見は、内閣総理大臣が行政各部に対し指揮監督権限を行使するためには閣議にかけて決定した方針が存在することが必要であるが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても指示を与える権限を有するとしたものであるが、この点については、表現、ニュアンスにおいて違いはあるが、草場長官以下4裁判官の共同意見においても概ね同趣旨が述べられており、大法廷の裁判官全員一致の意見といってもよいと思われる。
 (三) 多数意見においては、内閣総理大臣の行政各部に対し指示を与える権限は、前述のとおり、内閣総理大臣の憲法上、内閣法上の地位及び権限全体を根拠としてとらえられているが、根拠の力点の置き方において、多数意見を構成する裁判官の間にある程度の差があるように思われる。
園部裁判官以下4裁判官の共同補足意見においては、「指示を与える権限」は内閣総理大臣の憲法72条に基づく指揮監督権限の行使の一般的な態様のものとしてとらえられている。
すなわち、憲法72条の指揮監督権限の行使の態様としては、主任大臣に指示を与える方法による場合と、内閣法6条の定めるところにより閣議にかけて決定した方針に基づいて指揮監督権限を行使する方法による場合とがあるが、後者は内閣総理大臣が主任大臣に対し指揮監督に従う法的義務を負わせる場合であって、前者が一般的な行使態様であり、内閣総理大臣は、その自由な裁量により臨機に、主任大臣に対し助言、依頼、指導、説得等事案に即した各種の働き掛けをすることができ、「指示を与える権限」とは右のような働き掛けを総称するものとされている。
また、尾崎裁判官の補足意見も右の点につき概ね同趣旨に解される。
なお、草場長官以下4裁判官の共同意見においては、内閣総理大臣は、憲法72条に基づいて、主任大臣に対する指揮監督権限と、これと並んで主任大臣に対し指示を与える権能を有しているとされており、指示を与える権能の根拠として憲法72条が挙げられているが、これに加え、国務大臣の任免権等も右指示を与える権能を根拠として挙げられている。
 (四) ところで、多数意見は、本件において、内閣総理大臣が運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう指揮する根拠となる閣議にかけて決定した方針があったとした上内閣法6条に基づく指揮監督権限を根拠として内閣総理大臣の職務権限を肯定した原判断の当否について、直接の判断を示していない。
この点につき、園部裁判官以下4裁判官の共同補足意見では、原判決摘示の閣議にかけて決定した方針の存在は、本件請託の内容、動機等を認定するための事情としては意義を有するが、内閣法6条による指揮監督権限行使のための根拠となるか否かは、本件における内閣総理大臣の職務権限を論ずるに当たっては考慮する必要がないとされており、尾崎裁判官の補足意見においても、本件において閣議にかけて決定した方針があったかどうかを問題とする必要はなかったとされている。
これに対し、可部裁判官以下3名の裁判官の共同補足意見においては、閣議決定の有無を問わず、内閣総理大臣の指示権という職務権限に属するとする多数意見に与するとしつつ、本件においては、憲法72条、内閣法6条に基づく指揮監督権限を根拠として内閣総理大臣の職務権限を肯定すべきものとした原判決の立論も是認し得るとして、閣議にかけて決定した方針があったとした原判断を正当としている。
多数意見は、おそらく、本件請託の対象とされた内閣総理大臣の運輸大臣に対する働き掛けについては、内閣総理大臣の運輸大臣に対する指示としてとらえるのが実態に即した法律解釈であるとの見解の下に、あえて原判断の当否に踏み込むことなく、原判断と異なる法律解釈を採ったものと思われる。
なお、草場長官以下4裁判官の共同意見においては、本件において、内閣総理大臣が運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう指揮する根拠となる閣議にかけて決定した方針があったとは認められないとされ、この点に関する原判断は誤りである旨述べられている。
 6 職務と密接な関係にある行為 草場長官以下4裁判官の共同意見が多数意見と異なる最も大きな点は、前述のとおり、本件において運輸大臣が全日空にL1011型機の選定購入を勧奨する行為はその職務権限外の行為であるとするところにある。
共同意見は、その上で、内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨をするよう指示を与える行為は、内閣総理大臣がその指示権能に基づき本来有する職務と密接な関係にある行為といえるとして、被告人桧山につき贈賄罪の成立を肯定できるとした。
「職務と密接な関係にある行為」とは法令に規定された職務外の行為につき賄賂罪の成立を認めようとする判例上の概念であり、判例は、これまで職務の公正に対する社会の信頼を害するものかどうかの見地から、個別具体的事案についてこれを認めてきた。
その内容はこれまで必ずしも明確であったとはいえないが、「職務と密接な関係にある行為」の意義に関し共同意見において述べられたところは注目すべきものといえる。
 六 本判決の意義について 本判決は、いわゆる刑事免責を付与して得られた供述を録取した嘱託証人尋問調書は事実認定の証拠として許容されるかとの点については消極の、内閣総理大臣が運輸大臣に対し民間航空会社に特定機種の航空機の選定購入を勧奨するよう働き掛けることは賄賂罪における職務行為に当たるかとの点については積極の判断を示したものであり、いずれも最高裁としての初めての判断である。
証拠としての許容性の考え方や内閣総理大臣の職務権限のとらえ方について注目すべき判断が含まれており、本判決は重要な意義を有するものといえよう。
 なお、本判決についての評釈等として、渥美東洋「1995年2月22日のロッキード事件最高裁判所判決への一つの見方と批評」警論48巻4号1頁、橋本公亘「ロッキード事件と最高裁判決」法教177号8頁、鈴木庸夫「内閣総理大臣の職務権限」同一6頁、長沼範良「嘱託証人尋問調書の証拠能力」同24頁がある。」