最高裁昭和48年10月8日刑集27巻9号1415頁・刑訴百選【11版】A24事件(裁判官の忌避)

1 はじめに

 本判例は、①審理の方法態度と裁判官忌避の可否、②①ができないとするときの裁判所の対応について判断しました。

2 前提となる知識

刑訴法21条
①裁判官が職務の執行から除斥されるべきとき、又は不公平な裁判をする虞があるときは、検察官又は被告人は、これを忌避することができる。
②弁護人は、被告人のため忌避の申立をすることができる。 但し、被告人の明示した意思に反することはできない。
刑訴法22条
事件について請求又は陳述をした後には、不公平な裁判をする虞があることを理由として裁判官を忌避することはできない。 但し、忌避の原因があることを知らなかつたとき、又は忌避の原因がその後に生じたときは、この限りでない。
刑訴法23条
①合議体の構成員である裁判官が忌避されたときは、その裁判官所属の裁判所が、決定をしなければならない。 この場合において、その裁判所が地方裁判所であるときは、合議体で決定をしなければならない。
②地方裁判所の一人の裁判官又は家庭裁判所の裁判官が忌避されたときはその裁判官所属の裁判所が、簡易裁判所の裁判官が忌避されたときは管轄地方裁判所が、合議体で決定をしなければならない。 ただし、忌避された裁判官が忌避の申立てを理由があるものとするときは、その決定があつたものとみなす。
③忌避された裁判官は、前二項の決定に関与することができない。
4  裁判所が忌避された裁判官の退去により決定をすることができないときは、直近上級の裁判所が、決定をしなければならない。
刑訴法24条
①訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立は、決定でこれを却下しなければならない。 この場合には、前条第3項の規定を適用しない。 第22条の規定に違反し、又は裁判所の規則で定める手続に違反してされた忌避の申立を却下する場合も、同様である。
②前項の場合には、忌避された受命裁判官、地方裁判所の一人の裁判官又は家庭裁判所若しくは簡易裁判所の裁判官は、忌避の申立てを却下する裁判をすることができる。

3 問題の所在(刑訴百選【11版】A24事件解説)

 「刑訴法21条1項は.裁判官に除斥事由があるとき,または裁判官が不公平な裁判をする虞があるときは.検察官または被告人が.当該裁判官を忌避することができるとしている。本件は,公判期日前の打合せから第1回公判期日終了までの裁判長による訴訟指揮権および法廷警察権の行使が不当であり.同裁判長は,予断と偏見に満ち,不公平な裁判をする虞があるとして,被告人が忌避を申し立てたのに対し,裁判所が,刑訴法24条に基づき,それを簡易却下した事案である。」

4 判旨

 「本件抗告の趣意は別紙添付のとおりである。
 所論第一点は判例違反をいうが、所論引用の判例はすべて事案を異にして本件に適切ではなく、同第二点は憲法三七条違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反の主張であって、いずれも適法な抗告理由にあたらない。
 しかしながら、所論にかんがみ、職権をもって調査すると、本件は、東京地方裁判所刑事第26部に係属する被告人Aに対する傷害被告事件における昭和48年6月6日の第2回公判期日において、弁護人後藤孝典、同鈴木一郎、同錦織淳、同山口紀洋、同浅野憲一から、裁判長裁判官船田三雄に対する忌避申立があったところ、右第26部は、右忌避申立を、訴訟遅延のみを目的とするものであるとして、刑訴法24条により却下したので、右弁護人らから即時抗告がなされ、次いで同年7月31日東京高等裁判所が、前記被告事件の第一回公判期日における裁判長の措置には妥当を欠くものがあるとも考えられるとし、本件事案の特殊性および本件審理の経過にかんがみると、少くとも、被告人および弁護人の立場からすれば、不当な訴訟指揮であると判断される余地なしとせず、また、弁護人に訴訟遅延を意図したと思われるものはないとし、これらの事情を総合すると、被告人および弁護人らが、その立場で、本件裁判長の右のような訴訟指揮などから推し量って、不公平な裁判をするおそれがあると判断することもありえないわけではなく、本件忌避申立をもって、単に本件裁判長の訴訟指揮権あるいは法廷警察権の行使に対する不服をいうにすぎないもので、訴訟遅延の目的のみによるものであることが明らかであるとはいえない旨判示して、前記第二六部の決定を取り消し、本件忌避申立事件を東京地方裁判所に差し戻したものであることは、記録によって明らかである。
 ところで、元来、裁判官の忌避の制度は、裁判官がその担当する事件の当事者と特別な関係にあるとか、訴訟手続外においてすでに事件につき一定の判断を形成しているとかの、当該事件の手続外の要因により、当該裁判官によっては、その事件について公平で客観性のある審判を期待することができない場合に、当該裁判官をその事件の審判から排除し、裁判の公正および信頼を確保することを目的とするものであって、その手続内における審理の方法、態度などは、それだけでは直ちに忌避の理由となしえないものであり、これらに対しては異議、上訴などの不服申立方法によって救済を求めるべきであるといわなければならない。したがって、訴訟手続内における審理の方法、態度に対する不服を理由とする忌避申立は、しよせん受け容れられる可能性は全くないものであって、それによってもたらされる結果は、訴訟の遅延と裁判の権威の失墜以外にはありえず、これらのことは法曹一般に周知のことがらである。
 本件忌避申立の理由は、本件被告事件についての、公判期日前の打合せから第1回公判期日終了までの本件裁判長による訴訟指揮権、法廷警察権の行使の不当、なかんづく、第1回公判期日において、被告人および弁護人が、裁判長の在廷命令をあえて無視して退廷したのち、入廷しようとしたのを許可しなかつたことおよび必要的弁護事件である本件被告事件について弁護人が在廷しないまま審理を進めたことをとらえて、同裁判長は、予断と偏見にみち不公平な裁判をするおそれがあるとするものであるところ、これらはまさに、同裁判長の訴訟指揮権、法廷警察権の行使に対する不服を理由とするものにほかならず、かかる理由による忌避申立の許されないことは前記のとおりであり、それによつてもたらされるものが訴訟の遅延と裁判の権威の失墜以外にはない本件においては、右のごとき忌避申立は、訴訟遅延のみを目的とするものとして、同法24条により却下すべきものである。
 しかるに、原決定が、本来忌避理由となしえない本件裁判長の訴訟指揮権、法廷警察権の行使の当否について判断を加えて、本件簡易却下を不相当としたのは、忌避理由についての法律の解釈適用を誤り、ひいては事実誤認をきたしたものであつて、これを取り消さなければ著しく正義に反するものと認める。
 よって、同法411条を準用し、同法434条、426条2項により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。」

5 解説(判例タイムズ299号176頁)

 「本件の経過は、本決定の要約するとおりであるが、水俣病の自主交渉派の1人である被告人が、会社側の者に傷害を負わせたということで東京地裁に起訴され、第1回公判期日が開かれたのであるが、弁護人は、右公判期日およびそれまでの担当裁判長の訴訟指揮、法廷警察権の行使は、予断と偏見にみちたもので不公平な裁判をするおそれがあるとして、同裁判長を忌避した。
 東京地裁は、これを簡易却下したところ、即時抗告がなされ、東京地裁は、簡易却下不相当として、東京地裁の決定を取り消し、東京地裁に本件忌避申立事件を差し戻した。
検察官から特別抗告がなされたのが本件である。
 本決定は、本件忌避申立は、訴訟遅延のみを目的とする忌避申立として、刑訴法24条により却下すべきものであるとして、東京高裁の決定を取り消し、忌避申立を却下したのであるが、その前提として、裁判官に対する忌避制度の本旨ならびに忌避の理由にふれ、裁判官の審理の方法、態度は、それだけでは直ちに忌避理由とならないとした
 このことは、すでに、最高裁昭和47年11月16日第2小法廷決定・本誌286号212頁、東京高裁昭和47年2月8日第3刑事部決定の明言するところであって、学説(田中耕太郎「忌避権の濫用」法曹時報9・1・7、畔上英治「忌避試論」法曹時報13・1・10、小室直人・判例評論97・10等)上も異論をみないところである。
 したがって、審理の方法、態度に対する不満を理由に忌避を申立ててもこれが容れられることはなく、すべて排斥されて来た(証人尋問請求を却下したことについて、大決昭14・11・12刑集18・21・557、唯一の証拠方法を排斥したことについて、大決明37・10・7民録10・1211、大決大2・1・16民録19・1、弁論の再開、終結について、大決昭2・11・15新聞2782・10、期日の変更申請を却下したことについて、大決明39・6・28民録12・1043)。
 しかるに、審理の方法、態度に対する不満を理由とする忌避申立があとをたたず、本件もその一事例であるが、本決定が、本件の場合、簡易却下すべきものであるとしたのは、今後のこの種事例の処理に重大な影響を及ぼすであろう。
 訴訟指揮権、法廷警察権の行使に対する不満を理由とする忌避申立は、そのほとんどが簡易却下されていると思われるが、なかには、簡易却下を躊躇し、正規の手続で忌避事件の処理がなされ、そのため、審理が停止し多くの日時を空費している。
 このように簡易却下が躊躇されるのは、刑訴法24条が、「訴訟を遅延させる目的のみでなされたことの明らかな忌避の申立」に限って、簡易却下ができることにしている結果であるが、本決定が、本件のごとき場合には、同条により簡易却下できるとしたのは、この種事件の処理に大きな指針を与えるものである。」