福岡高裁那覇支部昭和51年4月5日判例タイムズ345号321頁・刑訴百選【11版】A18事件(訴因変更の時機的限界)

1 はじめに

 本裁判例は、訴因変更に時機的限界があるとしたものです。

2 前提となる知識

刑訴法312条
①裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
②から⑥まで略
⑦裁判所は、訴因又は罰条の追加又は変更により被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で、被告人に十分な防御の準備をさせるため必要な期間公判手続を停止しなければならない。

3 問題の所在

 「被告人Xは,「数名の者と共謀の上,……交叉点道路上に於いて警備の任に当っていた……〔警察官〕A を殺害せんと企て,同人を捕捉し角材,旗竿で殴打し,足蹴し顔面を踏みつけた上,火炎瓶を投げつけ焼く等の暴行を加え, よってAを……死亡させて殺害した」という殺人の共同正犯の事実で起訴された。第1審では,第1回公判期日において,検察官が, Xは実行共同正犯であり,その具体的行為は,炎の中からAをひきずり出し顔を踏みつけるなどした行為である旨釈明し,冒頭陳述においても同様のことを述べたため,その後の公判においては,専ら, Xの上記行為が殺人の実行行為なのか,救助行為としての消火行為なのかが争点とされた。ところが,第1回公判期日から約2年6か月後の第18回公判期日において,検察官は,上記釈明および冒頭陳述を訂正し, Xの行為として,上記行為の前に,「Aの腰部附近を足げにし,路上に転倒させた」行為を追加すると述べ,裁判長がその追加訂正を許さなかったため,さらに同内容の訴因変更を申し立てた。しかし,裁判長は,本件審理が長期にわたっており,また結審段階にきていることを理由に,訴因変更も許さなかった。本判決は,訴因
変更の許否について,次のような一般論を述べたうえ,結論として第1審の上記措置を相当とした。」

 訴因の設定変更は検察官の専権とされますが、時機的限界があるか問題となりました。

4 判旨

 「1 本件記録によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件は、1971年(昭和46年)12月8日起訴されたものであるが、その起訴状には、「公訴事実」として「被告人はかねてより警察権力に反感を抱いていたものであるが、氏名不詳の者数名の者と共謀の上、1971年11月10日午後5時50分頃、浦添市勢理客一番地中央相互銀行勢理客出張所先交叉点道路上に於いて警備の任に当っていた琉球警察警備部隊第四大隊第二中隊第二小隊所属巡査部長山川松三(当49年)を殺害せんと企て、同人を捕捉し角材、旗竿で殴打し、足蹴し顔面を踏みつけた上、火炎瓶を投げつけ焼く等の暴行を加え、よって右警察官を前記日時頃、前記場所に於いて、脳挫傷、蜘蛛膜下出血等により死亡させて殺害したものである。」とあり、「罪名及罰条」として、「殺人刑法第199条」と記載されていた。
(二) 検察官は、1972年(昭和47年)2月25日の第一回公判期日において、(1)右「氏名不詳の者数名」とある「氏名および数は、現在捜査の過程で判明していない。」(2)「本件殺人の共謀とは、実行行為共同正犯の意である。」(3)「本件共謀の具体的日時場所は、起訴状中の同人を捕捉し角材旗竿で殴打し足蹴にしているのを認めてそこで数名の者と共謀して殺意を生じたのである。」(4)「本件における被告人の具体的行為は、炎の中から炎に包まれている山川松三の肩をつかまえてひきずり出し顔を二度踏みつけ脇腹を一度蹴つた行為である。」と釈明し公判調書に明記された。
(三) これに対し被告人及び弁護人は、全面的に争った。
(四) 検察官は、ひきつづき同公判期日において、冒頭陳述をし、「本件犯行状況」として、「本件犯行当日被告人は午後4時頃……友人と共に与儀公園に至り、集会に参加した。その後デモに移り、徒歩で牧青集団の近くを安謝迄同行した。安謝橋を過ぎ勢理客交番近くまで到り、同所でドクロ覆面をした集団が交番所機動隊に攻撃を開始したのち、午後5時50分頃、多数の者で機動隊員をとりかこみ、滅多打ちしているのを目撃し、同人等と有無相通じ、その肩を掴まえて炎の中から右警察官をひきずり出し、顔面部を二度踏みつけ、脇腹附近を一度足蹴りしてその場を離れた。」と述べた。
(五) 爾来、本件の攻撃防禦は、専ち、被告人が炎の中から右警察官をひきずり出したこと、及びその直後の被告人の足踏み等の行為が、検察官主張の本件殺人の実行行為なのか、それとも被告人主張の右警察官に対する救助行為としての消火行為なのかを熱い争点として展開されていった。
(六) ところが、第1回公判期日から約2年6箇月を経た昭和49年8月5日の第18回公判期日において、検察官は、第1回公判期日における前記釈明及び冒頭陳述の訂正として、被告人の具体的な実行行為の釈明即ち「炎の中から炎に包まれている山川松三の肩をつかまえてひきずり出し、顔を二度踏みつけ脇腹を一度蹴った行為である」としたそのあたまに、「山川松三の腰部附近を足げにし、路上に転倒させたうえ」と追加すると述べ、また、冒頭陳述につき、「同人等と有無相通じ」としたその次に、「右警察官の腰部附近を足げにし路上に転倒させたうえ」と追加すると述べた。これに対し裁判長がその追加訂正を許さなかつたため、右を訴因の変更として申し立てた。
 弁護人は、検察官の右陳述は、単なる釈明及び冒頭陳述の追加訂正ではなく、訴因の変更にあたるとし、かつ、起訴状記載の訴因が不明確であったために、弁護人の求釈明により、前記の如く訴因が確定したのであって、爾来実行行為たる前記(二)の(4)の事実に防禦を集中してきたこと、とりわけ殺意の点は、前記(二)の(3)の釈明によって、「炎の中から炎に包まれている山川松三の肩をつかまえて云々」というその行為に接着する段階からの殺意の主張と理解して弁護を集中してきたこと、及び起訴状記載の足蹴り行為は、検察官の釈明によって、被告人以外の、即ち他人の行為とされたことなどから、右釈明等の追加訂正及び訴因の変更申立のいずれにも反対であると述べた。
 裁判長は、検察官の右釈明及び冒頭陳述の追加訂正が訴因変更に通ずるものがあって相当でないとして許さず、次いで訴因変更の申立に対しては、本件審理が長期にわたっており、又結審段階にきていることを挙げて、その撤回を勧告したが、検察官が応じなかったため、本件が結審段階にあることを理由に右訴因の変更を許可しないと告知した。
(七) 原審裁判所は、次回第19回公判期日に若干の証拠調べをしたうえ、次の第20回公判期日に結審した。
2 以上の事実関係のもとで、原審裁判所のとった訴因の追加的変更請求不許の措置が違法か否かを検討する。
(一) 一般に実行共同正犯においても、意思の連絡又は共同犯行の認識を示すために、実務上しばしば「共謀」という語が使用されることは顕著であるから、弁護人が、前記起訴状記載の公訴事実が、殺人の共謀共同正犯なのか実行共同正犯なのか不明確であるとして釈明を求めたのは、両者が共犯の態様、就中「共謀」の意味内容を異にし、延いて防禦に深くかかわることに鑑み、当を得たものと思われ、さればこそ検察官もこれに応じて、前記の如く実行共同共犯であると明言し、その実行行為と、殺意を生じ意思を連絡した時点とを限定し、以て本件訴因を特定したものといわなければならない。このことは、前記冒頭陳述からみても疑問の余地がない程明らかであって、換言すれば、被告人が、「炎の中から炎に包まれている山川巡査の肩をつかまえて引きずり出し」た時点以前の被告人の行為、具体的には、検察官が起訴に至るまでの取調べ過程において知悉していたというべき(原判決挙示の検察官に対する供述調書参照)被告人の右時点以前の足蹴り行為は、始めから意識的に訴因の埒外におかれ、立証事項からも明瞭に除外されていたのを、あらためて明確にしたとみるのが至当であり、この点、起訴状記載の公訴事実中にある「足蹴し」とは、前記釈明(二)の(3)の文脈からしても、明らかに被告人以外の、即ち他人の行為を指したものであるといわなければならない(検察官は、その控訴趣意中において、起訴状記載の公訴事実の中に、この「足蹴し」とあるのをとらえて、訴因として足蹴り行為が掲げられているから、被告人の実行行為として前記腰部附近を足蹴りし転倒せしめた行為を追加することは、釈明及び冒頭陳述の訂正で足りると主張するが、その然らざる所以は本文説示のとおりである)。
(二) かくして第1回公判期日以来第18回公判期日に至るまで約2年6箇月の間、争点は、専ら、前記時点以後の被告人の行為が、殺人の実行行為かそれとも救助行為としての消火行為かにしぼられて攻撃防禦が展開され、とりわけ弁護人は、防禦活動を右の一点に集中してきたことがたやすく看取されるところ、その防禦活動が成功したかにみられ(このことは原審判決内容において裏づけられる)、かつ、結審間近か(このことは次々回に結審していることによって明白)の段階で、当初の釈明によって明瞭に訴因からも立証事項からも除外されていることが確認された右足蹴り行為が、あらためて立証事項とし、訴因として攻防の対象とされようとした。これが第一八回公判期日における検察官の釈明及び冒頭陳述の追加訂正並びに訴因変更の申立をいずれも許可しなかった原審裁判所の背景にあった事情と考えられる。
(三) 他方、刑訴法312条1項は、「裁判所は検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。」と定め、一般に、右請求は、検察官の責任と権限においてなされるべく、裁判所の介入すべきことではないとされ、ここに刑事訴訟の当事者主義的構造のあらわれがみられると解されている。そしてその赴くところは、公訴事実の同一性を害しない限り、検察官は、一度撤回した訴因を再び追加することすら、原則として禁ぜられるものではないとの裁判例も示されている。しかしながら、およそ例外を全く許さない原則はないのであって、同条四項(※現在は7項)に、「裁判所は訴因又は罰条の追加又は変更により被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞があると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で被告人に充分な防禦の準備をさせるため必要な期間公判手続を停止しなければならない。」と定めていることにかんがみると、右検察官の権限といえども、被告人の防禦に実質的な不利益を生ぜしめないこととの適正な釣合いの上に成り立っていることが明らかであって、もし、被告人の右不利益を生ずるおそれが著しく、延いて当事者主義の基本原理であり、かつ、裁判の生命ともいうべき公平を損うおそれが顕著な場合には、裁判所は、公判手続の停止措置にとどまらず、検察官の請求そのものを許さないことが、例外として認められると解するのが相当である。しかして、ここにいう被告人の防禦に実質的な不利益のなかには、憲法上の要請でもある迅速な裁判をうけ得ないことからくる被告人の不安定な地位の継続による精神的物質的な消耗をも考慮に入れるべきである。
(四) このような観点に立って本件を案ずるに、検察官の前記訴因変更の請求は、成程公訴事実の同一性を害しない限度ではあるが、前示(一)及び(二)の経緯が明らかに示すとおり、検察官が弁護人の求釈明によって自ら明瞭に訴因から除外することを確認した事実をあらためて復活させるに等しく(本件においてはこの事実即ち前記足蹴り行為が訴因にのぼせられるにおいては、被告人にとっては、本件殺人の点につきあらたな防禦範囲の拡大を強いられるのみならず、暴行、傷害、傷害致死等の実行行為としても独立に評価され、処断される危険にさらされることに留意すべきである)、しかも約二年六箇月の攻防を経て一貫して維持してきた訴因、即ち本件問題の行為が殺害行為そのものであるとの事実の証明が成り立ち難い情勢となった結審段階のことであってみれば、そうしてまた、被告人としては、右足蹴り行為につき、それまで明確に審判の対象から外され、従って防禦の範囲外の事実として何ら防禦活動らしい活動をしてこなかったことの反面、右問題の行為が、殺害行為どころか救助行為としての消火行為であるとの一貫した主張がようやく成功したかにみえる段階であったことをも考えあわせてみれば、それはまさに、不意打ちであるのみならず、誠実な訴訟上の権利の行使(刑訴規則一条二項)とは言い難いうえに、右事実をあらたに争点とするにおいては、たとえば、読売新聞掲載の写真の撮影者等の証人喚問、フイルムの提出命令等の事態が十分予想され、被告人としても、これらに対するあらたな防禦活動が必然的に要請され、裁判所もまた十分にその機会を与えなければならないから、訴訟はなお相当期間継続するものと考えられ、迅速裁判の趣旨(刑訴規則1条1項)に反して被告人をながく不安定な地位に置くことによって、被告人の防禦に実質的な著しい下利益を生ぜしめ、延いて公平な裁判の保障を損うおそれが顕著であるといわなければならない。
 以上審案したところによってみれば、原審裁判所が、検察官の前記訴因の変更を許さなかったことは、さきに示した例外的な場合に該当して結局相当というべく、刑訴法三一二条一項の解釈適用を誤ったものとすることはできず、訴訟手続の法令違反は存しない。論旨は理由がない。」