最高裁平成15年2月20日集刑283号335頁(過失犯の訴因変更の要否・刑訴百選【11版】A16事件関連の判例)
1 はじめに
本判例は、過失犯の訴因変更の要否に関する事例判断です。
2 前提となる知識
刑訴法312条
①裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
②裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる。
3 問題の所在
過失犯は開かれた構成要件であり、過失の具体的態様を知らなければ審判対象を識別できず、したがって、被告人の防御の点から問題がある。では、どのような過失の態様の変更があれば訴因変更を要するのかについては、先例として最高裁昭和46年6月22日刑集25巻4号588頁・刑訴百選【11版】A16事件があり、「被告人の過失が、訴因においては、濡れた靴をよく拭かずに覆いていたため、一時停止の状態から発進するにあたりアクセルとクラッチペダルを踏んだ際足を滑らせてクラッチペダルから左足を踏みはずした過失であるとされているのに対し、交差点前で一時停止中の他車の後に進行接近する際ブレーキをかけるのを遅れた過失であると認定するには、訴因の変更手続を必要とする。」としていました。本判例の原判決は、「進路前方を注視せず、進路の安全を確認しなかった」という訴因に対して、「進路前方を注視せず、ハンドルを右方向に転把して進行した」という罪となるべき事実を認定してよいかが問題となりました。過失の態様が変わった場合、審判対象画定の見地から訴因変更の必要か否か等を判断する最高裁平成13年4月11日刑集55巻3号127頁・刑訴百選【11版】46事件の基準との整合性も問題とすることができます。
4 判旨
「弁護人我妻正規、同足立修一の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、本件と事案を異にする判例を引用するものであって、適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、原判決が認定した過失は、被告人が「進路前方を注視せず、ハンドルを右方向に転把して進行した」というものであるが、これは、被告人が「進路前方を注視せず、進路の安全を確認しなかった」という検察官の当初の訴因における過失の態様を補充訂正したにとどまるものであって、これを認定するためには、必ずしも訴因変更の手続を経ることを要するものではないというべきである。したがって、上記の過失を認定するためには訴因変更の手続を要するとの前提に立って、第一審裁判所には、検察官に対し訴因変更を促し又はこれを命ずる義務があり、これをすることなく直ちに無罪の判決をしたことに、判決に影響を及ぼすべき審理不尽の違法があるとした原判決の判断は、法令の解釈を誤ったものといわざるを得ない。しかしながら、記録によれば、原判決は、第一審判決に事実誤認があると判断した限りにおいては正当であり、この事実誤認は判決に影響を及ぼすものと解するのが相当であって、いずれにせよ第一審判決は破棄を免れないものというべきである。したがって、原判決に法令違反はあるものの、原判決が第一審判決を破棄して有罪判決を言い渡した結論自体は正当であって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは認められない。
よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。」
5 解説
「一 本件は、被告人の運転する乗用車が対向車線に進出したため、対向して進行してきた大型トラックと正面衝突し、自車の同乗者3名が重傷を負ったという業務上過失傷害事件について、被告人の過失の有無が争われた事案である。
本件においては、事故当時被告人車の同乗者らが全員睡眠中であったため、事故に関する記憶がなく、被告人自身も記憶を喪失していたので、検察官は、衝突した対向車の運転者の供述をもとに、被告人が前方左右を注視し、進路の安全を確認して進行すべき注意義務を怠ったことが過失であるとして、公訴事実を構成し、被告人を起訴した。
二 第一審公判において、被告人及び弁護人は、本件事故の発生原因は、当時助手席にいた同乗者がハンドルを蹴り、ハンドル操作の自由を失ったためであり、被告人に過失はないと主張した。
第一審判決は、この主張を容れ、助手席同乗者からの運転妨害があったとの被告人の弁解を虚偽として排斥できず、検察官の主張する前方不注視、進路の安全不確認の過失については、合理的疑いが残るとして、被告人に無罪を言い渡した。
検察官は、第一審判決には判決に影響を及ぼすべき事実誤認があるとして、控訴を申し立てたところ、原判決(後掲)は、第一審判決の認定には事実誤認があるとしたものの、被告人が前方注視を欠いたとしても、ハンドルを右方向に回転させることなく握持していれば、被告人車が対向車線にはみ出すことはなく、本件事故の発生はなかったと考えられるから、旧訴因が掲げる過失と本件事故の発生との間には因果関係がないとして、第一審判決は旧訴因を前提とする限り正当であって、上記事実誤認は判決に影響を及ぼさないと判示した。その上で、原判決は、職権判断として、被告人には、進路前方を注視し、自車が対向車線にはみ出さないようハンドルを握持して、道路左側部分を進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、ハンドルを右方向に転把し、対向車線内に自車をはみ出させて進行した過失があると認定した上、本件は、相当重大な罪に該当する事案であり、検察官が旧訴因を適切にとらえた訴因に変更すれば、被告人が有罪となることが明らかであったから、検察官に対し、訴因変更を促し又はこれを命ずる義務があり、これをすることなく直ちに無罪の判決をした第一審には、審理不尽の違法があり、この訴訟手続の法令違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかであると判示して、第一審判決を破棄し、原審で交換的に変更された訴因に基づき、自判して、被告人を有罪とした。
三 弁護人は、上告趣意において、判例違反、事実誤認等の主張をしたところ、本決定は、弁護人の上告趣意が適法な上告理由に当たらないとしたが、所論にかんがみ、職権で以下のとおり判断を示し、第一審裁判所に、検察官に対し訴因変更を促し又はこれを命ずる義務があるとした原判決には、法令違反があるが、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは認められないとして、結局上告を棄却した。
四 一般に、訴因変更(刑訴法三一二条一項)の要否に関しては、事実記載説によるのが通説、判例であり、自動車事故による過失犯もその例外ではない。
過失犯においては、犯罪事実の構成要素のうち、(ア)注意義務の発生根拠となる具体的状況、(イ)注意義務の内容、(ウ)注意義務違反の態様(過失行為)に変動があった場合、(1)いずれについても訴因変更を要するとする立場(佐野昭一「過失の訴因と構成」本誌355号205頁1、(2)(ア)及び(ウ)については訴因変更を要するが、(イ)については要しないとする立場(井戸田侃「注意義務と罪となるべき事実・訴因」日沖還暦祝賀・過失犯(二)306頁)、(3)(ア)及び(イ)の変動が(ウ)の変動に及ぶ場合にのみ訴因変更を要するとする立場(小泉「訴因の変更」公判法大系Ⅱ262頁)がある。最一小決昭63・10・24刑集42巻8号1079頁、本誌683号66頁は、自動車運転者に注意義務を課す根拠となる具体的事実が訴因変更を経て撤回された場合につき、この事実は訴因としての拘束力を有しないから、この事実を認定することに違法はないとしている。これは、上記の(ア)の点について訴因変更を要しないとするもので、(3)の立場に立つものと解される。
注意義務違反の態様にどの程度変動があった場合に訴因変更を要するかについて、最三小判昭46・6・22刑集25巻4号588頁、本誌265号94頁は、「濡れた靴をよく拭かずに覆いていたため、一時停止の状態から発進するに当たリアクセルとクラッチペダルを踏んだ際足を滑らせてクラッチペダルから左足を踏み外したこと」を過失とする訴因に対し、訴因変更をしないで、「交差点前で一時停止中の他車の後に進行接近する際ブレーキをかけるのが遅れたこと」を過失と認定したのは、訴因と異なる態様の過失を認定したものであり、被告人に防御の機会を与えるため訴因の変更手続を要するとした。この判例は、極めて厳格に訴因変更を要するという態度を打ち出したものと理解されたため、その後の下級審においては、かなりきめ細かく訴因変更が行われる傾向にあり、第一審判決が訴因と異なる態様の過失を認定した場合に、訴因変更を要するとして、これを破棄した高裁判例が相当数に上っていた(池田修・昭63最判解367頁参照)。しかし、このような傾向に対しては、学説上有力な批判もあった(横井大三・刑訴裁判例ノート(6)131頁、平野龍一・刑事判例評釈集32=33巻361頁)。
前記最一小決昭63・10・24は、過失の態様に基本的に変動がなかった事案に関するものであり、注意義務を課す根拠となる路面の滑り易さの原因と程度に関する具体的事実(石灰の粉塵の路面への堆積凝固)につき、訴因としての拘束力を認めなかったもので、それまでの判例の立場を変更したものではない(池田・前掲362頁)。しかし、前記最三小判昭46・6・22が、被告人の防御のためには訴因の変更を必要とする旨を判示したものと受け取られかねなかったのに対し、前記最一小決昭63・10・24は、そのような被告人の防御の利益は、不意打ち防止の見地から訴因変更とは別途の手段で対処すれば足りる旨判示しており、前記最三小判昭46・6・22から軌道修正を図ったとみる余地もあろう。
五 裁判所の訴因変更命令(刑訴法312条2項)の義務性について、最三小判昭33・5・20刑集12巻7号146頁は、「裁判所は、自らすすんで検察官に対し、訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき責務はない。」と判示したが、最三小決昭43・11・26刑集22巻12号1352頁は、「裁判所は、自らすすんで検察官に対し、訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務はない」としながら、「本件のように、起訴状に記載された殺人の訴因についてはその犯意に関する証明が十分でないため無罪とするほかなくても、審理の経過にかんがみ、これを重過失致死の訴因に変更すれば有罪であることが明らかであり、しかも、その罪が重過失によって人命を奪うという相当重大なものであるような場合には、例外的に、検察官に対し、訴因変更を促し又はこれを命ずべき義務があるものと解するのが相当である。」と判示し、例外的に、裁判所が検察官に対し訴因変更を促し又はこれを命ずべき義務がある場合を認めた。この判例は、例外的に裁判所が検察官に対し訴因変更を促し又はこれを命ずべき義務がある場合について、証拠の明白性と犯罪の重大性を要件としていると考えられる(石田穣一・昭43最判解三七九頁)。なお、自動車事故による過失犯についても、検察官に対し、訴因変更を促し又はこれを命ずべき義務があるものとした高裁判例があるが(札幌高判昭48・9・20刑月5巻9号1298頁、大阪高判昭56・11・24本誌464号170頁、名古屋高判昭63・12・21判時1316号159頁1、これらは、最高裁判例と比較して、必ずしも上記義務の範囲を広げたものとはいえないであろう。
六 原判決は、本件が相当重大な罪に該当する事案であり、本件において、進路前方を注視し、道路左側部分を進行すべき注意義務があるのに、これを怠った過失があると容易に認定し得る場合であったとして、第一審裁判所が、検察官に対し訴因変更を促し又はこれを命ずべき義務があると判示している。しかし、前記最三小判昭33・5・20に照らして、本件において「犯罪の重大性」及び「証拠の明白性」の要件が満たされているかどうかについては、疑問の余地があろう。
そもそも、被告人が「進路の安全を確認して進行すべき」注意義務を怠ったとする当初の訴因に対して、原判決のいうように、「進路前方を注視し、自車が対向車線にはみ出さないようハンドルを握持して、道路左側部分を進行すべき」注意義務を怠ったとする事実を認定するのに、訴因変更を要するといえるかは疑問であろう。すなわち、本件事故の状況に関する具体的事実関係は、当初の訴因と原判決の認定事実との間で、異なるところはなく、対向車線内に自車をはみ出させたという点は、当初の訴因においても、注意義務の内容になっていないものの、因果の流れとしては記載されているから、当初の訴因に含まれているとみる余地がある。さらに、本件の具体的事情の下では、前方注視の点こそ重要であって、道路左側部分を維持して進行すべきであるとする点は重要性を有しないとも考えられる。そうすると、原判決が被告人の過失と認定する前方不注視及び対向車線内へのはみ出し進行は、前方不注視及び進路の安全不確認からなる当初の訴因を補充訂正したものにすぎず、前記最一小決昭63・10・24の立場を前提としても、原判決の判示する過失を認定するためには、訴因変更を要する場合に当たらないとみることができよう。
本決定は、このような考え方に基いて、原判決の認定したような過失を認定するためには、必ずしも訴因変更の手続を要しないと判示したものと解される。なお、本決定は、本件において、第一審裁判所に、検察官に対し訴因変更を促し又はこれを命ずべき義務があるかどうかについては触れていないが、これは、上記のように、訴因変更を要する場合に当たるとした原判決の前提自体が是認できないので、上記義務の存否には触れるまでもないと判断したことによると考えられる。
その上で、本決定は、当初の訴因によっても有罪の判決をすることができたのであるから、第一審判決の事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に当たり、原判決は、第一審判決を訴訟手続の法令違反(刑訴法379条)ではなく、事実誤認(同法382条)によって破棄すべきであったのであり、原判決に法令違反はあるが、これを破棄しなければ著しく正義に反する(同法411条1号)とは認められないとした。これは、要するに、原判決が第一審判決を破棄する理由を誤ったにすぎず、これを破棄すべき結論においては正当であるとしたものである。
七 本決定は、法律論として一般性のある判断を示したものではないが、過失犯において、訴因と認定事実との間で細かな差異があるにすぎない場合に、必ずしも訴因変更の手続を要するものでないという点について、注意を喚起するものとして、実務上参考となるであろう。」
「最決平成13年4月11日(本書46事件)が示した訴因変更の枠組みとの関係も整理が必要である(過失の「態様」に「訴因としての拘束力」が認められるとすれば.その変動による訴因変更は.「審判対象の画定」の見地からも求められることになろう)。」(刑訴百選【11版】A16事件解説)

