最高裁昭和53年3月6日刑集32巻2号218頁・刑訴百選【11版】47事件(公訴事実の同一性)

1 はじめに

 本判例は、加重収賄と贈賄の各訴因の間に公訴事実の同一性が認められるとされた事例です。

2 前提となる知識

⑴刑訴法
256条
①公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
② 起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
1 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項
2 公訴事実
3 罪名
③公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
④罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。
⑤数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる。
⑥起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。
312条
①裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
②裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる。
③第一項の請求は、書面を提出してしなければならない。
④検察官は、第一項の請求と同時に、被告人に送達するものとして、前項の書面(以下「訴因変更等請求書面」という。)の謄本を裁判所に提出しなければならない。
⑤裁判所は、前項の規定による訴因変更等請求書面の謄本の提出があつたときは、遅滞なくこれを被告人に送達しなければならない。
⑥第三項の規定にかかわらず、被告人が在廷する公判廷においては、第一項の請求は、口頭ですることができる。この場合においては、第四項の規定は、適用しない。
⑦裁判所は、訴因又は罰条の追加又は変更により被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で、被告人に十分な防御の準備をさせるため必要な期間公判手続を停止しなければならない。
⑵刑法
197条の3
①公務員が前2条の罪を犯し、よって不正な行為をし、又は相当の行為をしなかったときは、1年以上の有期拘禁刑に処する。
②公務員が、その職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、若しくはその要求若しくは約束をし、又は第三者にこれを供与させ、若しくはその供与の要求若しくは約束をしたときも、前項と同様とする。
③公務員であった者が、その在職中に請託を受けて職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の拘禁刑に処する。
198条
第197条から第197条の4までに規定する賄賂を供与し、又はその申込み若しくは約束をした者は、3年以下の拘禁刑又は250万円以下の罰金に処する。

3 問題の所在

 公訴事実の同一性に関しては、公訴事実の同一性(狭義)についての判例の立場は、基本的な事実関係が同一であるかが判断基準であり、その判断に当たっては、新旧両訴因の日時・場所の近接性、行為の方法・態様・相手方・結果の共通性が考慮要素となる(共通性基準)が、それらによって判断することが難しい鑑合には、補助的に両訴因が両立する関係にあるか否かという基準(非両立基準)が用いられると整理するのが一般であるとされます(「大コンメンタール刑事訴訟法〔第3版〕⑹519頁、「判例講座刑事訴訟法〔公訴提起・公判・裁判編〕105頁)。本判例は、基本的事実の同一性があるとされ、かつ、非両立であることに言及しています。

4 判旨

 「弁護人山田有宏、同伊東眞の上告趣意のうち、憲法31条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は、所論の引用する判例が本件とは事案を異にしているので前提を欠き、その余の点は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由にあたらない。
 所論にかんがみ、職権により判断するに、「被告人甲は、公務員乙と共謀のうえ、乙の職務上の不正行為に対する謝礼の趣旨で、丙から賄賂を収受した」という枉法収賄の訴因と、「被告人甲は、丙と共謀のうえ、右と同じ趣旨で、公務員乙に対して賄賂を供与した」という贈賄の訴因とは、収受したとされる賄賂と供与したとされる賄賂との間に事実上の共通性がある場合には、両立しない関係にあり、かつ、一連の同一事象に対する法的評価を異にするに過ぎないものであって、基本的事実関係においては同一であるということができる。したがって、右の二つの訴因の間に公訴事実の同一性を認めた原判断は、正当である。
 よって、刑訴法414条、386条1項3号により、主文のとおり決定する。
 この決定は、裁判官団藤重光の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。
 問題は、第一審における本位的訴因と予備的訴因とが公訴事実の同一性の範囲内にあるものといえるかどうかである。本件は、被告人Aが自動車運転免許証取得者と運転免許試験の試験官とのあいだに介在して賄賂の授受に関与した事案であるが、本位的訴因では被告人を収賄側の共犯者とみたのに対し、予備的訴因では同人を贈賄側の共犯者とみたのであって、そこに基本的事実関係の同一性があるのはもちろんのこと、わたくしのいわゆる構成要件的共通性(団藤・新刑事訴訟法綱要・七訂版・151頁参照)があることもあきらかである。けだし、本件の本位的訴因において収賄罪の構成要件に該当するものとされた事実と、予備的訴因において贈賄罪の構成要件に該当するものとされた事実とは、重要な部分において重なり合うものだからである。私見も多数意見―従来の判例の見解―と基本的に異なるものではない。」

5 解説(判例タイムズ361号230頁)

 「収賄と贈賄の両訴因の間に公訴事実の同一性が認められた先例に、最高一小決昭28・3・5刑集7巻3号457頁がある。
「被告人はAと共謀の上甲時イ場所においてBより賄賂を収受した」という事実と「被告人はBと共謀の上甲時イ場所においてAに対し賄賂を供与した」という事実との間においてである。
 今回の判例は、自動車運転免許証の取得者と運転免許試験の試験官との間に介在し、免許証の不正取得を斡旋するとともに、賄賂の授受に関与したという事案についてである。
本位的訴因は、被告人を収賄側の共犯者とみて、右免証証の取得者から被告人が金を受取つた行為を枉法収賄と構成したのに対し、予備的訴因は、被告人を贈賄側の共犯者とみて、被告人が右の金の一部を試験官に渡した行為を贈賄と構成したのである。
 本決定は、一、二審が予備的訴因を認めて被告人を有罪としたのを支持したものであって、前記判例とは異なる事案についての新判断として注目される。
 本決定は、公訴事実の同一性が認められる根本的理由として、基本的事実関係において同一であることを挙げ、その支持的理由として、両訴因が両立しない関係にあり、かつ、一連の同一事象に対する法的評価を異にするに過ぎないことを指摘している。
周知のとおり、最高二小判昭29・5・14刑集8巻5号676頁以来、最高裁は、しばしば両訴因の両立関係の有無を問題にしている。
 本決定は、それはあくまでも基本的事実関係の同一性の有無という根本的基準を前提にしたうえでの従的基準であることを明らかにしており、その点でも重要である。
 団藤裁判官の補足意見は、その主唱される構成要件共通説も判例の基本的立場と実質的に異なるものではないという注目すべきものである。」

6 関連する判例

 最高裁令和5年10月16日刑集77巻7号467頁・重要判例解説令和5年刑訴2事件があります。これについては、別記事(https://avantgarde-lawoffice.com/archives/912)で紹介していますので、参照してください。ここでは判旨と解説を引用しておきます。

⑴判旨

 「弁護人上田孝明の上告趣意のうち、公訴事実の同一性に関し、仙台高等裁判所昭和39年(う)第14号同40年5月10日判決・高等裁判所刑事判例集18巻3号168頁を引用して判例違反をいう点は、原判決は所論の点につき何ら法律判断を示していないから、前提を欠き、その余は、単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 所論に鑑み、公訴事実の同一性に関し、職権で判断すると、本件起訴に係る訴因の要旨は、「被告人は、免許を受けないで、業として、建物賃貸借契約の媒介をし、もって免許を受けないで宅地建物取引業を営んだ」というものであるが、検察官は、第1審において、「被告人は、免許を受けないで、」とあるのを、「被告人は、株式会社Aの代表取締役であるが、同会社の業務に関し、免許を受けないで、」に改める旨の訴因変更を請求し、第1審裁判所はこれを許可して変更後の訴因に係る事実を認定したものである。以上の両訴因は、被告人が、個人として宅地建物取引業を営んだのか、法人の業務に関し法人の代表者としてこれを営んだのかに違いはあるが、被告人を行為者とした同一の建物賃貸借契約を媒介する行為を内容とするものである点で事実が共通しており、両立しない関係にあるものであって、基本的事実関係において同一であるということができる。したがって、以上の両訴因の間に公訴事実の同一性を認めて訴因変更を許可した第1審の訴訟手続に法令違反はなく、第1審判決を維持した原判決は正当である。
 よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項ただし書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」

⑵解説(判例タイムズ1538号28頁)

 「1 事案の概要
 本件は,被告人が,個人として免許を受けないで宅地建物取引業を営む違反行為(無免許営業)をしたという訴因で起訴されたが,法人の代表者として法人の業務に関し違反行為をしたという訴因に変更されたことにつき,訴因変更の可否(公訴事実の同一性)が問題となった事案である。
 被告人は,免許を受けないで,業として,建物賃貸借契約の媒介をして宅地建物取引業を営む無免許営業をしたという訴因で起訴され,第1審で,建物賃貸借契約を媒介した事実とこれを業として営んだ事実を争った。ところが,被告人質問等の審理を経て,無免許営業の主体は被告人個人ではなく,被告人が代表取締役である会社(本件会社)ではないかという疑義が生じ,第1審裁判所は,検察官に対し求釈明をした。そして,無免許営業の主体に関する証拠調べ,被告人質問を経て,検察官は,本件会社の代表取締役である被告人が,同会社の業務に関し,免許を受けないで,変更前の訴因と同一の媒介をしたとする旨の訴因及び罰条(両罰規定に関する宅地建物取引業法84条1号を追加するもの)の変更を請求した。弁護人は異議がないとの意見を述べ,第1審裁判所はこれを許可した上で,変更後の訴因の事実を認定し,変更後の罰条を適用した。
 被告人は,控訴したが,訴因変更に関する訴訟手続の法令違反の論旨はなく,原判決は,これに関する判断を明示することのないまま,控訴を棄却した。
 被告人は,上告し,第1審裁判所のした訴因変更請求の許可に関し,個人としてした違反行為の訴因と法人の業務に関し法人の代表者としてした違反行為の訴因との間には公訴事実の同一性がないから,変更前の訴因について無罪を言い渡すべきであるとして,仙台高判昭40.5.10高刑18巻3号168頁(以下「仙台高裁判決」という。)違反と法令違反等を主張した。
 本決定は,公訴事実の同一性に関し,判例違反(仙台高裁判決違反)の論旨については,原判決は所論の点につき何ら法律判断を示していないとして欠前提処理をした上で,職権により,訴因変更を許可した第1審の訴訟手続に法令違反はなく,第1審判決を維持した原判決は正当であるとして,上告を棄却した。
 2 問題の所在
 本件起訴に係る訴因の要旨は,「被告人は,免許を受けないで,業として,建物賃貸借契約の媒介をし,もって免許を受けないで宅地建物取引業を営んだ」というものであるが,検察官は,第1審において,審理を経て,「被告人は,免許を受けないで,」とあるのを,「被告人は,本件会社の代表取締役であるが,同会社の業務に関し,免許を受けないで,」に改める旨の訴因変更を請求し,第1審裁判所はこれを許可して変更後の訴因に係る事実を認定した。
 この訴因変更の許可について,判例違反の主張として指摘された仙台高裁判決は,農林大臣の許可を受けないで中型かつお・まぐろ漁業を営んだという中型かつお・まぐろ漁業取締規則違反につき,被告人個人が無許可漁業を営んだとして起訴され,第1審で有罪認定されたのに対し,無許可漁業を営んだのは被告人が代表取締役である法人であり,被告人は法人の代表取締役としてその業務に関し違反行為をしたと認められるから,被告人個人に違反行為の刑事上の責任があると認定判示したのは,事実を誤認したものであるとして第1審判決を破棄して無罪を言い渡したが,併せて,個人経営者みずからが自己の業務に関し違反行為をした場合と,たとえ同一人であっても,その者が法人の代表者として法人の業務に関し違反行為をした場合とでは,基本たる事実関係を異にし,公訴事実の同一性を認めることはできないものと解すべきであるから,本件においては,前者から後者への訴因の変更も許される余地はない旨をも説示していた。
 3 公訴事実の同一性について
 (1) 公訴事実の同一性
 「公訴事実の同一性」は,訴因変更の可否を決める場面でその基準となる(刑訴法312条1項)。それとともに,二重起訴禁止の範囲(同法338条3号),一事不再理効の範囲(同法337条1号)を画する場面でもその基準となる(公訴提起による時効停止の範囲〔同法254条〕とも一般に一致すると考えられているが,なお議論がある。)。公訴事実の同一性の有無は1回の訴訟で解決すべき範囲内かどうかの問題であるということができる。「公訴事実の同一性」は,一般に,「公訴事実の単一性」と「狭義の公訴事実の同一性」とを含む概念とされ,本件で問題となるのは,「狭義の公訴事実の同一性」(以下,単に「公訴事実の同一性」という。)の有無である。
 公訴事実の同一性の判断基準について,学説は多岐にわたる。訴因の背後にある社会的実体を想定して同一性を考えるか,訴因の記載自体を比較して同一性を考えるかにおいて,基本的な考え方が分かれるとされる。
 判例は,基本的事実同一説をとるものと解されている(最二小判昭28.5.29刑集7巻5号1158頁,判タ31号71頁,最三小判昭29.9.7刑集8巻9号1447頁等)。基本的事実が同一であるとは,犯罪を構成する事実関係の基本たる部分が社会通念上同一であることをいう。犯罪の日時,場所,行為の方法,態様,相手方,結果等の共通性が重要な下位基準となるとされる。このような事実の共通性とは別に,あるいはこれに併せて,新旧両訴因の非両立関係(択一関係)に言及するものがある(最二小判昭29.5.14刑集8巻5号676頁,最三小判昭33.5.20刑集12巻7号1416頁,最二小判昭34.12.11刑集13巻13号3195頁,最一小決昭53.3.6刑集32巻2号218頁,判タ361号230頁,最三小決昭63.10.25刑集42巻8号1100頁)。非両立関係の基準は,一般に,新旧両訴因の基本的事実関係の共通性が少なく,基本的事実同一の基準が有効に機能しないが,なお訴因変更による一回的処理が適切,妥当と認められる場合に用いられているとされる。
 学説では,基本的事実同一の基準と非両立関係の基準との関係,特に非両立関係の基準の理論的な位置付けについて,判例の傾向を踏まえつつ,非両立関係は基本的事実の重なり合いが少なく基本的事実同一の基準が有効に機能しない場合に補充的・補完的に用いられるものとする理解と,共通性を中核とする従前の基本的事実同一性の基準の背後にあった本来的基準であるとする理解がある。ここでいう非両立関係について,事実上の非両立関係(証拠調べの結果に表れた社会的事実に照らして両立しない関係)とする見解と,法律上の非両立関係(実体法上両立せず,そのどちらか一方でしか処罰できないという意味)とする見解がある。公訴事実の同一性の判断資料について,判断方法としては,両訴因の背後にある社会的事実を基礎とする見解と,訴因として記載された事実のみを比較するという見解とに分かれ,特に実体のある「社会的事実」を想定するかどうかは基本的な考え方の違いから厳しく対立している。しかし,これを想定しない見解からも,検察官が求釈明に応ずるなどして主張する事実のほか,公訴事実の同一性の判断権者である裁判所が訴因変更許否の判断時点において証拠調べの結果により認定できる事実を基礎とすること自体は概ね承認されている。
 (2) 被告人が個人として違反行為をしたという訴因と,法人の代表者として法人の業務に関し違反行為をしたという訴因との間の公訴事実の同一性
 この問題については,仙台高裁判決のほか,同判決の前にも公訴事実の同一性を否定した高裁判例がある。東京高判昭27.3.31判特29号108頁は,物価統制令違反の罪において,経営者自ら事業の主体として違反行為を為す場合と,他人の事業につきその業務の担当者がその業務に関し違反行為を為す場合との間につき,公訴事実の同一性を否定した。これらの公訴事実の同一性を否定する判例は,行為の効果の帰属する主体が,行為者自身と経営者たる他人とで異なることなどを根拠としている。一方,仙台高裁判決の後に出された最高裁判例には,公訴事実の同一性を肯定していると考えられるものがある。最三小判昭43.4.16集刑166号675頁は,出資の受入,預り金及び金利等の取締等に関する法律違反(高金利の処罰)の事案に関し,被告人個人の犯罪行為を起訴した趣旨と解される公訴事実について,その事実記載の方法及び第1審裁判所における審理の経過に徴し,これを被告人が法人の機関としてその業務に関して行ったものと認定するには,訴因変更の手続を経ることを要しないとした。訴因変更を不要とする前提として,公訴事実の同一性を肯定しているものと考えられる。
 仙台高裁判決の公訴事実の同一性に関する判断については,その直後から厳しく批判する見解が示されていた。営業の主体が異なっていても,行為の性格について判断を加える前の社会的歴史的自然的事実としての被告人の行為そのものを重視するという判例の考え方からすると,公訴事実の同一性は失われないとするもの(横井大三「判批」研修215号49頁),被告人が個人経営者として違反行為をしたのであれ,法人の代表者としてその業務に関して違反行為をしたのであれ,その一方について犯罪が成立することになれば,論理上もはや他方について別個の独立した犯罪が成立することはないから,両者は基本的事実関係が同一であるとしなければならないとするもの(坂本武志「判批」判タ198号105頁)があった。その後も,犯罪を構成する被告人の行為は社会的に同一のものといえること,一方が成立すれば他方が成立しないという二律背反の関係にあることなどを根拠に,公訴事実の同一性を肯定する見解が示されていた(伊藤榮樹ほか編『注釈特別刑法(1)』669頁〔土本武司〕等)。
 4 本決定の内容
 (1) 本決定は,まず,判例違反(仙台高裁判決違反)の論旨については,原判決は所論の点につき何ら法律判断を示していないとして欠前提処理をした。その上で,職権により,個人として免許を受けないで宅地建物取引業を営んだという訴因と,法人の代表者として法人の業務に関し免許を受けないで宅地建物取引業を営んだという訴因とは,「被告人が,個人として宅地建物取引業を営んだのか,法人の業務に関し法人の代表者としてこれを営んだのかに違いはあるが,被告人を行為者とした同一の建物賃貸借契約を媒介する行為を内容とするものである点で事実が共通しており,両立しない関係にあるものであって,基本的事実関係において同一であるということができる」と判断し,公訴事実の同一性を認めて訴因変更を許可した第1審の訴訟手続に法令違反はなく,第1審判決を維持した原判決は正当であると結論付けた。
 (2) 判例違反の主張について,原判決が「判例と相反する判断をした」(刑訴法405条2号,3号)というためには,判例と相反する判断が原判決に示されていることを要する(最三小判昭37.12.25刑集16巻12号1731頁等)。前記のとおり,原判決には公訴事実の同一性に関する明示的な判断は示されていないため,判示のような欠前提処理をしたものといえよう(なお,仙台高裁判決の公訴事実の同一性に関する判断が高等裁判所の「判例」といえるかについても議論があろう。)。
 (3) 公訴事実の同一性の有無について,両訴因の記載内容と訴訟経過(訴因変更の時点での証拠調べの結果を含む)を考慮すると,宅地建物取引業の無免許営業を構成する被告人の行為は,それが被告人個人の営業として行ったものか法人の営業に関し法人の代表者として行ったものかの点を除けば,事実関係が共通するといえる。また,被告人の行為を被告人個人の営業としてのものとみるか法人の営業としてのものとみるかは,二者択一で両立しない関係にある。本件の訴訟経過から明らかなように,訴訟資料(証拠)は基本的に共通していることから,これを利用して一回的に処理することが相当であるともいえる。
 以上のようなことが考慮されて,公訴事実の同一性が肯定されたものと推察される。
 (4) 本決定は,公訴事実の同一性を肯定する理由として,「被告人を行為者とした同一の建物賃貸借契約を媒介する行為を内容とするものである点で事実が共通しており,両立しない関係にあるものであって,基本的事実関係において同一であるということができる」と判示している。本件においては,両訴因の事実が相当程度共通しているということができるが,被告人の行為を,被告人個人の営業としてのものとみるか,法人の営業としてのものとみるかでは,なお,事実の性質として一定程度違いがあるという見方があり得よう。また,非両立関係の基準の位置付けについては見解が分かれているが,この基準は比較的明確で分かりやすく,多くの場合妥当な結論に到達することから,実務で現実に機能しているということはできよう。本件でも,両訴因は事実面でも法律面でも明らかに非両立関係にあるということができ,公訴事実の同一性が失われないことを明瞭に説明することが可能となることから,事実が共通していることとともに,両立しない関係にあることについても言及して「基本的事実関係の同一性」を根拠付けたものと推察される。
 5 本決定の意義
 本決定は,被告人が個人として違反行為をしたという訴因と,法人の代表者として法人の業務に関し違反行為をしたという訴因との間の公訴事実の同一性が問題となった場合について,当初から異論のあった仙台高裁判決に違反するとの主張がされたのを受けて,職権で,事実関係に即して公訴事実の同一性を肯定する事例判断をしたものである。本決定は,公訴事実の同一性に関する一事例を加えるものであるが,特に,仙台高裁判決の存在によって,類似の場面に直面した場合の処理に疑義が生ずることも考えられたことから,このような場合における実務の指針を示すものとして意義がある。」

 本判例の調査官解説である法曹時報77巻12号3344頁には「両訴因は事実面でも法律面でも明らかに非両立関係にあるということができ、公訴事実の同一性が失われないことを明瞭に説明することが可能となることから、事実が共通していることとともに、両立しない関係にあることについても言及して「基本的事実関係の同一性」を根拠付けたものと推察される」「事実関係の共通性の程度が大きい場合、自ずと両立しない関係にあることが多いといえようから、非両立関係にあることが含まれていることことにもなろう」との指摘があります。