最高裁平成13年4月11日刑集55巻3号127頁・刑訴百選【11版】46事件(訴因変更の要否等)
1 はじめに
本判例は、裁判所公式ウェブサイトによると以下の3点について判断しています。
①殺害の日時・場所・方法の判示が概括的で実行行為者の判示が択一的であっても殺人罪の罪となるべき事実の判示として不十分とはいえないとされた事例
②殺人罪の共同正犯の訴因において実行行為者が明示された場合に訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することの適否
③殺人罪の共同正犯の訴因において実行行為者が被告人と明示された場合に訴因変更手続を経ることなく実行行為者が共犯者又は被告人あるいはその両名であると択一的に認定したことに違法はないとされた事例
2 前提となる知識
⑴刑法
60条
二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
199条
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑に処する。
刑訴法
256条3項
公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。 訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
312条
①裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
②裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる。
335条1項
有罪の言渡をするには、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならない。
3 問題の所在(百選解説)
本判例は,裁判所が訴因変更の手続を経ずに本件の実行行為者につき訴因とは実質的に異なる事実を認定することの適否が主に問題となりました。訴因の特定が求められる趣旨が①裁判所に対し審判の対象を限定するとともに②被岩人に対し防御の範囲を示すことにあるところ、本判例「は,そうしたことを受け,初めて最高裁が,訴因変更の要否はまずもって訴因の本来的機能たる審判対象画定機能に即して判断すぺきことを明示した」ところに意義があります。
本判例は、①訴因の特定、②訴因変更の要否、③概括的認定の可否という3つの論点がありますが、主に②が問題となりました。
4 判旨
「弁護人石田恒久、同石岡隆司の上告趣意のうち、憲法38条違反をいう点は、被告人の自白調書の任意性を肯定した原判断は相当であるから、前提を欠き、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、職権で判断する。
本件のうち殺人事件についてみると、その公訴事実は、当初、「被告人は、Bと共謀の上、昭和63年7月24日ころ、青森市大字合子沢所在の産業廃棄物最終処分場付近道路に停車中の普通乗用自動車内において、Aに対し、殺意をもってその頸部をベルト様のもので絞めつけ、そのころ窒息死させて殺害した」というものであったが、被告人がBとの共謀の存在と実行行為への関与を否定して、無罪を主張したことから、その点に関する証拠調べが実施されたところ、検察官が第一審係属中に訴因変更を請求したことにより、「被告人は、Bと共謀の上、前同日午後8時ころから午後9時30分ころまでの間、青森市安方二丁目所在の共済会館付近から前記最終処分場に至るまでの間の道路に停車中の普通乗用自動車内において、殺意をもって、被告人が、Aの頸部を絞めつけるなどし、同所付近で窒息死させて殺害した」旨の事実に変更された。この事実につき、第一審裁判所は、審理の結果、「被告人は、Bと共謀の上、前同日午後8時ころから翌25日未明までの間に、青森市内又はその周辺に停車中の自動車内において、B又は被告人あるいはその両名において、扼殺、絞殺又はこれに類する方法でAを殺害した」旨の事実を認定し、罪となるべき事実としてその旨判示した。
まず、以上のような判示が殺人罪に関する罪となるべき事実の判示として十分であるかについて検討する。上記判示は、殺害の日時・場所・方法が概括的なものであるほか、実行行為者が「B又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであるにとどまるが、その事件が被告人とBの二名の共謀による犯行であるというのであるから、この程度の判示であっても、殺人罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、それが構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにしているものというべきであって、罪となるべき事実の判示として不十分とはいえないものと解される。
次に、実行行為者につき第一審判決が訴因変更手続を経ずに訴因と異なる認定をしたことに違法はないかについて検討する。訴因と認定事実とを対比すると、前記のとおり、犯行の態様と結果に実質的な差異がない上、共謀をした共犯者の範囲にも変わりはなく、そのうちのだれが実行行為者であるかという点が異なるのみである。そもそも、殺人罪の共同正犯の訴因としては、その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから、訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。とはいえ、実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、当該訴因の成否について争いがある場合等においては、争点の明確化などのため、検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ、検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。しかしながら、実行行為者の明示は、前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。
そこで、本件について検討すると、記録によれば、次のことが認められる。第一審公判においては、当初から、被告人とBとの間で被害者を殺害する旨の共謀が事前に成立していたか、両名のうち殺害行為を行った者がだれかという点が主要な争点となり、多数回の公判を重ねて証拠調べが行われた。その間、被告人は、Bとの共謀も実行行為への関与も否定したが、Bは、被告人との共謀を認めて被告人が実行行為を担当した旨証言し、被告人とBの両名で実行行為を行った旨の被告人の捜査段階における自白調書も取り調べられた。弁護人は、Bの証言及び被告人の自白調書の信用性等を争い、特に、Bの証言については、自己の責任を被告人に転嫁しようとするものであるなどと主張した。審理の結果、第一審裁判所は、被告人とBとの間で事前に共謀が成立していたと認め、その点では被告人の主張を排斥したものの、実行行為者については、被告人の主張を一部容れ、検察官の主張した被告人のみが実行行為者である旨を認定するに足りないとし、その結果、実行行為者がBのみである可能性を含む前記のような択一的認定をするにとどめた。以上によれば、第一審判決の認定は、被告人に不意打ちを与えるものとはいえず、かつ、訴因に比べて被告人にとってより不利益なものとはいえないから、実行行為者につき変更後の訴因で特定された者と異なる認定をするに当たって、更に訴因変更手続を経なかったことが違法であるとはいえない。
したがって、罪となるべき事実の判示に理由不備の違法はなく、訴因変更を経ることなく実行行為者につき択一的認定をしたことに訴訟手続の法令違反はないとした原判決の判断は、いずれも正当である。
また、本件のうち死体遺棄事件及びD方放火事件において、実行行為者の認定が択一的であることなどについても、殺人事件の場合と同様に考えられる。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、平成7年法律第91号による改正前の刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」
5 解説
「一 本件は、被告人が、A、Bらと共謀し、Aの知人らの住居に火災保険を掛け、放火して火災保険金を騙取するなどしたほか、口封じのため、Aと共謀して、Bを殺害し、死体を遺棄したという事案である。被告人は、捜査段階では殺害事件への関与を認めたものの、その余の事件への関与を否定し、起訴された後はすべての事件への関与(共謀と実行行為)を争った。これに対し、Aは、被告人やBらと共謀して放火及び保険金詐欺を敢行し、口封じのためにBを殺害することを被告人と共謀し、被告人が殺害の実行行為を行った旨供述した。
一審判決は、放火・詐欺事件のうち一件は被告人の関与を認めるに足る証拠がないとして無罪としたものの、その余の放火・詐欺事件のほか、殺人・死体遺棄事件についても有罪と認定し、原判決も被告人の申し立てた控訴を棄却した(原判決は、仙台高判平11・3・4高刑52巻1頁、本誌1018号277頁)。
殺人事件の公訴事実は、当初、被告人が、Aと共謀の上、特定の年月日ころ、青森市内に停車中の自動車内において、Bの頸部をベルト様のもので絞めつけて殺害したというものであったが、被告人がAとの共謀も実行行為への関与も否定したことから、両名の間で共謀が成立していたか、殺害行為を行ったのはだれかということが主要な争点となり、多数回の公判を重ねて証拠調べが行われた。Aは、被告人との共謀を認め、被告人が実行行為を担当した旨証言し、被告人が捜査段階において供述した「両名で実行行為を行った」旨の自白調書も取り調べられた。弁護人は、Aの証言及び被告人の自白調書の信用性等を争い、特に、Aの証言については、自己の責任を被告人に転嫁しようとするものであるなどと主張した。一審公判がかなり進んだ段階で、検察官が訴因変更を請求したことにより、公訴事実は、「被告人は、Aと共謀の上、同日夜、青森市内に停車中の自動車内において、被告人が、Bの頸部を絞めつけるなどして殺害した」という内容に変更された。一審裁判所は、審理の結果、「被告人は、Aと共謀の上、同日夜から翌日未明までの間に、青森市内又はその周辺に停車中の自動車内において、A又は被告人あるいはその両名において、扼殺、絞殺又はこれに類する方法でBを殺害した」旨の事実を認定した。
二 本決定は、このような択一的認定の適否と、実行行為者が訴因において被告人と明示された場合において、訴因変更手続を経ることなくA又は被告人あるいはその両名であると択一的に認定したことの適否について判断を示している。
三 まず、択一的認定の適否に関し、本決定は、殺害の日時・場所・方法の判示が概括的なものである上、実行行為者の判示が「A又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであっても、その事件が被告人とAの二名の共謀による犯行であるときには、殺人罪の罪となるべき事実の判示として不十分とはいえない旨判示している。一般的に、罪となるべき事実の判示の程度につき、最一小判昭24・2・10刑集3巻2号155頁は、「各本条の構成要件に該当すべき具体的事実を該構成要件に該当するか否かを判定するに足る程度に具体的に明白にし、かくしてその各本条を適用する事実上の根拠を確認し得られるようにするを以て足る。」と判示している(具体例として、放火未遂の事案につき最三小判昭38・11・12刑集17巻11号2367頁、殺人未遂の事案につき最二小決昭58・5・6刑集37巻4号375頁、本誌500号138頁)。
また、択一的認定については、一般的に、場合を分けて検討すべきものと考えられているが、択一的な関係にあるA事実とB事実が同一の構成要件の中にある場合については、概括的認定の一場面と考えられるから、構成要件に該当するか否かを判定するに足る程度に具体的であれば、択一的認定が許されるものと解されている(戸倉三郎「いわゆる不特定的認定」新実例刑訴法Ⅲ191頁、大澤裕「刑事訴訟における択一的認定」法協109巻6号1頁等)。共同正犯内部で実行有為者が確定できないという本件のような場合は、この部類に属するものと考えられる。共謀共同正犯の法理においては、共謀関与者の全部又は一部が犯罪を実行すれば、共謀関与者の間で刑事責任の成立に差異はなく、実行行為を担当した者も担当しなかった者も、いずれも共同正犯として処罰されることになるからである。したがって、実行行為者に関する択一的認定が許されるとした本決定に異論はないものと思われる。
四 次に、訴因において実行行為者が明示された場合に訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することが許されるかが問題となる。
訴因変更の要否については、訴因と認定との間のずれが、法律構成ではなく事実面において一定の限度を超える場合に、訴因変更を要するものと解されており(事実記載説)、一定の限度を超えるか否かの判断は、基本的には、具体的な訴訟の経過を離れて、訴因と認定とを比較し、訴因変更を経ないことが抽象的・一般的に被告人の防御に不利益を来すか否かの観点から判定すべきものとされている(抽象的防御説)。もっとも、個々の事件における被告人の防御等の具体的な審理経過の考慮(具体的防御説)も補充的に必要となる旨、指摘されている(毛利晴光「訴因変更の要否」新実例刑訴法Ⅱ47頁等)。共謀の態様に関して変動がある場合についても、このような考え方に従って訴因変更の要否が判断されることになり、共犯者の範囲や実行行為の範囲等が異なるようなときには、訴因変更が必要になる(なお、共謀の態様の変化と訴因変更の要否については、小林充「共謀と訴因」刑事公判の諸問題27頁等)。本件においては、共犯者の範囲に変わりはなく、犯行の態様と結果にも実質的な差異がなく、実行行為者が共犯者のうちのだれかという点が異なるのみであったが、このような場合にどのように考えるべきかが問題となる。
本決定は、実行行為者がだれであるかは、一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから、訴因と実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものの、そもそも実行行為者を明示することは訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人に不意打ちを与えるものではなく、かつ、認定が訴因と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経なくても違法ではないとした。
訴因の機能としては、審判対象の特定と被告人の防御の範囲の確定という二つの機能があるといわれているが、本決定は、その両機能を考慮した上、原則的な考え方と、例外的に許される場合について判示したものであり、訴因変更の要否を判断する際の基本的な判例といえよう。
なお、原判決の評釈として、大澤裕・現代刑事法2巻8号64頁、井上宏・研修626号29頁がある。」
6 関連する判例(最高裁平成24年2月29日刑集66巻4号589頁・平成24年度重要判例解説刑訴4事件・刑訴百選【11版】46事件解説2)
⑴判旨
「弁護人梅田尚彦の上告趣意は,違憲をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論に鑑み,職権で判断する。
1 本件公訴事実は,要旨,「被告人は,借金苦等からガス自殺をしようとして,平成20年12月27日午後6時10分頃から同日午後7時30分頃までの間,長崎市内に所在するAらが現に住居に使用する木造スレート葺2階建ての当時の被告人方(総床面積約88.2平方メートル)1階台所において,戸を閉めて同台所を密閉させた上,同台所に設置されたガス元栓とグリル付ガステーブル(以下「本件ガスコンロ」という。)を接続しているガスホースを取り外し,同元栓を開栓して可燃性混合気体であるP13A都市ガスを流出させて同台所に同ガスを充満させたが,同ガスに一酸化炭素が含まれておらず自殺できなかったため,同台所に充満した同ガスに引火,爆発させて爆死しようと企て,同日午後7時30分頃,同ガスに引火させれば爆発し,同被告人方が焼損するとともにその周辺の居宅に延焼し得ることを認識しながら,本件ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火し,同ガスに引火,爆発させて火を放ち,よって,上記Aらが現に住居に使用する同被告人方を全焼させて焼損させるとともに,Bらが現に住居として使用する木造スレート葺2階建て居宅(総床面積約84.93平方メートル)の軒桁等約8.6平方メートル等を焼損させたものである」というものである。第1審判決は,被告人が上記ガスに引火,爆発させた方法について,訴因の範囲内で,被告人が点火スイッチを頭部で押し込み,作動させて点火したと認定した。しかし,原判決は,このような被告人の行為を認定することはできないとして第1審判決を破棄し,訴因変更手続を経ずに,上記ガスに引火,爆発させた方法を特定することなく,被告人が「何らかの方法により」上記ガスに引火,爆発させたと認定した。
2 所論は,原判決が訴因変更手続を経ずに上記ガスに引火,爆発させた方法について訴因と異なる認定をしたことは違法であると主張する。
そこで検討するに,被告人が上記ガスに引火,爆発させた方法は,本件現住建造物等放火罪の実行行為の内容をなすものであって,一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから,判決において訴因と実質的に異なる認定をするには,原則として,訴因変更手続を要するが,例外的に,被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし,被告人に不意打ちを与えず,かつ,判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には,訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為を認定することも違法ではないと解される(最高裁平成……13年4月11日第三小法廷決定・刑集55巻3号127頁参照)。
原審において訴因変更手続が行われていないことは前記のとおりであるから,本件が上記の例外的に訴因と異なる実行行為を認定し得る場合であるか否かについて検討する。第1審及び原審において,検察官は,上記ガスに引火,爆発した原因が本件ガスコンロの点火スイッチの作動による点火にあるとした上で,被告人が同スイッチを作動させて点火し,上記ガスに引火,爆発させたと主張し,これに対して被告人は,故意に同スイッチを作動させて点火したことはなく,また,上記ガスに引火,爆発した原因は,上記台所に置かれていた冷蔵庫の部品から出る火花その他の火源にある可能性があると主張していた。そして,検察官は,上記ガスに引火,爆発した原因が同スイッチを作動させた行為以外の行為であるとした場合の被告人の刑事責任に関する予備的な主張は行っておらず,裁判所も,そのような行為の具体的可能性やその場合の被告人の刑事責任の有無,内容に関し,求釈明や証拠調べにおける発問等はしていなかったものである。このような審理の経過に照らせば,原判決が,同スイッチを作動させた行為以外の行為により引火,爆発させた具体的可能性等について何ら審理することなく「何らかの方法により」引火,爆発させたと認定したことは,引火,爆発させた行為についての本件審理における攻防の範囲を越えて無限定な認定をした点において被告人に不意打ちを与えるものといわざるを得ない。そうすると,原判決が訴因変更手続を経ずに上記認定をしたことには違法があるものといわざるを得ない。
3 しかしながら,訴因と原判決の認定事実を比較すると,犯行の日時,場所,目的物,生じた焼損の結果において同一である上,放火の実行行為についても,上記台所に充満したガスに引火,爆発させて火を放ったという点では同一であって,同ガスに引火,爆発させた方法が異なるにすぎない。そして,引火,爆発時に被告人が1人で台所にいたことは明らかであることからすれば,引火,爆発させた方法が,本件ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火する方法である場合とそれをも含め具体的に想定し得る「何らかの方法」である場合とで,被告人の防御は相当程度共通し,上記訴因の下で現実に行われた防御と著しく異なってくることはないものと認められるから,原判決の認定が被告人に与えた防御上の不利益の程度は大きいとまではいえない。のみならず,原判決は被告人が意図的な行為により引火,爆発させたと認定している一方,本件ガスコンロの点火スイッチの作動以外の着火原因の存在を特にうかがわせるような証拠は見当たらないことからすれば,訴因の範囲内で実行行為を認定することも可能であったと認められるから,原審において更に審理を尽くさせる必要性が高いともいえない。また,原判決の刑の量定も是認することができる。そうすると,上記の違法をもって,いまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。
よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官千葉勝美の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
⑵解説(判例タイムズ1373号151頁)
「1 本件は,訴因変更手続の要否が問題となった事案である。訴因は,被告人が,借金苦等からガス自殺をしようと企て,自宅の台所にガスを充満させたが,上記ガスに一酸化炭素が含まれておらず自殺できなかったため,ガスに引火,爆発させて爆死しようと企て,「ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火し」,上記ガスに引火,爆発させて放火し,自宅や周辺の住居を焼損させたというものであった。
2 本件においては,被告人が上記ガスを充満させたこと,上記ガスが引火,爆発して自宅等の焼損が生じたことに争いはなかったが,被告人が,故意にガスに引火,爆発させたかどうかが主な争点となった。1審判決は,おおむね訴因どおりの事実を認定したが,被告人が上記ガスに引火,爆発させた方法については,訴因の「ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火し」をさらに限定して,「ガスコンロの点火スイッチを頭部で押し込み,作動させて点火し」と認定した(宣告刑は懲役4年6月)。
これに対し,原判決は,被告人がガスコンロの点火スイッチを頭部で押し込み,作動させて点火したとは認定できず,1審判決には判決に影響することが明らかな事実誤認があるとして,1審判決を破棄した。その上で,原判決は,本件火災の原因は,偶発的な事故や失火によるものとは考えられず,被告人の意図的な行為によるものであることが推認することができ,被告人が放火したと認定できるとして有罪の自判をし,被告人が上記ガスに引火,爆発させた方法については,訴因変更手続を経ることなく,「何らかの方法により」と認定した(宣告刑は1審判決と同じ懲役4年6月)。
これに対し,被告人が,訴因変更手続を経ずにされた原判決の上記認定は違法であるなどと主張して上告した。
3 本決定は,上告趣意は適法な上告理由に当たらないとしたが,職権で原判決の上記認定の適否を検討し,まず,最三小決平13.4.11刑集55巻3号127頁,判タ1060号175頁を参照し,被告人が上記ガスに引火,爆発させた方法は,一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから,判決において訴因と実質的に異なる認定をするには,原則として,訴因変更手続を要するが,例外的に,被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし,被告人に不意打ちを与えず,かつ,判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益といえない場合には,訴因変更手続を経なくとも違法ではないとした。
その上で,本件の審理の経過を検討し,①当事者の攻防は,ガスに引火,爆発した原因がガスコンロの点火スイッチの作動による点火にあるかどうか,それが被告人の故意行為によるものかどうかについて行われていたこと,②検察官は,上記ガスに引火,爆発した原因が同スイッチを作動させた行為以外の行為であるとした場合の被告人の刑事責任に関する予備的な主張は行っていなかったこと,③裁判所も,そのような行為の具体的可能性やその場合の被告人の刑事責任の有無,内容に関し,求釈明や証拠調べにおける発問等はしていなかったことを指摘した上で,原判決が訴因変更手続を経ずに「何らかの方法により」と認定したことは,被告人に不意打ちを与えるものであり,違法であるとした。
もっとも,上記違法はあるものの,①引火,爆発させた方法が,ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火する方法である場合と「何らかの方法」である場合とで,被告人の防御は相当程度共通し,現実に行われた防御と著しく異なってくることはなく,原判決の認定が被告人に与えた防御上の不利益の程度は大きいとはいえないこと,②本件ではガスコンロの点火スイッチの作動以外の着火原因の存在はうかがわれず,訴因の範囲内で実行行為を認定することが可能であったと認められるから,原審において更に審理を尽くさせる必要性が高いともいえないこと,③原判決の量刑も是認できることから,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものではないとして,上告は棄却した。これに対し,千葉裁判官が反対意見を付しているが,これは,訴因変更手続を経てない原判決の認定が違法という点では,多数意見に賛成した上で,多数意見が不著反正義を理由に上告を棄却した点について反対し,原判決を破棄して原裁判所に差し戻すのが相当であるとするものである。
4(1) 訴因変更手続の要否,すなわち訴因と認定すベき事実がどの程度食い違えば訴因変更手続が必要になるかについては,訴因が事実を記載したものであり(事実記載説),訴因と認定すべき事実との間のずれが,法律的な構成ではなく,具体的な事実において一定の限度を超える場合に訴因変更手続を要することを前提とした上で,主として,抽象的防御説(具体的な訴訟経過を離れて訴因と認定事実とを比較し,訴因変更手続を行わないことが抽象的・類型的に被告人の防御に不利益を生じさせるおそれがあるかどうかの観点から判断するもの)と,「具体的防御説」(具体的な審理経過や状況を考慮し,被告人の防御に不利益を与えるかどうかの観点から判断するもの)が対立しているが,この点について,上記平成13年判例は「① 審判対象の画定のために必要な事項が変動する場合は,訴因変更手続が必要である。② そうでない場合も,被告人の防御にとって重要な事項が変動する場合は,原則として訴因変更手続が必要であるが,この場合でも,審理経過等から被告人に不意打ちを与えず,かつ,判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとって不利益でない場合は,例外的に訴因変更手続は不要である。」という基準を示したものと解されている。
(2) 本決定はこの基準に従ったものと考えられるが,本決定が被告人が上記ガスに引火,爆発させた方法は,「被告人の防御にとって重要な事項である」としていることからすると,これが「審判対象の画定のために必要な事項」には当たらないことが前提にされていると思われる。
「審判対象の画定のために必要な事項」は「訴因の記載として不可欠な事項」とも言い換えられようが(上記平成13年判例参照),具体的にいかなる事実がこれに当たるかについては,訴因の特定(刑訴法256条3項)について識別説(裁判所との関係で特定の犯罪構成要件該当事実[罪となるべき事実]を他の事実から識別できる程度に記載することで足りるとする説)が求めるものと同一であるとする考え方が多数であるが(田口守一「争点と訴因」佐々木史朗先生喜寿祝賀『刑事法の理論と実践』736頁,大澤裕「訴因の機能と訴因変更の要否」法教256号31頁等),これよりも広いものであるとする考え方(小林充「訴因変更の要否の基準-平成13年判例との関係において」曹時63巻4号7頁)もある。
多数を占める前者の立場による場合でも,いかなる事実が訴因の特定についての識別説から要求される事実に当たるかについては,論者によって相当の開きがあるようであるが,本件では,訴因と原判決の認定事実の間には,犯行の日時,場所,目的物,生じた焼損の結果には変動がないし,引火,爆発させたものが「充満したガス」であることにも変動はないのであって,放火の実行行為としてみたとき,「充満したガスに引火,爆発させた」ことには変動がなく,引火,爆発させた方法に変動があるだけであるところ,引火,爆発させた方法が特定されていない訴因を,識別説の立場から不特定とすることはおよそないと思われる。そうすると,上記ガスに引火,爆発させた方法は「審判対象の画定のために必要な事項」には当たらないことになる。本決定も,このような判断を前提として,被告人が放火を否認している事案における放火方法の防御上の位置付けの重要性から,上記ガスに引火,爆発させた方法を「被告人の防御にとって重要な事項である」としたものと解される。
そして,本決定は,本件が例外的に訴因変更手続が不要な場合かどうかを検討し,上記のとおり,被告人に不意打ちを与えることから,上記の例外的な場合には当たらず,訴因変更手続が必要であるとしている。上記平成13年判例は,例外的に訴因変更手続が不要になる要件として,「被告人に不意打ちを与えないこと」に加え「判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとって不利益でないこと」を要求しており,本決定は後者を検討していないが,前者が欠ければ後者を問題にするまでもなく訴因変更手続が必要となることから,後者については検討しなかったものと思われる。
5 上記平成13年判例が示した基準は,学説上も,訴因変更手続の要否について一般性・汎用性のある基準と評価されているが,他方で,この基準の具体的な解釈や当てはめについては,学説にも種々の見解がみられるところであり,判例による具体的な事例の積み重ねが期待されているといえる。本決定は,事例判断ではあるが,平成13年判例の示した基準に照らして訴因変更手続が必要な事案としたものであり,本決定の意義は,この点にある。」
なお、近時の判例として最高裁令和7年10月20日刑集79巻7号321頁があります。別の記事(https://avantgarde-lawoffice.com/archives/694)で紹介しています。

