最高裁平成27年12月3日刑集69巻8号815頁・刑訴百選【11版】42事件(公訴時効規定の改正と遡及処罰の禁止)
1 はじめに
公訴時効を廃止するなどした「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」(平成22年法律第26号)の経過措置を定めた同法附則3条2項が憲法39条,31条に反しないかが問題となりました。
2 前提となる知識
⑴憲法
31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。 又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
⑵刑訴法250条1項
時効は、人を死亡させた罪であつて拘禁刑に当たるものについては、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
① 無期拘禁刑に当たる罪については30年
② 長期二十年の拘禁刑に当たる罪については20年
③ 前2号に掲げる罪以外の罪については10年
3 問題の所在(判例タイムズ1440号126頁)
「本件は,平成9年4月13日に行われた強盗殺人の事案であり,「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」(平成22年法律第26号。以下「本法」という。)附則3条2項の合憲性が問題とされた事案である。本件犯罪行為時の刑訴法250条では,強盗殺人罪の公訴時効は15年とされていたが,行為時から15年以上経過した後の平成25年2月22日に本件起訴がされている。これは,本件犯罪行為後の平成22年4月27日,強盗殺人罪等の公訴時効を廃止するなどした本法が施行され,本法附則3条2項は,本法施行の際その公訴時効が完成していないものについても,本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとしているところ,本件強盗殺人の公訴時効は,平成22年4月27日時点では完成していなかったため,本件に対して,本法による改正後の刑訴法が適用されたことによるものである。そこで,本法附則3条2項が,遡及処罰を禁止した憲法39条等に違反するのではないかが問題とされることとなった。」
4 判旨
「1 弁護人荻上泰男の上告趣意のうち,規定違憲をいう点について
(1) 本件は,平成9年4月13日に行われた強盗殺人の事案であり,本件行為時から15年以上経過後の平成25年2月22日に起訴された。これは,本件が,「刑法等の一部を改正する法律」(平成16年法律第156号。平成17年1月1日施行。以下「平成16年改正法」という。)施行前に犯した「人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもの」に該当し,公訴時効を廃止するなどした「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」(平成22年法律第26号。平成22年4月27日施行。以下「本法」という。)施行の際には,平成16年改正法附則3条2項により同法による改正前の刑訴法250条が適用された場合の公訴時効期間15年が未だ経過しておらず,その公訴時効が完成していないから,本法附則3条2項により,本法による改正後の刑訴法250条1項が適用され,公訴時効の対象とならない罪に当たるとされたことによる。
(2) 所論は,本法附則3条2項は,本法施行前に行われた罪であっても,本法施行の際その公訴時効が完成していないものについて,本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとしている点において,遡及処罰を禁止した憲法39条及び適正手続を保障した憲法31条に違反すると主張する。
(3) そこで検討すると,公訴時効制度の趣旨は,時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある。本法は,その趣旨を実現するため,人を死亡させた罪であって,死刑に当たるものについて公訴時効を廃止し,懲役又は禁錮の刑に当たるものについて公訴時効期間を延長したにすぎず,行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない。そして,本法附則3条2項は,本法施行の際公訴時効が完成していない罪について本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとしたものであるから,被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない。
したがって,刑訴法を改正して公訴時効を廃止又は公訴時効期間を延長した本法の適用範囲に関する経過措置として,平成16年改正法附則3条2項の規定にかかわらず,同法施行前に犯した人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもので,本法施行の際その公訴時効が完成していないものについて,本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとした本法附則3条2項は,憲法39条,31条に違反せず,それらの趣旨に反するとも認められない。このように解すべきことは,当裁判所の判例(最高裁昭和……25年4月26日大法廷判決・刑集4巻4号700頁,最高裁昭和……30年6月1日大法廷判決・刑集9巻7号1103頁)の趣旨に徴して明らかであるから,所論は理由がない。
2 その余の上告趣意について
同弁護人のその余の上告趣意は,量刑に関する事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
3 よって,刑訴法408条,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」
5 解説(判例タイムズ1440号126頁)
「1 本件は,平成9年4月13日に行われた強盗殺人の事案であり,「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」(平成22年法律第26号。以下「本法」という。)附則3条2項の合憲性が問題とされた事案である。本件犯罪行為時の刑訴法250条では,強盗殺人罪の公訴時効は15年とされていたが,行為時から15年以上経過した後の平成25年2月22日に本件起訴がされている。これは,本件犯罪行為後の平成22年4月27日,強盗殺人罪等の公訴時効を廃止するなどした本法が施行され,本法附則3条2項は,本法施行の際その公訴時効が完成していないものについても,本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとしているところ,本件強盗殺人の公訴時効は,平成22年4月27日時点では完成していなかったため,本件に対して,本法による改正後の刑訴法が適用されたことによるものである。そこで,本法附則3条2項が,遡及処罰を禁止した憲法39条等に違反するのではないかが問題とされることとなった。
2 憲法39条の規定の趣旨が刑事手続規定にまで及ぶかについては,①同条は刑事手続規定を対象とするものではないとする説,②一定の刑事手続規定について,同条が適用され,あるいは,その趣旨が及ぶとする説,③同条は刑事手続規定をも対象としているとする説に分かれているが,判例が③説をとっていないことは明らかであり(最大判昭和25年4月26日・刑集4巻4号700頁),③説以外の立場からすれば,公訴時効制度とその変更をどのような趣旨のものとして捉えるかが,憲法39条との関係を考える上でのポイントになるものと思われる。そして,公訴時効制度を被告人に不利益に変更する新法を,新法施行時に現に公訴時効が進行中の事件に適用することと憲法との関係についての学説は,①新法適用は憲法39条,31条に抵触しないとする見解(酒巻匡・刑事訴訟法243頁。立法担当者の説明として,吉田雅之「『刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律』の概要」ジュリスト1404号49頁,内藤惣一郎・馬場嘉郎「『刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律』について」警察学論集63巻7号65頁参照),②新法適用は憲法39条,あるいは,同条の類推適用によって禁止されるべきであるとする見解(内藤謙・刑法講義総論上31頁,小池信太郎「人を死亡させた罪の公訴時効の廃止・延長と遡及処罰禁止の妥当範囲」刑事法ジャーナル26号25頁),③新法適用は憲法31条に反するとの見解(西田典之・刑法総論第2版51頁)等に分かれていた。
3 公訴時効制度の存在理由は,①時の経過により,刑罰を加える必要性が減少又は消滅するという実体法上の理由,②時の経過により,証拠が散逸し適正な裁判の実現が困難になるという訴訟法上の理由,③事実状態の尊重(犯人をいつまでも不安定な状態に置くべきではなく,また,被疑者・被告人となり得る国民を訴追の可能性から解放し,その地位の安定を図るべきとの理由),④捜査機関及び裁判所の負担を軽減するという政策的観点上の理由等が指摘されている。これらは,いずれも,時の経過に伴って生じる変化に応じて法的安定性を図ることにあるが,公訴時効によって訴追可能性が消滅すれば,処罰に値する犯罪人が罪を免れるという望ましくない効果もあるため,公訴時効制度をどのように定めるかは,これらの利益と損失の比較衡量(=処罰の必要性と法的安定性の調和)によって定められるべき事柄として,総合的判断に基づく立法政策に委ねられていると解される(松尾浩也・刑事訴訟の原理106頁,大澤裕「人を死亡させた罪の公訴時効の改正」ジュリスト1404号58頁,河上和雄ほか編・大コンメンタール刑事訴訟法第2版第5巻〔吉田博視〕110頁,川出敏裕「判例講座 刑事訴訟法〔公訴・公判篇〕第1講 公訴の提起」刑事法ジャーナル51号60頁等)。本判決が,「公訴時効制度の趣旨は,時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある」と判示しているのは,我が国における公訴時効制度の趣旨と位置づけを確認し,訴訟法規として定められた公訴時効制度を改正する本法の適用範囲を定めた本法附則3条2項が,実体法規の事後法を禁じた憲法39条に直接的に違反するものではないことを示したものと思われる。
次に,憲法39条の趣旨,適正手続を保障する憲法31条やその趣旨まで含めて考えた場合には,更に検討を要するが,公訴時効を廃止又は時効期間を延長することは,訴追可能期間の時的限界を変更するものに過ぎず,行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではなく,公訴時効を廃止又は時効期間を延長することは,行為者が自らの行為を選択する際に予測していた可罰性の評価自体に変更を生じさせるものとはいえず,憲法39条が実体法規の事後法を禁じた主たる趣旨は,国民の予測可能性の保護であると解されるところ,行為時に定められていた期間で公訴時効が完成するという行為者の予測は,憲法上の保護に値するものとはいい難い。したがって,現に公訴時効が進行中の事件に対して,公訴時効を廃止するなどする新法を適用することについては,憲法の各規定の趣旨を踏まえても,憲法上の問題が生じるとはいえないであろう。本判決が,合憲性の結論を導く理由として「本法は,その趣旨を実現するため,人を死亡させた罪であって,死刑に当たるものについて公訴時効を廃止し,懲役又は禁錮の刑に当たるものについて公訴時効期間を延長したにすぎず,行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない」ことを挙げているのは,このような点を考慮したものと思われる。
4 もっとも,公訴時効完成後の事件に対してまで公訴時効制度を廃止するなどする新法を適用することについては,従来から,多くの学説において,否定的見解が示されてきたところであり(平野龍一・刑法総論Ⅰ・69頁,福田平・全訂刑法総論第5版42頁等),現に,本法附則3条1項は,公訴時効完成後の事件に対しては本法を適用しないものとしている。公訴時効完成後の事件に新法を適用することには,①公訴権,ひいては刑罰権を事後的に復活させるものとして,実体法上の刑罰権との関係が問題となり得ること,②公訴時効完成によって,捜査・公判に応じる負担からいったん完全に解放されたにもかかわらず,新法によって,これが覆されるとすれば,被疑者・被告人となり得る者の法律上の地位を著しく不安定にするものである可能性が高いこと,③国家の側が一度放棄した公訴権(ないし刑罰権)を復活させることには,禁反言的な側面があり,処罰の公正さに疑念を生じさせかねないこと等の問題点が指摘できる。これらが,立法政策上の当否の問題にとどまるのか,憲法39条の趣旨,あるいは憲法31条及びその趣旨との関係において問題とされるべき事柄なのかに関する議論は,未だ十分に熟していないように思われ,本判決も,公訴時効完成後の事件に対する新法適用の可否に関して言及しているものではない。ただし,本判決は,「被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にする」場合について,憲法39条の趣旨あるいは憲法31条及びその趣旨との関係において問題があるとされ得る余地を残しており,その点は,今後の議論に委ねられたものといえよう。
5 本判決は,公訴時効制度の改正に伴う,新法の適用範囲と憲法との関係について初めての最高裁判断を示したものであって,重要な意義を有するものと思われる。」
6 関連する判例(最高裁令和2年3月10日刑集74巻3号303頁)
⑴概要
この判例は、「強制わいせつ罪等を非親告罪とした「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号)の経過措置として,同法により非親告罪とされた罪であって同法の施行前に犯したものについて,同法の施行の際既に法律上告訴がされることがなくなっているものを除き,同法の施行後は,告訴がなくても公訴を提起することができるとした同法附則2条2項は,憲法39条及びその趣旨に反しない。」としました。
⑵ 判旨
「1 弁護人奥村徹の上告趣意のうち,「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号。以下「本法」という。)附則2条2項の規定違憲をいう点について
所論は,本法附則2条2項は,本法による改正前の刑法において親告罪とされていた強制わいせつ罪等の罪であって本法の施行前に犯したものについて,本法の施行後は,告訴がなくても公訴を提起することができるとしている点において,遡及処罰を禁止した憲法39条に違反すると主張する。
しかしながら,親告罪は,一定の犯罪について,犯人の訴追・処罰に関する被害者意思の尊重の観点から,告訴を公訴提起の要件としたものであり,親告罪であった犯罪を非親告罪とする本法は,行為時点における当該行為の違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない。
そして,本法附則2条2項は,本法の施行の際既に法律上告訴がされることがなくなっているものを除き,本法の施行前の行為についても非親告罪として扱うこととしたものであり,被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない。
したがって,刑法を改正して強制わいせつ罪等を非親告罪とした本法の経過措置として,本法により非親告罪とされた罪であって本法の施行前に犯したものについて,本法の施行の際既に法律上告訴がされることがなくなっているものを除き,本法の施行後は,告訴がなくても公訴を提起することができるとした本法附則2条2項は,憲法39条に違反せず,その趣旨に反するとも認められない。このように解すべきことは,当裁判所の判例(最高裁昭和23年(れ)第2124号同25年4月26日大法廷判決・刑集4巻4号700頁,最高裁昭和29年(あ)第215号同30年6月1日大法廷判決・刑集9巻7号1103頁)の趣旨に徴して明らかであるから,所論は理由がない。
2 その余の上告趣意について
弁護人奥村徹のその余の上告趣意のうち,本法による改正前の刑法176条の規定違憲をいう点は,同条にいう「わいせつな行為」の概念が不明確であるということはできないから,前提を欠き,その余は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反の主張であり,弁護人園田寿の上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
3 よって,刑訴法408条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」
⑶解説(判例タイムズ1496号97頁)
「1 本件は,強制わいせつ等の罪により第1審で有罪判決を受けた被告人が,強制わいせつ罪(以下「本件」という。)に関し,「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号。平成29年6月16日成立,同月23日公布,同年7月13日施行。以下「本法」という。)附則2条2項(以下「本規定」ということがある。)の憲法39条適合性を争った事案である。強制わいせつ罪は,従前,親告罪とされていたが,本法により強姦罪(強制性交等罪に改正)等他の性犯罪と共に非親告罪とされた。本規定は,経過措置として,本法により非親告罪化された罪であって本法施行前に犯したものについても,本法施行後は,本法施行の際既に法律上告訴がされることがなくなっているものを除き,非親告罪として扱うことを規定する(以下,便宜上,このような取扱いを「遡及的適用」などということがある。)。本件は,本法施行前の犯行であるが,本法施行後に起訴され,本規定により非親告罪として扱われることとなったため,本規定が,遡及処罰を禁止した憲法39条に違反するのではないかが問題となった。なお,本改正以前にも,親告罪を非親告罪化した先例は存在するが(輪姦的形態による強姦罪等を非親告罪化した刑法の一部を改正する法律〔昭和33年法律第107号〕等),いずれも改正法施行前の行為については従前の例によるとする経過規定が設けられており,非親告罪化を改正法施行前の行為にも適用することとしたのは本改正が初めてである。
2 親告罪とは,告訴がなければ公訴を提起することができないとされる犯罪をいい,いかなる罪を親告罪とするかは,刑法等の実体法に定められている。親告罪とされる根拠として,①被害者の名誉等の保護(性犯罪,名誉毀損罪,秘密漏示罪等),②犯罪の軽微性(器物損壊罪等),③家族関係の尊重(親族相盗例等)の3類型があるとされる(①,②の2類型で説明する見解もある。)。いずれの類型にも共通するのは,犯人の訴追・処罰に関する被害者等告訴権者の意思の尊重であり,これが親告罪制度の核心といえる。他方,被害者の名誉保護等の要請がある場合であっても,被害法益の大きさや罪質の重さに照らした処罰の必要性という公益上の要請が優先され,非親告罪とされている犯罪もある(旧法における強制わいせつ等致死傷罪,集団強姦等罪等)。ある犯罪を親告罪とするか否かは,当該犯罪の処罰の必要性と,当該犯罪における犯人の訴追・処罰に関する被害者意思の尊重の必要性・相当性を総合的に考慮し,政策的に決定されるものといえる。親告罪における告訴は,公訴提起の要件であり,告訴を欠いた親告罪が公訴提起された場合は,判決で公訴棄却される(刑訴法338条4号)。親告罪とされる犯罪につき,構成要件該当性,違法性,有責性を具備する行為が行われれば,犯罪は成立して刑罰権が発生し,親告罪における告訴は,公訴権の行使を制約するにすぎない。したがって,親告罪規定の性質は,手続法規であるとするのが一般的な理解である。
3 憲法39条前段は,事後法(又は遡及処罰)の禁止を定める。罪刑法定主義の一内容であり,その趣旨は,自由保障(刑罰をあらかじめ告知することにより,行為の可罰性の予測を可能とし,国民の行動の自由を確保する)にあるとされる。これに加え,処罰ないし刑罰権行使の公正さの確保という趣旨も含むとする見解もある。本条が,刑罰法規(実体法規)の遡及適用を禁止していることは明らかであるが,手続法規にも本条の保護が及ぶかについては,学説は,①肯定説,②否定説,③一定の場合(手続法の変更が被告人にとって著しく不利益に作用するような性質のものであるときなど)に肯定する説に分かれる。
手続法規と憲法39条の関係について判示した判例として,①最大判昭和25年4月26日刑集4巻4号700頁(上告理由の一部を事後的に制限した「日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律」13条2項の規定を適用してその制定前の行為を審判することは,憲法39条が規定する事後立法の禁止の法則の趣旨を類推すべき場合とは認められないとしたもの),②最大判昭和30年6月1日刑集9巻7号1103頁,判タ51号46頁(連合国人に対する公訴権及び裁判権の行使が制限されていた期間内に連合国人が犯した犯罪について,公訴権及び裁判権を回復した後に審判することは,事後立法を禁止した憲法39条に違反しないとしたもの),③最一小判平成27年12月3日刑集69巻8号815頁,判タ1440号126頁(公訴時効の廃止・期間の延長をした「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」〔平成22年法律第26号〕の経過措置として,同法施行の際公訴時効が完成していない罪についても改正後の規定を適用する旨を定めた同法附則3条2項の規定は,憲法39条,31条及びこれらの趣旨に反しないとしたもの)がある。これらの判例は,手続法規に対しては,憲法39条が直接的・原則的に適用されるものではないことを示す一方で,いずれも,手続法規の改正が被疑者等に与える不利益の内容・程度によっては,その遡及的適用が同条に抵触する場合があり得ることを示唆ないし留保する表現を説示の中で用いており,学説でいう③説に立っていることがうかがわれる。同条に抵触し得る不利益の内容・程度は必ずしも明らかではないが,同条の趣旨や前記各判例の説示等に照らすと,手続法規の改正内容に照らし,これを遡及的に適用することが,行為の可罰性の予測可能性を害するものであったり,公訴権・刑罰権を事後的に新設ないし復活させて訴追・処罰が可能な状態に置くなど被疑者等の法的地位を著しく不安定にするものである場合は,同条(ないし憲法31条)との関係で問題が生じ得るとの考えに立っているのではないかと解される。
4 本判決は,非親告罪化の遡及的適用を規定する本規定は,憲法39条及びその趣旨に違反しないことを判示した。その理由として,まず,「親告罪は,一定の犯罪について,…告訴を公訴提起の要件としたもの」であると説示し,親告罪規定が手続法規であることを指摘している。次に,親告罪は,「犯人の訴追・処罰に関する被害者意思の尊重の観点」から,告訴を公訴提起の要件としたものであり,「親告罪であった犯罪を非親告罪とする本法は,行為時点における当該行為の違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない。」と説示する。これは,告訴の有無は,行為の違法性及び責任の有無・程度を左右するものではなく,親告罪の非親告罪化それ自体は,行為者が行為時に予測していた当該行為の違法性の評価や責任の重さ(刑罰の存否及びその重さ)に変更を生じさせるものではないことを指摘し,親告罪の非親告罪化は,憲法39条の趣旨である自由保障機能(行為の可罰性の予測可能性)を害しないものであることを示す趣旨であると解される。さらに,「本法附則2条2項は,本法の施行の際既に法律上告訴がされることがなくなっているものを除き,本法の施行前の行為についても非親告罪として扱うこととしたものであり,被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない。」と説示し,本規定が,本法施行時に法律上告訴の可能性がある行為について非親告罪化の遡及的適用を認めるものであることを合憲判断の根拠の一つとしている。本法施行時に法律上告訴の可能性が消滅していた行為については,訴追・処罰される可能性はないとの法的地位を当時の法制度の下で一旦確定的に得たといえるのに,法改正により事後的にこれを覆され得るとすれば,上記地位に基づいて形成された法律上・事実上の状態がいつ何時覆されるか予測できないことになり,その法的地位は著しく不安定となるといえるように思われる。また,事後立法による国家の恣意的な公訴権・刑罰権の行使という観点からも問題となり得る。そうすると,憲法39条の趣旨に自由保障のみならず刑罰権行使の公正さの確保も含まれるとの見解に立てば,本法施行時に法律上告訴の可能性が消滅していた行為について非親告罪化を遡及的に適用することは,同条との関係で問題となり得よう。本判決は,除外事由を設けている本規定は,上記のような問題が生じないものとして,合憲判断をしたものと解され,除外事由を設けない場合の合憲性について直接言及するものではないが,後者の場合について,憲法上の問題が生じ得るとの解釈の余地を残したものといえる。
このように,本判決は,従来の判例の考え方や判断枠組みに従い,親告罪の非親告罪化は手続法規の改正であり,①行為時点における当該行為の違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない(可罰性に関する予測可能性を害するものではない)こと,②被疑者等の法的地位を著しく不安定にするようなものではないことを理由として本規定の憲法39条適合性を導いている。以上のような考慮は,公訴時効の改正の場合と共通することから(馬渡香津子・最高裁判所判例解説刑事篇平成27年度291頁以下参照),本判決は,判例③の判断枠組み及び説示に沿ったものと解される。
5 本判決は,非親告罪化の遡及的適用の憲法39条適合性について初めて判断を示したものであり,手続法規の改正と同条の関係について新たな判断を加えるものとして意義のあるものと思われる。」

