最高裁昭和63年2月29日刑集42巻2号314頁・刑訴百選【11版】43事件(胎児性障害及び公訴時効の起算点等)
1 はじめに
本判例の論点は5つあります。
①迅速な裁判の保障との関係で公訴提起の遅延がいまだ著しいとまでは認められないとされた事例
②胎児に病変を発生させ出生後死亡させた場合における業務上過失致死罪の成否
③刑訴法253条1項にいう「犯罪行為」の意義
④被害者が受傷後期間を経て死亡した場合における業務上過失致死罪の公訴時効
⑤結果の発生時期を異にする各業務上過失致死傷罪が観念的競合の関係にある場合の公訴時効
2 前提となる知識
⑴憲法37条1項
すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
⑵刑法
54条1項
一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。
211条
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。 重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
⑶刑訴法
250条
① 時効は、人を死亡させた罪であつて拘禁刑に当たるものについては、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
1 無期拘禁刑に当たる罪については30年
2 長期二十年の拘禁刑に当たる罪については20年
3 前2号に掲げる罪以外の罪については10年
② 時効は、人を死亡させた罪であつて拘禁刑以上の刑に当たるもの以外の罪については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
1 死刑に当たる罪については25年
2 無期拘禁刑に当たる罪については15年
3 長期十五年以上の拘禁刑に当たる罪については10年
4 長期十五年未満の拘禁刑に当たる罪については7年
5 長期十年未満の拘禁刑に当たる罪については5年
6 長期五年未満の拘禁刑又は罰金に当たる罪については3年
7 拘留又は科料に当たる罪については1年
253条
① 時効は、犯罪行為が終つた時から進行する。
② 共犯の場合には、最終の行為が終つた時から、すべての共犯に対して時効の期間を起算する。
3 問題の所在
刑法上の論点として胎児性障害、刑訴法上の論点として迅速な裁判に本件は反するか、公訴時効の起算点等が問題となりました。本記事では公訴時効の起算点等に絞って解説するため、その点に関する問題の所在を示します。
本判例では、業務上過失致死罪において、受傷後長期間を経て死亡結果が発生した場合の公訴時効の起算点,および観念的競合犯の時効の算定方法が問題となりました。それに対し、本判例は、①刑訴法253条1項にいう「犯罪行為」には、刑法各本条所定の結果も含まれる、②業務上過失致死罪の公訴時効は、②被害者の受傷から死亡までの間に業務上過失傷害罪の公訴時効期間が経過したか否かにかかわらず、その死亡の時点から進行する、③結果の発生時期を異にする各業務上過失致死傷罪が観念的競合の関係にある場合につき公訴時効完成の有無を判定するに当たつては、その全部を一体として観察すべきであり、最終の結果が生じたときから起算して同罪の公訴時効期間が経過していない以上、その全体について公訴時効は未完成であると判断しました。
4 判旨
「一 弁護人福原忠男の上告趣意のうち、憲法31条、39条後段違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、憲法37条1項違反をいう点は、本件公訴提起が事件発生から相当の長年月を経過した後になされていることは所論指摘のとおりであるが、本件が複雑な過程を経て発生した未曾有の公害事犯であつて、事案の解明に格別の困難があつたこと等の特殊事情に照らすと、いまだ公訴提起の遅延が著しいとまでは認められないから、前提を欠き、判例違反をいう点は、原判決が所論のいうような格別の法律判断を示した趣旨であるとは認められないから、前提を欠き、適法な上告理由に当たらない。
弁護人大江兵馬の上告趣意は、憲法31条違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由に当たらない。
弁護人齋藤和雄の上告趣意のうち、憲法三九条後段違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、憲法37条1項違反をいう点が前提を欠くものであることは、前示のとおりであり、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由に当たらない。
弁護人水上益雄の上告趣意のうち、憲法37条1項違反をいう点が前提を欠くものであることは、前示のとおりであり、判例違反をいう点は、被告人にとつて不利益な主張であり、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由に当たらない。
弁護人加嶋昭男、同斎藤宏、同水上益雄連名の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由に当たらない。
二 以下、所論にかんがみ、職権をもつて検討する。
1 上村耕作を被害者とする業務上過失致死罪の成否について
一、二審判決の認定によれば、被告人らが業務上の過失により有毒なメチル水銀を含む工場廃水を工場外に排出していたところ、被害者の一人とされている上村耕作は、出生に先立つ胎児段階において、母親が右メチル水銀によつて汚染された魚介類を摂食したため、胎内で右メチル水銀の影響を受けて脳の形成に異常を来し、その後、出生はしたものの、健全な成育を妨げられた上、12歳9か月にしていわゆる水俣病に起因する栄養失調・脱水症により死亡したというのである。ところで、弁護人大江兵馬の所論は、右のとおり上村耕作に病変の発生した時期が出生前の胎児段階であつた点をとらえ、出生して人となつた後の同人に対する関係においては業務上過失致死傷罪は成立しない旨主張する。しかし、現行刑法上、胎児は、堕胎の罪において独立の行為客体として特別に規定されている場合を除き、母体の一部を構成するものと取り扱われていると解されるから、業務上過失致死罪の成否を論ずるに当たつては、胎児に病変を発生させることは、人である母体の一部に対するものとして、人に病変を発生させることにほかならない。そして、胎児が出生し人となつた後、右病変に起因して死亡するに至つた場合は、結局、人に病変を発生させて人に死の結果をもたらしたことに帰するから、病変の発生時において客体が人であることを要するとの立場を採ると否とにかかわらず、同罪が成立するものと解するのが相当である。したがつて、本件においても、前記事実関係のもとでは、上村耕作を被害者とする業務上過失致死罪が成立するというべきであるから、これを肯定した原判断は、その結論において正当である。
2 公訴時効完成の有無について
一、二審判決の認定によれば、上村耕作の出生は昭和三五年八月二八日であり、その死亡は昭和48年6月10日であつて、出生から死亡までの間に12年9か月という長年月が経過している。しかし、公訴時効の起算点に関する刑訴法253条1項にいう「犯罪行為」とは、刑法各本条所定の結果をも含む趣旨と解するのが相当であるから、上村耕作を被害者とする業務上過失致死罪の公訴時効は、当該犯罪の終了時である同人死亡の時点から進行を開始するのであつて、出生時に同人を被害者とする業務上過失傷害罪が成立したか否か、そして、その後同罪の公訴時効期間が経過したか否かは、前記業務上過失致死罪の公訴時効完成の有無を判定するに当たつては、格別の意義を有しないものというべきである。したがつて、同人死亡の時点から起算して公訴時効期間が満了する前の昭和51年5月4日に公訴が提起されている前記業務上過失致死罪につき、その公訴時効の完成を否定した原判断の結論は、正当である。
次に、本件公訴事実によれば、本件における各死傷の結果発生の時期は、それぞれ昭和34年7月(中村末義死亡)、同年9月(緒方ひとみ傷害)、同年11月(緒方福松、篠原保各死亡)、同年12月(船場藤吉死亡)、昭和46年12月(船場岩蔵死亡)、昭和48年6月(上村耕作死亡)であつて、相当の時間的な広がりがあつたものとされてはいるが、一、二審判決の認定によれば、これらの結果は、昭和33年9月初旬から昭和35年6月末ころまでの間に行われた継続的な一個の過失行為によつて引き起こされたというのである。以上の前提のもとにおいて、原判決は、各罪が観念的競合の関係にある場合において、一つの罪の公訴時効期間内に他の罪の結果が発生するときは、時効的連鎖があるものとし、これらを一体的に観察して公訴時効完成の有無を判定すべきであるが、時効的連鎖が認められないときは、それぞれを分割して各別に公訴時効完成の有無を判定すべきであるとの解釈を示した上、個別的にみて公訴時効が完成していない上村耕作を被害者とする業務上過失致死罪との間で時効的連鎖が認められるのは、船場岩蔵を被害者とする業務上過失致死罪のみであり、右二名を被害者とする各業務上過失致死罪とその余の五名を被害者とする各業務上過失致死傷罪との間には、時効的連鎖が存在しないとして、後者につき公訴時効の完成を肯定する判断を示しているのである。しかし、前記前提のもとにおいても、観念的競合の関係にある各罪の公訴時効完成の有無を判定するに当たつては、その全部を一体として観察すべきものと解するのが相当であるから(最高裁昭和……41年4月21日第1小法廷判決・刑集20巻4号275頁参照)、上村耕作の死亡時から起算して業務上過失致死罪の公訴時効期間が経過していない以上、本件各業務上過失致死傷罪の全体について、その公訴時効はいまだ完成していないものというべきである。したがつて、原判決が上村耕作及び船場岩蔵を被害者とする各業務上過失致死罪について公訴時効の完成を否定した点は、その結論において正当であり、他方、右二名以外の5名を被害者とする各業務上過失致死傷罪について公訴時効の完成を肯定した点は、法令の解釈適用を誤つたものであるが、その部分については、第一審判決の理由中において公訴時効完成による免訴の判断が示され、同判決に対しては検察官による控訴の申立がなかつたものであつて、右部分は、原審当時既に当事者間においては攻防の対象からはずされていたものとみることができるから(最高裁昭和……46年3月24日大法廷決定・刑集25巻2号293頁、同昭和……47年3月9日第1小法廷判決・刑集26巻2号102頁参照)、結局、原判決の右誤りは、判決に影響を及ぼさない。
三 よつて、刑訴法414条、386条1項3号により、主文のとおり決定する。」
5 解説(判例タイムズ661号59頁)
「一、本件は、水俣病という複雑な公害事件を対象としている上、水俣病の発生から長期間を経た後に公訴が提起されたという経緯もあり、内容・手続ともに極めて特異な事案である。
このため、その審理においては、従前議論されることのなかった数々の新しい問題が深刻な争点となった。
主要な論点としては、「遅れた公訴提起」「胎児性致死」「公訴時効」「過失」「因果関係」などを挙げることができるであろう。
今回の上告審決定は、右のうち、「遅れた公訴提起」の違憲主張を不適法処理するとともに、「胎児性致死」と「公訴時効」について、職権判断を示したものである。
二、本件で問題となる事実関係は、一、二審判決によれば、次のとおりである。
被告人甲は、昭和33年から昭和39年までの間、化学製品の製造等を業とする新日本窒素肥料株式会社の代表取締役社長の職にあったもの、被告人乙は、昭和32年から昭和35年までの間、同社水俣工場の工場長の職にあったものであって、ともに同工場の業務全般を統轄し、操業及びこれに伴う危害発生防止等の業務に従事していた。
同工場においては、かねてから各種の工場廃水を水俣湾に排出していたが、やがて同湾の魚介類を摂食していた周辺住民の間に原因不明の疾病が多発し、昭和31年5月にはいわゆる水俣病として問題化した。
水俣病の主な症状は、しびれ、ふるえ、運動障害などであるが、症状が重い場合には死に至ることも多く、昭和33年7月の時点において、患者64名、うち死亡21名を数えるまでの事態となった。
そして、水俣病の原因に関しては、昭和33年7月までの段階において、厚生省公衆衛生局長作成の関係機関あて文書などによって、水俣病と同工場廃水との関連が指摘されており、被告人らとしては、その時点で、同工場廃水が水俣病の原因毒物を含有している旨認識し得る状態にあった。
したがって、被告人らは、水俣病の被害が甚大であることにかんがみ、遅くとも同月以降、その安全が確認されるまでは、水俣湾に排出していた廃水を水俣川河口海域(水俣湾海域とは多少離れている。)に排出しない措置を講ずべき業務上の注意義務があった。しかし、被告人らは、これを怠り、漫然、昭和33年9月から昭和35年6月ころまでの間、継続的に同工場のアセトアルデヒド製造工程において副生した塩化メチル水銀を含有する廃水を水俣川河口海域に排出した過失により、同海域の魚介類を右塩化メチル水銀によって汚染し、よって、これらの魚介類を摂食するなどしたABCDEFGの7名を水俣病に罹患させて死傷に致した。
但し、BとGは、汚染された魚介類を自ら摂食したわけではなく、胎児時代に母親が右魚介類を摂食したため、母親の胎内において塩化メチル水銀の影響を受け、その後出生したいわゆる胎児性水俣病患者であった。
また、B以外の6名は、いずれも死亡しているが、Bは、障害を残しながらも存命している。
訴訟経過を見ると、一審判決は、ほぼ公訴事実どおりの事実を認定したが、観念的競合の関係にある罪の公訴時効につきいわゆる時効的連鎖説を採用し、被害者7名中5名の関係では理由中で免訴の判断を示し、その余の2名の関係についてのみ有罪とした(各禁錮2年・執行猶予3年)。
この一審判決に対し、各被告人は控訴したが、検察官は控訴しなかった。
しかし、二審判決も、基本的に一審判決の判断を是認し、被告人らの控訴を棄却したので、各被告人がこの二審判決を不服として、本件上告に及んでいたものである。
以下、本決定の主な内容を紹介する。
三、決定要旨一は、「遅れた公訴提起」の問題につき、水俣病刑事事件の特殊性を考慮し、公訴提起の遅延が著しいとまでは認められないとして、憲法解釈の内容には立ち入ることなく、前提問題で憲法37条1項違反の主張を排斥したものである。
公判段階の遅延に関するものであるが、前提問題で所論が排斥された同様の先例としては、大須事件決定(最2小決昭53・9・4刑集32巻6号1077頁、本誌369号137頁)などがある。
なお、憲法37条1項は、迅速な裁判を「被告人しの権利としてとらえている。
右規定が迅速な裁判の権利を捜査段階の「被疑者」に対しても保障する趣旨か否かは、その文言からは必ずしも明確ではないが、伊藤裁判官の補足意見は、迅速な裁判の保障が捜査段階の被疑者にも全面的に及ぶとする解釈を明言しており、注目されよう。
四、決定要旨二は、「胎児性致死」の問題に関するものであり、本決定は、判断の第1段階において、母体傷害説を肯定した(宮本英脩「刑法大綱各論」293、297頁など)。
胎児を母体の一部と見ることに対しては、胎児が医学的・生物学的に母体とは別個の存在であり、刑法が胎児保護のために別途堕胎罪の規定を設けていることなどを理由として、疑問を呈する見解もあったが、本決定があえて古典的な母体傷害説を判断の基礎に置くこととした1点は、興味深いものがあると言えよう。
その上で、本決定は、判断の第2段階において、従前における議論の過程では見られなかった新たな見解を示し、「胎児が出生し人となった後、右病変に起因して死亡するに至った場合は、結局、人に病変を発生させて人に死の結果をもたらしたことに帰するから、病変の発生時において客体が人であることを要するとの立場を採ると否とにかかわらず、同罪が成立するものと解するのが相当である。」と説示している。右説示は、業務上過失致死罪が成立するためには侵害作用の及んだ客体が「人」であることを要するか否かという作用必要説と作用不問説の対立を念頭に置きながらも、母体傷害説を前提にしてみれば、「侵害作用の及んだ客体」は母体という「人」であって、作用必要説の要請もそれなりに満たされている場合であったところから、右両説の当否につき判断を示す必要を認めなかったものと見られる。
そして、侵害作用の及んだ客体(母親)と結果の生じた客体(子)とがともに「人」であって、業務上過失致死罪の行為客体としての要件を満たしている点に着目し、出生した子に対する業務上過失致死罪の成立を肯定したのであろう。
刑法211条前段の業務上過失致死罪にいう「人」をある程度抽象化し、母親と子の差異を捨象して構成要件該当性を肯定する点は、錯誤論における法定的符合説を想起させるものがある。
もとより、錯誤論における法定的符合説は、「認識」と「事実」の齟齬を取り扱うものであるのに対し、本件は、「事実」の内部における「侵害作用の及んだ客体」と「結果の生じた客体」の齟齬を取り扱うものであって、両者は、同じものではない、しかし、本決定の立場は、錯誤論における法定的符合説の背後にある刑法の基本理念と深いところでかかわり合っているのではないかと思われる。
その意味で、本決定の立場を仮に「母体傷害・法定符合説」と呼ぶことができるであろう。
また、右母体傷害・法定符合説は、懐胎中の母親と出生した子との連続性を重視しているものと思われる。
この点に即して比喩的に言えば、出産は、懐胎中の母親という1つの個体が母親と子という2つの個体に分裂する場合であるということになろう。
そうすると、胎児性致死の問題は、懐胎中の母親という1つの個体が侵害作用を受けた後、2つの個体に分裂し、そのうちの1つである子に死亡の結果が生じた場合ということになるわけであり、死亡した子に対する業務上過失致死罪が成立することは、いわば当然のことになるであろう。
母体傷害・法定符合説のこのような側面を強調すれば、本決定の立場を「個体分裂説」というように呼ぶこともできるであろう。
本決定の理論的な立場については、長島裁判官の詳細な補足意見が付せられており、比較的簡潔な法廷意見を補うものとして、参考になる点が多いものと思われる。
また、同補足意見は、作用不問説の正当性にも併せて言及している。
なお、本件の上告審で検討の対象となったのは、出生後の人が死亡した場合であり、人の死という結果発生の面では全く問題がなかった。
このため、胎児段階で病変が固定し障害を残した状態で人が出生した場合、果たして人に傷害の結果が発生したと言えるか否かについては、本決定は、触れていない(積極説として藤木英雄「胎児に対する加害行為と傷害の罪」ジュリスト652号72、82頁など、消極説として平野龍一「刑法における『出生』と『死亡』(一)」警察研究51巻8号3、10頁など)。
この点は、今後に残された課題であると言えよう。
胎児性致死傷の問題を巡る文献としては、藤木・前掲、板倉宏「『胎児』に対する加害行為と『人』に対する傷害」本誌375号18頁など、中谷瑾子「胎児に対する加害と過失致死傷罪の成否」法学研究53巻12号91頁など、土本武司「公訴時効・胎児性致死傷」警察学論集32巻9号129頁など、金澤文雄「いわゆる胎児性致死傷について」廣島法学10巻4号27頁、斉藤誠二「胎児の傷害と傷害罪」ジュリスト690号52頁などが詳細である。
五、「公訴時効」の関係では、3点を判示している。
まず、決定要旨三については、近時は格別の異論もないようであり、問題のないところであろう。
ただ、従前上告審の判例が存在しなかったため、今回確認的な判示がなされたものと思われる。
次に、決定要旨四について見ると、確かに胎児性水俣病患者であるGは、出生~死亡間に12年余りの時間的経過がある。
仮に、出生時にGを被害者とする業務上過失傷害罪が成立するものとすれば、同罪の公訴時効期間は経過していることになる。
そこで、このことが同じGを被害者とする業務上過失致死罪の公訴時効に何らかの影響を及ぼすか否かが問題となったわけであるが、本決定は、これを否定した。
Gを被害者とする業務上過失傷害罪につき免訴の確定判決を経由していない以上、やむを得ないものと言うべきであろう。
また、決定要旨五は、観念的競合の公訴時効に関する「一体説」と呼ばれる見解であり、既に判例(最1小判昭41・4・21刑集20巻4号275頁、本誌191号148頁)によって採用されていたところであるが、右判例は、買収と事前運動の両罪が観念的競合の関係にある公職選挙法違反事件に関するものであり、公訴時効の起算点は両罪とも同じであるが、公訴時効期間に長短があったため、個別的に見ると、両罪の公訴時効完成時にずれを生ずる場合であった。
これに対し、本件は、個別的に見ると、公訴時効の起算点である結果自体にずれがあり、他方、各罪の公訴時効期間は同一という場合であって、やや様相を異にしていた。
観念的競合の公訴時効については、学説上は、各罪ごとに別途公訴時効を算定する「個別説」が強い(平野龍一「刑事訴訟法」154頁、松尾浩也「公訴の時効」刑事訴訟法講座1・198頁、高田卓爾「観念的競合の公訴時効」判例評論95号34頁など)。
他方、本件の一、二審判決は、「時効的連鎖説」を採用し、先行する罪の公訴時効完成前に後行する罪の結果が発生したときは、時効が中断し、逆に、先行する罪の公訴時効完成後に後行する罪の結果が発生したときは、先に完成した時効はそのまま確定するものとした。
この見解は、一体説と個別説の折衷的な見解であって、判例も、牽連犯の関係ではこの時効的連鎖説を採用している(大判大12・12・5刑集2巻12号922頁、最3小判昭47・5・30民集26巻4号826頁、本誌285号154頁参照)。
しかし、本決定は、本件事実関係のもとにおいても、一体説を踏襲することを明言した。
時効的連鎖説は、一、二審判決が本件事実関係の特殊性を踏まえて採用したものであったが、これが排斥されている点は、観念的競合の場合に関する一体説が揺るぎない基盤を有することを示したものとして、注目に値するであろう。
六、水俣病刑事事件は、はなはだ特異な事案であり、それだけに刑法や刑訴法の基本的な理解に再検討を迫るような点が少なくなかった。
本件が色々な意味で屈指の難事件と見られてきたのは、決して理由のないことではないであろう。
水俣病の発見から32年、公訴提起から12年を経て示された本決定の判断は、今後の実務及び理論にとって、さまざまな点で重要な先例的価値を有するものと思われる。」

