大阪高裁昭和57年9月27日判例タイムズ481号146頁・刑訴百選【11版】41事件(起訴状における余事記載)



1 はじめに

 本裁判例は、傷害事件の起訴状冒頭の「被告人は暴力団の若頭補佐であるが」との記載が刑事訴訟法256条6項に違反しないとされた事例です。

2 前提となる知識

刑訴法256条
① 公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
② 起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
1 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項
2 公訴事実
3 罪名
③ 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
④ 罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。
⑤ 数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる。
⑥ 起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。

3 問題の所在(刑訴百選【11版】41事件解説1・2)

 「余事記載については条文上.明確に規定されてはいない。しかし余事記載が添付・引用と内容的に大差ないものであればその形式に拘泥する必然性もない。また一方で余事記載の内容が予断を生じさせるほどのものではない程度も,当然にあり得る。そこで,予断を生じさせる添付・引用に準ずる余事記載は256条6項違反となり,そこまていかなくとも,争点を混乱させる等の余事記載は256条2項3項違反となり,削除(補正)で足りると解されている。
 一方起訴状には「被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項」「公訴事実」「罪名」を記載し(刑訴256条2項),公訴事実は訴因を明示して「できる限り日時場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定」しなければならない(刑訴256条3項)。それゆえ,予断排除の要請と訴因特定の要請との調和が,ここに問題となる
 かねてから,実際余事記載の削除ないし裁判所の価視で足りる場合がほとんどであって,余事記載が争われるのは256条6項違反が多いとされた(飯田喜信・本百選〈第6版〉74頁)。そして256条6項違反となるのは,条文に従えば①予断を与える虞があるものか否かが重要な基準となる。ところが,②訴囚の特定に必要かが,判例では重要な理由付けとされたと指摘されてきた(松代剛枝・本百選〈第7版〉89頁)。」

 刑訴法256条6項に「違反する場合,情報に接した以上それを打ち消すことができないため,性質上冶癒することができない重大な瑕疵がある。そのため,補正では足りず公訴提起は無効となる。その場合、裁判所は公訴棄却の判決をする(刑訴338条4号)

4 判旨

 「論旨は、要するに、「本件起訴状の冒頭に『被告人金孝二は暴力団松本会系安藤組の若頭補佐であるが』と記載されているが、被告人が暴力団員であることは本件公訴事実である傷害罪の構成要件でもなく、またこれと密接不可分の関係にあるものでもない。かかる記載は本件訴因を明示するために必要なものとはいえないばかりか、かえって裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある記載であり、起訴状一本主義を定めた刑事訴訟法256条6項に違反し、本件公訴の提起も違法・無効である。これを看過して本件被告事件につき実体判決をなした原判決は刑事訴訟法378条2号にいう『不法に公訴を受理した』ときに該当するから、原判決を破棄したうえ、本件公訴を棄却する旨の判決をされたい。」というのである。
 なるほど、記録によると、所論のとおり、本件起訴状の公訴事実の冒頭には「被告人金孝二は暴力団松本会系安藤組の若頭補佐、被告人吉田松竹、……は同組の組員であるが」との記載のあることが明らかである。そこで所論にかんがみ、右記載の当否について検討するに、刑事訴訟法256条6項の規定が起訴状の中に裁判官をして事件の審理に先立ち当該被告人にとって不利な予断を生ぜしめる事実の引用を禁止していることは所論のとおりである。しかしながら、反面、同条3項は「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するにはできる限り日時、場所、方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」と規定する。そして、右の罪となるべき事実とは犯罪構成要件該当事実のみならず、共犯者があれば、その者との共謀の事実、態様をも含むと解すべきである。以上の観点に立ってみると、本件は被告人を含む共犯者3名が1通の起訴状で一括して公訴を提起せられた傷害被告事件であって、被告人が単独で本件傷害事件を惹起したとされる案件ではない。このような案件の場合には、起訴状の中になされた所論のような記載は、被告人と共犯者の関係を明らかにすることによつて共謀の態様を明示し、公訴事実を特定するためのものであるとも解せられ、いまだ刑事訴訟法256条6項の規定に違反するものとはみられない。従って、本件公訴の提起が違法、無効であるとはいえない。所論引用の昭和27年3月5日最高裁大法廷判決は起訴状に被告人の前科についての記載がある場合のものであり、本件とは前提を異にするものである。そうしてみると、本件公訴を受理し、本件被告事件について実体判決をなした原判決の手続には所論のような違法はない。論旨は理由がない。」

5 解説(判例タイムズ481号146頁)

 「刑訴法256条6項の「起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない」との規定は、いわゆる起訴状一本主義を定めたものである。
 その趣旨は、裁判官が白紙の状態で公判にのぞみ、公判審理において取調べられた証拠により被告人の罪責の有無、軽重を決しこれに基づき公正な判決をなすべきであるとの理念の達成を手続的にも確保しようとするものである。
 この趣旨からみると「裁判官に予断を生ぜしめる虞」とは、事件の実体審理に入る前に、裁判官に公訴事実の存在ありとの心証を形成させる虞れを意味すると解される(臼井滋夫・註釈刑事訴訟法2巻474頁)。
 本条が禁止しているのは、右のような虞のある「書類その他の物を添付」すること、又は「その内容を引用しすることであり、いわゆる余事記載について、本条が直接これを禁止したものであるか否かについては争いのあるところである(臼井・前掲481頁)。
 本件の場合には書類等の添付がなされてはいない。
 本件で問題とされた起訴状の記載(判文参照)が、右の「引用」にあたるのか「余事記載」にあたるのかはともかくとして(おそらく後者であろう)、いずれの場合にも本条3項による訴因の明示特定の要請と本項における予断排除の要請とが鋭く対立する場面があろう。
 「引用」の問題については、最高裁判例は、訴因の明示、特定の要請を優先させているとされる(臼井・前掲477頁、及び同書477~479頁に引用の判例参照)。
 一方いわゆる「余事記載」、特に、本件におけるような、被告人の悪性行についての摘示に関する裁判例の動向は必ずしも明確でないようであるが、罪となるべき事実―訴因の明示、特定にとって必要でない限り、これを避くべきであるとされる(臼井・前掲486頁)。
 本判決は、判文掲記の起訴状の記載が、本件は、被告人のほか2名の者による共犯者による傷害事件であり、被舌人を含む3名の共犯者に対して、一括して1通の起訴状により公訴が提起されたものであることを前提に、このような事件の場合には、起訴状における右の記載は「被告人と共犯者の関係を明らかにすることによつて共謀の態様を明示し、公訴事実を特定するためのものであるとも解せられ」るとして、未だ本項違反にあたらないとした。
検察官が本件起訴状において、被告人を暴力団の若頭補佐とし、他の被告人2名を組員として記載したのは、判示のように共謀共同正犯において主体的に犯行をリードしたのが被告人であつたとの事実を明らかにするためであつたとも解し得るところであり、その限りでは、右の記載は、共犯者間の力関係を明らかにしたものともいえよう(その意味で暴力団若頭―組員という表現は、会社重役―従業員という表現と同視し得ることとなろう)が、被告人が暴力団の有力幹部であることを起訴状冒頭に摘示することは、それなりのインパクトを裁判所の心証形成に与えることは否定し得ないところであり、本判示が、右の摘示が「未だ刑事訴訟法256条6項の規定に違反するものとはみられない」との慎重な表現をした趣旨も、これらの点を考慮したためであろうか。
 刑訴法256条6項の解釈、運用に関する一事例として実務上参考となると思われるので掲載する。」