最高裁大法廷平成15年4月23日刑集57巻4号467頁・刑訴百選【11版】40事件(横領後の横領及び一罪の一部起訴の可否等)
1 はじめに
①委託を受けて他人の不動産を占有する者がこれにほしいままに抵当権を設定してその旨の登記を了していた場合においてその後これについてほしいままに売却等の所有権移転行為を行いその旨の登記を了する行為と横領罪の成否、及び、②委託を受けて他人の不動産を占有する者がこれにほしいままに抵当権を設定してその旨の登記を了した後これについてほしいままに売却等の所有権移転行為を行いその旨の登記を了した場合において後行の所有権移転行為のみが横領罪として起訴されたときの審理方法が問題となりました。
2 前提となる知識
⑴刑法
252条
① 自己の占有する他人の物を横領した者は、5年以下の拘禁刑に処する。
②略
253条
業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の拘禁刑に処する。
⑵刑訴法256条
① 公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
② 起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
1 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項
2 公訴事実
3 罪名
③ 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
④ 罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。
⑤ 数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる。
⑥ 起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。
3 問題の所在
本判例は刑法上の論点として横領後の横領、刑訴法上の論点として一罪の一部起訴が訴追裁量に反しないかが問題となりました。本記事では主に後者について解説します。
4 判旨
「弁護人近藤節男,同園高明,同近藤義徳,同萩原浩太の上告趣意について
1 所論指摘の第1審判決判示第一,第二の各犯罪事実は,これらに対応する各訴因と同内容であり,その要旨は,「被告人は,宗教法人Aの責任役員であるところ,Aの代表役員らと共謀の上,(1) 平成4年4月30日,業務上占有するA所有の川崎市中原区小杉御殿町(地番略)の土地(以下「本件土地1」という。)を,B株式会社に対し代金1億0324万円で売却し,同日,その所有権移転登記手続を了して横領し,(2) 同年9月24日,業務上占有するA所有の同区小杉町(地番略)の土地(以下「本件土地2」という。)を,株式会社Cに対し代金1500万円で売却し,同年10月6日,その所有権移転登記手続を了して横領した。」というものである。
2 原判決の認定によれば,上記各売却に先立ち,被告人は,各土地に次のとおり抵当権を設定していた。すなわち,本件土地1については,昭和55年4月11日,被告人が経営するD株式会社(以下「D」という。)を債務者とする極度額2500万円の根抵当権(以下「本件抵当権①」という。)を設定してその旨の登記を了し,その後,平成4年3月31日,Dを債務者とする債権額4300万円の抵当権(以下「本件抵当権②」という。)を設定してその旨の登記を了し,また,本件土地2については,平成元年1月13日,Dを債務者とする債権額3億円の抵当権(以下「本件抵当権③」という。)を設定してその旨の登記を了していた。
しかし,原判決は,本件抵当権①,③の設定の経緯やその際の各借入金の使途等はつまびらかでなく,これらの抵当権設定行為が横領罪を構成するようなものであったかどうかは明瞭でないし,仮に横領罪を構成することが証拠上明らかであるとしても,これらについては,公訴時効が完成しているとし,また,本件抵当権②の設定は横領に当たるが,本件土地1の売却と本件抵当権②の設定とでは土地売却の方がはるかに重要であるとして,本件土地1,2を売却したことが各抵当権設定との関係でいわゆる不可罰的事後行為に当たることを否定し,前記(1),(2)の各犯罪事実を認定した第1審判決を是認した。
3 所論は,原判決の上記判断が最高裁昭和29年(あ)第1447号同31年6月26日第三小法廷判決・刑集10巻6号874頁(以下「本件引用判例」という。)に違反すると主張する。
本件引用判例は,「甲がその所有に係る不動産を第三者に売却し所有権を移転したものの,いまだその旨の登記を了していないことを奇貨とし,乙に対し当該不動産につき抵当権を設定しその旨の登記を了したときは,横領罪が成立する。したがって,甲がその後更に乙に対し代物弁済として当該不動産の所有権を移転しその旨の登記を了しても,別に横領罪を構成するものではない。」旨を判示し,訴因外の抵当権設定による横領罪の成立の可能性を理由に,訴因とされた代物弁済による横領罪の成立に疑問を呈し,事件を原審に差し戻したものである。
なお,所論は,原判決が大審院明治43年(れ)第1884号同年10月25日判決・刑録16輯1745頁に違反するとも主張するが,同判決は,抵当権設定とその後の売却が共に横領罪に当たるとして起訴された場合に関するものであり,本件と事案を異にするから,この点は,適法な上告理由に当たらない。
4 そこで,本件引用判例に係る判例違反の主張について検討する。
[要旨1]委託を受けて他人の不動産を占有する者が,これにほしいままに抵当権を設定してその旨の登記を了した後においても,その不動産は他人の物であり,受託者がこれを占有していることに変わりはなく,受託者が,その後,その不動産につき,ほしいままに売却等による所有権移転行為を行いその旨の登記を了したときは,委託の任務に背いて,その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をしたものにほかならない。したがって,売却等による所有権移転行為について,横領罪の成立自体は,これを肯定することができるというべきであり,先行の抵当権設定行為が存在することは,後行の所有権移転行為について犯罪の成立自体を妨げる事情にはならないと解するのが相当である。
このように,所有権移転行為について横領罪が成立する以上,先行する抵当権設定行為について横領罪が成立する場合における同罪と後行の所有権移転による横領罪との罪数評価のいかんにかかわらず,検察官は,事案の軽重,立証の難易等諸般の事情を考慮し,先行の抵当権設定行為ではなく,後行の所有権移転行為をとらえて公訴を提起することができるものと解される。また,[要旨2]そのような公訴の提起を受けた裁判所は,所有権移転の点だけを審判の対象とすべきであり,犯罪の成否を決するに当たり,売却に先立って横領罪を構成する抵当権設定行為があったかどうかというような訴因外の事情に立ち入って審理判断すべきものではない。このような場合に,被告人に対し,訴因外の犯罪事実を主張立証することによって訴因とされている事実について犯罪の成否を争うことを許容することは,訴因外の犯罪事実をめぐって,被告人が犯罪成立の証明を,検察官が犯罪不成立の証明を志向するなど,当事者双方に不自然な訴訟活動を行わせることにもなりかねず,訴因制度を採る訴訟手続の本旨に沿わないものというべきである。
以上の点は,業務上横領罪についても異なるものではない。
そうすると,本件において,被告人が本件土地1につき本件抵当権①,②を設定し,本件土地2につき本件抵当権③を設定して,それぞれその旨の登記を了していたことは,その後被告人がこれらの土地を売却してその旨の各登記を了したことを業務上横領罪に問うことの妨げになるものではない。したがって,本件土地1,2の売却に係る訴因について業務上横領罪の成立を認め,前記(1),(2)の各犯罪事実を認定した第1審判決を是認した原判決の結論は,正当である。
以上の次第で,刑訴法410条2項により,本件引用判例を当裁判所の上記見解に反する限度で変更し,原判決を維持するのを相当と認めるから,所論の判例違反は,結局,原判決破棄の理由にならない。
よって,刑訴法414条,396条,平成7年法律第91号による改正前の刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」
6 解説
「一 本件は、宗教法人(仏教寺院)の責任役員で、代表役員の委任を受け、宗教法人所有の不動産等を管理していた被告人が、その経営する会社の資金等に充てるため、前後六回一にわたり、寺有地七筆をほしいままに売却したという業務上横領の事案である。
そのうち、二回にわたって売却した二筆の土地に売却に先立ち右会社を債務者とする抵当権ないし根抵当権が設定されていたことから、弁護人は、一審以来、委託により占有する他人の土地にほしいままに抵当権を設定すれば、その行為が横領罪を構成するから、その後の売却行為は不可罰的事後行為として処罰の対象にならないと主張した。
一審判決、原判決(東京高判平13・3・22高刑54巻1号13頁)とも、右各売却行為が不可罰的事後行為に当たることを否定し、業務上横領罪の成立を肯定した。
二 これまで判例は、他人の不動産を占有する者が、これにほしいままに抵当権を設定したときは、その行為が横領罪を構成し、その後の亮却行為は同罪を構成しないとしていた。
すなわち、大判明43・10・25刑録 16輯1745頁は、土地の仮装券記を受けた後、これに抵当権を設定 し、その後これを売却した者が、抵 当権の設定と売却がいずれも各別に 横領罪を構成するとして起訴されも 事案について、他人の物を不正に領得したときは、横領罪が即時に成立し、その後の目的物の処分は、更に別罪を構成するものではないとして、両行為について横領罪の成立を認めた原判決を破棄し、売却横領の点を無罪とした。
また、最三小判昭31・6・26刑集一〇巻六号八七四頁は、その所有する土地を第三者に売却したが、まだその旨の登記を了していないことを奇貨として、これに抵当権を設定し、その後その抵当権者にこれを代物弁済として所有権移転した者が、所有権移転行為が横領罪に当たるとして起訴された事案について、このような場合は、抵当権設定行為について横領罪が成立し、その後の所有権移転行為は別に同罪を構成するものではないとして、所有権移転行為について横領罪の成立を認めた原判決を破棄し、事件を原審に差し戻した。
本件の上告趣意は、原判決の前記判断が右各判例に違反するというものである。
本判決は、原判決の判断が右最高裁判例と相反することを認めたが、同判例を変更して、原判決の結論を是認した(右大審院判例に係る判例違反の主張については、同判例は抵当権設定とその後の売却が共に横領罪に当たるとして起訴された場合に関するものであるから事案を異にし、上告理由として不適法であるとした。)。
三 不可罰的事後行為とは、窃盗犯人が盗んできた品物を損壊した場合のように、時間的に前後して2つの犯罪が成立するようにみえるが、先行行為に対する違法評価によって後行行為の違法評価を賄うことができるとして後行行為が処罰されない場合における当該後行行為のことであり、その法的性格ないし意義については、現在、次のように説が分かれている。
1 法条競合(広義の吸収関係)説(団藤重光・刑法綱要総論〔第三版〕四四六頁、山中敬一・刑法総論Ⅱ九一九頁等)
状態犯においては、犯罪完成後に違法状態が続くことが初めから予想されているから、その構成要件によって予想されている違法状態に包含されるものである限り、事後の行為は、他の構成要件を充足するものであっても、当初の行為に吸収され、別罪を構成しないというものである。
2 一身的処罰阻却事由説(下村康正・続犯罪論の基本的思想一七〇頁)
3 違法吸収説(正田満三郎・責任と処罰の連鎖八八頁)
ある犯罪構成要件該当の違法な先行行為の可罰的違法性が、後に続く行為又は事態の違法性をも含んで成立するという、いわば、後者の不可罰的違法が前者の可罰的違法に従属するという一方的な特殊の犯罪複合であるとするものである。
4 包括一罪説(平野龍一・刑法総論Ⅱ411頁、内田文昭・改訂刑法Ⅰ(総論)346頁、大谷實・刑法総論290頁、前田雅英・刑法総論講義〔第3版〕476頁、山口厚・刑法総論315頁、藤永幸治「不可罰的事後行為」研修399号39頁、虫明満・包括一罪の研究96頁、林幹人・刑法の基礎理論225頁等)
後行行為は、犯罪として成立しないのではなく、犯罪として成立するが、先行行為によって包括的に評価され、先行行為と共に処罰されるから、不可罰とされるにすぎないというものである。
5 処罰一回説(阿部純二「不可罰的事後行為」判例刑法研究4・246頁、大コンメ刑法〔第2版〕(4)212頁〔中山善房〕等)
後行行為も犯罪として成立するが、先行行為で処罰されることにより、処罰されないことになるにすぎないというものである。
かつては、法条競合説が通説であったが、近時は包括一罪説が多数説となっている。
このような不可罰的事後行為の法的性格に関する見解の相違は、実質的には、後行行為が犯罪として成立するかどうかという点に現われる。
法条競合説を採る論者の多くは成立を否定し(一身的処罰阻却事由説も実質的には同旨であろう。)、違法吸収説以下の説によれば、成立を肯定することになる。
本判決は、判決要旨一のとおり、委託を受けて他人の不動産を占有する者が、これにほしいままに抵当権を設定してその旨の登記を了した後、これについてほしいままに売却等の所有権移転行為を行いその旨の登記を了したときは、後行の所有権移転行為について横領罪の成立を肯定することができ、先行の抵当権設定行為が存在することは同罪の成立自体を妨げる事情にはならないとして、本件のような場合に、後行行為が犯罪として成立することを明らかにした。これにより、本件のように、後行行為だけが起訴された場合について、先行行為の存在の可能性の有無にかかわらず、そのまま当該訴因について審理判断できるという解釈が可能となった。もっとも、本判決は、「横領罪の成立自体は、これを肯定することができる」などという表現を用い、あるいは、「先行する抵当権設定行為について横領罪が成立する場合における同罪と後行の所有権移転による横領罪との罪数評価のいかんにかかわらず」などと判示して、先行行為、後行行為が共に起訴された場合その罪数評価がどうなるか等については、慎重に結論を留保している。これは、本件が後行行為だけが起訴された場合であり、その犯罪としての成立の有無が決せられれば、訴因の犯罪としての成立の有無、その審理範囲等本件をめぐる問題の解決には十分なので、両者の関係等については、今後の議論の進展に任せるのが相当と判断されたからであろう。
四 次に、本判決は、前記の理論を前提に、判決要旨二のとおり、委託を受けて他人の不動産を占有する者が、これにほしいままに抵当権を設定してその旨の登記を了した後、これについてほしいままに売却等の所有権移転行為を行いその旨の登記を了した場合において、後行の所有権移転行為のみが横領罪として起訴されたときは、裁判所は、所有権移転の点だけを審判の対象とすべきであり、犯罪の成否を決するに当たり、所有権移転行為に先立って横領罪を構成する抵当権設定行為があったかどうかといった訴因外の事情に立ち入って審理判断すべきではないとした。本判決も指摘するように、このような場合に、被告人に対し、訴因外の犯罪事実を立証することによって訴因とされている事実について犯罪の成否を争うことを許容することは、訴因外の犯罪事実をめぐって、被告人が犯罪成立の証明を、検察官が犯罪不成立の証明を志向するなど、当事者双方に不自然な訴訟活動を行わせることになりかねないことなどが考慮された結果であろう。
なお、不可罰的事後行為と類似する事案について同様の見解を示した最高裁判例として、最一小決昭59・1・27刑集38巻1号136頁、本誌519号76頁がある。すなわち、公職選挙法上、「買収を目的とする金品の交付は、買収を共謀した者相互の間で行われた場合でも、交付罪を構成するが、共謀にかかる供与が行われたときは、交付罪は供与罪に吸収される。」と解されているところ、このような場合の両行為の取扱いについて、同判例は、「交付行為が認められるときは、受交付者が交付された金銭等を交付者との共謀の趣旨に従い第三者に供与した疑いがあったとしても、検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮して、交付罪のみで起訴することが許される。この場合、裁判所は、訴因の制約のもとにおいて、交付罪の成否を判断すれば足り、訴因として掲げられていない供与罪の成否につき審理したり、検察官に対し、供与罪の訴因の追加・変更を促したりする義務はない。」と判示している。
五 本判決は、不可罰的事後行為一般についてまで論じたものではないが、従来の最高裁判例を変更し、これまで同理論によって不可罰とされていた抵当権設定後の売却行為が横領罪として成立することを明らかにした上、そのような場合に後行の売却行為だけが起訴されたときの審理方法を明示したもので、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと思われる。本判決を契機に、不可罰的事後行為をめぐる諸問題について議論が深まることが期待される。」

