最高裁昭和55年12月17日刑集34巻7号672頁・刑訴百選【11版】39事件(公訴権濫用論)
1 はじめに
本判例は、公訴権濫用論の規範を示した判例です。
2 前提となる知識
⑴刑訴法
1条
この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。
248条
犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
338条
左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。
①から③まで省略
④ 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。
411条
上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
① 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
②以下略
⑵刑訴規則1条2項
訴訟上の権利は、誠実にこれを行使し、濫用してはならない。
⑶検察庁法4条
検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。
3 問題の所在(刑訴百選【11版】解説)
「いわゆる「公訴権濫用」は,通常①客観的嫌疑なき起訴,②訴追裁量を逸脱した起訴,③違法捜査に基づく起訴の3類型に分類される。本決定は,検察官が行った起訴が刑訴法248条が定める訴追裁量権の逸脱にあたり,公訴提起が無効になる余地があることは認めたが,公訴捉起の無効が発動される条件を「公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合」に限定した。」判例です。公訴権濫用と評価される場合には、裁判所は、刑訴法338条4号により公訴棄却の判決をすべきとされます。本件は公訴権濫用論が適用されるか問題となりました。
4 判旨
「(上告趣意に対する判断)
検察官の上告趣意第1点は、違憲をいうが、原判決が憲法14条1項を解釈適用していると認めることはできないから、所論は前提を欠き、刑訴法405条の上告理由にあたらない。同第2点のうち、当裁判所昭和26年……9月14日第二小法廷判決・刑集5巻10号1933頁、同……29年6月22日第三小法廷判決・刑審裁判集96号397頁、同……34年3月27日第二小法廷判決・刑事裁判集129号455四頁についての判例違反をいう点は、右各判決は憲法14条1項の解釈適用に関するものであるしころ、原判決が憲法14条1項の解釈適用をしているものでないことは前記のとおりであるから、判例違反を論ずる余地がなく、また、当裁判所昭和24……年12月10日第二小法廷判決・刑集3巻12号1933頁及び引用の各高等裁判所判決(ただし、東京高等裁判所昭和……52年8月1日判決を除く。右判決は、原判決宣告後のものであるから、刑訴法405条3号の判例ということはできない。)は、いずれも判文の全趣旨に照らすと、所論のように訴追裁量の逸脱ないし濫用の有無はすべて公訴提起の効力に影響を及ぼさない旨を判示していると解することはできないから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。同第三点は、憲法違反をいう点を含めて、その実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
(職権による判断)
所論にかんがみ、刑訴法411条を適用すべきかどうかについて判断する。
一 検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量権を認められているのであって、公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱によるものであったからといって直ちに無効となるものでないことは明らかである。たしかに、右裁量権の行使については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑訴法248条)、検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法4条)、さらに、刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたつてはならないものとされていること(刑訴法1条、刑訴規則1条2項)などを総合して考えると、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである。
二 いま本件についてみるのに、原判決の認定によれば、本件犯罪事実の違法性及び有責性の評価については被告人に有利に参酌されるべき幾多の事情が存在することが認められるが、犯行そのものの態様はかならずしも軽微なものとはいえないのであって、当然に検察官の本件公訴提起を不当とすることはできない。本件公訴提起の相当性について疑いをさしはさましめるのは、むしろ、水俣病公害を惹起したとされるA株式会社の側と被告人を含む患者側との相互のあいだに発生した種々の違法行為につき、警察・検察当局による捜査権ないし公訴権の発動の状況に不公平があったとされる点にあるであろう。原判決も、また、この点を重視しているものと考えられる。しかし、すくなくとも公訴権の発動については、犯罪の軽重のみならず、犯人の一身上の事情、犯罪の情状及び犯罪後の情況等をも考慮しなければならないことは刑訴法248条の規定の示すとおりであつて、起訴又は不起訴処分の当不当は、犯罪事実の外面だけによつては断定することができないのである。このような見地からするとき、審判の対象とされていない他の被疑事件についての公訴権の発動の当否を軽々に論定することは許されないのであり、他の被疑事件についての公訴権の発動の状況との対比などを理由にして本件公訴提起が著しく不当であったとする原審の認定判断は、ただちに肯認することができない。まして、本件の事態が公訴提起の無効を結果するような極限的な場合にあたるものとは、原審の認定及び記録に照らしても、とうてい考えられないのである。したがって、本件公訴を棄却すべきものとした原審の判断は失当であって「その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
三 しかしながら、本件については第一審が罰金5万円、1年間刑の執行猶予の判決を言い渡し、これに対して検察官からの控訴の申立はなく、被告人からの控訴に基づき原判決が公訴を棄却したものであるところ、記録に現われた本件のきわめて特異な背景事情に加えて、犯行から今日まですでに長期間が経過し、その間、被告人を含む患者らとA株式会社との間に水俣病被害の補償について全面的な協定が成立して双方の間の紛争は終了し、本件の被害者らにおいても今なお処罰を求める意思を有しているとは思われないこと、また、被告人が右公害によつて父親を失い自らも健康を損なう結果を被っていることなどをかれこれ考え合わせると、原判決を破棄して第一審判決の執行猶予付きの罰金刑を復活させなければ著しく正義に反することになるとは考えられず、いまだ刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。
よつて、同法414条、386条1項3号により主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官藤崎萬里、同本山亨の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。」
5 解説(判例タイムズ428号69頁)
「一 本件は、水俣病患者である被告人が水俣病公害を惹起したとされるチッソ株式会社に対し、被害の補償を求めるため、昭和47年中連日のように支援者らとともに、東京ビル内のチッソ本社に赴こうとした際、これを阻止する同会社従業員4名に対し5回にわたつて、暴行を加えて咬傷や打撲傷などを加えたとして、起訴された事案である。
弁護人は、(1)本件公訴事実の傷害は、いずれも簡単な治療で治癒し、被害軽微であり、しかも、チッソ側では不誠意に被告人らの交渉の申入れを拒否し、多数の従業員を動員して被告人らの来社を阻止し、時には患者や支援者らに対し暴行傷害を加え、本件はそのような紛糾の際に発生したものであつて、可罰的違法性がない。
(2)本件は水俣病被害患者である被告人の行為を捉えて起訴しているが、真に起訴すべきチッソの水俣病加害の刑事責任を追及せず、また、五井工場、東京本社におけるチッソ従業員の患者、支援者らに対する暴行傷害の刑事責任を追及せず、被告人の行為のみを起訴することは、著しく差別的な訴追であり、公訴権の濫用である、などと主張した。
第一審は、弁護人の右主張について詳細な理由をのべてこれらを排斥し、公訴事実全部を有罪と認めたが、本件の特異な事情を考慮し、罰金5万円、1年間執行猶予という異例の刑を言い渡した(本誌321号186頁)。
次いで、控訴審は、弁護人の右(2)の主張について更に証拠調べを追加した後、わが国裁判史上はじめて訴追裁量の濫用を理由とする公訴棄却の判決を言い渡した(本誌348号179頁)。
その理由の要点は、(一) 本件犯行は、水俣病患者らの被害補償の要求のための交渉申入れの過程で生じたものであり、犯行の態様は軽視しがたい面があるが、被告人らが右交渉の申入れをするにいたつた経緯には、未曽有の被害、行政の停滞、チッソ側の不誠実と責任回避など、複雑深刻な事情があり、ことに何んの落度もなくして一方的に肉親の生命喪失などを含む重大な被害を被りながら、長期間、格別の補償を与えられることなく放置されてきた患者らのチッソに対する感情には容易に抜きがたいものがあることなどを考えると、右交渉の申入れの際の行き過ぎである本件犯行に対して、直ちに刑罰で臨むのは妥当でないこと、 (二) 本件の背景である水俣病公害の発生の経過及び水俣病の原因究明の過程などをみると、例えば、昭和30年代前半、顕著な環境異変と重篤な水俣病患者の続出と死亡などによつて、右公害が重大な社会問題になつていたから、警察、検察当局においては、水産資源保護法、漁業調整規則などの各種取締法令を発動して、加害者を処罰し被害の拡大を防止すべき措置を講ずべきであつたのに、そのような措置に出なかつたこと、昭和30年代後半、チッソの幹部らに対し業務上過失致死傷罪などによる捜査、訴追を行うことができ、これを行つていたならば、その後の10年に近い工場廃液の排出と水銀汚染を防止しえたのに、そのような措置に出なかつたこと等々に照らすと、水俣病公害の発生と拡大について国にも一半の責任があり、このことがひいては本件犯行誘発の一因となつていること、 (三) 本件犯行は、公害の発生などを契機として対立するにいたつた加害企業と被害民らとの間の長期間にわたる社会的紛争過程で生じたものであり、その経過において、チッソとその従業員らの側及び被害民らとその支援者らの側に、それぞれ相手側を被害者とする種々の違法行為が発生したが、前者の側に対する捜査権の発動と刑責の追及は、皆無に近いほど不徹底であつたのに、後者の側に対する捜査権の発動と刑責の追及は迅速、峻烈なものであつたとすることが認められること、その他本件公訴提起の時機などを総合すると、被告人に対する本件訴追はいかにも偏頗、不公平であり、これを是認することは著しく法的正義に反し、しかも、検察官に故意又は重過失があると推認され、本件公訴提起は訴追裁量権を著しく逸脱したもので、刑訴法248条に照らし無効であり、同法338条4号により公訴を棄却する、というのである。
二 本決定は、右控訴審判決に対する検察官の上告申告に対するものであるが、検察官の憲法違反、判例違反の上告趣意を不適法として排斥したうえ、職権で原判決の当否を判断し、多数意見は、原判断を誤りとしながらいまだ刑訴法411条を適用すべきでないとし、藤崎、本山両裁判官は、原判決破棄の意見をのべておられる。
三 本判決で注目されるのは、その職権判断部分であり、最高裁としてはじめて公訴権濫用の法理を肯定し、検察官の訴追裁量の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうること、ただし、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるもの、としている。
可罰的違法性の理論と公訴権濫用の法理のうち、いずれか一方でも最高裁によつて承認されることを期待する向きが多かつたと思われるが、その一つが承認されたわけである。
しかし、公訴権濫用の法理を認めたといつても、その適用範囲を極限的な場合に制限しているから、本決定によつて刑事裁判の実務に格別の変化などが生ずることは考えられないであろう。
可罰的違法性理論がいまだ正面から承認されていない判例の状況の下では、公訴権濫用の法理の適用範囲も狭いものに止まらざるをえないであろう。
本決定がいう「極限的な場合」とは、具体的にどのような事態をさすのか必らずしも明らかでない。
極めて軽微な被疑事実で当然に起訴猶予にされるべき事実で、職権濫用の意図で訴追したような場合は、これに該当するであろうか。
「たとえば」とあるから、公訴権の濫用の成立要件として、必らず検察官に悪意などがあることまで要求する趣旨ではないように思われる。
これまでの公訴権濫用の適用要件に関する下級審裁判例をみると、(i)訴追が一般的な起訴基準に照らして著しく不当であると判断されるときとか、検察官の起訴処分が起訴便宜主義の法意に反し裁量権の範囲を著しく逸脱し違法の程度に達したときに、公訴権の濫用を認めるという見解と、(ii)公訴提起が極限的に不当であるとか、又は、客観的に起訴猶予にせられるべきことが極めて明白であるときに、これを認めるという見解とがあつたが、本決定は(ii)の見解の線を是とするものであろう。
当該被疑事実自体は、必ずしも軽微とはいえないが、その背景事情を考慮に入れることによつて、訴追の相当性に疑問が生ずるような場合は、どうであろうか。
背景事情といつても様々の類型があるが、例えば、審理の対象とされていない他の被疑事件に対する公訴権の発動の状況との対比において、はじめて当該被疑事件についての公訴提起の相当性に疑問が生ずる場合についていうと、まさに本決定がいうように「他の被疑事件についての公訴権の発動の当否を軽々に論定することは許されない」ものであるから、公訴権の濫用が肯定されるような事態は通常はありえないということになるであろう。
弁護人から背景事情についての立証の申請があつた場合、その取扱いをめぐつてしばしば紛糾が生じるが、その取扱いの基準について、本決定は一つの示唆を与えるようにも思われる。
四 本決定は、公訴権の濫用を理由にして公訴を棄却した原判断を失当としながら、職権判断三に掲げた本件のきわめて特異な背景事情その他を考慮すると、「原判決を破棄し……なければ著しく正義に反することになるとは考えられず」として、検察官の上告を棄却している。
刑訴法411条の規定する最高裁だけに認められた権限の行使によるものであろう。
原判決に主文に影響すべき法令の違反がある場合には、原則として原判決を破棄することが要請されるべきであろう。
しかし、著しく正義」という字句自体に照らし、つねにそのような一律的なプラクティスを要求するものではないであろう。
上告審と控訴審との間に離反があつてはならないが、ある程度のディスタンスないしあそびのあることは望ましく、不著反正義条項の運用いかんによつて、このことが保障されるであろう。
最高裁が、ジャスティス、道理という最高の観点から、弾力的に運用してよい権限のようにも思われる。
類似の先例として、大阪学芸大学事件(原審が可罰的違法性理論により無罪を言渡し)についての第一小法廷決定(昭和48・3・20判時701号25頁)がある。」

