最高裁平成8年1月29日刑集50巻1号1頁・刑訴百選【11版】13事件・27事件(和光大学事件・準現行犯逮捕及び刑訴法220条1項2号の「逮捕の現場」)
本判例は、下記の事項について判断をしました。
①刑訴法212条2項にいう「罪を行い終ってから間がないと明らかに認められるとき」に当たるかについて、いわゆる内ゲバ事件が発生したとの無線情報を受けて逃走犯人を警戒、検索中の警察官らが、犯行終了の約一時間ないし一時間四〇分後に、犯行場所からいずれも約4キロメートル離れた各地点で、それぞれ被疑者らを発見し、その挙動や着衣の汚れ等を見て職務質問のため停止するよう求めたところ、いずれの被疑者も逃げ出した上、腕に籠手(こて)を装着していたり、顔面に新しい傷跡が認められたなど判示の事実関係の下においては、被疑者らに対して行われた本件各逮捕は、刑訴法212条2項3号ないし4号に当たる者が罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときにされたものであって、適法であるとしました。
②逮捕した被疑者を最寄りの場所に連行した上でその身体又は所持品について行われた捜索及び差押えと刑訴法220条1項2号にいう「逮捕の現場」について、逮捕した被疑者の身体又は所持品の捜索、差押えについては、逮捕現場付近の状況に照らし、被疑者の名誉等を害し、被疑者らの抵抗による混乱を生じ、又は現場付近の交通を妨げるおそれがあるなどの事情のため、その場で直ちに捜索、差押えを実施することが適当でないときは、速やかに被疑者を捜索、差押えの実施に適する最寄りの場所まで連行した上でこれらの処分を実施することも、刑訴法220条1項2号にいう「逮捕の現場」における捜索、差押えと同視することができるとしました。
③逮捕した被疑者を最寄りの警察署に連行した上でその装着品及び所持品について行われた差押え手続が刑訴法220条1項2号による差押えとして適法かについて、被疑者らを逮捕した後、各逮捕の場所から約500メートルないし3キロメートル離れた警察署に連行した上でその装着品、所持品について行われた本件各差押えは、逮捕の場所が、被疑者の抵抗を抑えて差押えを実施するのに適当でない店舗裏搬入口付近や車両が通る危険性等もある道幅の狭い道路上であり、各逮捕現場付近で差押えを実施しようとすると被疑者らの抵抗による混乱を生ずるおそれがあったなどの事情のため、逮捕の後できる限り速やかに被疑者らを差押えに適する最寄りの場所である右警察署に連行した上で実施されたものであるなど判示の事実関係の下においては、刑訴法220条1項2号による差押えとして適法であるとしました。
判例を引用します。
https://www.courts.go.jp/hanrei/50143/detail2/index.html
「弁護人町田正男、同武田博孝、同林千春の上告趣意は、憲法三一条、三三条、三五条違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、被告人三名に対する逮捕並びに被告人Aの籠手(こて)及び被告人B、同Cの各所持品に対する差押えの適法性について、職権により判断する。
一 被告人三名に対する逮捕の適法性について
原判決の認定によれば、被告人Aについては、本件兇器準備集合、傷害の犯行現場から直線距離で約四キロメートル離れた派出所で勤務していた警察官が、いわゆる内ゲバ事件が発生し犯人が逃走中であるなど、本件に関する無線情報を受けて逃走犯人を警戒中、本件犯行終了後約一時間を経過したころ、被告人Aが通り掛かるのを見付け、その挙動や、小雨の中で傘もささずに着衣をぬらし靴も泥で汚れている様子を見て、職務質問のため停止するよう求めたところ、同被告人が逃げ出したので、約三〇〇メートル追跡して追い付き、その際、同被告人が腕に籠手を装着しているのを認めたなどの事情があったため、同被告人を本件犯行の準現行犯人として逮捕したというのである。また、被告人B、同Cについては、本件の発生等に関する無線情報を受けて逃走犯人を検索中の警察官らが、本件犯行終了後約一時間四〇分を経過したころ、犯行現場から直線距離で約四キロメートル離れた路上で着衣等が泥で汚れた右両被告人を発見し、職務質問のため停止するよう求めたところ、同被告人らが小走りに逃げ出したので、数十メートル追跡して追い付き、その際、同被告人らの髪がべっとりぬれて靴は泥まみれであり、被告人Cは顔面に新しい傷跡があって、血の混じったつばを吐いているなどの事情があったため、同被告人らを本件犯行の準現行犯人として逮捕したというのである。
以上のような本件の事実関係の下では、被告人三名に対する本件各逮捕は、いずれも刑訴二一二条二項二号ないし四号に当たる者が罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときにされたものということができるから、本件各逮捕を適法と認めた原判断は、是認することができる。
二 被告人Aの籠手及び被告人B、同Cの各所持品の差押えの適法性について
1 刑訴二二〇条一項二号によれば、搜査官は被疑者を逮捕する場合において必要があるときは逮捕の現場で捜索、差押え等の処分をすることができるところ、右の処分が逮捕した被疑者の身体又は所持品に対する捜索、差押えである場合においては、逮捕現場付近の状況に照らし、被疑者の名誉等を害し、被疑者らの抵抗による混乱を生じ、又は現場付近の交通を妨げるおそれがあるといった事情のため、その場で直ちに捜索、差押えを実施することが適当でないときには、速やかに被疑者を捜索、差押えの実施に適する最寄りの場所まで連行した上、これらの処分を実施することも、同号にいう「逮捕の現場」における捜索、差押えと同視することができ、適法な処分と解するのが相当である。
2 これを本件の場合についてみると、原判決の認定によれば、被告人Aが腕に装着していた籠手及び被告人B、同Cがそれぞれ持っていた所持品(バッグ等)は、いずれも逮捕の時に警察官らがその存在を現認したものの、逮捕後直ちには差し押さえられず、被告人Aの逮捕場所からは約五〇〇メートル、被告人B、同Cの逮捕場所からは約三キロメートルの直線距離がある警視庁町田警察署に各被告人を連行した後に差し押さえられているが、被告人Aが本件により準現行犯逮捕された場所は店舗裏搬入口付近であって、逮捕直後の興奮さめやらぬ同被告人の抵抗を抑えて籠手を取り上げるのに適当な場所でなく、逃走を防止するためにも至急同被告人を警察車両に乗せる必要があった上、警察官らは、逮捕後直ちに右車両で同所を出発した後も、車内において実力で籠手を差し押さえようとすると、同被告人が抵抗して更に混乱を生ずるおそれがあったため、そのまま同被告人を右警察署に連行し、約五分を掛けて同署に到着した後間もなくその差押えを実施したというのである。また、被告人B、同Cが本件により準現行犯逮捕された場所も、道幅の狭い道路上であり、車両が通る危険性等もあった上、警察官らは、右逮捕場所近くの駐在所でいったん同被告人らの前記所持品の差押えに着手し、これを取り上げようとしたが、同被告人らの抵抗を受け、更に実力で差押えを実施しようとすると不測の事態を来すなど、混乱を招くおそれがあるとして、やむなく中止し、その後手配によって来た警察車両に同被告人らを乗せて右警察署に連行し、その後間もなく、逮捕の時点からは約一時間後に、その差押えを実施したというのである。
以上のような本件の事実関係の下では、被告人三名に対する各差押えの手続は、いずれも、逮捕の場で直ちにその実施をすることが適当でなかったため、できる限り速やかに各被告人をその差押えを実施するのに適当な最寄りの場所まで連行した上で行われたものということができ、刑訴法二二〇条一項二号にいう「逮捕の現場」における差押えと同視することができるから、右各差えの手続を適法と認めた原判断は、是認することができる。
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」
本判例はまず①準現行犯逮捕について判断し、次に②その無令状逮捕において行われた捜索差押えが「逮捕の現場」にあたるかについて規範定立をし、③事案にあてはめています。
まず、①については、「刑訴法212条2項の規定からすると.準現行犯人の要件は,ⅰ2項各号該当性ⅱ犯罪と犯人の明白性ⅲ犯行と逮捕との明白な時間的近接性.となる。ⅲ要件について,時間的に近接している限り,犯人が犯行場所から遠く離れることはないとして.時間的近接性に伴う場所的近接性も要件となるとする理解も強い。本決定も,各逮捕を適法と判断するにあたり,時間的隔りとともに,場所的隔りを摘示していた。ⅰ要件およびⅲ要件の充足を前提としてこれらを含む具体的事実の総合判断により,ⅱ要件の明白性が詫められなければならない。」とされます(本判例の刑訴百選【11版】の解説1)。
刑訴法212条2項各号該当性に関しては、「「罪を行い終ってから間がない」という準現行犯人の状況は,「現に罪を行い.又は現に罪を行い終った」という現行犯人の状況に比べ.犯罪と犯人の明白性を示
す力が弱いことから,ⅰ要件の各号該当性によって明白性を担保している。明白性を担保する力は各号によって異なり,1号が最も強く, 4号が最も弱い」と言われています(本判例の刑訴百選【11版】の解説2)。
②犯罪と犯人の明白性に関し、明白性の判断資料について、「犯罪と犯人の明白性は,誤詔逮捕の危険性を除去し,無令状逮捕を正当化するものであるから,その基礎となる事実は逮捕者自身によって直接認識されていなければならない。このことは明白性を担保する各号該当性(①要件),同じく明白な時間的・場所的近接性(③要件)を基礎づける事実についてもいえる。とはいえ,外形的事実から,逮捕者以外の誰にとっても明白性が認められなければならないわけではない(大澤裕・本百選〈第7版〉33頁)。」との指摘があります(本判例の刑訴百選【11版】の解説3)。
この点について、「本決定は.逮捕者たる瞥察官らが本件発生・犯人逃走に関する無線連絡を受け.逃走犯人を警戒・検索中であったことを摘示している。このことによって「本件時の被告人らの挙動,服装の状況等の諸事情は,その外部的状況のみからは直ちに……明白性を基礎づけるものとはいい難いであろうが……無線通信の内容等逮捕(をした)警察官が逮捕前に得ていた情報等を判断資料に加味すれば……明白性を肯定できる」のであってそのような「警察官らの認識等を前提とすると同警察官らの現認した状況は……明白性の要件を充足するものであったという趣旨を説示しているもの」と理解できよう(木口信之・最判解刑事篇平成8年度21頁)。すなわち.本決定は,逮捕者の立場において逮捕前すでに眩識していた事実を前提として逮捕者が逮捕時に直接詔識した事実から明白性が認められればよいとしたのである。
また.本決定は,Aについて,腕に籠手を装着していることをもって,「明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき」(2号)に, B・CについてBが顔面に新しい傷痕を有し,血の混じった唾を吐いたことをもって、「身体……に犯罪の顕著な証跡があるとき」(3号)に当たるとした。これらの該当性判断は.逮捕者たる警察官が逮抽前に無線情報によって得ていた情報を前提として初めて可能になることからすれば本決定は.各号該当性についても,逮捕者が事前に得ていた惜報を判断資料に含めることを認めたといえよう(木ロ・前掲23 頁)。」との指摘があります(本判例の刑訴百選【11版】の解説4)。
本判例の評釈である判例タイムズ901号145頁には②逮捕の現場の意義、及び、③②の規範へのあてはめに関し、以下のような指摘があります。
「2 刑訴法220条1項2号は、被疑者を逮捕する場合必要があるときは、「逮捕の現場」で捜索、差押え等の処分を無令状で行うことができる旨規定する。
もっとも、逮捕された被疑者の身体、所持品に対する捜索、差押えの場合には、捜査の実際上、逮捕の場所自体で処分を実施することを適当としない事情があるため、右処分の実施に適する場所まで被疑者らを連行した上でその処分を実施することがみられる。
学説も、被疑者の身体、所持品に対する捜索、差押えの場合には、逮捕の場所で処分を行うのが困難ないし不適当な事情がある場合、被疑者を近くの場所に連行した上でその処分を行うことも、刑訴法220条1項2号により許容されるとするものが多かった(小林充「逮捕に伴う捜索・差押に関する問題点」警研48巻5号25頁、田宮裕・刑事訴訟法110頁、大野市太郎「逮捕に伴う捜索・差押(1)」刑事訴訟法判例百選(6版)54頁、亀山継夫「逮捕に伴う捜索・差押(1)」同百選(5版)52頁、河上和雄「捜索・差押」証拠法ノート(1)151頁等)。
これらの学説は、その根拠として、前記のような捜査上の必要性のほか、この場合、証拠存在の蓋然性、捜索差押えの必要性等は、場所を若干移動しても依然として継続していると考えられること、場所自体を捜索等の対象とする場合とは異なり、被疑者の身体、所持品の場合には、場所を移動しても処分の対象の同一性は保たれており、場所の移動によって被疑者に対する不利益が増すということも通常考え難いこと等を指摘する。
なお、身体という「現場」には実質的な変更がないとか(田宮・前掲)、ここにいう逮捕の現場の逮捕とは、身柄の確保を完了させるための一連の行動を指すと解すべきで、直接の身柄拘束の時点で終了するものではないという趣旨を述べるもの(亀山・前掲)などもある。
これまでこの点について特に判断を示した最高裁の判例はなかったが、下級審の裁判例では、逮捕後被疑者を連行した上で行ったその所持品等に対する捜索、差押えを適法とした事例として、大阪高判昭50・7・15判時798号102頁、東京高判昭53・11・15高刑集31巻3号265頁、東京高判平5・4・28高刑集46巻2号44頁(本件原判決)がある。
一方、差押え等がされた具体的事情、ないし逮捕場所と処分場所との距離関係等にかんがみ、処分を違法と判断した事例としては、前掲東京高判昭47・10・13、大阪高判昭49・11・5本誌329号290頁があった。
3 この点について、本決定は、逮捕した被疑者の身体又は所持品の捜索、差押えについては、「逮捕現場付近の状況に照らし、被疑者の名誉等を害し、被疑者らの抵抗による混乱を生じ、又は現場付近の交通を妨げるおそれがあるといった事情のため、その場で直ちに捜索、差押えを実施することが適当でないときには、速やかに被疑者を捜索、差押えの実施に適する最寄りの場所まで連行した上、これらの処分を実施することも、同号(刑訴法220条1項2号)にいう『逮捕の現場』における捜索、差押えと同視することができ、適法な処分と解するのが相当である。」という判断を示した。
前述のとおり、逮捕した被疑者の身体、所持品の捜索、差押えについては、被疑者を逮捕場所から連行した上でその処分を行う必要性、合理性があることを認めた上、本来刑訴法220条1項が強制処分に令状を要求することに対する例外に当たることにもかんがみ、このような措置は、被疑者の名誉の侵害、抵抗による混乱、交通の妨げの各おそれといった事情(これは、例示の趣旨ではあるが、この種の事情として通常合理的に考えられる事情を列挙した趣旨と考えられる。)があって、逮捕場所自体で処分を行うことを適当としない場合に初めて許容される旨、その要件を示すとともに、その場合も、被疑者を「速やかに」、「(処分の実施に適する)最寄りの場所」に連行した上で行われることが必要であるとし、その意味で逮捕との間に一定の時間的、場所的な接着性が必要であることを明示したものといえる。
なお、本決定は、右最寄りの場所における捜索、差押えも「逮捕の場所」における捜索、差押えと同視できるという表現でその適法性を肯定している。
「逮捕の場所」とは、逮捕との場所的同一性を意味するともされる(最大判昭36・6・7刑集15巻6号915頁等)ことから、右最寄りの場所が直ちに「逮捕の場所」に当たるといえるか、文理上疑問とする余地もあり得るが、この場合は、前述の点にかんがみ、刑訴法220条1項2号の趣旨を推及してその適法性を肯定することができるという趣旨を説示した趣旨とも解される。
4 本決定は、3の判断を前提として、本件の場合における差押えの適法性について判断し、これを肯定した。
本件の差押えに関する事実関係も、判文にかなり詳細に触れられているので、これを参照されたい。
本件においては、逮捕現場から約500メートルないし3キロメートル(直線距離)離れた警察署に各被告人を連行した上で、前記所持品等の差押えが行われている(B、C被告人の場合、逮捕から差押えまで約1時間が経過しているとされる。)が、本決定は、判文に示されている事情を考慮して、これを適法としたものであって、前記の一般的基準を適用し、逮捕場所を離れた場所における所持品等の差押えを適法とした事例としても、意義があるものといえる。」
なお、無令状捜査差押えにおける「逮捕する場合」(刑訴法220条1項柱書)については、最高裁大法廷昭和36年6月7日刑集15巻6号915頁・刑訴百選【11版】A6事件が「「逮捕する場合において」と「逮捕の現場で」の意義であるが、前者は、単なる時点よりも幅のある逮捕する際をいうのであり、後者は、場所的同一性を意味するにとどまるものと解するを相当とし、なお、前者の場合は、逮捕との時間的接着を必要とするけれども、逮捕着手時の前後関係は、これを問わないものと解すべき」であること、「被疑者がたまたま他出不在であつても、帰宅次第緊急逮捕する態勢の下に捜索、差押がなされ、且つ、これと時間的に接着して逮捕がなされる限り、その捜索、差押は、なお、緊急逮捕する場合その現場でなされたとするのを妨げるものではない」と判示しています。この昭和36年判例は批判も多く、6人の裁判官の反対意見が付されています。
東京高裁昭和44年6月20日判例タイムズ243号262頁・刑訴百選【11版】26事件は上記の昭和36年判例を参照しつつ下記のように判断しています。一部引用します。
「1 先ず、本件捜索差押等の経緯についてみるに、〈証拠〉を総合すると、原判決もその大要を説示しているように、(1)、被告人は、アメリカ合衆国ウエストバージニア州エーガ市に生れて、在日米陸軍警備隊本部中隊に所属する米陸軍三等特技兵であるが、今次ベトナムから日本に向う際、飛行機の中でルドルフ・ベレスと知り会い、同人と共に、昭和四三年二月五日午前四時三〇分頃、神奈川県横浜市中区山下町一番地所在のシルクホテル七階七一四号室に投宿し同室していたが、加賀町警察署司法警察員大室玉樹らは、同日午後一時頃氏名不詳の者より同署に対し、シルクホテルから出て来た外人二人が大麻らしいものを喫つていたという意味の通報があつたため、早速、右シルクホテルに赴き、同ホテルで張込みをしていたところ、同日午後三時一〇分頃、前記ペレスが外出先から帰つて来たので、司法警察員今野功らが直ぐ右ペレスを同シルクホテル五階待合所で職務質問し、任意に所持品を検査したところ、同人の所持品の中から大麻たばこ一本を発見したので、直ちに同所で同人を右大麻たばこ一本所持の容疑により現行犯人として逮捕したが、(3)右逮捕後、ペレスより同司法警察員らに対し右シルクホテル七階七一四号室内にある自己の所持品を携行したいとの申出があつたので、同司法警察員らはこれを許すと共に、ペレスに対し逮捕の現場においては令状によらずとも捜索差押ができるから右七一四号室を捜索する旨を告げ、なお同人の要求によりS・Pに連絡し、その到着を待つて、前記五階待合所から七階七一四号室に連行したうえ、(4)、同日午後三時四五分頃から、同人およびS・P二名の立会いの下に、同室者である被告人が外出不在中の右七一四号室の捜索を開始し、同室居間およびベット・ルーム内の所持品については、ペレスに、その所持品を被告人の所持品から区別させたうえ、ペレスのものとして区別されたもののみを捜索した後、(5)、引続き同室洗面所内の捜索に移つたのであるが、同洗面所における所持品については、ペレスにその所持品を被告人の所持品から区別させないで、捜索をしたものであるところ、同日午後四時一〇分頃同洗面所の棚の上から内容物の入つた洗面用具入れバッグを発見し、ペレスからは右洗面用具入れバッグは自分のものではなく被告人の所持品である旨の申し出でがあつたけれども、その内容を捜索した結果、被告人の名前の入つた書類等のほかに、大麻たばこ七本が入つた石けん入れケースが認められたため、司法警察員柳下勝美において、直ちに被告人所有の右洗面用具入れをその大麻たばこ七本等の内容物と共に差押えて、ペレスに対する捜索を終えたのであるが、(6)、その後、同日午後五時三〇分頃、被告人が外出先きから帰つて来たところを、同人についても右のような大麻たばこ所持の容疑があつたため、司法警察員大室玉樹において、直ちに右七一四号室で、被告人に対し右洗面用具入れの所有者について職務質問をしたところ、同人がその所有に係るものであることを認めたため、直ぐその場で同人を右の大麻たばこ七本を所持したという容疑によつて緊急逮捕したうえ、(7)、さらに捜索を行いその時同人が着用し、左胸ポケットにごみが附着していた半袖シャツ一枚を差押え、爾来捜査官において関係人から事情を聴取するなど証拠の収集に従事し、殊に同月六日には神奈川県警察本部刑事部鑑識課技術吏員吉村武彦に対し右(5)の大麻たばこ七本および(7)のごみにつき鑑定をさせたところ、同月二一日には右半袖シャツに附着していたごみには大麻草と思われるものが認められ、また同月二七日には右大麻たばこ七本は大麻取締法にいう大麻草(カンナビスサテイバ・エル)と認められるという趣旨の鑑定結果が出たことなどの諸事実が明らかである。」
「刑事訴訟法第220条第1項第2号が、被疑者を逮捕する場合、その現場でなら、令状によらないで、捜索差押をすることができるとしているのは、逮捕の場所には、被疑事実と関連する証拠物が存在する蓋然性が極めて強く、その捜索差押が適法な逮捕に随伴するものである限り、捜索押収令状が発付される要件を殆んど充足しているばかりでなく、逮捕者らの身体の安全を図り、証拠の散逸や破壊を防ぐ急速の必要があるからである。従つて、同号にいう「逮捕の現場」の意味は、前示最高裁判所大法廷の判決からも窺われるように、右の如き理由の認められる時間的・場所的且つ合理的な範囲に限られるものと解するのが相当である。
これを右の大麻たばこ七本に関する捜索押収についてみると、成る程、ぺレスの逮捕と同(ハ)の捜索押収との間には、既に述べたように、時間的には約三五分ないし六〇分の間隔があり場所的には、原審第四回公判調書中における証人石原金次の供述記載並びに前示原審第二回、第三回および第八回公判調書中における証人柳下勝美の各供述記載のほか、当裁判所の検証調書および当審第二回公判における証人吉良欣展の供述並びに当審で取り調べたシルクホテルのマッサージ、訪問客に関する案内カードおよびシルクホテ(※原文ママ)の貴重品、部屋鍵に関すルる案内カード等から窺われるようなシルクホテル五階の、なかば公開的な待合所と同ホテル七階の、宿泊客にとつては個人の城塞ともいうべき七一四号室との差異のほかに若干の隔りもあり、また若し同(ハ)の大麻たばこ七本がペレス独りのものであつたとするならば、いくらペレスが大麻取締法違反の現行犯人として逮捕されたとはいえ、否却つて逮捕されたればこそ、更らに捜索差押が予想されるというのに、わざわざ自ら司法警察員らを自己の投宿している同七一四号室に案内したということについては種々の見方があり得るであろうし、なおペレスが同室の洗面所で司法警察員らに対し同大麻たばこ七本は自分のものではなくて、被告人のものである旨述べていることなどからすると、同たばこに対する捜索押収が果して適法であつたか否かについては疑いの余地が全くないわけではないけれども、既に見て来たような本件捜査の端緒、被告人とペレスとの関係、殊に二人が飛行機の中で知り合い、その後行動を共にし、且つ同室もしていたこと、右のような関係から同たばこについても或るいは二人の共同所持ではないかとの疑いもないわけではないこと、ペレスの逮捕と同たばこの捜索差押との間には時間的、場所的な距りがあるといつてもそれはさしたるものではなく、また逮捕後自ら司法警察員らを引続き自己と被告人の投宿している相部屋の右七一四号室に案内していること、同たばこの捜索差押後被告人も一時間二〇分ないし一時間四五分位のうちには同室に帰つて来て本件で緊急逮捕されていることおよび本件が検挙が困難で、罪質もよくない大麻取締法違反の事案であることなどからすると、この大麻たばこ七本の捜索差押をもつて、直ちに刑事訴訟法第二二〇条第一項第二号にいう「逮捕の現場」から時間的・場所的且つ合理的な範囲を超えた違法なものであると断定し去ることはできない。また、このように考えることが、前示最高裁判所大法廷の判決の趣旨にも副うものであると解する。」

