最高裁平成20年4月15日刑集62巻5号1398頁・刑訴百選【11版】9事件(公共の場所でのビデオ撮影及び領置の適法性について)
本判例は、①捜査機関において被告人が強盗殺人等事件の犯人である疑いを持つ合理的な理由が存在し,かつ,同事件の捜査に関して行われたビデオ撮影が,防犯ビデオに写っていた人物の容ぼう,体型等と被告人の容ぼう,体型等との同一性の有無という犯人の特定のための重要な判断に必要な証拠資料を入手するため,これに必要な限度において,公道上及び不特定多数の客が集まるパチンコ店内にいる被告人の容ぼう等を撮影したものであるなど判示の事実関係の下では,これらのビデオ撮影は,捜査活動として適法である、②捜査機関は,不要物として公道上のごみ集積所に排出されたごみについて,捜査の必要がある場合には,刑訴法221条によりこれを遺留物として領置することができるとした判例です。
判例を引用します。
https://www.courts.go.jp/hanrei/36292/detail2/index.html
「弁護人立田廣成の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,所論引用の各判例(最高裁昭和……44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁,最高裁昭和……61年2月14日第二小法廷判決・刑集40巻1号48頁)は,所論のいうように,警察官による人の容ぼう等の撮影が,現に犯罪が行われ又は行われた後間がないと認められる場合のほかは許されないという趣旨まで判示したものではないから,前提を欠き,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論にかんがみ職権で判断する。
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定によれば,本件捜査経過等に係る事実関係は,以下のとおりである。
(1) 本件は,金品強取の目的で被害者を殺害して,キャッシュカード等を強取し,同カードを用いて現金自動預払機から多額の現金を窃取するなどした強盗殺人,窃盗,窃盗未遂の事案である。
(2) 平成14年11月,被害者が行方不明になったとしてその姉から警察に対し捜索願が出されたが,行方不明となった後に現金自動預払機により被害者の口座から多額の現金が引き出され,あるいは引き出されようとした際の防犯ビデオに写っていた人物が被害者とは別人であったことや,被害者宅から多量の血こんが発見されたことから,被害者が凶悪犯の被害に遭っている可能性があるとして捜査が進められた。
(3) その過程で,被告人が本件にかかわっている疑いが生じ,警察官は,前記防犯ビデオに写っていた人物と被告人との同一性を判断するため,被告人の容ぼう等をビデオ撮影することとし,同年12月ころ,被告人宅近くに停車した捜査車両の中から,あるいは付近に借りたマンションの部屋から,公道上を歩いている被告人をビデオカメラで撮影した。さらに,警察官は,前記防犯ビデオに写っていた人物がはめていた腕時計と被告人がはめている腕時計との同一性を確認するため,平成15年1月,被告人が遊技していたパチンコ店の店長に依頼し,店内の防犯カメラによって,あるいは警察官が小型カメラを用いて,店内の被告人をビデオ撮影した。
(4) また,警察官は,被告人及びその妻が自宅付近の公道上にあるごみ集積所に出したごみ袋を回収し,そのごみ袋の中身を警察署内において確認し,前記現金自動預払機の防犯ビデオに写っていた人物が着用していたものと類似するダウンベスト,腕時計等を発見し,これらを領置した。
(5) 前記(3)の各ビデオ撮影による画像が,防犯ビデオに写っていた人物と被告人との同一性を専門家が判断する際の資料とされ,その専門家作成の鑑定書等並びに前記ダウンベスト及び腕時計は,第1審において証拠として取り調べられた。
2 所論は,警察官による被告人に対する前記各ビデオ撮影は,十分な嫌疑がないにもかかわらず,被告人のプライバシーを侵害して行われた違法な捜査手続であり,また,前記ダウンベスト及び腕時計の各領置手続は,令状もなくその占有を取得し,プライバシーを侵害した違法な捜査手続であるから,前記鑑定書等には証拠能力がないのに,これらを証拠として採用した第1審の訴訟手続を是認した原判断は違法である旨主張する。
しかしながら,前記事実関係及び記録によれば,捜査機関において被告人が犯人である疑いを持つ合理的な理由が存在していたものと認められ,かつ,前記各ビデオ撮影は,強盗殺人等事件の捜査に関し,防犯ビデオに写っていた人物の容ぼう,体型等と被告人の容ぼう,体型等との同一性の有無という犯人の特定のための重要な判断に必要な証拠資料を入手するため,これに必要な限度において,公道上を歩いている被告人の容ぼう等を撮影し,あるいは不特定多数の客が集まるパチンコ店内において被告人の容ぼう等を撮影したものであり,いずれも,通常,人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所におけるものである。以上からすれば,これらのビデオ撮影は,捜査目的を達成するため,必要な範囲において,かつ,相当な方法によって行われたものといえ,捜査活動として適法なものというべきである。
ダウンベスト等の領置手続についてみると,被告人及びその妻は,これらを入れたごみ袋を不要物として公道上のごみ集積所に排出し,その占有を放棄していたものであって,排出されたごみについては,通常,そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても,捜査の必要がある場合には,刑訴法221条により,これを遺留物として領置することができるというべきである。また,市区町村がその処理のためにこれを収集することが予定されているからといっても,それは廃棄物の適正な処理のためのものであるから,これを遺留物として領置することが妨げられるものではない。
したがって,前記各捜査手続が違法であることを理由とする所論は前提を欠き,原判断は正当として是認することができる。
3 なお,記録を調べても,被告人が本件強盗殺人,窃盗,窃盗未遂の罪を犯したとの原判決の事実認定に疑いをいれる余地はない。
よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。」
①公の場における撮影等については、先例として、最高裁大法廷昭和44年12月24日刑集23巻12号1625頁・京都府学連事件、最高裁昭和61年2月14日刑集40巻1号48頁・オービス事件があります。
京都府学連事件は下記のように判断しました。
https://www.courts.go.jp/hanrei/51765/detail2/index.html
「被告人本人の上告趣意二のうち、および弁護人青柳孝夫の上告趣意第一点のうち、昭和二九年京都市条例第一〇号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下「本条例」という。)が、憲法二一条に違反するという主張について。
本条例が、道路その他屋外の公共の場所で、集会もしくは集団行進を行なおうとするときまたは場所のいかんを問わず集団示威運動を行なおうとするときは、公安委員会の許可を受けなければならないと定め、これらの集団行動(以下単に「集団行動」という。)を事前に規制しようとするものであることは所論のとおりである。しかしながら、本条例を検討すると、同条例は、集団行動について、公安委員会の許可を必要としているが(二条)、公安委員会は、集団行動の実施が「公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外はこれを許可しなければならない。」と定め(六条)、許可を義務づけており、不許可の場合を厳格に制限しているのである。
そして、このような内容をもつ公安に関する条例が憲法二一条の規定に違反するものでないことは、これとほとんど同じ内容をもつ昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例についてした当裁判所の大法廷判決(昭和三五年(あ)第一一二号同年七月二〇日判決、刑集一四巻九号一二四三頁)の明らかにするところであり、これを変更する必要は認められないから、所論は理由がない。
同弁護人の上告趣意第一点のうち、本条例が憲法三一条に違反するとの主張について。
所論は、本条例は、許可を与える際必要な条件をつけることができると定め(六条)、この条件に違反し、または違反しようとする場合には、警察本部長が、その主催者、指導者もしくは参加者に対し警告を発し、その行動を制止することができ(八条)、更に、条件違反の場合には、主催者、指導者等を処罰することができる旨定めている(九条)が、このように、右条件の内容の解釈および条件違反の判定をすべて警察に委ねている点で、適法手続を定めた憲法三一条に違反し、また、条件を取締当局に都合のよいように定めることを許している点でも、白地刑法を禁止した同条に違反する旨主張する。
しかし、本条例六条一項但書は、公安委員会の付しうる条件の範囲を定めており、これに基づいて具体的に条件が定められ、これが主催者または連絡責任者に通告され(六条二項、同条例施行規則五条)、この具体化された条件に違反した行為が、警告、制止および処罰の対象となるのであつて、所論のように取締当局がほしいままに条件を定めることを許しているものではなく、犯罪の構成要件が規定されていないとかまたは不明確であるとかいうことはできない。そうすると、所論違憲の主張は、その前提を欠くことになり、適法な上告理由とならない。
被告人本人の上告趣意三の(4)について。
所論は、本人の意思に反し、かつ裁判官の令状もなくされた本件警察官の写真撮影行為を適法とした原判決の判断は、肖像権すなわち承諾なしに自己の写真を撮影されない権利を保障した憲法一三条に違反し、また令状主義を規定した同法三五条にも違反すると主張する。
ところで、憲法一三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しているのであつて、これは、国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。そして、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。
これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。しかしながら、個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけでなく、公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らして明らかである。そして、犯罪を捜査することは、公共の福祉のため警察に与えられた国家作用の一つであり、警察にはこれを遂行すべき責務があるのであるから(警察法二条一項参照)、警察官が犯罪捜査の必要上写真を撮影する際、その対象の中に犯人のみならず第三者である個人の容ぼう等が含まれても、これが許容される場合がありうるものといわなければならない。
そこで、その許容される限度について考察すると、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑訴法二一八条二項のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。すなわち、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときである。このような場合に行なわれる警察官による写真撮影は、その対象の中に、犯人の容ぼう等のほか、犯人の身辺または被写体とされた物件の近くにいたためこれを除外できない状況にある第三者である個人の容ぼう等を含むことになつても、憲法一三条、三五条に違反しないものと解すべきである。
これを本件についてみると、原判決およびその維持した第一審判決の認定するところによれば、昭和三七年六月二一日に行なわれた本件A連合主催の集団行進集団示威運動においては、被告人の属するB大学学生集団はその先頭集団となり、被告人はその列外最先頭に立つて行進していたが、右集団は京都市a区b町c約三〇メートルの地点において、先頭より四列ないし五列目位まで七名ないし八名位の縦隊で道路のほぼ中央あたりを行進していたこと、そして、この状況は、京都府公安委員会が付した「行進隊列は四列縦隊とする」という許可条件および京都府中立売警察署長が道路交通法七七条に基づいて付した「車道の東側端を進行する」という条件に外形的に違反する状況であつたこと、そこで、許可条件違反等の違法状況の視察、採証の職務に従事していた京都府山科警察署勤務の巡査Cは、この状況を現認して、許可条件違反の事実ありと判断し、違法な行進の状態および違反者を確認するため、木屋町通の東側歩道上から前記被告人の属する集団の先頭部分の行進状況を撮影したというのであり、その方法も、行進者に特別な受忍義務を負わせるようなものではなかつたというのである。
右事実によれば、C巡査の右写真撮影は、現に犯罪が行なわれていると認められる場合になされたものてあつて、しかも多数の者が参加し刻々と状況が変化する集団行動の性質からいつて、証拠保全の必要性および緊急性が認められ、その方法も一般的に許容される限度をこえない相当なものであつたと認められるから、たとえそれが被告人ら集団行進者の同意もなく、その意思に反して行なわれたとしても、適法な職務執行行為であつたといわなければならない。
そうすると、これを刑法九五条一項によつて保護されるべき職務行為にあたるとした第一審判決およびこれを是認した原判決の判断には、所論のように、憲法一三条、三五条に違反する点は認められないから、論旨は理由がない。
被告人本人のその余の上告趣意は、憲法違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
同弁護人のその余の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、同条の上告理由にあたらない。
よつて、同法四〇八条、一八一条一項本文により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。」
オービス事件は京都府学連事件を引用し下記のように判断しました。
https://www.courts.go.jp/hanrei/50309/detail2/index.html
「弁護人高山俊吉の上告趣意第一のうち、憲法一三条、二一条違反をいう点は、速度違反車両の自動撮影を行う本件自動速度監視装置による運転者の容ぼうの写真撮影は、現に犯罪が行われている場合になされ、犯罪の性質、態様からいつて緊急に証拠保全をする必要性があり、その方法も一般的に許容される限度を超えない相当なものであるから、憲法一三条に違反せず、また、右写真撮影の際、運転者の近くにいるため除外できない状況にある同乗者の容ぼうを撮影することになつても、憲法一三条、二一条に違反しないことは、当裁判所昭和四四年一二月二四日大法廷判決(刑集二三巻一二号一六二五頁)の趣旨に徴して明らかであるから、所論は理由がなく、憲法一四条、三一条、三五条、三七条違反をいう点は、本件装置による速度違反車両の取締りは、所論のごとく、不当な差別をもたらし、違反者の防禦権を侵害しあるいは囮捜査に類似する不合理な捜査方法とは認められないから、所論はいずれも前提を欠き、適法な上告理由に当たらない。
同上告趣意第二は、判例違反をいうが、原判決は所論引用の前記判例に相反する判断をしていないから、所論は理由がない。
同上告趣意第三は、単なる法令違反の主張であり、同上告趣意第四は、量刑不当の主張であつて、いずれも適法な上告理由に当たらない。
よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。」
本判例は、「上告趣意のうち,判例違反をいう点は,所論引用の各判例(最高裁昭和……44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁(※京都府学連事件),最高裁昭和……61年2月14日第二小法廷判決・刑集40巻1号48頁(オービス事件))は,所論のいうように,警察官による人の容ぼう等の撮影が,現に犯罪が行われ又は行われた後間がないと認められる場合のほかは許されないという趣旨まで判示したものではない」と京都府学連事件が示した現行犯性の要件は絶対的なものではないことを明らかにしました。この点について本判例の評釈である判例タイムズ1268号135頁は下記のように指摘をします。
「2 まず,容ぼう等の撮影の点についてみると,本件の容ぼう等の撮影は,現金自動預払機の防犯カメラに,被害者のキャッシュカードを用いて預金を引き出している男性が撮影されていたため,警察において,これが被告人であるかどうかの同一性を判断するため,被告人の容ぼう等を撮影しようとして,被告人宅近くの路上やパチンコ店にいる被告人をビデオ撮影したというものである。この撮影資料は,その後,防犯ビデオの映像についての比較鑑定の経験を多数有する専門家の判断資料とされている。
これまで,捜査官による被疑者の容ぼうの撮影が問題とされた最高裁の判例として,最大判昭44.12.24刑集23巻12号1625頁,判タ242号119頁(いわゆる京都府学連デモ事件)が存在する。これは,学生集団における集団示威行動の際,採証の職務に従事することを命ぜられていた警察官が,道路における行進に許可条件違反の事実があると判断し,この行進の状況及び違反者を確認するため,集団の先頭部分の行進状況を写真撮影したところ,被告人が,同警察官に抗議して暴行を加えて傷害を負わせたという事実関係において,被告人の行為が公務執行妨害罪として起訴され,警察官の写真撮影の適法性が問題となった事案であった。同判決は,この警察官の写真撮影を適法と判断したが,その際,「何人もみだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有し,これは憲法13条の趣旨から保護されているが,公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることがある」という内容の総論を述べた後,「警察官による個人の容ぼう等の写真撮影は,現に犯罪が行われもしくは行われたのち間がないと認められる場合であって,証拠保全の必要性および緊急性があり,その撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行われるときは,撮影される本人の同意がなく,また裁判官の令状がなくても,憲法13条,35条に違反しない」と判示した。この後者の判示部分の文言は,東京都内高速道路における自動速度監視装置による写真撮影が適法であるとの判断を示した最二小判昭61.2.14刑集40巻1号48頁,判タ591号31頁においても用いられている。
学説では,そもそも写真撮影がいわゆる強制処分であるのか任意処分であるのかといった理論的問題と,いかなる場合に捜査官による容ぼう等の撮影が許されるのかといった現実的問題が議論されている。これを強制処分とみて,法律上特別の規定がなければ許されないという立場もあるが(福井厚『刑事訴訟法講義〔第3版〕』93頁,三井誠『刑事手続法(1)〔新版〕』114頁等),多くの説は,一定の要件の下では捜査官による人の容ぼう等の撮影を認めるものと思われる(井上正仁「任意捜査と強制捜査の区別」松尾浩也=井上正仁編『刑事訴訟法の争点〔第3版〕』49頁,酒巻匡「捜査に対する法的規律の構造(2)」法教284号68頁,小林充「強制処分と任意処分」研修671号16頁,田宮裕『刑事訴訟法〔新版〕』72頁,白取祐司『刑事訴訟法〔第4版〕』113頁,村井敏邦・判評360号223頁等)。これらの説においては,上記の強制処分とみるか任意処分とみるかの問題については,種々の立場があり,新しい強制処分という概念を用いたり,容ぼう等の撮影の場所,方法等によつて,強制処分になり得る場合(例えば,通常外から見られない家屋内の秘密撮影)と,任意処分とされる場合(例えば,公道を歩行中の人の容ぼうの撮影)があるというように説明するものもある。上記大法廷判決も,容ぼう等の撮影一般について強制処分なのか任意処分なのか明言しておらず,実務的に重要なのは,いかなる場合に容ぼう等の撮影が許されるかの問題である。この点については,現行犯的な場合にのみ認められるとの厳しい考え方を示すものもあるが,多くは「侵害される利益の重大性と写真撮影の必要性・緊急性」,あるいは「必要性,緊急性,撮影方法の相当性」等を考慮して適法性を判断するといったような,比較衡量的にもう少し緩やかな規制を想定しているように思われる。
このような状況の中で出された本決定は,まず,前記大法廷判決が捜査官により写真撮影が許される場合を限定した趣旨ではないことを明らかにした点で重要な意味を持っている。同判決が,読み方によっては「現行犯ないしこれに準じる場合などそこに掲げられた要件を満たす場合にのみ捜査官による容ぼう等の撮影が許される」というようにも理解され,弁護人からそのような主張がなされる事件もあったが,本件と同様に犯人の同一性判断の資料とするため容ぼう等を撮影したことが問題となった下級審裁判例(東京地判平1.3.15判タ726号251頁,京都地判平2.10.3判時1375号143頁,東京地判平17.6.2判時1930号174頁)においては,上記容ぼう等の撮影が許されるのは上記大法廷判決が掲げた場合に限らないとの判断が示されていた。これが最高裁の立場としても確認されたといえる。上記大法廷判決の解釈としては,その判文が,「その許容される限度について考察すると,……刑訴法218条2項のような場合のほか,次のような場合には,……警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。」となっており,これ以外に許されないとの趣旨を示しているわけではない上,捜査官において人の容ぼう等を撮影することが現行犯的な場合以外は一切許されないとすることの非現実性を考慮すれば,大方の賛同を得られるものと思われる。学説の多くも承認しているところである。なお,容ぼう等の撮影に対して厳しい立場の中には,捜査機関による目的外使用の危険性を危ぐするものもあるように思われるが,これは事後的な保管,廃棄方法の問題であり,これが捜査目的による撮影の場面での適法性にどのような意味で影響するのかという点から検討すべきことのように思われる。
そこで,捜査官による人の容ぼう等の撮影が許される範囲が上記大法廷判決で限定されているものではないとして,さらにどのような場合にこれが許されるのかという点が問題となるのであるが,本決定は,事例判断として,発生した犯罪についての捜査活動としてなされた本件における容ぼう等の撮影が適法であるとしたにとどまり,一般的な要件を示してはいない。ここでは,被撮影者の容ぼう等を撮影されない自由と捜査の必要性という2つの利益が対立しているのであり,比較衡量的に判断するしかないのではなかろうか。最三小決昭51.3.16刑集30巻2号187頁,判タ335号330頁(被告人が呼気検査を拒もうとして警察官に暴行を加えた公務執行妨害の事案であり,被告人の手首をつかんだ警察官の行為の適法性が問題となった。)は,警察官の有形力の行使について,常に強制処分となるわけではなく,任意処分とされる場合があることを前提としながら,その場合でも,「必要性,緊急性などをも考慮したうえ,具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される」旨判示し,任意処分であっても常に許されるものではなく,その処分による権利・利益の侵害と捜査の目的達成のための必要性の権衡によって個々に適法性を判断するとの立場を示しており,容ぼう等の撮影も,これとほぼ同様の状況と考えられる。本判決における理由中の判示には,「犯人の特定のための重要な判断に必要な証拠資料を入手するため」,「通常,人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所における(撮影)」等の文言が用いられ,これらが判断要素であったことがうかがわれるし,強盗殺人罪という重大犯罪であることも当然考慮されていたと思われる。本件では判示されていないが,撮影時間の長さが考慮される場合もあろうし,その他種々の事情が判断要素となり得る。いずれも程度のある概念であり,抽象的要件で線を引くことは困難というべきであろう。」
次に、ごみの領置ですが、本判例は、「ダウンベスト等の領置手続についてみると,被告人及びその妻は,これらを入れたごみ袋を不要物として公道上のごみ集積所に排出し,その占有を放棄していたものであって,排出されたごみについては,通常,そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても,捜査の必要がある場合には,刑訴法221条により,これを遺留物として領置することができる」と判断しました。この点について本判例の評釈である判例タイムズ1268号135頁は下記のように指摘をします。
「3 次に,ごみの領置の点についてみると,この捜査は,警察官が,被告人宅近くのビルの一室を借り,あるいは駐車した捜査車両の中から,数か月にわたり被告人の動静観察を続け,その中で,被告人あるいはその妻が公道上のごみ集積所に排出したごみ袋に何か本件の証拠となるものがないかを捜す中で,現金自動預払機の防犯カメラに写っていた人物が着用していたダウンベスト及びその人物がはめていた時計と似たダウンベスト及び時計を領置したものである。
これまで,ごみとして排出されたものを捜査機関が取得することの適法性を問題にした最高裁の判例はなく,学説上も十分に議論されていたとはいえない状況であった(下級審裁判例として,被告人がごみ集積所に投棄したビニール袋を拾得して持ち帰り,内容を見分してその中からDNA鑑定の前提となる資料を発見した行為に違法がないとした東京高判平8.5.9高刑49巻2号181頁〔該当部分は190頁〕,判タ922号296頁が目に付く程度である。また,捜査官がごみを回収した事案として米合衆国における修正4条の関係での連邦最高裁判決は何回か紹介されている〔緑大輔「刑事手続における遺留物の領置」修道法学27巻2号317頁等〕。)。捜査機関が証拠物を取得する手続として,刑訴法においては,令状に基づく押収のほかに,遺留物に対する領置が法221条により規定されているのであるから,令状によることなくこのごみの占有を取得できるとすれば,同条により領置できるかどうかの問題になると考えられる。ここでは,同条が領置の対象とする「遺留物」に,ごみが含まれるかどうか,仮にこれが含まれるとして,捜査機関は何らの制限なくこれを領置できるのかを検討する必要がある。
まず,本決定は,本件のごみ袋について,「不要物として公道上のごみ集積所に排出し,その占有を放棄していたものであって」として,これが「遺留物」に当たることを示している。同条の「遺留物」とは,「遺失物」よりも広い概念であり,自己の意思によらず占有を喪失した場合に限られず,自己の意思によって占有を放棄し,離脱させた物も含むとされているところ,「ごみ」の中でも,「(被疑者ないしその他の者が)不要物として公道上のごみ集積所に排出し,その占有を放棄していたもの」については一般的に遺留物に当たることを認めたものといえる。逆に言えば,ごみの中でも,公道上でない自宅敷地内のごみ箱や集合住宅内のごみ集積所に出されたものが対象である場合は,本決定の直接の射程範囲からはずれるものと考えられる。
さらに,本決定は,上告趣意がプライバシーの侵害を主張していたことへの対応として,「通常,そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても,捜査の必要がある場合には,(遺留物として領置できる。)」との文言が加えられている。これは,このような期待が一般的に権利性を有するかどうかという点については必ずしも明言せず,「捜査の必要がある場合には」という文言により,少なくとも,捜査上の領置を妨げる理由にはならないことのみを示しているといえる。理論的には,本件のように排出されたごみについてはプライバシーの権利がもはや存在しないと考えるのか,これはまだ残存しているが,当該状況においてその権利性が弱くなり,捜査の必要性との関係では保護に値しないものとなったと考えるのかなど,両方の考え方があり得ると思われる。」
②ごみの領置に関連する裁判例として東京高裁平成30年9月5日判例タイムズ1466号103頁・刑訴百選【11版】8事件は下記のように判断しています。一部を引用します。
「 (1) 本件マンションにおけるごみの取扱いについて,原審証拠によれば,本件マンションには,各階にゴミステーションがあり,地下1階にごみ置場が設けられており,そのごみ処理は管理組合の業務とされ,管理組合はマンション管理会社に対しごみの回収・搬出等の清掃業務を含む本件マンションの管理業務を委託し,そのうち清掃業務については,そのマンション管理会社から委託を受けた清掃会社が行っていたこと,本件マンションでは,居住者が各階のゴミステーションにごみを捨て,これを上記清掃会社の清掃員が各階から集めて地下1階のごみ置場に下ろすなどして,ごみの回収・搬出作業を行っていたことが認められる。このような本件マンションにおけるごみの取扱いからすると,居住者等は,回収・搬出してもらうために不要物としてごみを各階のゴミステーションに捨てているのであり,当該ごみの占有は,遅くとも清掃会社が各階のゴミステーションから回収した時点で,ごみを捨てた者から,本件マンションのごみ処理を業務内容としている管理組合,その委託を受けたマンション管理会社及び更にその委託を受けた清掃会社に移転し,重畳的に占有しているものと解される。
このことを踏まえて,本件紙片を領置するに至った捜査過程について見ると,原審証拠によれば,平成25年10月頃から警視庁管内で会社事務所を狙った侵入窃盗事件が多発し始め,警察が捜査していたところ,翌年に中野警察署管内で発生した侵入窃盗事件について,手口から容疑者として被告人が浮上し,被告人の行動確認をすることになり,本件マンションの管理組合が管理業務を委託している上記マンション管理会社に対し捜査関係事項照会を行って本件マンションに設置された防犯カメラの画像を見せてもらっていた状況で,被告人の出すごみの捜査をすることになり,上記マンション管理会社の指示を受けて,本件マンションにおける同社の管理責任者や上記清掃会社のごみ回収責任者とやり方を協議し,被告人の住戸のあるE階のごみについては,他の階のごみと混ざらないように専用のバッカンに入れて地下1階のごみ置場に下ろし,警察官が管理員のいる警備室を通ってそのごみ置場に行き,上記ごみ回収責任者等が立ち会ってそのごみの確認をするという方法で,平成28年4月8日頃からごみの捜査を行っていたこと,5月16日も,警察官らが警備室で管理員の了解を得て地下1階のごみ置場に行き,E階から回収されたごみのうち,外観から被告人の出したごみの可能性のあるごみ4袋について,上記マンション管理会社の管理員が立ち会って,1袋ずつ開封していき,そのうちの1袋から本件紙片等が発見されたため,立ち会っていた管理員からそのごみ1袋の任意提出を受けて領置した上,そのごみ1袋をその管理員にいったん還付し,改めてその管理員から本件紙片等のみの任意提出を受けて領置したことが認められる。このように,本件紙片等の入っていたごみ1袋を含むごみ4袋は,上記マンション管理会社や清掃会社が占有するに至っていたものであり,本件紙片等を領置するに至ったごみの捜査は,本件マンションの管理業務の委託を受けている上記マンション管理会社が,法律に基づいた権限により行われている公益性の高い犯罪捜査に協力している状況で,更にごみの捜査にも協力することにし,同社の従業員や同社から委託を受けてごみの回収・搬出を行っている上記清掃会社の従業員と協議して行われたものであるから,本件紙片等の入っていたごみ1袋を含むごみ4袋は,その所持者が任意に提出した物を警察が領置したものであり,警察がそのごみ4袋を開封しその内容物を確認した行為は,領置した物の占有の継続の要否を判断するために必要な処分として行われたものであるといえる。
(2) このようなごみの捜査を行う必要性について見ると,原審証拠によれば,被告人は,平成25年10月頃から警視庁管内で会社事務所等を狙った侵入窃盗事件が多発し始めていた状況の中,中野警察署管内で発生した侵入窃盗事件の手口からその容疑者と目され,行動確認のための捜査が行われたが,本件マンションには出入口が多数あって被告人が本件マンションを出るのを把握することが遅れて追尾できなかったり,被害発生現場付近まで追尾できるようになってもその付近における被告人の行動から失尾してしまったりするなどの状況から,被告人に対し学校,会社事務所等を狙って多発していた侵入窃盗事件の嫌疑が高まっていたものであり,上記のようなごみの捜査を行う必要性は高かったといえる。また,被告人の捨てたごみの中には,被告人に対する嫌疑がある侵入窃盗事件の被害品の一部や犯行時に犯行現場付近に存在したことを示すような証拠等が混ざっている可能性があるから,上記のようなごみの捜査を行う合理性もあったといえる。
さらに,上記のようなごみの捜査の相当性について見ても,Fの原審証言によれば,上記のようなごみの捜査は,本件紙片を領置した日だけでなく,4月8日頃から被告人逮捕の前日である8月1日頃まで行われていたことが認められるが,上記のとおり,被告人が警察に検挙されないようにする行動を取っていると推測される状況があったことからすると,上記のような証拠になり得る物がごみとして出されるのをとらえるために,ある程度の期間にわたって上記のようなごみの捜査をすることもやむを得なかったといえる。しかも,上記のとおり,警察は,被告人の住戸のあるE階のごみの中から、外観から被告人が出したごみの可能性のあるごみ袋に絞り込んでおり,領置して開封するごみ袋を極力少なくする配慮をしていたのである。これらのことからすると,上記のようなごみの捜査は,相当な方法で行われていたといえる。
本件マンションの居住者等は,ゴミステーションに捨てたごみが清掃会社によりそのまま回収・搬出され,みだりに他人にその内容を見られることはないという期待を有しているものといえるが,このことを踏まえても,本件紙片を領置するに至った捜査は,上記のような必要性があり,その方法も相当なものであったのであるから,警察がその所持者から本件紙片等の入っていたごみ1袋を含むごみ4袋の任意提出を受けて領置した上,それらのごみ袋を開封してその内容物を確認し,証拠となり得る物と判断した本件紙片等について,改めて任意提出を受けて領置した捜査手続は適法なものといえる。」
この裁判例の評釈である判例タイムズ1466号103頁には下記のような記載があります。
「3 説明
(1) はじめに
本件は,捜査機関が,被告人が居住するマンションの共用部であるごみ集積場所に排出したごみ袋に在中する本件紙片等を,マンション管理会社の管理員から任意提出を受けて領置した手続について,その適法性が争われた事案である。ごみに関する捜査については,捜査機関が,不要物として公道上のごみ集積所に排出されたごみについて,捜査の必要がある場合には,刑訴法221条によりこれを遺留物として領置することができる,とした最高裁平成20年4月15日決定(刑集62巻5号1398頁,判タ1268号135頁)があるが,本件は,公道上のごみ集積所ではなく,マンションの共用部であるごみ集積場所に集積されたごみについて,捜査機関が,被告人の遺留物としてではなく,マンション管理会社の管理員から任意提出を受けて領置したものである(なお,被告人が自宅敷地内のごみ保管場所に投棄したところ,捜査機関が,当該ごみを収集して敷地外に搬出した市職員から任意提出を受けて領置したことが適法とされた事例として,東京高判平成29年8月3日公刊物未登載〔判例秘書登載判例番号L07220370〕がある。)。
(2) ごみの占有の所在について
本判決はまず,ごみの占有の所在について検討している。本件は任意提出を受けて領置したものであるところ,領置という処分は,物の占有の取得,占有の継続・内容等の点検に向けられたものであり,「所有者,所持者若しくは保管者」(刑訴法222条,101条)が任意に提出した物につき許された処分であるから(領置は,占有の取得過程では強制力を用いないが,占有を取得した以上は,強制的に占有を継続する性質を有する処分である点に特徴があるとされる〔平場安治ほか・注解刑事訴訟法上巻(全訂新版)326頁参照〕。),対象物であるごみの占有の所在について検討したものと思われる。本件マンションにおけるごみの取扱いによれば,居住者等がごみを各階のゴミステーションに排出すると,後は清掃会社の清掃員により地下1階のごみ集積所を経てごみとして回収・搬出されるというのであるから,ごみを各階にゴミステーションに排出するという行為は,それを回収・搬出してもらうために不要物として捨てているものであり,ごみを排出した者の当該ごみに対する占有は放棄されていると考えられる。その一方で,本件マンションの管理規約等によれば,管理組合がごみの処理をその業務とし,マンション管理会社にそれを委託し,マンション管理会社は更にそれを清掃会社に委託しているというのであるから,遅くとも清掃会社が各階のゴミステーションから回収した時点では,ごみの占有がこの三者に移転していると考えられ,本判決の判断は,合理的なものといえよう。本判決は,この三者の占有関係について「重畳的に占有」すると説示しているが,観念的な占有を念頭に置いたものではないかと思われ,この三者のうちその時点で物理的な管理支配関係としての占有をしている者が所持者などとして任意提出できるとしたものと解される。原判決は,ごみは各階のゴミステーションに捨てられた時点で清掃会社の占有・管理に委ねられているとして,その処分権限が清掃会社からマンション管理会社に委ねられていたかどうかを検討し,これを肯定する旨の事実を認定しているが,本判決は,上記のとおりマンション管理会社と清掃会社とが重畳的にごみを占有し,いずれにも処分権限がある以上,この点を判断する必要はないと考えたのではないかと思われる。
(3) ごみの捜査の法的構成
そして本判決は,本件紙片等が入っていたごみ袋は,マンション管理会社や清掃会社が占有するに至っていたもので,刑訴法221条に基づき,その所持者が任意に提出した物を捜査機関が領置したものであり,捜査機関がごみ袋を開封しその内容物を確認した行為は,領置した物の占有の継続の要否を判断するために必要な処分(刑訴法222条,111条2項)として行われたものであるとし,その理由として,上記マンション管理会社が,法律に基づいた権限により行われている公益性の高い犯罪捜査に協力している状況で,更にごみの捜査にも協力することとし,同社の従業員や清掃会社の従業員と協議して行われたものであることを挙げている。そもそもマンション管理会社及び清掃会社は,上記のとおり通常業務の一環として適法にごみを占有しているのであるから,基本的にごみを任意に提出する権限があるといえようが,加えて,ほしいままにごみ袋を開封してその内容をのぞき見るなどの不適切な目的ではなく,捜査への協力という公益的な要請によるものであることも考慮したものであろう。そして,捜査機関がごみ袋を開封しその内容物を確認した行為を,領置に伴う必要な処分と位置付けられるとしたのは,前掲最高裁平成20年4月15日決定の事案において,遺留物として領置されたごみ袋を開封した上でその内容物を確認したことを必要な処分とした判断と同旨のものである。後記のとおり,ごみ袋を開封した上で内容物を確認するという検証作業は,プライバシーへの期待の侵害を伴うものとはいえ,そもそもその要保護性は高いとはいえない上,対象物を損壊,費消したりするものではなく,侵害の程度としても大きいとはいえないのであるから,これも押収物に許された必要な処分として令状なく行えることになると考えられる(平成20年度最高裁判所判例解説刑事篇315頁〔鹿野伸二執筆〕)。一般に,証拠物等として留置することの必要性を判断するために,封緘された信書を開披したり,未現像の撮影フィルムを現像したりすること,コンピュータ等の磁気情報を読み出すことなどは,差押え等における「必要な処分」として許されるとされており(河上和雄ほか編・大コンメンタール刑事訴訟法〔第2版〕第2巻401頁),対象者の被侵害利益の程度は,これらとさほど変わるところはないか,むしろ低いと思われる。
なお,本判決についての評釈である北原直樹「捜査機関が,マンションの共用部分であるごみ集積場所に集積されたごみ袋在中の紙片を,マンション管理会社の管理員から任意提出を受けて領置したことが適法とされた事例」研修845号25頁は,本件ごみの捜査が強制処分に該当しないとすることを詳細に論じているが,既に見たとおり本判決はごみの任意提出・領置及び必要な処分としてのごみの開封・内容確認という法的構成を取っており,あえてその全体としての強制処分該当性を論じる必要はないと考えたのではないかと思われる。
(4) ごみの捜査の適法性について
さらに本判決は,本件ごみの捜査の適法性について,捜査方法の適法性に関する一般的な検討手法に則り,警察比例の観点から必要性及び相当性を検討し,上記2の事情を指摘するなどしてこれを適法であるとし,さらに,ごみを集積させた者は,ゴミステーションに捨てたごみが清掃会社によりそのまま回収・搬出され,みだりに他人にその内容を見られることはないという期待を有しているとしながらも,これを踏まえても,捜査は適法であると結論付けた。
捜査の必要性や相当性を検討するに当たっては,当該捜査により侵害される利益を念頭に置く必要があるから,ごみの捜査による被侵害利益がどのようなものかを考えてみると,そもそも領置が物の占有の取得等に向けられた処分であるから,占有侵害の観点から見ると,ごみを排出した者の占有は既に見たとおり放棄されているのであるから,それが侵害されることはないし,マンションの管理会社等としては,任意にごみを提出しているのであるから,その占有が侵害されることもない。一方,ごみの領置に伴う必要な処分としてごみ袋が開封されその内容を見られることにより,ごみを排出した者が有する上記の期待が害されることにはなるが,かかるプライバシーに関する期待は,期待の内容に照らし,占有が放棄された後も継続するものではあるものの,原判決が説示するように,ごみとして何かを捨てるという行為は,不可避的に,第三者による接近を許す機会や第三者に処分を委ねる機会を伴うことなどを考慮すると,その期待の要保護性は高いとはいえないと考えられる。
このように考えてくると,ごみの捜査による被侵害利益として考慮すべきは,主としてごみを排出した者が有する上記の期待ということになるが,その要保護性は高いとはいえないから,上記のとおりの捜査の必要性の高さや相当な方法でなされていることなどに鑑み,本件ごみの捜査が適法であるとした本判決の判断は合理的なものといえる。
なお,本判決は,捜査の必要性について,嫌疑の高さや他の捜査方法が奏功していなかったことを挙げていることから,他の捜査方法では代替できないなどの高度の必要性を要求していると見る余地もないではないとの指摘もあり,確かに,領置するごみ袋を極力絞ろうとする配慮をするにしても限界はあり,嫌疑の対象とされている者の捨てたごみ袋以外の物を領置することになるおそれは否定できないから,捜査機関としてごみの捜査を行うかどうかの判断は,相応に慎重になされるべきではあろうが,既に見たとおり,ごみを排出した者の占有は,嫌疑の対象とされている者のごみであろうとそれ以外であろうと,放棄されていると考えられる上,その者が有するとされる利益も,本判決で「期待」との語を用いて表現されているとおり,要保護性が高いとは見られないことからすると,本判決における必要性の説示は,あくまで本件において認定された捜査の必要性の高さを示したにとどまり,一般に高度の必要性を要求した趣旨ではないと考えられよう(北原・前掲28頁)。
また,本判決は,本件マンションがオートロック式で,部外者の立入りが制限されていることから,公道に捨てられた場合と比較して第三者がごみにアクセスする可能性が低いなどとの弁護人の主張について,本件におけるごみの捜査の必要の高さや方法の相当性に照らすと,本件紙片を領置するに至る捜査手続は適法といえるとして,簡潔な理由付けで弁護人の主張を排斥している。仮にごみの内容を他人に見られることはないという期待が一定の保護に値する利益であると見ても,ごみを集積した場所が公道上であれ,集合住宅内のごみ集積場所であれ,ごみを廃棄する意図の下で,ごみが占有を離脱した点は同様であり,捜査機関を含む第三者との関係で保護されるべき利益に差異はなく,第三者によるごみへの接近の可能性があることについても,特に変わるところはなく,そうだとすると,ごみが元々置かれた場所が,公道上のごみ集積所なのか,そうでないかによって,捜査機関が占有を取得する手続が異なるのは不均衡なのであって(川出敏裕「物の占有とプライバシー」研修753号10頁),上記に見た捜査の必要性や相当性に鑑みれば,本件ごみの捜査を適法なものとした本判決の判断は妥当なものといえよう。
(5) おわりに
本判決は,被疑者・被告人が排出したごみに対する捜査という捜査手法について,新たな法的判断を示したものではないが,これを適法とした事例判断として実務上参考になると思われる。今後の問題としては,ごみの捜査が余りに長期間に及んだり網羅的になったりするなど権利侵害の程度が大きいとして許されないとか令状がなければならないとかいった場合はどのような場合かといった点が考えられようか。
参考文献として,文中に記載したもののほか,緑大輔「捜査機関による公道上およびパチンコ店内での被告人の容ぼう等のビデオ撮影および公道上のごみ集積所に排出されたごみの領置が適法と判断された事例」速報判例解説3号213頁,同「刑事手続における遺留物の領置-合衆国における『放棄された財物』-」修道法学27巻2号317頁,渡辺咲子・任意捜査の限界101問(5訂)126頁等。」
本判例は、公共の場所でのビデオ撮影につき、京都府学連事件の現行犯性の要件は絶対的なものではないこと、及び、領置の適法性について判断要素となる視点を示しており、重要な意義を有しています。

