最高裁昭和55年4月28日刑集34巻3号178頁・刑訴百選【11版】36事件(起訴後の余罪捜査と接見指定)
1 はじめに
本判例は、同一人につき被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の逮捕勾留とが競合している場合における刑訴法39条3項の接見等の指定権が問題となりました。
2 前提となる知識
刑訴法39条
1項 身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第31条第2項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び司法巡査をいう。以下同じ。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第1項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。
3 問題の所在
最高裁昭和41年7月26日刑集20巻6号728頁(以下「昭和41年判例」といいます。)は「公訴の提起後は、余罪について捜査の必要がある場合であつても、検察官、検察事務官または司法警察職員は、被告事件の弁護人または弁護人となろうとする者に対し、刑訴法第39条第3項の指定権を行使することができない。」としていました。しかし、昭和41年判例は、「被告人が余罪である被疑事件について
逮捕・勾留されていなかった事案に関して判示したもの」(本判例の評釈である刑訴百選【11版】36事件解説1⑴)でした。そこで、被疑事件についても身柄拘束されている場合には接見指定することができるのか問題となりました。
4 判旨
「本件抗告の趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例(最高裁昭和41……年7月26日第三小法廷決定・刑集20巻6号728頁)は、被告人が余罪である被疑事件について逮捕、勾留されていなかつた場合に関するもので、余罪である被疑事件について現に勾留されている本件とは事案を異にし適切でなく、その余は、憲法34条、37条3項違反をいう点を含め、実質は刑訴法39条3項の解釈の誤りを主張するものであつて、いずれも同法433条の抗告理由にあたらない。
なお、同一人につき被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の逮捕、勾留とが競合している場合、検察官等は、被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない限り、刑訴法39条3項の接見等の指定権を行使することができるものと解すべきであつて、これと同旨の原判断は相当である。
よつて、刑訴法434条、426条1項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」
5 解説
⑴ 判例タイムズ415号114頁)
「本件のように、同1人について被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の逮捕、勾留とが競合している場合、検察官等が刑訴法39条3項の接見等の指定権を有するか否かは、いわゆる千葉大チフス菌事件に関する最高三小決昭41・7・26刑集20巻6号728頁(本誌194号126頁)をめぐつて、かねて論議のあつたところである。
すなわち、右最決は、公訴の提起後は、余罪について捜査の必要がある場合であつても、検察官等は、被告事件の弁護人または弁護人となろうとする者に対し、接見指定権を行使することができないとしたが、この判例の事案は、余罪について逮捕、勾留されていない場合であつたため、接見指定権を逮捕、勾留に伴う権限と解するときは、いわば当然の結論であり、余罪について逮捕、勾留されている場合も同様に考えるべきか、問題があつたからである。
この問題は、被疑事件について捜査官が有する接見指定権と、本来指定権の制約を受けないはずの被告人と弁護人の接見交通権とが衝突する場面を、どう解決するかという問題である。
前掲最決より前、岐阜地決昭38・6・1下刑集5巻5=6号635頁は、捜査官は身柄拘束中の被疑事件につき指定権を行使できるが、弁護人も被告事件について指定の制限を受けずに自由に接見でき、ただ弁護人は接見の機会を被疑事件のために利用してはならないという弁護士倫理上の義務を負うとした。
この考え方は、いわゆる事件単位の原則に忠実ではあるが、観念的、非現実的で、問題の解決にならないと批判されている。
そこで、学説の多くは、被告人、弁護人の接見交通権のもつ意義の重要性から、これを優先させ、余罪について逮捕、勾留されていると否とを問わず、公訴提起後は被告事件の弁護人に対して接見指定権は行使できないとの見解をとつている。
これに対し、捜査官の指定権行使を認める反面、その指定については余罪捜査の便宜に偏向せず、起訴された事実についての被告人の防禦権を重視して、接見の時間を大幅に緩和することを要求し、もし不当であれば準抗告を認めて是正を求めるべきであるとの見解(出射義夫・警察研究38巻11号125頁)もあつた。
本件原決定はこの見解に近いようである。
また、東京地決昭50・6・14(判時785号50頁)は、本件のような場合につき、接見指定権を認めている。
本決定は、「被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない限り」との条件を付したうえで、検察官等の接見指定権の行使を認めたものであり、余罪捜査の必要性と、被告事件についての被告人、弁護人の防禦権との調和を図つたものとみられる。
第一小法廷は、さきに、国家賠償事件に関する最判昭53・7・10民集32巻5号820頁(本誌372号67頁)において、「捜査機関は、弁護人から被疑者との接見の申出があつたときは、原則として何時でも接見の機会を与えるべきであり、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち合わせる必要があるなど捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防禦のため弁護人と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである。
」との判断を示しており、本決定は、右判旨と合わせて理解されるべきものと考えられる。
本決定は、捜査官と被告人、弁護人との利害が鋭い対立をみせる問題点につき、最高裁の見解を明らかにしたものとして、実務上重要な意義を有するものと思われる。
この問題に関する文献は多数あるが、さしあたり、前掲出射のほか、新関雅夫・令状基本問題追加40問161頁、岡部泰昌・捜査法大系II 196頁、石松竹雄・刑事実務ノート3巻57頁、本誌296号296頁をあげておく。」
⑵ 百選11版36事件解説
ア 接見指定権の行使の可否ーー昭和41年決定と本判例の関係(解説1⑵)
「接見指定権の行使に関し,「被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない限り」との条件を付していることに照らすと,本決定ば接見指定権の行使を事件単位で考えることなく,被疑事件を根拠とする
接見指定の効果が被告事件にも及ぶ立場を採ったといえる(本判例の評釈である金築・昭和55年度最高裁判所判例解説刑事篇96頁参照)。」(※出典を加筆しました)
イ 「被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない限り」の意義(解説2)
「本決定は,検察官等は「被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない限り」接見指定権を行使できると判示した。接見指定権の行使が被疑事件について防御権の不当な制限にわたってはならないことは,刑訴法39条3項ただし書より明らかである。そのため,本決定の判示は,被疑事件だけでなく「被告事件」についても,「防禦権の不当な制限にわたらない限り」においてのみ接見指定権の行使ができることを明らかにした点に特徴がある(本判例の評釈である金築・昭和55年度最高裁判所判例解説刑事篇98頁参照)。余罪である被疑事件に関して逮捕・勾留されている被告人に対して接見指定権が行使される場合,たとえ被疑事件の「捜査のため〔の〕必要」が懃められるとしても,具体的事件において被告人の公判準備に関する防御の利益がこれを上回るときは,後者を優先させるべき利益状況が存在する(井上・後掲11頁参照)。したがって.例えば被告事件の公判準備のために緊急に接見する必要がある楊合は,被疑事件の「捜査のため〔の〕必要」が認められるとしてもなお接見させなければならないといえよう(本判例の評釈である金築・昭和55年度最高裁判所判例解説刑事篇98頁)。本決定のいう「被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない限り」という判示は,以上の意味で理解することができる。なお,刑訴法39条3項ただし書は「被疑者」の防御権に関して規定しているところ,「被告事件」についての防御権に言及した本決定の判示を同規定の文言に当てはめることができるのかは別途問題となり得る。この点を消極に解する場合は本決定の判示は.刑訴法39条3項の要件に付加された接見指定の要件として位置付けられる(本判例の評釈である金築・昭和55年度最高裁判所判例解説刑事篇98頁参照)。」(※出典を加筆しました)
6 関連する判例
本判例の弁護人は、被疑事件および被告事件の両方で選任されていました。これと異なり、被告事件についてのみ選任された弁護人に対し,検察官等が接見指定権を行使することができるのかについて最高裁平成13年2月7日集刑280号115頁は、本判例を引用し、「同一人につき被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の勾留が競合している場合、検察官は、被告事件について防御権の不当な制限にわたらない限り、被告事件についてだけ弁護人に選任された者に対しても、同法39条3項の接見等の指定権を行使することができる」としました。
この点について、本判例の評釈である百選36事件解説3は「前述のとおり,本決定は.被告人が余罪である被疑事件に関して逮捕・勾留されている場合に被告事件に関して接見を認めることにより,被疑事件についての取調べ等が中断され捜査に著しい支障が生じることがあり得るため,接見指定権の行使が詔められ得るという理解を前提としていると解される。そしてこのような取調べ等に関する被疑者の身体の利用の必要性は,被告事件の弁護人が被疑事件の弁設人を兼ねている場合とそうでない場合とで異なることはないため,前者の場合について接見指定権の行使が認められるのであれば,後者の場合に関しても認められるべきであろう(大澤裕・平成13年度重要判例解説191頁)。このような考え方によれば本決定の射程は被告事件についてのみ選任された弁護人に対する接見指定権の行使に関しても及ぶことになる(本判例の評釈である金築・昭和55年度最高裁判所判例解説刑事篇98頁)。平成13年決定は,この点を確認したものといえる。」

