東京高裁令和4年10月31日令和4年(う)第880号(判例タイムズ1512号141頁・国外にいる者の検面調書の証拠能力・「国外にいる」場合に検察官面前調書を証拠として採用することが「手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき」にあたるかについて)
本裁判例は、原審裁判所が,新型コロナウイルス感染症に係る水際対策措置のために来日できない者の検察官調書について,審理経過及び検察官が出頭確保に向けた相応の尽力をしたことなども踏まえると,刑事訴訟法321条1項2号前段の供述不能の要件を満たし,手続的正義の観点から公正さを欠くとはいえないとして同号前段により採用して取り調べた点に訴訟手続の法令違反はないとされた事例判決です。
裁判例を引用します。
「第3 当裁判所の判断
1 原審裁判所が刑訴法321条1項2号前段(本条項)により、本件各調書を採用し取り調べた点に何らの法令違反はない。以下、所論に鑑み補足して説明する。
2 本条項が憲法に違反するとの主張について
所論は、供述者が公判廷で証言できないというだけの理由でその者の検察官調書を実質証拠として採用することを認める本条項は憲法37条2項に違反する旨主張するが、本条項が憲法の同条項に違反するものでないことは、最高裁の判例(最高裁昭和26年(あ)第2357号同27年4月9日大法廷判決・刑集6巻4号584頁)の示すところから明らかである。
これに対し所論は、前記判例は、その解釈が正しい根拠を何一つ示さず、そうした憲法論を正当化する先例ではない別の大法廷判決を引用しているにすぎないのであり、憲法37条2項の沿革や制定過程、検察官調書の危険性等に照らし再検討すれば、本条項は憲法に違反する、などと主張するが、独自の見解をいうものであって、到底採用の限りではない。
3 本件各調書の採用が憲法及び最高裁の判例に違反するとの主張について
(1)所論は、原審検察官は、原審公判で被害者らの証人尋問を実施することになるのは最初から明白であったことや、被害者らが我が国の裁判所に出頭する動機を失ったこと、公判前整理手続が相当長期にわたることを認識し、あるいは容易に予想できたのに放置し、また、領事官尋問等の他の方法により証拠を保全できたのにこれを行わなかったことに照らせば、証人確保に向けた相応な尽力をしなかったことが明らかであり、そうであるのに本件各調書を採用して事実認定の証拠とした原審裁判所の手続は、憲法37条2項及び最高裁の判例(最高裁平成2年(あ)第72号同7年6月20日第三小法廷判決・刑集49巻6号741頁)に違反する、などと主張する。
しかしながら、原判決が説示するように、最終的に証人尋問が必要になるかどうかは具体的な争点及び証拠の整理状況を踏まえなければ判断できない上、公判前整理手続の終了時期を正確に予測することは困難であり、被告人及び原審弁護人の応訴態度等から証人尋問を実施することが明白であったとの点や、公判前整理手続が長期化することを容易に予想できたとする点は、弁護人の一方的な見立てをいうもので当を得ない。被害者らが出頭する動機を失ったとする点も、B C及びEと共犯者との間で示談が成立したことから弁護人がそのように推測するものにすぎない上、原審記録によれば、原審検察官はこれら3名が共犯者と示談した後も、連絡を取ることができたC及びDについては出頭の意思があることを確認し、原審裁判所が予定した証人尋問期日であれば出頭できる旨の回答も得ていたことが認められるから、原審検察官が事態を放置したなどとは認められない。なお所論は、原審検察官は、前記感染症の感染拡大後の段階で刑訴法227条1項の証人尋問を請求すべきであったとも主張するが、本来この証人尋問の制度は、捜査機関が十分な捜査を行うためのものであり、検察官にこれを請求すべき義務があるとまでは解されない上、被告人、被疑者又は弁護人も同法179条による証拠保全をすることができるのであるから、原審検察官が同法227条1項の証人尋問を請求しなかったことが直ちに違法、不当となるわけではない。さらに、所論のいうように領事官尋問等の他に選択し得る方法があったとしても、被害者らが原審公判廷に出廷し裁判官の面前で証言することが最適であり、原審検察官はあくまでその実現を目指したものと認められる。原判決が、原審検察官は被害者らの出頭確保に向け相応の尽力をしたと認められるとした点に誤りはない。
(2)所論は、被害者らは原審公判廷への出頭を拒否して、国家権力を利用した被告人に対する責任追及を放棄したものとみなすべきこと、本件各調書の採用は、被告人が自己に不利益な証人と対決する権利を侵害していること、原判決によれば、検察官は被害者から出頭の意思がある旨の供述を引き出して調書に記載し、外交文書の発出を指示してその旨を記載した報告書さえ作成すれば相応の尽力をしたと評価されてしまうことになり、これは形式的で被告人の人権を無視した手続であることなどによれば、本件各調書の採用は明らかに手続的正義に反する、などと主張する。
しかしながら、被害者らが責任追及を放棄したとみなすべきであるとする点や、被告人に証人と対決する権利がありこれが侵害されたとする点は、独自の見解であって到底採用の限りではない。また原判決は、本件の審理経過、原審検察官の国際捜査共助に向けた準備や調整の状況、前記感染症の感染拡大状況の予測困難性等を総合考慮し、原審検察官が相応の尽力をしたと判断したのであって、形式的で被告人の人権を無視した手続であるとの非難は当たらない。
4 所論が、日本国政府が刑事手続の実現のための立法的手当てを講じず、例外のない入国制限措置を執ったことによって生じる不利益を被告人が一方的に被るのは不公平で手続的正義に反する、などという点も含め、その他種々主張するところを踏まえても、原審裁判所の訴訟手続に法令違反はない。
論旨は理由がない。……」
最高裁平成7年6月20日刑集49巻6号741頁・刑訴百選【11版】80事件(以下「平成7年判例」といいます。)は以下のように判断していました。
「(刑訴法)321条1項2号前段は、検察官面前調書について、その供述者が国外にいるため公判準備又は公判期日に供述することができないときは、これを証拠とすることができると規定し、右規定に該当すれば、証拠能力を付与すべきものとしている。しかし、右規定が同法320条の伝聞証拠禁止の例外を定めたものであり、憲法37条2項が被告人に証人審問権を保障している趣旨にもかんがみると、検察官面前調書が作成され証拠請求されるに至った事情や、供述者が国外にいることになった事由のいかんによっては、その検察官面前調書を常に右規定により証拠能力があるものとして事実認定の証拠とすることができるとすることには疑問の余地がある。
……本件の場合、供述者らが国外にいることになった事由は退去強制によるものであるところ、退去強制は、出入国の公正な管理という行政目的を達成するために、入国管理当局が出入国管理及び難民認定法に基づき一定の要件の下に外国人を強制的に国外に退去させる行政処分であるが、同じく国家機関である検察官において当該外国人がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合はもちろん、裁判官又は裁判所が当該外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合など、当該外国人の検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあり得るといわなければならない。」としていました。
平成7年判例は、「検察官面前調書が作成され証拠請求されるに至った事情や、供述者が国外にいることになった事由」によっては、検面調書の証拠能力が否定されうるとし、具体的には「手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき」であるとしました。
本裁判例は、平成7年判例のいう「手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき」に当たるかどうかについて判断した事例判決です。平成7年判例の事案とは異なり、強制送還の事例ではなく、新型コロナウイルス感染症により、上陸許可を国が出さなかったため、証人尋問が実施できなかったという特殊な事案についてですが、平成7年判例の規範へのあてはめの参考となると思われます。

