最高裁令和2年12月15日民集74巻9号2259頁・重要判例解説令和3年度民法1事件(貸金返還請求事件・債務の承認と時効の更新・民法152条1項)

 本判例は、同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合における借主による充当の指定のない一部弁済と債務の承認による時効の更新に関して判断した判例です。なお本判例は、債権法改正(平成29年法律44号による改正)前の民法に関する事例ですが、債権法改正後においても判例の射程が及ぶため、用語は改正後のものを用いることにします。

 判例を引用します。

 https://www.courts.go.jp/hanrei/89896/detail2/index.html

 「上告代理人根岸透の上告受理申立て理由について
 1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 亡Aは,平成16年10月17日,長男である被上告人に対し,253万5000円を貸し付けた(以下,この貸付けを「本件貸付け①」という。)。
 (2) Aは,平成17年9月2日,被上告人に対し,400万円を貸し付けた(以下,この貸付けを「本件貸付け②」という。)。
 (3) Aは,平成18年5月27日,被上告人に対し,300万円を貸し付けた(以下,この貸付けを「本件貸付け③」といい,本件貸付け①及び②と併せて「本件各貸付け」という。)。
 (4) 被上告人は,平成20年9月3日,Aに対し,弁済を充当すべき債務を指定することなく,貸金債務の弁済として,78万7029円を支払った(以下,この弁済を「本件弁済」という。)。
 (5) Aは,平成25年1月4日に死亡し,三女である上告人は,本件各貸付けに係る各債権を全て相続した。
 (6) 上告人は,平成30年8月27日,被上告人に対し,本件各貸付けに係る各貸金及びこれに対する平成20年9月4日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める本件訴訟を提起した。被上告人が,同法167条1項に基づき,本件貸付け②及び③に係る各債務(以下「本件債務②及び③」という。)の時効消滅を主張するのに対し,上告人は,本件弁済により同法147条3号に基づく消滅時効の中断の効力が生じていると主張して争っている。
 2 原審は,上記事実関係等の下において,本件弁済は法定充当(民法489条)により本件貸付け①に係る債務に充当されたとした上で,次のとおり判断して,上告人の本件貸付け②及び③に係る各請求を棄却すべきものとし,上告人の請求を本件貸付け①に係る残元金174万7971円及びこれに対する訴状送達の日の1週間後である平成30年9月27日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容した第1審判決に対する上告人の控訴を棄却した。
 被上告人は,本件弁済により,本件弁済が充当される債務についてのみ承認をしたものであるから,本件債務②及び③について消滅時効は中断せず,本件債務②及び③は時効により消滅した。
 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において,借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときは,当該弁済は,特段の事情のない限り,上記各元本債務の承認(民法147条3号)として消滅時効を中断する効力を有すると解するのが相当である(大審院昭和13年(オ)第222号同年6月25日判決・大審院判決全集5輯14号4頁参照)。なぜなら,上記の場合,借主は,自らが契約当事者となっている数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在することを認識しているのが通常であり,弁済の際にその弁済を充当すべき債務を指定することができるのであって,借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは,特段の事情のない限り,上記各元本債務の全てについて,その存在を知っている旨を表示するものと解されるからである。
 (2) これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,本件弁済がされた当時,Aと被上告人との間には本件各貸付けに係る各債務が存在し,借主である被上告人は弁済を充当すべき債務を指定することなく本件弁済をしているのであり,本件弁済が本件債務②及び③の承認としての効力を有しないと解すべき特段の事情はうかがわれない。そうすると,本件弁済は,本件債務②及び③の承認として消滅時効を中断する効力を有するというべきである。
 したがって,上告人が本件訴訟を提起した平成30年8月27日の時点では,本件債務②及び③の消滅時効はまだ完成していなかったことになる。
 4 以上によれば,本件債務②及び③の時効消滅を認めた原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,上告人の本件貸付け②及び③に係る各請求は,本件貸付け②及び③に係る各貸金及びこれに対する平成30年9月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。なお,上告人は,平成20年9月4日から平成30年9月26日までの遅延損害金の請求に関する上告について,上告受理申立ての理由を記載した書面を提出しない。
 そうすると,本判決主文第1項のとおり,第1審判決が本件貸付け①に係る残元金として上告人の請求を認容した額である174万7971円に本件貸付け②及び③に係る各貸金の合計額である700万円を加えた額である874万7971円及びこれに対する平成30年9月27日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で上告人の請求を認容する旨に原判決を変更すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」

 本件では、同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときに、当該弁済が上記各元本債務の承認として消滅時効を完成猶予及び更新する効力を有するか否かが問題となりました。1個の債務の一部弁済は、その債務の承認を表白するものであり、時効障害事由としての承認にあたります(大審院大正8年12月26日民録25巻2429頁・令和8年度判例六法413頁・民法152条の1個目の判例。)。それでは、同一の債権者に対して複数の貸金債務を負う債務者が、弁済を充当すべき債務を指定することなく、すべての債務を消滅させるに足りない額の弁済をしたとき、時効障害の効力はどの債務に生じるのか問題となります。

 時効完成猶予事由である「承認」とは、時効の利益を受ける当事者が、時効によって権利を失う者に対して,その権利の存在することを知っている旨を表示することです(我妻栄『新訂 民法 総則』470頁)。承認の法律上の性質は、いわゆる観念の通知であって法律行為ではなく、中断しようとする効果意思は必要ではありません(大判大正8年4月1日・民録25輯643頁)。承認には法律上方式が要求されておらず、法律行為の解釈に準じて、債務者の一定の態度が承認になるかどうかが決せられるべきことになります(以上につき、川 島武宜編『注釈民法(5)総則(5)』118~129頁〔川井健〕)。

 先例として、大判昭和13年6月25日・ 全集5輯14号4頁があります(以下、「昭和13年判例」といいます。)。昭和13年判例は、数個の元本債務がある場合に、単に元本債務の弁済として一部弁済をし た事実があるときは、特別の事情のない限り、その数個の債務の存在を承認したことになるとしていました。

 本判例は、昭和13年判例を参照し、同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときは、当該弁済は、特段の事情のない限り、上記各元本債務の承認(民法152条1項)として消滅時効を更新する効力を有するとしました。その理由として、㋐借主は、自らが契約当事者となっている数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在することを認識しているのが通常であること、㋑借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは、特段の事情のない限り、上記各元本債務の全てについて、その存在を知っている旨を表示するものと解されるからであることを挙げています。

 本判例は、特段の事情がある場合には承認にはあたらない余地を認めています。①借主が一部の債務についてはすでに消滅していたと考えていたことのほか、②債務者自身の締結した契約から全債務が生じたものではない場合(相続した債務や法定債権が含まれている場合など)には上記㋐を導いた経験則があてはまる場合ではないから本判例の射程が及ばないとされています(後者につき、本判例の調査官解説である法曹時報73巻9号1844頁注3)。代金債務と貸金債務などのように、異なる種類の契約から生じた債務が混在している場合は、本判例の射程が及ばない余地があるとの指摘があります。本判例の後、東京地裁令和3年4月16日令和元年(ワ)第11528号(判例秘書:L07631984)は、「原告とカード会員契約を締結し、カードを利用した被告がした債務の一部弁済により、債務全部について消滅時効の中断(※更新)が認められるか否かが争われた事案において、被告は、カードローンの残債務とクレジットカードの利用残高に係る債務について、弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたものであって、債務の双方の承認としての効力を有しないと解すべき特段の事情が認められないことから、債権の全部について債務承認による時効中断(※更新)の効力が生ずる」としています。この裁判例をもって、「複数の債務に対し充当指定なく一部弁済がされれば全債務について時効障害事由となる」と単純に定式化することはできず、本判例の射程をより慎重に見極めるべきであるとの指摘があります(以上につき、重要判例解説令和3年度民法1事件解説2参照)。

 第1審及び原審が、法定充当により弁済が充当される債務と時効の更新が生じる債務を一致させたのに対し、本判例は、㋑借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは、特段の事情のない限り、上記各元本債務の全てについて、その存在を知っている旨を表示するものと解されると判示し、時効の更新が生じる債務は弁済が充当される債務に限られないとしました。一部弁済は、債務の存在についての債務者の認識の表れであるがゆえに承認に該当するとされるのであり、一部弁済に基づく承認によって時効障害が生じる債務は、その弁済が充当される債務と常に一致しなければならないという必然性はありません。したがって、本判例が両者を直結させなかったのは正当であると評価できるとの指摘があります(以上につき、重要判例解説令和3年度民法1事件解説3参照)。

 ㋑借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは、特段の事情のない限り、上記各元本債務の全てについて、その存在を知っている旨を表示するものと解されるということに対しては、充当指定のない一部弁済から、複数の個数に関する貸主の認識を読み取ることはできないはずであるとの批判があります。これについては、本判例は、㋑のように解する理由として、借主は弁済の際に充当指定できたのにこれをしなかったことを挙げています。承認が時効障害事由とされる根拠につき、これを債権者の立場から説明する考え方(債務者が債務の存在を認識している旨を表示した以上、債権者がこれを信頼して何もしなかったとしても権利行使を怠ったとはいえないという考え方)からすれば、複数の債務の存在を認識しているはずの借主が充当すべき債務を指定することなく一部弁済をしたときは、貸主がそれ以上の時効障害措置を採らなくても咎められるべきではないとみることもできるとの指摘があります(以上につき、重要判例解説令和3年度民法1事件解説4参照)。

 なお、㋑借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは、特段の事情のない限り、上記各元本債務の全てについて、その存在を知っている旨を表示するものと解されるということを反対解釈すると、借主が充当指定を行った場合は、弁済が充当された債務についてのみ時効障害の効力である更新の効力が生じることになりそうであるところ、常にそうなるとは限らず、貸主の催告の態様や一部弁済時の借主の態度などの事情次第では、弁済が充当される債務のみならず全債務についての時効障害事由となる可能性もあるとの指摘があります(以上につき、重要判例解説令和3年度民法1事件解説4参照)。

 本判例は、同一の債権者に対して複数の貸金債務を負う債務者が、弁済を充当すべき債務を指定することなく、すべての債務を消滅させるに足りない額の弁済をしたとき、時効障害の効力はどの債務に生じるのかについて、先例を引用して判断したものとして先例的価値があると解されます。