最高裁令和5年3月24日刑集77巻3号41頁・重要判例解説令和5年度刑法4事件(死体遺棄被告事件・刑法190条の「遺棄」の意義等)

 本判例は、刑法190条にいう「遺棄」の意義を明らかにした判例です。

 判例を引用します。

 https://www.courts.go.jp/hanrei/91943/detail2/index.html

 「弁護人石黒大貴ほかの上告趣意のうち、規定違憲をいう点は、原審で何ら主張、判断を経ていない事項に関する違憲の主張であり、高等裁判所の判例を引用して判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 しかしながら、所論に鑑み、職権をもって調査すると、原判決及び第1審判決は、刑訴法411条1号、3号により破棄を免れない。その理由は、以下のとおりである。
 第1 本件公訴事実及び本件の経過
 1 本件公訴事実の要旨は、「被告人は、令和2年11月15日頃、熊本県所在の当時の被告人方において、被告人が同日頃に出産したえい児2名の死体を段ボール箱に入れた上、自室の棚上に放置し、もって死体を遺棄した」というものである。
 2 第1審判決は、公訴事実記載の日時場所で、「被告人がその頃出産したえい児2名の死体を段ボール箱に入れた上、自室に置き続けた」という犯罪事実を認定し、死体遺棄罪の成立を認め、被告人を懲役8月、3年間執行猶予に処した。
 3 第1審判決に対し、被告人が控訴し、事実誤認、法令適用の誤り等を主張した。原判決は、被告人の行為が刑法190条にいう「遺棄」に当たるか否かに関し、死体について一定のこん包行為をした場合、その行為が外観からは死体を隠すものに見え得るとしても、習俗上の葬祭を行う準備、あるいは葬祭の一過程として行ったものであれば、その行為は、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情を害するものではなく、「遺棄」に当たらないとした上で、双子のえい児(以下「本件各えい児」という。)の死体を段ボール箱に入れて自室に置いた行為(以下「本件作為」という。)は、本件各えい児の死体を段ボール箱に二重に入れ、接着テープで封をするなどし、外観上、中に死体が入っていることが推測できない状態でこん包したもので、葬祭を行う準備、あるいは葬祭の一過程として行ったものではなく、本件各えい児の死体を隠匿する行為であって、他者がそれらの死体を発見することが困難な状況を作出したものといえるから、「遺棄」に当たる旨判示した(なお、原判決は、第1審判決が認定した被告人の行為のうち、段ボール箱に入った状態の本件各えい児の死体を自室に置き続けた行為は不作為による「遺棄」に当たらない旨判示した。)。
 第2 本件の事実関係
 原判決の認定及び記録によると、本件の事実関係は、次のとおりである。
 1 被告人は、来日して技能実習生として働き、受入会社が用意した家屋(以下「寮」という。)で生活していたところ、自分が妊娠していることを知ったものの、そのことを周囲の者に言わず、医師の診察を受けなかった。
 2 被告人は、令和2年11月15日午前9時頃、寮の被告人の居室(以下「自室」という。)内で、本件各えい児を出産したが、いずれも遅くとも出産後間もなく死亡した。
 被告人は、少し休んだ後、自室において、本件各えい児の死体を、タオルで包み、段ボール箱に入れ、その上に別のタオルをかぶせ、更に被告人が付けた本件各えい児の名前、生年月日のほか、おわびやゆっくり休んでくださいという趣旨の言葉を書いた手紙を置いてその段ボール箱に接着テープで封をし、その段ボール箱を別の段ボール箱に入れ、接着テープで封をしてワゴン様の棚の上に置いた。
 3 被告人は、同月16日、妊娠の可能性を聞いた監理団体の職員等に連れられて病院で受診し、医師から検査結果を示され、同日午後6時頃、赤ちゃんの形をしたものを産んで埋めた旨話したため、同月17日、寮の捜索が行われ、前記2の状態で置かれた段ボール箱の中から本件各えい児の死体が発見された。
 第3 当裁判所の判断
 1 刑法190条は、社会的な習俗に従って死体の埋葬等が行われることにより、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情が保護されるべきことを前提に、死体等を損壊し、遺棄し又は領得する行為を処罰することとしたものと解される。したがって、習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体等を放棄し又は隠匿する行為が死体遺棄罪の「遺棄」に当たると解するのが相当である。そうすると、他者が死体を発見することが困難な状況を作出する隠匿行為が「遺棄」に当たるか否かを判断するに当たっては、それが葬祭の準備又はその一過程として行われたものか否かという観点から検討しただけでは足りず、その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点から検討する必要がある。
 2 前記第2の2の事実関係によれば、被告人は、自室で、出産し、死亡後間もない本件各えい児の死体をタオルに包んで段ボール箱に入れ、同段ボール箱を棚の上に置くなどしている。このような被告人の行為は、死体を隠匿し、他者が死体を発見することが困難な状況を作出したものであるが、それが行われた場所、死体のこん包及び設置の方法等に照らすと、その態様自体がいまだ習俗上の埋葬等と相いれない処置とは認められないから、刑法190条にいう「遺棄」に当たらない。原判決は、「遺棄」についての解釈を誤り、本件作為が「遺棄」に当たるか否かの判断をするに当たり必要な、その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点からの検討を欠いたため、重大な事実誤認をしたものというべきである。
 3 以上のとおり、本件作為について死体遺棄罪の成立を認めた原判決及び第1審判決は、いずれも判決に影響を及ぼすべき法令違反及び重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。そして、既に検察官による立証は尽くされているので、当審において自判するのが相当であるところ、前記2のとおり、本件作為は刑法190条にいう「遺棄」に当たらないから、被告人に対し無罪の言渡しをすべきである。
 よって、刑訴法411条1号、3号により原判決及び第1審判決を破棄し、同法413条ただし書、414条、404条、336条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。」

 刑法190条(死体遺棄罪)の保護法益は死者に対する一般の敬虔感情(「注釈刑法⑵」676頁)であり、「遺棄」とは習俗上の埋葬等とみられる方法によらないで死体等を放置すること(「大コンメンタール刑法〔第3版〕⑼」245頁)をいうとされ、本判例もこの立場に立っています。同条の「遺棄」には、死体を土中に埋めるといった作為のほか、葬祭を行わずに死体を放置しておく不作為も含まれます。不作為が処罰されるのは葬祭義務(作為義務)がある葬祭義務者だけです。死体遺棄罪にあたるか否かは、その行為が葬祭に関する習俗に反し、敬虔感情を害すると評価されるか否かによって決まります。本判例もこのような理解に立ちます。また、死体遺棄罪のいう「遺棄」には隠匿も含むとするのが判例です(最高裁昭和24年11月26日刑集3巻11号1850頁)。

 その上で、「他者が死体を発見することが困難な状況を作出する隠匿行為が「遺棄」に当たるか否かを判断するに当たっては、それが葬祭の準備又はその一過程として行われたものか否かという観点から検討しただけでは足りず、その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点から検討する必要がある」とし、被告人の居室で、出産し、死亡後間もないえい児の死体をタオルに包んで段ボール箱に入れ、同段ボール箱を棚の上に置くなどして、他者が死体を発見することが困難な状況を作出したという被告人の隠匿行為は、それが行われた場所、死体のこん包及び設置の方法等に照らすと、刑法190条にいう「遺棄」に当たらないとしました。

 本判例は、最高裁として、刑法190条にいう 「遺棄」の意義を初めて示すとともに、死体の隠匿行為の全てが「遺棄」に当たるわけではなく、 隠匿が「遺棄」に当たるためには、習俗上の埋葬等とは認められない態様で行われた場合であるといえることが必要であるとの考えに立ち、隠匿行為が「遺棄」に当たるか否かを判断するに当たっては,その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点からの検討が必要であることを明らかにしたものです。