最高裁令和7年9月9日民集79巻6号2652頁(損害賠償請求事件・請求異議訴訟が棄却され執行停止が取り消された場合における損害賠償請求の可否に関する判例)

 本判例は、請求異議の訴えについて請求を棄却する判決が確定し、当該訴えを本案とする強制執行の停止を命ずる裁判が取り消された場合において、当該裁判に係る申立てをした者が、債権者が強制執行の停止によって被った損害を賠償する義務を負うかについて判断をしました。

 判例を引用します。

 https://www.courts.go.jp/hanrei/94426/detail2/index.html

 「上告代理人冨田典良、同小川正剛の上告受理申立て理由(ただし、排除された部分を除く。)について
 1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 (1) 上告人が被上告人Y1に対しその占有する不動産(以下「本件不動産」という。)の明渡しを求めて提起した訴訟(以下「本件明渡訴訟」という。)において、令和3年2月、被上告人Y1に対し本件不動産の明渡しを命ずる判決が確定した(以下、この確定判決を「本件確定判決」という。)。
 (2) 被上告人Y1は、弁護士である被上告人Y2を代理人として、京都地方裁判所に対し、令和3年3月、本件確定判決による強制執行の不許を求める請求異議の訴えを提起し、同年4月、これを本案とする民事執行法(以下「法」という。)36条1項の強制執行の停止の申立て(以下「本件執行停止の申立て」という。)をした。京都地方裁判所は、同月、本件執行停止の申立てに基づき、被上告人Y1に担保を立てさせた上、本件確定判決による強制執行の停止を命ずる決定をした。
 (3) 上記訴えにおいて、被上告人Y1は、本件不動産について留置権を有すること及び本件確定判決を債務名義とする強制執行が権利の濫用に当たることを異議の事由として主張した。京都地方裁判所は、令和3年10月、上記主張に係る事由は、いずれも本件明渡訴訟における事実審の口頭弁論終結前の事情であり、異議の事由に当たらないとして、被上告人Y1の請求を棄却する判決をした。
 2 本件は、上告人が、本件執行停止の申立てをしたことが不法行為に当たるなどと主張して、被上告人らに対し、強制執行の遅延により生じた損害等の賠償を求める事案である。
 3 原審は、上記事実関係の下において、本件執行停止の申立てに係る損害賠償請求につき、要旨次のとおり判断し、被上告人らが損害賠償責任を負うものではないとして、上告人の被上告人らに対する請求をいずれも棄却すべきものとした。
 請求異議の訴えの提起が違法となるのは、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる。請求異議の訴えを本案とする法36条1項の強制執行の停止の申立ては、当該訴えに付随してされるものであるから、これが違法となるのは、当該申立てが同項の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合に限られるというべきであり、当該訴えについて請求を棄却する判決がされ、当該申立てに基づく強制執行の停止を命ずる裁判が取り消されたとしても、その一事によって、当該申立てをした者の過失が推定されることはない。
 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 法36条1項は、請求異議の訴えの提起があった場合において、受訴裁判所は、申立てにより、強制執行の停止を命ずることができる旨規定している。これは、請求異議の訴えの提起があっても、債務名義による強制執行の開始及び続行は妨げられず、判決までに執行が完了するおそれがあることから、債務者が請求異議の訴えについて請求を認容する確定判決を得る場合に備えた暫定的措置を設け、債務者の申立てにより、受訴裁判所が仮の処分として強制執行の停止を命ずることができることとしたものである。一方、法22条は、一定の給付請求権の存在と内容を公証する法定の文書である債務名義により強制執行を行うものとしており、強制執行によって債務名義で公証された給付請求権を実現する債権者の利益は法的に保護されるべきものであるところ、強制執行の停止の申立てがされることによって強制執行が遅延し又は不能となって上記利益を侵害するおそれがある。また、強制執行の停止の申立ては、請求異議の訴えに付随してされるものではあるものの、請求異議の訴えとは別個の申立てを要するものであって、当該申立てをするか否かは債務者の選択に委ねられているにすぎない。そうすると、債権者が事実上又は法律上の根拠を欠くにもかかわらずされた強制執行の停止の申立てにより上記利益を侵害されることを受忍しなければならない理由はないのであって、強制執行の停止の申立てをする者は、上記利益が不当に侵害されることがないように、異議の事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査、検討する注意義務を負うものというべきである。
 以上によれば、請求異議の訴えを本案とする法36条1項の強制執行の停止の申立てがされ、強制執行の停止を命ずる裁判がされた後、当該訴えについて請求を棄却する判決が確定し、当該強制執行の停止を命ずる裁判が取り消された場合において、当該申立てをした者に主張した異議の事由が事実上又は法律上の根拠を欠くことについて故意又は過失があるときは、当該申立てをした者は、債権者が強制執行の停止によって被った損害を賠償する義務を負うというべきである。上記申立てが同項の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限り、上記申立てをした者が上記の損害賠償義務を負うものではないことは明らかである。
 そして、上記の場合においては、異議の事由を裏付ける根拠に関する上記注意義務が尽くされなかった可能性が相応にあり、また、法36条1項の強制執行の停止を命ずる裁判は、簡略な手続によるものとされていることに照らすと、強制執行の停止により債権者に生じた不利益の回復に配慮することが公平に適うものというべきである。したがって、上記の場合、上記申立てをした者には上記注意義務を尽くさなかった過失があると推定するのが相当であるが、債務名義の種類や異議の事由の内容等に照らして上記申立てをするについて相当な事由があったと認められるときには、その申立てに基づく強制執行の停止を命ずる裁判が取り消されたとの一事をもって当然に過失があったということはできない。
 5 以上と異なる見解の下に、上告人の被上告人らに対する本件執行停止の申立てに係る損害賠償請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中、上記請求に関する部分は破棄を免れない。そして、上記注意義務違反があったか否かなどについて更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。」

 最高裁昭和43年12月24日民集22巻13号3428頁民訴百選【6版】57事件(以下「昭和43年判例」といいます。)は「仮処分命令が異議若しくは上訴手続において取り消され、あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、仮処分の相手方とすべき者が極めてまぎらわしいものであったなどの特段の事情のない限り、仮処分申請人において過失があったものと推認するのが相当である」(令和8年度版判例六法557頁・民法709条に関する22個目の判例。)としていました。

 本判例は、昭和43年判例と同じ枠組みで、「請求異議の訴えを本案とする民事執行法36条1項の強制執行の停止の申立てがされ、強制執行の停止を命ずる裁判がされた後、当該訴えについて請求を棄却する判決が確定し、当該強制執行の停止を命ずる裁判が取り消された場合において、当該申立てをした者に主張した異議の事由が事実上又は法律上の根拠を欠くことについて故意又は過失があるときは、当該申立てをした者は、債権者が強制執行の停止によって被った損害を賠償する義務を負う」としました。