最高裁令和5年11月27日民集77巻8号2188頁・重要判例解説令和6年度民法2事件(取立金請求事件・抵当権の物上代位と相殺に関する判例)
本判例は、抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前に賃貸人との間でした、抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と上記の差押えがされた後の期間に対応する賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意の効力を抵当権者に対抗することができるかに関し判断した判例です。
判例のうち法廷意見のみを引用します。
https://www.courts.go.jp/hanrei/92519/detail2/index.html
「上告代理人山崎邦夫、同石川直基の上告受理申立て理由について
1 本件は、建物の根抵当権者であり、物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえた上告人が、賃借人である被上告人に対し、当該賃料債権のうち2790万円の支払を求める取立訴訟である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 日本プランニング株式会社(以下「本件賃貸人」という。)は、平成29年1月、被上告人との間で、本件賃貸人が所有する第1審判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を次の約定で被上告人に賃貸する契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、同年10月1日、本件建物を被上告人に引き渡した。
ア 期間 平成29年10月1日~平成39年(令和9年)9月30日
イ 賃料 月額198万円(引渡日から2か月間は月額99万円)
毎月末日までに翌月分を支払う。
(2) 被上告人は、平成29年9月、本件賃貸人に対し、弁済期を平成30年4月30日、無利息、遅延損害金を年2割として990万円を貸し付けた(以下、この貸付けに係る債権を「本件被上告人債権1」という。)。
(3) 本件賃貸人は、平成29年10月26日、上告人のために、本件建物について極度額を4億7400万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定し、その旨の登記をした。
(4)ア 株式会社バディグループは、平成29年11月、被上告人から弁済期を平成30年4月30日として3000万円を無利息で借り受け、また、被上告人との間で、被上告人に対する建築請負工事に係る債務1000万円について、弁済期を同日とすることを約した。
イ 本件賃貸人は、平成29年11月、被上告人に対し、バディグループの上記アの各債務につき書面により連帯保証をした(以下、これに基づく被上告人の連帯保証債権を「本件被上告人債権2」といい、本件被上告人債権1と併せて「本件各被上告人債権」という。)。
(5) 被上告人は、平成30年4月30日、本件各被上告人債権について、本件賃貸人から10万円の弁済を受け、本件賃貸人との間で残債権合計4980万円の弁済期を平成31年1月15日に変更する旨合意した。
(6) 被上告人は、平成31年1月15日、本件賃貸人との間で、本件賃貸借契約における同年4月分から平成32年(令和2年)1月分までの賃料の全額1980万円及び同年2月分から平成34年(令和4年)2月分までの賃料のうち3000万円(各月120万円)の合計4980万円の債務について、期限の利益を放棄した上で、この債務に係る債権(以下「本件賃料債権」という。)を本件各被上告人債権と対当額で相殺する旨の合意(以下「本件相殺合意」という。)をした。
(7) 上告人は、令和元年8月7日、大阪地方裁判所に対し、本件根抵当権に基づく物上代位権の行使として、本件賃貸借契約に係る賃料債権のうち、差押命令の送達時に支払期にある分以降4000万円に満つるまでの部分を差押債権とする差押命令の申立てをした。上記申立てに基づき、同月9日、差押命令(以下「本件差押命令」という。)が発せられ、同月14日、被上告人に送達され、同年12月9日、本件賃貸人に送達された(以下、本件差押命令により差し押さえられた賃料債権を「本件被差押債権」という。)。
(8) 被上告人は、令和3年5月19日までに、上告人に対し、本件被差押債権の弁済として、令和2年2月分から令和3年4月分までの各月分につきそれぞれ78万円(賃料月額198万円から本件相殺合意の対象とされた120万円分を控除したもの)及び同年5月分につき40万円の合計1210万円を支払った。
(9) 上告人は、本件差押命令により、本件賃料債権のうち、本件差押命令が被上告人に送達された後の期間に対応する令和元年9月分から令和3年4月分までの3960万円及び同年5月分のうち40万円の合計4000万円を差し押さえたと主張して、これから上記(8)の支払分を控除した部分(以下「本件将来賃料債権」という。)についての支払を求めているところ、被上告人は、本件相殺合意の効力を上告人に対抗することができると主張して争っている。
3 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
抵当不動産の賃借人が、抵当権者による物上代位権の行使としての差押えがされる前に、賃貸人に対する債権を自働債権とし、弁済期未到来の賃料債務について期限の利益を放棄して同債務に係る債権を受働債権とする相殺の意思表示をした場合には、相殺の効力を否定すべき理由はなく、その後に抵当権者が当該債権を差し押さえたとしても、差押えの効力が生ずる余地はない。このことは、合意による相殺をした場合であっても同様であって、被上告人は、上告人に対し、本件相殺合意の効力を対抗することができる。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをする前においては、原則として、賃貸人に対する債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺をもって抵当権者に対抗することができる。もっとも、物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記によって公示されているとみることができることからすれば、物上代位権の行使として賃料債権の差押えがされた後においては、抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権(以下「登記後取得債権」という。)を上記差押えがされた後の期間に対応する賃料債権(以下「将来賃料債権」という。)と相殺することに対する賃借人の期待が抵当権の効力に優先して保護されるべきであるということはできず、賃借人は、登記後取得債権を自働債権とし、将来賃料債権を受働債権とする相殺をもって、抵当権者に対抗することはできないというべきである。このことは、賃借人が、賃貸人との間で、賃借人が登記後取得債権と将来賃料債権とを相殺適状になる都度対当額で相殺する旨をあらかじめ合意していた場合についても、同様である(以上につき、最高裁平成11年(受)第1345号同13年3月13日第三小法廷判決・民集55巻2号363頁参照)。
そして、賃借人が、上記差押えがされる前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をした場合であっても、物上代位により抵当権の効力が将来賃料債権に及ぶことが抵当権設定登記によって公示されており、これを登記後取得債権と相殺することに対する賃借人の期待を抵当権の効力に優先させて保護すべきといえないことは、上記にみたところと異なるものではない。そうすると、上記合意は、将来賃料債権について対象債権として相殺することができる状態を作出した上でこれを上記差押え前に相殺することとしたものにすぎないというべきであって、その効力を抵当権の効力に優先させることは、抵当権者の利益を不当に害するものであり、相当でないというべきである。
したがって、抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をしたとしても、当該合意の効力を抵当権者に対抗することはできないと解するのが相当である。
(2) 以上を踏まえて本件につき検討すると、本件相殺合意の効力が被上告人に対する本件差押命令の送達前に生じたか否かにかかわらず、本件相殺合意により本件将来賃料債権と対当額で消滅することとなる対象債権が本件根抵当権の設定登記の後に取得された本件被上告人債権2であるときは、被上告人は、本件相殺合意の効力を上告人に対抗することはできないこととなる。
そして、前記事実関係等によれば、平成30年4月30日に弁済された10万円及び本件賃料債権のうち本件差押命令の送達前の期間に対応する賃料債権990万円(平成31年4月分から令和元年8月分までの賃料債権)は、まず本件被上告人債権1に充当されることになり、本件被上告人債権1(990万円)はこれによりその全部が消滅しているから、本件相殺合意の効力により本件将来賃料債権と対当額で消滅することとなる対象債権は本件被上告人債権2のみである。そうすると、被上告人は、物上代位権を行使して本件将来賃料債権を差し押さえた根抵当権者である上告人に対し、本件相殺合意の効力を対抗することはできない。
5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、本件将来賃料債権(2790万円)の支払を求める上告人の請求は理由があるから、これを棄却した第1審判決を取り消し、上記請求を認容すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官三浦守の補足意見、裁判官草野耕一の意見がある。」
抵当権の物上代位に関する判例については下記の通り、すでに判例法理が確立しています。
まず、賃料債権に対する物上代位により抵当権を行使することができるかという問題については、かつて見解が対立し、抵当権が目的不動産の占有利用に介入せず、占有利用の利益からの回収を目的としないこと(非占有担保)及び賃料が不動産の価値代位物とはいえないという観点から、学説上否定的な見解が多数を占めていましたが、最高裁平成元年10月27日民集43巻9号1070頁・民法百選Ⅰ【9版】83事件は「抵当権の目的不動産が賃貸された場合においては、抵当権者は、民法三七二条、三〇四条の規定の趣旨に従い、目的不動産の賃借人が供託した賃料の還付請求権についても抵当権を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、民法三七二条によって先取特権に関する同法三〇四条の規定が抵当権にも準用されているところ、抵当権は、目的物に対する占有を抵当権設定者の下にとどめ、設定者が目的物を自ら使用し又は第三者に使用させることを許す性質の担保権であるが、抵当権のこのような性質は先取特権と異なるものではないし、抵当権設定者が目的物を第三者に使用させることによって対価を取得した場合に、右対価について抵当権を行使することができるものと解したとしても、抵当権設定者の目的物に対する使用を妨げることにはならないから、前記規定に反してまで目的物の賃料について抵当権を行使することができないと解すべき理由はなく、また賃料が供託された場合には、賃料債権に準ずるものとして供託金還付請求権について抵当権を行使することができるものというべきだからである。
そして、目的不動産について抵当権を実行しうる場合であっても、物上代位の目的となる金銭その他の物について抵当権を行使することができることは、当裁判所の判例の趣旨とするところであり(最高裁判所昭和四二年(オ)第三四二号同四五年七月一六日第一小法廷判決・民集二四巻七号九六五頁参照)、目的不動産に対して抵当権が実行されている場合でも、右実行の結果抵当権が消滅するまでは、賃料債権ないしこれに代わる供託金還付請求権に対しても抵当権を行使することができるものというべきである。」とし、賃料債権に物上代位を認めても設定者の使用収益権それ自体を奪うことにはならないこと等を理由に、無条件で肯定する判断を示しました。これをきっかけに抵当不動産に対する物上代位が盛んに行われるようになりました。なお、現在においては民法371条が抵当権の効力が抵当不動産の果実にも及ぶと定められており、学説においても賃料債権に対する物上代位について否定的な見解はほぼ見られなくなっています(以上につき、法曹時報77巻12号152頁参照)。
抵当権者による物上代位権に基づく目的債権の差押えと一般債権者による同債権の差押えの優劣については、最高裁平成10年1月30日民集52巻1号1頁・民法百選Ⅰ【9版】84事件(以下「平成10年1月判例」といいます。)は下記のように判断しました。
抵当権者は、被担保債権の弁済期が到来しても同債権の弁済がされないときは、抵当不動産から物上代位権を行使して被担保債権の優先弁済を受けることができるところ(民法369条1項)、物上代位権の行使には、対象となる債権(債務)が債権者に対して弁済される前に差押えをすることが必要です(民法372条・304条1項ただし書き)。この差押えの趣旨に関しては、諸説あるものの、最高裁は下記のように第三債務者保護説という説に立ち、下記のように判断しました。
「1 民法三七二条において準用する三〇四条一項ただし書が抵当権者が物上代位権を行使するには払渡し又は引渡しの前に差押えをすることを要するとした趣旨目的は、主として、抵当権の効力が物上代位の目的となる債権にも及ぶことから、右債権の債務者(以下「第三債務者」という。)は、右債権の債権者である抵当不動産の所有者(以下「抵当権設定者」という。)に弁済をしても弁済による目的債権の消滅の効果を抵当権者に対抗できないという不安定な地位に置かれる可能性があるため、差押えを物上代位権行使の要件とし、第三債務者は、差押命令の送達を受ける前には抵当権設定者に弁済をすれば足り、右弁済による目的債権消滅の効果を抵当権者にも対抗することができることにして、二重弁済を強いられる危険から第三債務者を保護するという点にあると解される。
2 右のような民法三〇四条一項の趣旨目的に照らすと、同項の「払渡又ハ引渡」には債権譲渡は含まれず、抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。
けだし、(一)民法三〇四条一項の「払渡又ハ引渡」という言葉は当然には債権譲渡を含むものとは解されないし、物上代位の目的債権が譲渡されたことから必然的に抵当権の効力が右目的債権に及ばなくなるものと解すべき理由もないところ、(二)物上代位の目的債権が譲渡された後に抵当権者が物上代位権に基づき目的債権の差押えをした場合において、第三債務者は、差押命令の送達を受ける前に債権譲受人に弁済した債権についてはその消滅を抵当権者に対抗することができ、弁済をしていない債権についてはこれを供託すれば免責されるのであるから、抵当権者に目的債権の譲渡後における物上代位権の行使を認めても第三債務者の利益が害されることとはならず、(三)抵当権の効力が物上代位の目的債権についても及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができ、(四)対抗要件を備えた債権譲渡が物上代位に優先するものと解するならば、抵当権設定者は、抵当権者からの差押えの前に債権譲渡をすることによって容易に物上代位権の行使を免れることができるが、このことは抵当権者の利益を不当に害するものというべきだからである。
そして、以上の理は、物上代位による差押えの時点において債権譲渡に係る目的債権の弁済期が到来しているかどうかにかかわりなく、当てはまるものというべきである。」
すなわち、抵当権の設定登記により抵当権者の潜在的な物上代位権は公示されることを理由に、抵当権者による物上代位権の行使と目的債権の譲渡に関し、抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるとしています。なお、最高裁平成10年3月26日民集52巻2号483頁(以下「平成10年3月判例」といいます。)は、債権について一般債権者の差押えと抵当権者の物上代位権に基づく差押えが競合した場合には、両者の優劣は一般債権者の申立てによる差押命令の第三債務者への送達と(物上代位権に基づく差押えに係る差押命令の第三債務者への送達ではなく)抵当権設定登記との先後によって決すべきとしています。平成10年3月判例は債権譲渡に関する事案でしたが、転付命令に関する最高裁平成14年3月12日民集56巻3号555頁は「転付命令に係る金銭債権(以下「被転付債権」という。)が抵当権の物上代位の目的となり得る場合においても、転付命令が第三債務者に送達される時までに抵当権者が被転付債権の差押えをしなかったときは、転付命令の効力を妨げることはできず、差押命令及び転付命令が確定したときには、転付命令が第三債務者に送達された時に被転付債権は差押債権者の債権及び執行費用の弁済に充当されたものとみなされ、抵当権者が被転付債権について抵当権の効力を主張することはできない」としています。転付命令が「金銭債権の実現のために差し押さえられた債権を換価するための一方法として、被転付債権を差押債権者に移転させるという法形式を採用したものであって、転付命令が第三債権者に送達された時に他の債権者が民事執行法一五九条三項に規定する差押等をしていないことを条件として、差押債権者に独占的満足を与えるもの」等の理由により、債権譲渡の場合とは異なることを示しています。
最高裁平成13年3月13日民集55巻2号363頁・民法百選Ⅰ【9版】85事件(以下「平成13年判例」といいます。)は「抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は,抵当不動産の賃借人は,抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって,抵当権者に対抗することはできないと解するのが相当である。けだし,物上代位権の行使としての差押えのされる前においては,賃借人のする相殺は何ら制限されるものではないが,上記の差押えがされた後においては,抵当権の効力が物上代位の目的となった賃料債権にも及ぶところ,物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができるから,抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と物上代位の目的となった賃料債権とを相殺することに対する賃借人の期待を物上代位権の行使により賃料債権に及んでいる抵当権の効力に優先させる理由はないというべきであるからである。
そして,上記に説示したところによれば,抵当不動産の賃借人が賃貸人に対して有する債権と賃料債権とを対当額で相殺する旨を上記両名があらかじめ合意していた場合においても,賃借人が上記の賃貸人に対する債権を抵当権設定登記の後に取得したものであるときは,物上代位権の行使としての差押えがされた後に発生する賃料債権については,物上代位をした抵当権者に対して相殺合意の効力を対抗することができないと解するのが相当である。」としています。
平成13年判例以前においては、物上代位権に基づく賃料債権の差押えと賃借人による賃料債権を受働債権とする相殺の優劣について、対立がありました。これは、抵当権設定登記の公示力を強調する平成10年1月判例の枠組みを重視すると、物上代位権に基づく差押えが優先することになると考えられるのに対し、差押えと相殺の優劣について無制限説に立ち、第三債務者は差押え以前に自働債権を取得していれば、自働債権と受働債権の弁済期の先後のいかんにかかわらず、相殺適状に達しさえすれば相殺をもって差押債権者に対抗することができるとする最高裁大法廷昭和45年6月24日民集24巻6号587頁・民法百選Ⅱ【9版】32事件(以下「昭和45年判例」といいます。)の枠組みを重視すると、相殺が優先することとなると考えられることを大きな対立構図とするものでした。この点に関して、上記のように抵当権の公示力による判例法理を確立させました。平成13年判例は、物上代位に基づく差押えの後は、自働債権の取得が抵当権設定登記に後れる限り、賃借人は賃料債権との相殺をもって抵当権者に対抗することができないと判示して、登記時基準説を採用します。民法511条の「差押えと相殺」の問題として想定されているのは一般債権者同士の競合であるのに対し、「物上代位と相殺」の場面では担保物権を有する債権者(抵当権者)と一般債権者(賃借人)の優劣が問題となっており、昭和45年判例は当然には妥当しないと解されます。その点で、昭和45年判例と平成13年判例は整合的に説明できます。
なお、平成13年判例に関しては法曹時報77巻12号155頁から156頁までにおいて、このような記載もあります。「他方で、平成13年最判については、敷金関係の場合には特別の配慮が必要であると多くの学説から指摘されていたところ、最一小判平成14年3月28日民集56巻3号689頁(以下「平成14年最判という。)は、敷金の賃料への当然充当による債務消滅の効果は物上代位権の行使によって妨げられないとした。これは、敷金の当然充当の効果は敷金契約から発生する効果であり、相殺によるものではないという形式的な理由により平成13年最判の射程が及ばないとしたものである。もっとも、そうであるとしても、物上代位権の行使により差し押さえられた賃料債権について、敷金契約の効果を及ぼし得るか問題となるところ、この点について、平成14年最判は「抵当権者は、物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前は、原則として抵当不動産の用益関係に介入できないのであるから、抵当不動産の所有者等は、賃貸借契約に付随する契約として敷金契約を締結するか否かを自由に決定することができる」ことを理由として、賃借人は、敷金契約が締結された場合、賃料債権は敷金の充当を予定した債権となったことを抵当権者に主張することができるとした。このように、判例は、相殺予約についてはその合意の効力を物上代位権に基づく差押えの後に抵当権者に対抗することはできないとする一方で(平成13年最判)、敷金契約についてはこれを主張することができるとし、相殺予約については敷金契約とはことなり抵当不動産の用益関係に関する合意とは評価していないものと考えられる。」
このように最高裁は、①抵当権の設定登記により、抵当権者の潜在的な物上代位権は公示される、②物上代位権の具体化のためには、抵当権者自身による差押えが必要である、③物上代位と債権譲渡・相殺等との優劣は、原則として抵当権設定登記と当該行為の対抗要件具備の先後によって決せられるという判例法理を確立させています(重要判例解説令和6年度民法2事件解説2参照)
法廷意見は、平成13年判例を参照し、「抵当不動産の賃借人は,抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前に,賃貸人との間で,抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と上記の差押えがされた後の期間に対応する賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をしたとしても,当該合意の効力を抵当権者に対抗することはできない」としました。すなわち、登記後取得債権に関しては、物上代位が相殺に優先するという法定相殺に関する判断が、相殺予約のケースにもあてはまるとしました。法廷意見は、賃借人が物上代位による差押え前に相殺合意をしたケースでも、①物上代位により抵当権の効力が将来賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記によって公示されており、相殺に対する賃借人の期待を抵当権の効力に優先させて保護すべきでないことは、平成13年判例の場面と異ならないこと、②上記合意は、将来賃料債権について上記差押前に相殺可能な状態を作出して相殺したものにすぎず、その効力を抵当権の効力に優先させるのは、抵当権者の利益を不当に害し相当でないことを理由として挙げます。
本判例は、平成13年判例を参照し、相殺優先説を採用した原判決を不当とし物上代位優先説を採用し破棄し、第1審判決を取り消し、第1審原告・上告人の請求を認容する自判しました。
本判例の射程に関し、賃借人が支出した必要費償還請求権との相殺合意に本判決の射程が及ぶかが問題となるが、否定説が多数であるとされます。その理由として、①民法511条2項の「前の原因」にあたるとする説、②民法469条2項2号を類推適用して「発生原因である契約に基づいて生じた債権」にあたるとする説、③賃貸人の貸す債務の一部不履行があったとして、民法611条により賃料が減額されるとする説、等があります(重要判例解説令和6年度民法2事件解説5参照)。
なお、物上代位に関する重要判例としては、代表的なものとして、抵当不動産の賃借人が取得する転賃借料債権について抵当権者が物上代位権を行使することの可否について最高裁平成12年4月14日民集54巻4号1552頁・重要判例解説平成12年度民法2事件(以下「転貸借と物上代位に関する平成12年判例」といいます。)、買戻特約付売買の目的不動産に設定された抵当権に基づく買戻代金債権に対する物上代位権行使の可否について最高裁平成11年11月30日民集53巻8号1965頁(以下「買戻代金債権に対する物上代位に関する平成11年判例」といいます。)、動産売買先取特権について最高裁平成17年2月22日民集59巻2号314頁・重要判例解説令和17年度民法3事件(以下「動産売買先取特権に関する平成17年判例」という。)、請負と物上代位について最高裁平成10年12月18日民集52巻9号2024頁・民法百選Ⅰ【9版】77事件(以下「請負と物上代位に関する平成10年12月判例」といいます。)があります。
転貸借と物上代位に関する平成12年判例は、「抵当権者は、抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合を除き、右賃借人が取得する転貸賃料債権について物上代位権を行使することができない」としています。すなわち、「民法三七二条によって抵当権に準用される同法三〇四条一項に規定する「債務者」には、原則として、抵当不動産の賃借人(転貸人)は含まれないものと解すべきである。けだし、所有者は被担保債権の履行について抵当不動産をもって物的責任を負担するものであるのに対し、抵当不動産の賃借人は、このような責任を負担するものではなく、自己に属する債権を被担保債権の弁済に供されるべき立場にはないからである。同項の文言に照らしても、これを「債務者」に含めることはできない。また、転貸賃料債権を物上代位の目的とすることができるとすると、正常な取引により成立した抵当不動産の転貸借関係における賃借人(転貸人)の利益を不当に害することにもなる。もっとも、所有者の取得すべき賃料を減少させ、又は抵当権の行使を妨げるために、法人格を濫用し、又は賃貸借を仮装した上で、転貸借関係を作出したものであるなど、抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合には、その賃借人が取得すべき転貸賃料債権に対して抵当権に基づく物上代位権を行使することを許すべきものである。」としています。
買戻代金債権に対する物上代位に関する平成11年判例は、「買戻特約付売買の買主から目的不動産につき抵当権の設定を受けた者は、抵当権に基づく物上代位権の行使として、買戻権の行使により買主が取得した買戻代金債権を差し押さえることができる」としています。すなわち、「買戻特約付売買の買主から目的不動産につき抵当権の設定を受けた者は、抵当権に基づく物上代位権の行使として、買戻権の行使により買主が取得した買戻代金債権を差し押さえることができると解するのが相当である。けだし、買戻特約の登記に後れて目的不動産に設定された抵当権は、買戻しによる目的不動産の所有権の買戻権者への復帰に伴って消滅するが、抵当権設定者である買主やその債権者等との関係においては、買戻権行使時まで抵当権が有効に存在していたことによって生じた法的効果までが買戻しによって覆滅されることはないと解すべきであり、また、買戻代金は、実質的には買戻権の行使による目的不動産の所有権の復帰についての対価と見ることができ、目的不動産の価値変形物として、民法三七二条により準用される三〇四条にいう目的物の売却又は滅失によって債務者が受けるべき金銭に当たるといって差し支えないからである。」としています。
動産売買先取特権に関する平成17年判例は、「民法304条1項ただし書は、先取特権者が物上代位権を行使するには払渡し又は引渡しの前に差押えをすることを要する旨を規定しているところ、この規定は、抵当権とは異なり公示方法が存在しない動産売買の先取特権については、物上代位の目的債権の譲受人等の第三者の利益を保護する趣旨を含むものというべきである。そうすると、動産売買の先取特権者は、物上代位の目的債権が譲渡され、第三者に対する対抗要件が備えられた後においては、目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することはできない」としました。抵当権とは異なり、動産売買先取特権は公示されていないことから民法304条1項ただし書きの趣旨は「物上代位の目的債権の譲受人等の第三者の利益を保護する趣旨を含む」とし、平成10年1月判例とは異なることを示し、「動産売買の先取特権者は、物上代位の目的債権が譲渡され、第三者に対する対抗要件が備えられた後においては、目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することはできない」としています。なお、最高裁昭和60年7月19日民集39巻5号1326頁・民法百選Ⅰ【9版】78事件は「先取特権者による物上代位権行使の目的となる債権について一般債権者が差押えまたは仮差押えの執行をしたにすぎないときは、その後に先取特権者が右債権に対し物上代位権を行使することを妨げられない」、「転付命令が第三債務者に送達される時までに転付命令に係る金銭債権について他の債権者が差押え、仮差押えの執行または配当要求をした場合でも、転付命令を得た債権者が優先権を有するときは、転付命令はその効力を生ずる」としていました。
請負と物上代位に関する平成10年12月判例は、「動産の買主がこれを他に転売することによって取得した売買代金債権は、当該動産に代わるものとして動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使の対象となる(民法三〇四条)。これに対し、動産の買主がこれを用いて請負工事を行ったことによって取得する請負代金債権は、仕事の完成のために用いられた材料や労力等に対する対価をすべて包含するものであるから、当然にはその一部が右動産の転売による代金債権に相当するものということはできない。したがって、請負工事に用いられた動産の売主は、原則として、請負人が注文者に対して有する請負代金債権に対して動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができないが、請負代金全体に占める当該動産の価額の割合や請負契約における請負人の債務の内容等に照らして請負代金債権の全部又は一部を右動産の転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情がある場合には、右部分の請負代金債権に対して右物上代位権を行使することができると解するのが相当である。」としています。原則、物上代位はできないとし、特段の事情があれば物上代位ができるという判例法理を示しています。

