最高裁令和7年4月17日判例タイムズ1538号23頁(懲戒免職処分取消等請求事件・効果裁量)
本判例は、地方公共団体が経営する自動車運送事業のバスの運転手として勤務していた職員が運賃の着服等を理由とする懲戒免職処分に伴って受けた一般の退職手当等の全部を支給しないこととする処分が裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとした原審の判断に違法があるとされた事例です。
判例を引用します。
https://www.courts.go.jp/hanrei/94011/detail2/index.html
「上告代理人森田雅之の上告受理申立て理由について
1 本件は、上告人が経営する自動車運送事業のバスの運転手として勤務していた被上告人が、運賃の着服等を理由とする懲戒免職処分(以下「本件懲戒免職処分」という。)を受けたことに伴い、京都市公営企業管理者交通局長(以下「本件管理者」という。)から、京都市交通局職員退職手当支給規程(昭和57年京都市交通局管理規程第5号の2)8条1項1号の規定(以下「本件規定」という。)により一般の退職手当等の全部を支給しないこととする処分(以下「本件全部支給制限処分」という。)を受けたため、上告人を相手に、上記各処分の取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 京都市公営企業に従事する企業職員の給与の種類及び基準に関する条例(昭和28年京都市条例第5号)14条は、6月以上勤務した職員が退職した場合は、退職手当を支給するが、不都合な行為のあった場合は退職手当を支給しないことがある旨を規定する。
本件規定は、退職をした者(以下「退職者」という。)が懲戒免職処分を受けて退職をした者に該当するときは、管理者は、当該退職者に対し、当該退職者が占めていた職の職務及び責任、当該退職者の勤務の状況、当該退職者が行った非違の内容及び程度、当該非違に至った経緯、当該非違後における当該退職者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響を勘案して、当該退職に係る一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分(以下「退職手当支給制限処分」という。)を行うことができる旨を規定する。
(2) 被上告人は、平成5年3月頃、京都市交通局の職員として採用され、同年4月から、上告人が経営する自動車運送事業のバスの運転手として勤務していた。被上告人は、各種表彰歴を有する一方で、乗務中の事故を理由として4件の戒告の処分と2件の注意を受けたことがあるが、本件懲戒免職処分を除き、一般服務や公金等の取扱いを理由とする懲戒処分を受けたことはない。
(3) 被上告人は、令和4年2月11日の勤務中、乗客から5人分の運賃(合計1150円)の支払を受けた際、硬貨を運賃箱に入れさせた上で、千円札1枚を手で受け取り、その後、これを売上金として処理することなく着服した(以下「本件着服行為」という。)。
(4) 京都市交通局は、バスの車内における電子たばこの使用を禁止していたところ、被上告人は、令和4年2月11日、12日、16日及び17日の乗務に際して、乗客のいない停車中のバスの運転席において、合計5回、電子たばこを使用した(以下、これらの行為を「本件喫煙類似行為」といい、本件着服行為と併せて「本件非違行為」という。)。
(5) 本件管理者は、令和4年2月18日、バスのドライブレコーダーにより運転手の業務状況を点検した際、本件非違行為を把握した。被上告人は、同日、上司との面談において、本件喫煙類似行為をしたことは認めたが、本件着服行為については、当初これを否定し、上司からの指摘を受けてこれを認めるに至った。
(6) 本件管理者は、令和4年3月2日、被上告人に対し、本件非違行為を理由として、本件懲戒免職処分をした上で、一般の退職手当等(1211万4214円)の全部を支給しないこととする本件全部支給制限処分をした。
3 原審は、上記事実関係等の下において、本件懲戒免職処分は適法であるとしてその取消請求を棄却すべきものとした上で、要旨次のとおり判断し、本件全部支給制限処分の取消請求を認容した。
被上告人の職務内容は民間の同種の事業におけるものと異ならないこと、本件非違行為によって、実際にバスの運行等に支障が生じ、又は公務に対する信頼が害されたとは認められないこと、本件着服行為による被害金額は1000円にとどまり、被害弁償もされていること、被上告人の在職期間は29年に及び、一般の退職手当等の額は1211万円余りであったこと、被上告人には、本件非違行為以外に一般服務や公金等の取扱いに関する非違行為はみられないこと等をしんしゃくすると、本件全部支給制限処分は、非違行為の程度及び内容に比して酷に過ぎるものといわざるを得ず、社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱したものとして違法である。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 本件規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等について、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を管理者の裁量に委ねているものと解され、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものというべきである(最高裁令和4年(行ヒ)第274号同5年6月27日第三小法廷判決・民集77巻5号1049頁参照)。
(2) 本件着服行為は、公務の遂行中に職務上取り扱う公金を着服したというものであって、それ自体、重大な非違行為である。そして、バスの運転手は、乗客から直接運賃を受領し得る立場にある上、通常1人で乗務することから、その職務の性質上運賃の適正な取扱いが強く要請され、その観点から、京都市交通局職員服務規程(平成2年京都市交通局管理規程第3号の16)において、勤務中の私金の所持が禁止されている(20条)。そうすると、本件着服行為は、上告人が経営する自動車運送事業の運営の適正を害するのみならず、同事業に対する信頼を大きく損なうものということができる。
また、本件喫煙類似行為についてみると、被上告人は、バスの運転手として乗務の際に、1週間に5回も電子たばこを使用したというのであるから、勤務の状況が良好でないことを示す事情として評価されてもやむを得ないものである。
そして、本件非違行為に至った経緯に特段酌むべき事情はなく、被上告人は、それらが発覚した後の上司との面談の際にも、当初は本件着服行為を否認しようとするなど、その態度が誠実なものであったということはできない。
これらの事情に照らせば、本件着服行為の被害金額が1000円でありその被害弁償が行われていることや、被上告人が約29年にわたり勤続し、その間、一般服務や公金等の取扱いを理由とする懲戒処分を受けたことがないこと等をしんしゃくしても、本件全部支給制限処分に係る本件管理者の判断が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。
(3) 以上によれば、本件全部支給制限処分が裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとした原審の判断には、退職手当支給制限処分に係る管理者の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。
5 以上のとおり、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、本件全部支給制限処分の取消請求は理由がなく、これを棄却した第1審判決は正当であるから、上記部分につき被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。」
本判例は、「裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである」とした最高裁令和5年6月27日民集77巻5号1049頁(以下「令和5年判例」といいます。)を引用した上、下記のように判断しました。
「地方公共団体が経営する自動車運送事業のバスの運転手として勤務していた職員が、運賃の着服及び禁止されていたバスの車内における電子たばこの使用を理由とする懲戒免職処分を受けたことに伴い、京都市交通局職員退職手当支給規程(昭和57年京都市交通局管理規程第5号の2)8条1項1号の規定により一般の退職手当等の全部を支給しないこととする処分を受けた場合において、次の⑴及び⑵など判示の事情の下においては、同処分が裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとした原審の判断には、上記事業の管理者の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。
⑴ 上記の運賃の着服は、勤務中、乗客から運賃の支払を受けた際に受け取った金銭を売上金として処理することなく着服したものであった。
⑵ 上記の電子たばこの使用は、バスの運転手として乗務の際に、1週間に5回使用したものであった。」
退職手当支給制限処分の適否に関して判断した判例として、令和5年判例のほか、最高裁令和6年6月27日裁判集民事129頁・判例タイムズ1529号52頁(以下「令和6年判例」といいます。)がありました。本判例は、令和5年判決及び令和6年判例が採用した判断枠組みを踏襲した上で、本件非違行為を評価するなどし、それらの事情に照らせば、本件全部支給制限処分が違法なものということはできないと判断しました。
「本件規定は、退職手当支給制限処分をするに当たっての勘案事項を種々掲げるところ、「非違の内容及び程度」がまず参照すべきものと解され……本件への当てはめにおいても、本件非違行為のうち重大な行為である本件着服行為についての非違の内容及び程度が重視されているものと考えられる。この点に関し、原審は、本件非違行為によって、実際にバスの運行等に支障が生じ、又は公務に対する信頼が害されたとは認められないと評価しているが、本判決は、本件着服行為について、公務の遂行中に職務上取り扱う公金を着服したというものであって、それ自体、重大な非違行為であるとするほか、Y(※第1審被告。執筆者注。)が経営する自動車運送事業の運営の適正を大きく損なうものということができるとの評価をしている。」
令和5年判例と令和6年判例の事案は飲酒運転事案に関するものであったのに対し、本件は公務に関する非違行為の事案であったのが異なる点です。
本判例は、個別事案における事例判断ではあるものの、今後の同種事案の参考になるものであって、実務上重要な意義を有すると考えられると判例タイムズ1538号25頁において指摘がなされています。

