最高裁令和7年10月20日刑集79巻7号321頁(業務上横領被告事件・訴因変更の要否)
本判例は、全体が包括一罪を構成する業務上横領の事案について月ごとの横領金額を明示した訴因に対し一部の月の横領金額につき訴因を上回る金額を認定するに当たり訴因変更手続を経なかったことに違法はないとされた事例判断です。訴因変更の要否(刑訴法312条1項)に関し、判断をしました。
判例を引用します。
https://www.courts.go.jp/hanrei/94788/detail2/index.html
「弁護人森田新司、同高田英典、同及川貴士の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論に鑑み、訴因変更の要否について、職権で判断する。
1 本件公訴事実及び本件の経過
本件公訴事実の要旨は、弁護士会の経理担当職員として、弁護士照会手数料及び負担金会費等を管理し、同会名義の銀行口座への入出金等の業務に従事していた被告人が、平成30年1月から令和3年5月までの間に弁護士照会手数料又は負担金会費として受領した現金合計約8544万3156円を同会のため預かり保管中、平成30年2月頃から令和3年6月頃までの間、35回にわたり、現金合計約5066万7838円を着服して横領したというものであり、その訴因には月ごとの受領現金額及び横領金額が明示されていた。
第1審において、検察官は、個別具体的な領得行為を特定することなく、被告人の月ごと、項目(弁護士照会手数料又は負担金会費)ごとの各受領現金額から、それぞれ所定の時期までに同会名義の銀行口座に入金された各金額を差し引いて算出される各使途不明金が、それぞれ当該時期に横領された旨の主張立証をし、第1審弁護人は、これを争った。
第1審判決は、上記業務に従事していた被告人が、平成30年1月頃から令和3年5月頃までの間に弁護士照会手数料又は負担金会費として受領した現金合計約6095万3765円を同会のため預かり保管中、平成30年2月頃から令和3年6月頃までの間、複数回にわたり、現金合計約3468万3408円を着服して横領した旨の罪となるべき事実を認定し、その全体が包括一罪であるとした。訴因と異なる事実を認定した理由は、被告人の月ごと、項目ごとの各受領現金額をいずれも訴因に明示された金額以下の金額と認定するとともに、検察官の主張立証よりも広範囲の同会名義の銀行口座への入金を差し引くなどしたためであった。ただし、第1審判決は、同口座に受領現金額を超える入金があった月における当該過剰額を横領金額から除くための計算処理の方法の相違等により、横領の成立時期を訴因に明示された時期よりも遅く認定した部分があったことに伴って、一部の月の横領金額については、訴因に明示された金額を上回る金額を認定したが、訴因変更手続を経ていなかった。
2 当裁判所の判断
上記罪となるべき事実は、相当長期間にわたるものではあるが、共通の犯意に基づき、同一の被害者に対し、同一の業務上の占有を利用して継続的に行われたものであって、その全体が包括一罪と解されるものであるから、一部の月の横領金額について訴因に明示された金額を上回る金額を認定したとしても、全体として訴因を超える認定をしない限り、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要であるとはいえない。また、この種事犯における月ごとの横領金額が、一般的には被告人の防御にとって重要な事項に当たるとしても、第1審判決が、一部の月の横領金額につき訴因に明示された金額を上回る金額を認定したのは、横領の成立時期を訴因に明示された時期よりも遅く認定した部分があることに伴うものにすぎないから、その認定が被告人に不意打ちを与えるものとはいえない。さらに、合計横領金額について訴因を下回る金額を認定した第1審判決が、訴因に比して被告人に不利益な認定をしたものでないことは明らかである。
以上によれば、全体が包括一罪を構成する長期間継続的に行われた業務上横領の事案について、月ごとの横領金額を明示した訴因に対し、第1審裁判所が、訴因を下回る合計横領金額を認定しつつ、横領の成立時期をより遅く認定した部分があることに伴い、一部の月の横領金額につき訴因に明示された金額を上回る金額を認定したという事情の下では、第1審裁判所が訴因変更手続を経なかったことが違法であるとはいえない。
したがって、第1審裁判所が訴因変更手続を経ることなく上記の認定をしたことに訴訟手続の法令違反はないとした原判決の判断は、正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」
訴因変更の要否に関する重要判例として、
①「罪となるべき事実の特定に不可欠とはいえない事項が訴因において明示された場合、判決においてそれと異なる認定をするには、審判対象の画定という見地からは訴因変更を要しない」
②「それが一般的に、被告人の防御にとって重要な事項である限りは、原則として訴因変更手続を要する」
③「被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には例外的に、訴因変更手続を要しない」
とした最高裁平成13年4月11日刑集55巻5号127頁・刑訴百選【11版】46事件があります(以下「平成13年判例」といいます。)。
本判例はこの平成13年判例を前提として、以下のように判断しました。
「罪となるべき事実は、相当長期間にわたるものではあるが、共通の犯意に基づき、同一の被害者に対し、同一の業務上の占有を利用して継続的に行われたものであって、その全体が包括一罪と解されるものであるから、一部の月の横領金額について訴因に明示された金額を上回る金額を認定したとしても、全体として訴因を超える認定をしない限り、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要であるとはいえない。」とし、①審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要であるとはいえないとしました。
「この種事犯における月ごとの横領金額が、一般的には被告人の防御にとって重要な事項に当たるとしても、第1審判決が、一部の月の横領金額につき訴因に明示された金額を上回る金額を認定したのは、横領の成立時期を訴因に明示された時期よりも遅く認定した部分があることに伴うものにすぎないから、その認定が被告人に不意打ちを与えるものとはいえない。さらに、合計横領金額について訴因を下回る金額を認定した第1審判決が、訴因に比して被告人に不利益な認定をしたものでないことは明らかである。」とし、②一般的には被告人の防御にとって重要な事項に当たるとしつつ、③被告人に不意打ちを与えるものとはいえず、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえないとしました。
その上で、「全体が包括一罪を構成する長期間継続的に行われた業務上横領の事案について、月ごとの横領金額を明示した訴因に対し、第1審裁判所が、訴因を下回る合計横領金額を認定しつつ、横領の成立時期をより遅く認定した部分があることに伴い、一部の月の横領金額につき訴因に明示された金額を上回る金額を認定したという事情の下では、第1審裁判所が訴因変更手続を経なかったことが違法であるとはいえない。」とし、第一審裁判所が訴因変更手続を経なかったことが違法であるとはいえないとしました。
本判例は、審判対象の画定と被告人の防御の見地から訴因変更の要否を判断するという平成13年判例の判断枠組みに基づく判例です。事例判断ではありますが、平成13年判例のあてはめ判例として参考になるかと思われます。

