最高裁昭和62年3月3日刑集41巻2号60頁・刑訴百選【11版】62事件(警察犬による臭気選別)

1 はじめに

 本判例は、警察犬による臭気選別の結果が有罪認定の用に供しうるとされた事例判例です。

2 前提となる知識

⑴条文
刑訴法317条
事実の認定は、証拠による。
刑訴法318条
証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。
刑訴法333条1項
被告事件について犯罪の証明があつたときは、第334条の場合を除いては、判決で刑の言渡をしなければならない。
⑵判例
・最高裁昭和41年2月21日判例時報450号60頁・刑訴百選【10版】64事件(筆跡鑑定)
「伝統的筆跡鑑定方法は、多分に鑑定人の経験と感に頼るところがあり、その証明力には自ら限界があるとしても、そのことから直ちに、この鑑定方法が非科学的で、不合理であるということはいえず、裁判所の自由心証によって、これを罪証に供することができる。」(令和8年度版判例六法1977頁・刑訴法317条の24個目)
・最高裁昭和43年2月8日刑集22巻2号55頁(ポリグラフ検査)
「刑許法第326条第1項の同意のあったポリグラフ検査結果回答書は、検査者が自ら実施したポリグラフ検査の経過及び結果を忠実に再現したものであるとともに、検査者が検査に必要な技術と経験を有する適格者であり、検査に使用された器具の性能等からみて検査結果に信頼性があることがうかがわれる場合には、相当と認めて、証拠能力を肯定しても良い。」(令和8年度版判例六法1977頁・刑訴法317条の25個目)
・東京高裁昭和55年2月1日判例タイムズ407号58頁・刑訴百選【9版】68事件
「声紋による識別方法は、その結果の確実性がいまだ科学的に承認されておらず、これに証拠能力を認めることは慎重でなければならないが、陪審制を採らず、個別的・具体的判断に親しむ我が国の制度の下では、各種器械の発達及び声紋識別技術の向上に伴い、検定件数も成績も上昇していることに鑑みれば、一概にその証拠能力を否定するのも相当でなく、その検査の実施者が必要な技術と経験を有する適格者であり、使用した器具の性能・作動も正確でその検定結果は信頼あるものと認められるときは、その検査の経過及び結果についての忠実な報告に証拠能力を認めてよい。」(令和8年度版判例六法1977頁・刑訴法317条の26個目)
・最高裁平成12年7月17日刑集54巻6号550頁・刑訴百選【11版】61事件
「本件で証拠の一つとして採用されたいわゆるMCT118DNA型鑑定は、その科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められる。したがって、右鑑定の証拠価値については、その後の科学技術の発展により新たに解明された事項等も加味して慎重に検討されるべきであるが、なお、これを証拠として用いることが許される。」(令和8年度版判例六法1977頁・刑訴法317条の28個目)

3 問題の所在(判例タイムズ639号137頁)

 「二、さて、従前の下級審裁判例や学説によると、臭気選別については、いくつかの原理的一般的な問題点があることが指摘されている。
これを整理すると、以下の5点に帰着するように思われる。
 (1)臭気の実体について科学的に十分解明されておらず、人の体臭に指紋のように千差万別であり同一のものがあり得ないという科学的な根拠がないこと (2)犬の嗅覚についての科学的解明が十分でなく、犬がどのようにして人の体臭を識別するのか、特に類似した臭気について、どの程度の識別能力があるかが明らかでないこと (3)犬の嗅覚に個体差があるばかりでなく、犬の選別能力が体調、情緒等によっても影響を受けること (4)犬の指導手に対する迎合性 (5)結果の正確性(犬が2個以上の臭気が同一であると識別している根拠)についての科学的な検証が不可能であり、追試(再実験)も著しく困難であること 以上である。
そして、このような問題点を包蔵するがゆえに、自然的関連性の有無が問題とされ、論者によっては、法律的関連性の有無こそが問題であるとされている。
 三、しかし、臭気の識別につき犬が人間よりはるかに高い能力を有し、個々人の体臭(個体差があることは経験的に裏付けられている。)を嗅ぎ分けることができ、その中でも臭気識別能力の特に優れた犬を選び出して訓練を施すことにより、個々人の臭気の異同を高度の正確性をもって識別することができる状態に達し得、その臭気選別結果には一般的に高度の正確性が認められることが経験的に裏付けられているといってよく、臭気選別結果の信頼性が一般的に乏しいとはいえないように思われる。
 そして、当該具体的な選別結果の信頼性については、(1)その検査に使用された警察犬がよく訓練されていて選別能力が検査に信を措きうるだけの高度の水準に達しているだけでなく、検査の際においても体調等も良好でその能力がよく保持されていること、(2)検査者が専門的な知識と経験を有する指導手であること、(3)臭気の採取、保管の過程や臭気選別の方法に不適切な点がないこと、これらの点が立証されるならば、関連性を肯定できることはもとより、臭気選別書や指導手の証言にあらわれた臭気選別結果を有罪認定の用に供することができるように思われる。」

4 判旨

https://www.courts.go.jp/hanrei/50345/detail2/index.html

 「弁護人上田國廣の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 なお、所論にかんがみ、警察犬による本件各臭気選別の結果を有罪認定の用に供した原判決の当否について検討するに、記録によると、右の各臭気選別は、右選別につき専門的な知識と経験を有する指導手が、臭気選別能力が優れ、選別時において体調等も良好でその能力がよく保持されている警察犬を使用して実施したものであるとともに、臭気の採取、保管の過程や臭気選別の方法に不適切な点のないことが認められるから、本件各臭気選別の結果を有罪認定の用に供しうるとした原判断は正当である(右の各臭気選別の経過及び結果を記載した本件各報告書は、右選別に立ち会った司法警察員らが臭気選別の経過と結果を正確に記載したものであることが、右司法警察員らの証言によつて明らかであるから、刑訴法321条3項により証拠能力が付与されるものと解するのが相当である。)。
 よって、刑訴法414条、386条1項3号、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

5 解説(判例タイムズ639号137頁)

 「一、警察犬による臭気選別の結果が被告人と犯人との同一性を認定するための証拠として裁判に登場するようになったのは、比較的最近のことといってよいであろう。
 公刊物にあらわれるようになったのは、昭和50年以降のようである、そして、従前の下級審裁判例や学説の動向(これらについては、木谷明「いわゆる臭気鑑別書の証拠能力」本誌546号33頁等参照)をみると、臭気選別の経過及び結果を記載した書面(臭気選別書)に証拠能力があるかどうかの問題として、議論がされている。
 しかし、臭気選別結果の証拠としての適格性については、なにも臭気選別書に特有の問題ではなく、臭気選別を実施した指導手(検査者)の証言にも共通する問題である。
 しかし、指導手の証言については、証拠能力がないからその証言を求めることは許されないとか、指導手の証言がされた場合に証拠から排除すべきであるという議論は聞かれない。
このことからも窺われるように、臭気選別結果の証拠としての適格性については、関連性の点において検討すべき問題があること、それも法律的関連性(裁判所に不当な偏見等を与える虞れがあるかどうか)の側面よりも、主としては自然的関連性(要証事実に対して必要最小限度の証明力を有しているかどうか)の点において検討すべき問題があるといってよい。
 二、さて、従前の下級審裁判例や学説によると、臭気選別については、いくつかの原理的一般的な問題点があることが指摘されている。
これを整理すると、以下の5点に帰着するように思われる。
 (1)臭気の実体について科学的に十分解明されておらず、人の体臭に指紋のように千差万別であり同一のものがあり得ないという科学的な根拠がないこと (2)犬の嗅覚についての科学的解明が十分でなく、犬がどのようにして人の体臭を識別するのか、特に類似した臭気について、どの程度の識別能力があるかが明らかでないこと (3)犬の嗅覚に個体差があるばかりでなく、犬の選別能力が体調、情緒等によっても影響を受けること (4)犬の指導手に対する迎合性 (5)結果の正確性(犬が2個以上の臭気が同一であると識別している根拠)についての科学的な検証が不可能であり、追試(再実験)も著しく困難であること 以上である。
そして、このような問題点を包蔵するがゆえに、自然的関連性の有無が問題とされ、論者によっては、法律的関連性の有無こそが問題であるとされている。
 三、しかし、臭気の識別につき犬が人間よりはるかに高い能力を有し、個々人の体臭(個体差があることは経験的に裏付けられている。)を嗅ぎ分けることができ、その中でも臭気識別能力の特に優れた犬を選び出して訓練を施すことにより、個々人の臭気の異同を高度の正確性をもって識別することができる状態に達し得、その臭気選別結果には一般的に高度の正確性が認められることが経験的に裏付けられているといってよく、臭気選別結果の信頼性が一般的に乏しいとはいえないように思われる。
 そして、当該具体的な選別結果の信頼性については、(1)その検査に使用された警察犬がよく訓練されていて選別能力が検査に信を措きうるだけの高度の水準に達しているだけでなく、検査の際においても体調等も良好でその能力がよく保持されていること、(2)検査者が専門的な知識と経験を有する指導手であること、(3)臭気の採取、保管の過程や臭気選別の方法に不適切な点がないこと、これらの点が立証されるならば、関連性を肯定できることはもとより、臭気選別書や指導手の証言にあらわれた臭気選別結果を有罪認定の用に供することができるように思われる。
 四、本決定は、その判示からすると、おそらく、以上のような理解の下に、臭気選別結果を有罪認定の用に供しうる旨の判断を示したものと思われる。
 本決定は、臭気選別結果の証拠としての適格性を一般的に否定する考え方を排斥して、有罪認定の用に供しうる場合のあることを示すとともに、有罪認定の証拠として使用するために留意すべき点を明らかにしており、その意味において実務に指針を与えるものといえよう。
最高裁の初めての判断であり、判例としての意義は小さくないと思われる。
 五、なお、臭気選別結果と伝聞法則との関係について、本決定は、臭気選別に立ち会った司法警察員の記載した書面は刑訴法321条3項によって証拠能力が付与されることを明らかにしており、この点も実務上参考になろう。」