最高裁平成12年7月17日刑集54巻6号550頁・刑訴百選【11版】61事件(DNA型鑑定)

1 はじめに(判例タイムズ1044号79頁)

 「本件は、被告人と犯人の同一性認定の有力な資料とされたDNA型鑑定に証拠としての許容性を認めた最初の上告審決定である。
 事案は、平成2年5月12日夜、当時四歳の幼女が行方不明となり、翌朝、付近の河川敷の草むらから、全裸の遺体で発見され、付近の川底から被害児童の半袖下着などが発見されたというもので、死因は頚部圧迫による窒息死で、姦淫されていないが、遺体の表面に唾液が付着し、半袖下着には精液斑が付着していることが判明した。その後の捜査で被告人が不審者として捜査線上に浮上し、捜査官は、被告人の精液が付着したティッシュペーパーを入手したため、前に保管していた被害者の半袖下着に付着していた精液斑との同一性について、科学警察研究所に鑑定を嘱託した。その結果、両者の血液型はABO式とルイス式で同型で、MCT118DNA型も同型であるとの鑑定結果が得られた。そこで嫌疑を深めた捜査当局は、事件発生から約1年半後に被告人から事情聴取したところ、自白したため逮捕した。被告人は、その後も犯行を認め続け、一審の被告人質問の途中で一時否認に転じたものの再度自白し、弁論が終結された。しかし、その後被告人が再び否認したため、弁論が再開され、再度実施された被告人質問以後一貫して犯行を否認している。そこで、被告人の自白の信用性とDNA型鑑定の証拠能力、証明力が主要な争点とされた。」

2 前提となる知識

⑴条文
刑訴法317条
事実の認定は、証拠による。
刑訴法318条
証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。
刑訴法333条1項
被告事件について犯罪の証明があつたときは、第334条の場合を除いては、判決で刑の言渡をしなければならない。
⑵判例
・最高裁昭和41年2月21日判例時報450号60頁・刑訴百選【10版】64事件(筆跡鑑定)
「伝統的筆跡鑑定方法は、多分に鑑定人の経験と感に頼るところがあり、その証明力には自ら限界があるとしても、そのことから直ちに、この鑑定方法が非科学的で、不合理であるということはいえず、裁判所の自由心証によって、これを罪証に供することができる。」(令和8年度版判例六法1977頁・刑訴法317条の24個目)
・最高裁昭和43年2月8日刑集22巻2号55頁(ポリグラフ検査)
「刑許法第326条第1項の同意のあったポリグラフ検査結果回答書は、検査者が自ら実施したポリグラフ検査の経過及び結果を忠実に再現したものであるとともに、検査者が検査に必要な技術と経験を有する適格者であり、検査に使用された器具の性能等からみて検査結果に信頼性があることがうかがわれる場合には、相当と認めて、証拠能力を肯定しても良い。」(令和8年度版判例六法1977頁・刑訴法317条の25個目)
・東京高裁昭和55年2月1日判例タイムズ407号58頁・刑訴百選【9版】68事件
「声紋による識別方法は、その結果の確実性がいまだ科学的に承認されておらず、これに証拠能力を認めることは慎重でなければならないが、陪審制を採らず、個別的・具体的判断に親しむ我が国の制度の下では、各種器械の発達及び声紋識別技術の向上に伴い、検定件数も成績も上昇していることに鑑みれば、一概にその証拠能力を否定するのも相当でなく、その検査の実施者が必要な技術と経験を有する適格者であり、使用した器具の性能・作動も正確でその検定結果は信頼あるものと認められるときは、その検査の経過及び結果についての忠実な報告に証拠能力を認めてよい。」(令和8年度版判例六法1977頁・刑訴法317条の26個目)
・最高裁昭和62年3月3日刑集41巻2号60頁(警察犬による臭気選別)
「警察犬による本件臭気選別の結果は、右選別につき専門的な知識と経験を有する指導手が、臭気選別能力が優れ選別時においても右能力のよく保持されている警察犬を使用して実施したものであり、かつ、臭気の採取、保管の過程や選別の方法に不適切な点がないから、これを有罪認定の用に供することができる。」(令和8年度版判例六法1977頁・刑訴法317条の27個目)

3 問題の所在

 いわゆる科学的証拠の採否が問題となりました。従来の科学的証拠の判例と同じく、科学的証拠についても一般証拠と同じく関連性のみを考えれば足りるという判例法理の延長線上にあります。

4 判旨

 「弁護人佐藤博史外六名の上告趣意のうち、憲法三七条三項違反をいう点は、記録を精査しても、一審弁護人の弁護活動が被告人の権利保護に欠ける点があったものとは認められないから、前提を欠き、その余は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 所論にかんがみ、職権で判断する。
 記録を精査しても、被告人が犯人であるとした原判決に、事実誤認、法令違反があるとは認められない。なお、【要旨】本件で証拠の一つとして採用されたいわゆるMCT118DNA型鑑定は、その科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められる。したがって、右鑑定の証拠価値については、その後の科学技術の発展により新たに解明された事項等も加味して慎重に検討されるべきであるが、なお、これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当である。
 よって、刑訴法414条、386条1項3号、平成7年法律第91号による改正前の刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」

5 解説(判例タイムズ1044号79頁)

 「一 本件は、被告人と犯人の同一性認定の有力な資料とされたDNA型鑑定に証拠としての許容性を認めた最初の上告審決定である。
 事案は、平成2年5月12日夜、当時四歳の幼女が行方不明となり、翌朝、付近の河川敷の草むらから、全裸の遺体で発見され、付近の川底から被害児童の半袖下着などが発見されたというもので、死因は頚部圧迫による窒息死で、姦淫されていないが、遺体の表面に唾液が付着し、半袖下着には精液斑が付着していることが判明した。その後の捜査で被告人が不審者として捜査線上に浮上し、捜査官は、被告人の精液が付着したティッシュペーパーを入手したため、前に保管していた被害者の半袖下着に付着していた精液斑との同一性について、科学警察研究所に鑑定を嘱託した。その結果、両者の血液型はABO式とルイス式で同型で、MCT118DNA型も同型であるとの鑑定結果が得られた。そこで嫌疑を深めた捜査当局は、事件発生から約1年半後に被告人から事情聴取したところ、自白したため逮捕した。被告人は、その後も犯行を認め続け、一審の被告人質問の途中で一時否認に転じたものの再度自白し、弁論が終結された。しかし、その後被告人が再び否認したため、弁論が再開され、再度実施された被告人質問以後一貫して犯行を否認している。そこで、被告人の自白の信用性とDNA型鑑定の証拠能力、証明力が主要な争点とされた。
二 一審裁判所は、一審弁護人が本件鑑定書を不同意としたため、鑑定を実施した技官を証人尋問した上で、本件鑑定書の証拠能力を認めた(本誌820号177頁)。
 原判決(本誌922号296頁)は、一定の事象・作用につき、通常の五感の認識を超える手段・方法を用いて認知・分析した判断結果が、刑事裁判で証拠として許容されるためには、その認知・分析の基礎原理に科学的根拠があり、かつ、その手段・方法が妥当で、定型的に信頼性のあるものでなければならないところ、DNA型判定の手法として、MCT118法は、科学理論的、経験的な根拠を持っており、より優れたものが今後開発される余地はあるにしても、その手段・方法は確立された一定の信頼性のある妥当なものと認められるから、MCT118法に依拠し専門的知識と経験のある練達の技官によって行われた本件DNA型鑑定の結果を本件の証拠に用いることは許されるとした。
 本決定は、(一)MCT118DNA型鑑定の科学的原理が理論的正確性を有すること、(ニ)本件鑑定が技術を習得した者により科学的に信頼される方法で具体的に実施されたと認められることを掲げて、証拠とすることが許されると判断した。
 第一のMCT118DNA型鑑定による個人識別法がその原理において科学理論的正確性を有することについては、現在特に異論がないと思われる(科学的原理については多くの文献がある。瀬田季茂「証拠物件のDNA型鑑定にみる科学的背景」警察学論集49巻8号15頁、9号139頁、10号161頁等)。
 第二の具体的な実施方法は、技術を習得した適格な検査者が、適切な検査資料と正常な検査機器、試薬等を用いて鑑定を実施し、誤りなくデータを読み取り解析したことを要求するものと思われる。
 上告趣意は右に加えて再鑑定の担保を要件とするように主張した。しかし、本決定はこの点に触れていないから、これを不可欠の要件とするとは認めなかったものと思われる。残余の資料がある場合には、再鑑定のための資料の保存等が好ましいであろうが、本件は、資料の絶対量が少なく、追試のための資料の保存等の余裕がなかった事案であり、少なくともこのような場合に再鑑定が担保されていることを要件とする必要はないと解されたものであろう。
 さらに、上告趣意は、(一)MCT118DNA型鑑定の具体的実施方法は、本件後に改良されている(移動距離を測定する試薬が変更された)、(ニ)本件鑑定書記載の出現頻度が後の調査により変動していることなどを指摘して、証拠の許容性を争った。しかし、本決定は、後に科学技術の発展により新たに解明された事項等も加味して、その証拠価値を慎重に検討する必要があることを示したものの、それによって証拠の許容性が否定されることはないとしている。本件鑑定の証拠価値については、同一の機会に実施された鑑定で被告人と犯人のDNA型が同一と判定されたという点で、なお十分に意味を有すると判断したものと思われる。
 なお、現在までに実用化されているDNA型鑑定は、その性質上、それのみで犯人と断定できるものではなく、他の証拠との総合認定が重要であることはいうまでもなく、本件でも被告人の自白等の他の証拠の証拠価値が慎重に検討されたものと思われる。
三 DNA型鑑定が実用化されてからそれほどの年月が経過していないが、既に多数の鑑定結果が証拠採用され、特殊なものを除いておおむねその証拠能力、証明力が肯定されている(三井誠「DNA鑑定の証拠能力・証明力」松尾浩也古稀祝賀論文集下巻四八三頁に未公刊の裁判例も含めてまとめられている。)。名古屋高判平8・3・18判時1577号129頁は、本件とは別のHLA-DQA11)NA型鑑定について、その証拠能力、証明力を肯定しており、参考になる。また、安冨潔「刑事手続きにおけるDNA型鑑定と証拠」法曹48巻2号1頁等多数の文献が発表されている。
 本決定は、MCT118DNA型鑑定に最初に触れた上告審決定で、DNA型鑑定一般に触れたものではないが、今後、新たな類型の科学的鑑定結果についての証拠としての許容性を検討する際にも参考になるものと思われる。」