最高裁平成24年9月7日刑集66巻9号907頁・刑訴百選【11版】60事件(悪性格立証)
1 はじめに
本判例は、本件は,前科証拠を犯人と被告人の同一性の立証に用いることができるかが問題となった事案です。
判旨によれば、下記のような事案です。
「(1)本件各公訴事実は,「被告人は,平成21年9月8日午前6時30分頃から同日午前11時50分頃までの間,金品窃取の目的で,東京都葛飾区(以下省略)B荘C号室D方縁側掃き出し窓のガラスを割り,クレセント錠を解錠して侵入した上,同所において,1 同人所有の現金1000円及びカップ麺1個(時価約100円相当)を窃取し,2 同人ほか1名が現に住居に使用する前記B荘(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建,延べ床面積115.67平方メートル)に放火しようと考え,B荘C号室内にあった石油ストーブ内の灯油を同室内のカーペット上に撒布した上,何らかの方法で点火して火を放ち,同室内の床面等に燃え移らせ,よって,現に人が住居に使用しているB荘C号室の一部を焼損(焼損面積約1.1平方メートル)した。」という住居侵入,窃盗,現住建造物等放火の事実(以下,それぞれ「本件住居侵入」,「本件窃盗」,「本件放火」という。)及び北海道釧路市内における住居侵入及び窃盗の事実(以下「釧路事件」という。)からなるものである。
(2)被告人は,第1審の公判前整理手続において,本件住居侵入及び本件窃盗並びに釧路事件については争わない旨述べたが,本件放火については,何者かが上記B荘C号室に侵入して放火したことは争わないものの,被告人が行ったものではないと主張した。」
2 前提となる知識
⑴条文
刑訴法317条
事実の認定は、証拠による。
刑訴法318条
証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。
刑訴法333条1項
被告事件について犯罪の証明があつたときは、第334条の場合を除いては、判決で刑の言渡をしなければならない。
⑵判例
・事案
被告人が故意を争っている寄附金詐欺の事案(社会福祉事業に使うかのような言動により寄附金として金銭を詐取したというもの)
・判旨(概要)
最高裁昭和41年11月22日刑集20巻9号1035頁
犯罪の客観的要素が他の証拠によって認められる事案において、詐欺の故意のごとき主観的要素を、被告人の同種前科の内容によって認定しても違法ではない。
3 問題の所在(判例タイムズ1382号85頁)
「本判決は,まず,前科証拠を犯罪事実の証明に用いる場合の証拠能力について,一般論として,「前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられるものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許されると解するべきである」とした。そして,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合については,「前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できる」として,このような要件が,自然的関連性のほかに証拠能力の要件として課されることを明らかにした。その上で,本件前科証拠について検討し,本件前科証拠は,前刑放火の手段方法に顕著な特徴があるとはいえず,前刑放火の犯人と本件放火の犯人が犯人が同一であることを推認させる力はさほど強いものではないとして,上記の要件を満たさないとし,原判決が認定した「行動傾向の固着化」についても,①単に反復累行しているという事実によってそのような行動傾向を認定することはできないこと,②前刑放火は,間に服役期間を挟み,いずれも本件放火の17年前の犯行であって,被告人がその間前刑当時と同様の犯罪傾向を有していたと推認することには疑問があること,③被告人は,本件放火の前後の約1か月間に合計31件の窃盗(未遂を含む)に及んだ旨上申しているところ,その中には被告人が十分な金品を得ていないとみられるものが多数あるにもかかわらず,これらの窃盗と接着した時間,場所で放火があったという事実はうかがわれず,本件についてのみ被告人の放火の犯罪傾向が発現したとみることは困難であることから,原判決の上記判断は是認し難いとした。」
4 判旨
https://www.courts.go.jp/hanrei/82529/detail2/index.html
「弁護人高野隆の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。
1 原判決の認定及び記録によれば,本件訴訟の経過等は,次のとおりである。
(1) 本件各公訴事実は,「被告人は,平成21年9月8日午前6時30分頃から同日午前11時50分頃までの間,金品窃取の目的で,東京都葛飾区(以下省略)B荘C号室D方縁側掃き出し窓のガラスを割り,クレセント錠を解錠して侵入した上,同所において,1 同人所有の現金1000円及びカップ麺1個(時価約100円相当)を窃取し,2 同人ほか1名が現に住居に使用する前記B荘(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建,延べ床面積115.67平方メートル)に放火しようと考え,B荘C号室内にあった石油ストーブ内の灯油を同室内のカーペット上に撒布した上,何らかの方法で点火して火を放ち,同室内の床面等に燃え移らせ,よって,現に人が住居に使用しているB荘C号室の一部を焼損(焼損面積約1.1平方メートル)した。」という住居侵入,窃盗,現住建造物等放火の事実(以下,それぞれ「本件住居侵入」,「本件窃盗」,「本件放火」という。)及び北海道釧路市内における住居侵入及び窃盗の事実(以下「釧路事件」という。)からなるものである。
(2) 被告人は,第1審の公判前整理手続において,本件住居侵入及び本件窃盗並びに釧路事件については争わない旨述べたが,本件放火については,何者かが上記B荘C号室に侵入して放火したことは争わないものの,被告人が行ったものではないと主張した。
(3) 被告人は,平成3年4月7日から平成4年5月10日までの間に15件の窃盗を,同年3月29日から同年6月13日までの間に11件の現住建造物等放火(未遂を含む。以下「前刑放火」という。)を行ったなどの罪により,平成6年4月13日,懲役8月及び懲役15年(前刑放火を全て含む。)に処せられた前科を有する。
検察官は,公判前整理手続において,被告人は窃盗に及んだが欲するような金品が得られなかったことに立腹して放火に及ぶという前刑放火と同様の動機に基づいて本件放火に及んだものであり,かつ,前刑放火と本件放火はいずれも特殊な手段方法でなされたものであると主張し,この事実を証明するため,上記前科に係る判決書謄本(以下「前刑判決書謄本」という。),上記前科の捜査段階で作成された前刑放火に関する被告人の供述調書謄本15通,本件の捜査段階で作成された前刑放火の動機等に関する被告人の供述調書1通(以下これらを併せて「本件前科証拠」という。),本件放火の現場の状況及びその犯行の特殊性等に関する警察官証人1名の取調べを請求した。
第1審裁判所は,前刑判決書謄本を情状の立証に限定して採用したものの,本件放火の事実を立証するための証拠として本件前科証拠は全て「関連性なし」として却下し,また,上記警察官証人を「必要性なし」として却下した。
第1審判決は,被告人が本件放火の犯人であると認定するにはなお合理的な疑問が残るとして,本件住居侵入及び本件窃盗並びに釧路事件についてのみ有罪とした。
(4) これに対し検察官が控訴した。控訴趣意は,本件前科証拠及び上記警察官証人は,いずれも本件放火の犯罪を立証する証拠として関連性を有し,取調べの必要性があったにもかかわらず,これらを却下した第1審裁判所の措置は訴訟手続の法令違反に該当し,その結果被告人を本件放火の犯人と認定しなかったのは事実誤認に当たるというものである。
原判決は,本件前科証拠のうち,前刑判決書謄本の取調べ請求を却下した第1審裁判所の措置,並びに上記前科の捜査段階で作成された被告人の供述調書謄本15通及び本件捜査段階で作成された前刑放火の動機等に関する被告人の供述調書1通について,本件放火との関連性がある部分を特定しないまま,その全てを却下した第1審裁判所の措置には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるとして,第1審判決を破棄し,事件を東京地方裁判所に差し戻した。
2 原判決の理由の概略は,次のとおりである。
前刑放火11件の動機は,いずれも窃盗を試みて欲するような金品が得られなかったことに対する腹立ちを解消することにあり,上記11件のうち10件は,いずれも侵入した居室内において,また残り1件は,侵入しようとした住居に向けて放火したものであり,うち7件は,犯行現場付近にあったストーブ内の灯油を撒布したものである。被告人には,このような放火に至る契機,手段,方法において上記のような特徴的な行動傾向が固着化していたものと認められる。被告人は,本件放火と接着した時間帯に放火場所である居室に侵入して窃盗を行ったことを認めているところ,その窃取した金品が被告人を満足させるものではなかったと思料され,前刑放火と同様の犯行に至る契機があると認められる上,犯行の手段方法も共通しており,いずれも特徴的な類似性があると認められ,被告人が本件放火の犯人であることを証明する証拠として関連性がある。したがって,本件前科証拠のうち,これらの点に関するもの,すなわち前刑判決書謄本並びに上記前科の捜査段階で作成された被告人の供述調書謄本15通及び本件の捜査段階で作成された前刑放火の動機等に関する被告人の供述調書1通のうち本件放火と特徴的な類似性のある犯行に至る契機,犯行の手段方法に関する部分はいずれも関連性が認められ,証拠として採用すべきであったものというべきであり,上記各供述調書について関連性が認められる部分を特定できるような審理を行わずに本件前科証拠を全て却下した第1審裁判所の措置は違法である。そして,被告人が,本件放火と接着した時間帯に放火場所である居室に侵入して窃盗を行ったことが認められる本件では,上記の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に当たる。
3 しかしながら,原判決の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 前科も一つの事実であり,前科証拠は,一般的には犯罪事実について,様々な面で証拠としての価値(自然的関連性)を有している。反面,前科,特に同種前科については,被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価につながりやすく,そのために事実認定を誤らせるおそれがあり,また,これを回避し,同種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため,当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行う必要が生じるなど,その取調べに付随して争点が拡散するおそれもある。したがって,前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられるものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許されると解するべきである。本件のように,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合についていうならば,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できるものというべきである。
前刑放火は,原判決の指摘するとおり,11件全てが窃盗を試みて欲するような金品が得られなかったことに対する鬱憤を解消するためになされたものであること,うち10件は侵入した室内において,残り1件は侵入しようとした居室に向けてなされたものであるが,いずれも灯油を撒布して行われたものであることなどが認められる。本件放火の態様は,室内で石油ストーブの灯油をカーペットに撒布して火を放ったという犯行である。原判決は,これらの事実に加え,被告人が本件放火の最大でも5時間20分という時間内に上記の放火現場に侵入し,500円硬貨2枚とカップ麺1個を窃取したことを認めていることからすれば,上記の各前科と同様の状況に置かれた被告人が,同様の動機のもとに放火の意思を生じ,上記のとおりの手段,方法で犯行に及んだものと推認することができるので,関連性を認めるに十分であるという。しかしながら,窃盗の目的で住居に侵入し,期待したほどの財物が窃取できなかったために放火に及ぶということが,放火の動機として特に際だった特徴を有するものとはいえないし,また,侵入した居室内に石油ストーブの灯油を撒いて火を放つという態様もさほど特殊なものとはいえず,これらの類似点が持つ,本件放火の犯行が被告人によるものであると推認させる力は,さほど強いものとは考えられない。
原判決は,上記のとおり,窃盗から放火の犯行に至る契機の点及び放火の態様の点について,前刑放火における行動傾向が固着化していると判示している。固着化しているという認定がいかなる事態を指しているのか必ずしも明らかではないが,単に前刑放火と本件放火との間に強い類似性があるというにとどまらず,他に選択の余地がないほどに強固に習慣化していること,あるいは被告人の性格の中に根付いていることを指したものではないかと解され,その結果前刑放火と本件放火がともに被告人によるものと推認できると述べるもののようである。しかし,単に反復累行しているという事実をもってそのように認定することができないことは明らかであり,以下に述べる事実に照らしても,被告人がこのような強固な犯罪傾向を有していると認めることはできず,実証的根拠の乏しい人格評価による認定というほかない。
すなわち,前刑放火は,間に服役期間を挟み,いずれも本件放火の17年前の犯行であって,被告人がその間前刑当時と同様の犯罪傾向を有していたと推認することには疑問があるといわなければならない。加えて,被告人は,本件放火の前後の約1か月間に合計31件の窃盗(未遂を含む。以下同じ。)に及んだ旨上申している。上申の内容はいずれも具体的であるが,これらの窃盗については,公訴も提起されていない上,その中には被告人が十分な金品を得ていないとみられるものが多数あるにもかかわらず,これらの窃盗と接着した時間,場所で放火があったという事実はうかがわれず,本件についてのみ被告人の放火の犯罪傾向が発現したと解することは困難である。
(2) 上記のとおり,被告人は,本件放火に近接した時点に,その現場で窃盗に及び,十分な金品を得るに至らなかったという点において,前刑放火の際と類似した状況にあり,また,放火の態様にも類似性はあるが,本件前科証拠を本件放火の犯人が被告人であることの立証に用いることは,帰するところ,前刑放火の事実から被告人に対して放火を行う犯罪性向があるという人格的評価を加え,これをもとに被告人が本件放火に及んだという合理性に乏しい推論をすることに等しく,このような立証は許されないものというほかはない。
したがって,本件放火の犯罪事実を立証するための本件前科証拠の取調べ請求を全て却下した第1審裁判所の措置は正当であり,これについて判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に当たるとした原判断には刑訴法379条の解釈適用を誤った違法がある。この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであり,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,本件を原裁判所である東京高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
5 解説(判例タイムズ1382号85頁)
「1 本件は,前科証拠を犯人と被告人の同一性の立証に用いることができるかが問題となった事案である。
2 被告人は,東京都葛飾区内の家屋に対する住居侵入,窃盗,現住建造物等放火(以下それぞれ「本件住居侵入」,「本件窃盗」,「本件放火」という。)と北海道釧路市内の家屋に対する住居侵入,窃盗(以下「釧路事件」という。)とで起訴され,本件住居侵入及び本件窃盗並びに釧路事件については自分の犯行であることを認めたが,本件放火については自分の犯行ではないと主張した。検察官は,第1審の公判前整理手続において,被告人が本件放火の犯人であることを立証するため,被告人が本件の約17年前に犯した11件の住居侵入,窃盗,現住建造物等放火(以下「前刑放火」という。)等からなる前科に関する前科調書,判決書謄本,被告人の供述調書(以下これらを併せて「本件前科証拠」という。),警察官の専門的な知見からみた本件放火の現場の状況及びその犯行の特殊性等に関する証人の取調べを請求した。しかし,1審裁判所(裁判官3名)は,犯罪事実立証のための証拠としては,本件前科証拠の取調べ請求を全て「関連性なし」を理由に却下し(ただし,判決書謄本は情状関係の証拠として採用した),上記証人の取調べ請求を「必要性なし」を理由に却下した。そして,裁判員が参加して行われた1審判決は,被告人が本件住居侵入及び本件窃盗の後に本件放火に及んだ事実は認定できないとして,本件住居侵入及び本件窃盗並びに釧路事件についてのみ被告人を有罪と認定した。
これに対して検察官が控訴し,1審裁判所が本件前科証拠及び上記証人の取調べ請求を却下したことは訴訟手続の法令違反に当たると主張した(このほか事実誤認も主張した。)。原判決は,前刑放火と本件放火との間には手段方法に特徴的な類似性があり,また,前刑放火からは,被告人には,窃盗を試みて欲するような金品が得られなかったことのうっぷん晴らしのために他人の住宅ヘの放火を繰り返すという,窃盗から放火の犯行に至る契機の点で行動傾向が固着化していると認められ,この点においても前刑放火と本件放火との間には特徴的な類似性が認められるとし,これらを根拠として,本件前科証拠は関連性を有するとした(ただし,被告人の供述調書については,前刑放火につき,本件放火と特徴的な類似性のある犯行に至る契機,犯行の手段方法に関する部分に限って関連性を有するとした)。そして,1審裁判所が本件前科証拠を全て却下したことは判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に当たるとして,1審判決を破棄して事件を1審に差し戻した。
これに対して,被告人が上告し,本件前科証拠は証拠能力を欠き,原判決には訴訟手続の法令違反があるなどと主張した。
3 本判決は,まず,前科証拠を犯罪事実の証明に用いる場合の証拠能力について,一般論として,「前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられるものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許されると解するべきである」とした。そして,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合については,「前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できる」として,このような要件が,自然的関連性のほかに証拠能力の要件として課されることを明らかにした。その上で,本件前科証拠について検討し,本件前科証拠は,前刑放火の手段方法に顕著な特徴があるとはいえず,前刑放火の犯人と本件放火の犯人が犯人が同一であることを推認させる力はさほど強いものではないとして,上記の要件を満たさないとし,原判決が認定した「行動傾向の固着化」についても,①単に反復累行しているという事実によってそのような行動傾向を認定することはできないこと,②前刑放火は,間に服役期間を挟み,いずれも本件放火の17年前の犯行であって,被告人がその間前刑当時と同様の犯罪傾向を有していたと推認することには疑問があること,③被告人は,本件放火の前後の約1か月間に合計31件の窃盗(未遂を含む)に及んだ旨上申しているところ,その中には被告人が十分な金品を得ていないとみられるものが多数あるにもかかわらず,これらの窃盗と接着した時間,場所で放火があったという事実はうかがわれず,本件についてのみ被告人の放火の犯罪傾向が発現したとみることは困難であることから,原判決の上記判断は是認し難いとした。そして,結論として,本件前科証拠は,被告人と犯人の同一性の証明に用いる証拠としては証拠能力がないとし,本件前科証拠の取調べ請求を却下した1審裁判所の措置は正当であり,これについて判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に当たるとした原判断には法令違反があるとして,原判決を破棄して事件を原審に差し戻した。
4 前科証拠を犯罪事実の証明に用いることが許されるかについて,刑訴法等に明文の規定はないが,我が国の学説はさかんにこれを議論しており,前科証拠は犯罪事実を立証する証拠としては原則として証拠能力を欠き,例外的に証拠能力が肯定される場合があるとした上で,被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合については,それが特殊な手口である場合にのみ証拠能力を有するとするものが多数を占めている。判例をみると,前科証拠を犯罪事実の立証に用いることは原則として許容されないとした大審院判例があり(大判大7.5.24刑録24輯647頁),これはその後も変更されていないものの,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合についての最高裁判例はなく,最高裁判例としては,前科証拠を詐欺罪の犯意の立証に用いることを許容した最三小決昭41.11.22刑集20巻9号1035頁,判タ200号135頁があるのみであった。なお,下級審の裁判例としては,強姦致傷事件において,被告人の前々刑及び前刑の強姦の犯行の手口と酷似していることを,被告人の犯人性認定の一事情とした水戸地下妻支判平4.2.27判時1413号35頁,前科ではないが,和歌山毒カレー事件について,起訴されていない類似事実を被告人の犯人性推認の根拠の一つとした1審判決について違法はないとした大阪高判平17.6.28判タ1192号186頁などがみられる。
前科証拠は犯罪事実を立証する証拠としては原則として証拠能力を欠くとする我が国の判例・学説は,英米の制度を参考にしたものとうかがわれるが,アメリカの連邦では,連邦法たる連邦証拠規則(Federal Rules of Evidence)が,前科等の類似事実を含む「他の犯罪,不正,または行為」の証拠による犯罪事実の立証について規定を置いている。その内容は,これらの証拠は,「それに従って行動がなされたことを立証する目的で,その者の性格(character)を証明するため」に用いる場合には許容されないが(第404条(b)項),「動機,機会,意図,予備,計画,知識,同一性の証明等の他の目的」に用いる場合(同)や,個人の「習慣」(habit)を立証するために用いる場合(第406条)には,「不当な偏見,争点の混乱,若しくは陪審に与える誤解の議論によって,または不当な遅延,時間の浪費,若しくは累積的証拠の不必要な提示を考慮することによって,証明力がそれらに実質的に劣るとき」(第403条)すなわち「証明力が弊害に劣るとき」でなければ許容される,というものである。
他方,イギリスでは,前科証拠を含むいわゆる悪性格の証拠について,現在,成文法として,2003年刑事手続法(Criminal Justice Act 2003)が詳細な規定を置いている。同法の制定前は,コモンローによって規律されており,近年は,前科等の類似事実による被告人の被告人と犯人の同一性の証明は,類似事実が被告人と犯人の同一性の証明について持つ“probative value”(証明力)が“prejudicial effect”(偏見を与える効果)を上回る場合に許容されるという「PV>PEの規律」が示されていたが,2003年刑事手続法は,このようなコモンローの規律を排除するとした上で(99条),いわゆる悪性格の証拠は,「全ての当事者が当該証拠を許容するという手続上の合意をした場合」や「その証拠が被告人と検察官の間の争点となっている重要な事項に関連する場合」などに許容される(101条(1)項)が,「裁判所は,被告人から当該証拠につき排除の申立てがあり,当該証拠を許容すると,裁判所が認めるべきでないような手続の公正さに対する悪影響が生じるとみられる場合には,(当該)証拠を許容してはならない」(101条(3)項)と規定しており,前科等の類似事実による被告人の被告人と犯人の同一性の証明も,これらの規定の規律の下で許容されることになった。2003年刑事手続法の規定と,コモンロー下の「PV>PE」の規律との相違点が問題になるが,いずれにおいても,前科等の類似事実による被告人の被告人と犯人の同一性の証明において類似事実と犯罪事実の間にどの程度の類似性が必要かについて直接律する規定や規律はない。そのため,同様の枠組みであると評価する学説がある一方,2003年刑事手続法は,コモンロー下の規律よりも緩やかな規律を定めたものと評価する学説も有力であり,その旨の裁判例もある。
5 本判決は,前科証拠を犯罪事実の証明に用いる場合について,我が国の判例や学説の多数そして英米の制度と同様,証拠能力の問題としてとらえている。そして,本件判決が,前科証拠の証拠能力が肯定される要件として,「実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められる」ことを要求し,前科証拠が用いられる推論過程を問題にしていることからすると,本判決は,証明力と弊害とを直接衡量してその証拠採用の可否を決するイギリス型の規律ではなく,前科証拠を「性格(character)」を証明するために用いるのか,「動機,機会,意図,予備,計画,知識,同一性の証明等の他の目的」や「習慣」を証明するために用いるのかという,証拠が用いられる推論過程を問題とするアメリカ型の規律を採用しているということができる。
そして,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合に証拠能力が肯定される具体的な基準については,これまで我が国の学説は「特殊な手口」などという以上には明らかにしてこなかったが,本判決は,「前科に係る犯罪事実が『顕著な特徴』を備えていること,起訴に係る犯罪事実がこの『顕著な特徴』について『相当程度類似していること』から,『それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであること』が必要である」という具体的な基準を示した。この基準は,アメリカの学説でいわれる「署名(signature)」に等しいこと(すなわち,それ単独で犯人性の証明が可能なほどの証明力を有すること)までを要求するものではないが,前科に係る犯罪事実と起訴に係る犯罪事実の類似から「それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなもの」であることを要求しており,相当に厳格な限定を付したものといえる。
6 以上のとおり,本判決は,前科証拠は犯罪事実を立証する証拠としては原則として証拠能力を欠き,例外的に証拠能力が肯定される場合があるとするこれまでの我が国の判例及び学説の流れを継承し,また,「実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められる」ことを要求して,アメリカ型の規律を採用することを明らかにした上で,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合に証拠能力が肯定される具体的な基準を示したものである。理論的にも,また実務的にも重要な意義を有する判例といえると思われる。」
6 関連する判例(最高裁平成25年2月20日刑集67巻2号1頁)
⑴はじめに
本判例は、本件は,被告人の前科に係る犯罪事実や被告人の前科以外の類似する他の犯罪事実(以下「類似事実」という。)を,犯人と被告人の同一性を立証する間接事実として用いることができるかが問題となった事案です。本判例は、原判決(広島高裁岡山支部平成23年9月14日平成23年(う)第13号:判例秘書L06620926)が「被告人の前科(昭和47年9月から同48年9月までの間の窃盗13件,同未遂1件,現住建造物等放火1件,同未遂2件等の罪により懲役6年に処せられた前科及び平成2年3月から同年12月までの間の住居侵入,窃盗10件,住居侵入,窃盗,現住建造物等放火2件,住居侵入未遂1件の罪により懲役9年に処せられた前科)に係る犯罪事実並びに被告人が自認している第1審判決判示第1ないし第9及び第19の住居侵入,窃盗の各事実等から,被告人には,ア 住居侵入,窃盗の動機について,いわゆる色情盗という特殊な性癖が,イ 住居侵入,窃盗の手口及び態様について,①侵入先を決めるに当たって下見をするなど何らかの方法により女性の居住者がいるという情報を得る,②主な目的は女性用の物を入手することにあり,それ以外の金品を盗むことは付随的な目的である,③家人の留守中に窓ガラスを割るなどして侵入するという特徴が,ウ 現住建造物等放火について,女性用の物を窃取した際に,被告人本人にも十分に説明できないような,女性に対する独特の複雑な感情を抱いて,室内に火を放ったり石油を撒いたりするという極めて特異な犯罪傾向がそれぞれ認められるとした。そして,上記アないしウの特徴等が,第1審判決判示第10ないし第15,第18及び第20の住居侵入,窃盗又は同未遂,現住建造物等放火の各事実に一致するとし,このことが上記各事実の犯人が被告人であることの間接事実の一つとなるとした。」ことを否定し、破棄した判例です。
⑵判旨
https://www.courts.go.jp/hanrei/83008/detail2/index.html
「弁護人山田基幸の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論に鑑み,職権で判断する。
1 原判決は,事実誤認の控訴趣意を排斥するに当たり,被告人の前科(昭和47年9月から同48年9月までの間の窃盗13件,同未遂1件,現住建造物等放火1件,同未遂2件等の罪により懲役6年に処せられた前科及び平成2年3月から同年12月までの間の住居侵入,窃盗10件,住居侵入,窃盗,現住建造物等放火2件,住居侵入未遂1件の罪により懲役9年に処せられた前科)に係る犯罪事実並びに被告人が自認している第1審判決判示第1ないし第9及び第19の住居侵入,窃盗の各事実等から,被告人には,ア 住居侵入,窃盗の動機について,いわゆる色情盗という特殊な性癖が,イ 住居侵入,窃盗の手口及び態様について,①侵入先を決めるに当たって下見をするなど何らかの方法により女性の居住者がいるという情報を得る,②主な目的は女性用の物を入手することにあり,それ以外の金品を盗むことは付随的な目的である,③家人の留守中に窓ガラスを割るなどして侵入するという特徴が,ウ 現住建造物等放火について,女性用の物を窃取した際に,被告人本人にも十分に説明できないような,女性に対する独特の複雑な感情を抱いて,室内に火を放ったり石油を撒いたりするという極めて特異な犯罪傾向がそれぞれ認められるとした。そして,上記アないしウの特徴等が,第1審判決判示第10ないし第15,第18及び第20の住居侵入,窃盗又は同未遂,現住建造物等放火の各事実に一致するとし,このことが上記各事実の犯人が被告人であることの間接事実の一つとなるとした。
2 しかし,上記原判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いようとする場合は,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,その特徴が証明の対象である犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できるところ(最高裁平成……24年9月7日第二小法廷判決・裁判所時報第1563号6頁参照。※刑訴百選【11版60事件】),このことは,前科以外の被告人の他の犯罪事実の証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いようとする場合にも同様に当てはまると解すべきである。そうすると,前科に係る犯罪事実や被告人の他の犯罪事実を被告人と犯人の同一性の間接事実とすることは,これらの犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,その特徴が証明対象の犯罪事実と相当程度類似していない限りは,被告人に対してこれらの犯罪事実と同種の犯罪を行う犯罪性向があるという実証的根拠に乏しい人格評価を加え,これをもとに犯人が被告人であるという合理性に乏しい推論をすることに等しく,許されないというべきである。
(2) これを本件についてみるに,原判決指摘アの色情盗という性癖はさほど特殊なものとはいえないし,同イの,あらかじめ下見をするなどして侵入先の情報を得る,女性用の物の入手を主な目的とする,留守宅に窓ガラスを割るなどして侵入するという手口及び態様も,同様にさほど特殊なものではなく,これらは,単独ではもちろん,総合しても顕著な特徴とはいえないから,犯人が被告人であることの間接事実とすることは許されないというべきである。また,原判決指摘ウの「特異な犯罪傾向」については,原判決のいう「女性用の物を窃取した際に,被告人本人にも十分に説明できないような,女性に対する複雑な感情を抱いて,室内に火を放ったり石油を撒いたりする」という行動傾向は,前科に係る犯罪事実等に照らしても曖昧なものであり,「特異な犯罪傾向」ということは困難である上,そもそも,このような犯罪性向を犯人が被告人であることの間接事実とすることは,被告人に対して実証的根拠の乏しい人格的評価を加え,これをもとに犯人が被告人であるという合理性に乏しい推論をすることにほかならず(前掲最高裁平成24年9月7日判決参照),許されないというべきである。
(3) したがって,原判決が,上記前科に係る犯罪事実並びに第1審判決判示第1ないし第9及び第19の各事実にみられる上記アないしウの特徴が第1審判決判示第10ないし第15,第18及び第20の各事実に一致することを上記各事実の犯人が被告人であることの間接事実の一つとしたことは違法であり,原判決には法令違反がある。
3 しかしながら,上記間接事実を除外しても,その余の証拠によれば,第1審判決の各犯罪事実の認定について事実誤認はないとした原判断は是認することができるから,原判決の上記法令違反は,判決に影響を及ぼすものではない。
よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官金築誠志の補足意見がある。
裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。
私は,原判決が,被告人の前科に係る犯罪事実並びに第1審判決判示第1ないし第9及び第19の各事実をもって,同第10ないし第15,第18及び第20の各事実の犯人が被告人であることの間接事実の一つとしたことを違法であるとする本決定に賛成するものであるが,本決定が,前科以外の被告人の他の犯罪事実の証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いようとする場合にも,法廷意見が引用する平成24年9月7日第二小法廷判決の法理が同様に当てはまるとしていることなどについて,本件事案に即してみるとき,留意すべき点があるように思うので,私見を付加しておくこととしたい。
1 本件起訴事実は,平成16年8月から同17年8月までの間に,岡山市内において,合計20件の住居侵入・窃盗・同未遂・現住建造物等放火の犯行に及んだというものであるが,このうち,第1審判決判示第1ないし第9及び第19の住居侵入・窃盗については,被告人も認めており,認定上特に問題はない。そこで,原判決は,被告人の認める上記各事実と,法廷意見記載の前科から,被告人の犯行の動機,手口等を認定し,第10ないし第15,第18及び第20の各事実の犯人が被告人であることの間接事実の一つとしているのであるが,色情盗という性癖,犯行の手口・態様が,さほど特殊なものとはいえないことは,法廷意見の述べるとおりである。また,原判決は,前科等から,被告人は,「女性用の物を窃取した際に,被告人本人にも十分に説明できないような,女性に対する独特の複雑な感情を抱いて,室内に火を放ったり石油を撒いたりするという極めて特異な犯罪傾向」があるとし,これも上記犯人性の間接事実としている。しかし,昭和48年の3件の現住建造物等放火では,目的とする盗みができなかったことに立腹したという上記とは全く異なる動機が認定されており,平成2年の2件の放火については,性倒錯傾向が放火の動機に幾分か関係を持つという原判示に通じる認定がされているが,同年に被告人が行った住居侵入・窃盗で女性用下着を窃取したにもかかわらず,放火に至っていないものが他に6件ある。したがって,被告人に上記のような犯罪傾向があると,軽々に断定することはできないと考える。さらに,窃取した物に女性用の物が含まれているからといって,その後に行われた放火の動機が,上記のようなものであると直ちに推認することはできないのであって(ちなみに,認めている第16及び第17の2件の放火について,被告人は,その動機を「指紋を消すため」と供述している。),第18において灯油を撒いた動機がストーカー的な気持であった旨の検察官に対する供述があるものの,争いのある本件各放火を通じて,その動機が原判示のようなものであったと認定できるだけの証拠があることはうかがわれない(放火の犯人が被告人であることが確定された場合には,その動機が原判示のようなものであるとの逆の推認をすることは可能であろうが。)。そうすると,法廷意見の指摘する点もさることながら,上記の原判断については,そもそも,動機の共通性という,犯人性の間接事実とするための前提を欠いているように思う。
2(1) このように,原判断は是認できないのであるが,上記のように,原判決は,間接事実となるべき被告人の他の犯罪事実として,現住建造物等放火の含まれる事実を挙げていないところ,本件において,被告人の他の犯罪事実が犯人性を認めるための間接事実として許容できるか否かという点で,より検討を要するのは,併合審理されている現住建造物等放火の各事実についてであると思われる。すなわち,現住建造物等放火の含まれる10件の事実のうち,第16と第17については,盗品の一部について否認しているものの,放火を含め,犯人であることを認めており,第18については,盗品の一部を除き,住居侵入・窃盗の限度では認めているので,結局,被告人が,全面的に犯人ではないとして争っているのは,第10ないし第15及び第20の7件ということになるが,このうち,第15を除く6件においては,原判決が引用する第1審判決が詳細に説示するとおり,被告人方から盗品が発見されていることなどの証拠により,住居侵入・窃盗の犯人が被告人であることは明らかである。第15について,第1審判決は,同犯行は,窓の錠付近のガラスを割って屋内に侵入して物色し,その後物色した部屋の押し入れに放火するという犯行態様が,他の事件とよく類似していることに加え,窃盗に入った家で室内に放火するとの犯罪類型は決して一般的なものとはいえず,むしろ特殊な手口であることや,後記の同種前科の存在も,犯人性を認める証拠としているところ,この判断は上記第二小法廷判決の示した証拠としての許容基準からして疑問を免れないのであるが,これを除いても,第1審判決が援用する粘着テープ等の物的証拠により,被告人を第15の住居侵入・窃盗の犯人と認めることが可能というべきである。
残る問題は,争いのある8件の放火の犯人が被告人と認められるかどうかである。第18については,窃盗の犯行後,室内に灯油を撒いたという重要な不利益事実の承認があるが,その余の7件については,同種前科及び犯行態様の類似した多数の事実が起訴されていることを別とすれば,放火の犯行と被告人とを結び付ける証拠は,ほぼ,住居侵入・窃盗の犯行との場所的同一性と時間的近接性のみといってよい。
(2) 前科に関し,原判決が放火の動機として認定するところが間接事実となり得ないものであることについては,前記のとおりであるが,住居侵入・窃盗の際に侵入先の室内において放火を行ったという同種前科の存在自体を,本件放火の犯人が被告人であることの間接事実とすることも,上記第二小法廷判決の法理に照らし,許されないと解すべきである。前科は,被告人の人格評価を低下させ,ひいて犯人性の認定に影響を及ぼすおそれの否定できない証拠であり,同種前科であれば特にそのおそれは強い。犯行の手口,態様等に,顕著な特徴がある場合でなければ,犯人性に関する証拠として許容されるべきでなく,ただ単に,前に同じような犯罪を犯した者であるから,今回の件も犯人ではないかとの推論をすることは,許されるべきではない。窃盗犯人が犯行場所に放火するという犯罪類型は,しばしば見られるものではないとしても,特に珍しいというほどのものではないから,犯人の特定に強く結び付く程度の顕著な特徴とはいえない。
(3) それでは,本件において併合審理された類似事実についても,同様に考えるべきであろうか。本件起訴に係る10件の現住建造物等放火は,約4か月の短期間に連続的に犯されたものであるが,いずれの犯行においても,放火が実行されたと推認される時以前,最大限約10時間の幅の時間内に,被告人が,放火された住居に侵入し,放火された室内で金品を盗みあるいは盗もうとしたという事実が認められる。このうち2件は,放火についても被告人は自認しており,上記時間の幅が10時間の1件については,室内に灯油を撒いたことを認めている。このような事実関係において,仮に,争いのある放火が,被告人の関与なしに他の者によって犯されたとするならば,それは極めて確率の低い偶然の事態が発生したことを承認することになろう。本件のような事案について,各放火事件の犯人性は,あくまで,それぞれの事件に関する証拠のみで別個独立に認定すべきであるとすることは,不自然であり,類似する多数の犯行を総合的に評価することは許されるべきであろう。
上記10件の放火の中には,上記の時間の幅が1時間20分,2時間といった時間的近接性の極めて高い事件もあり,こうした事件については,その事実だけで被告人が放火の犯人であることを推認することに,あまり疑問はないであろう。しかし,どの程度の時間の幅まで,近接性の原理のみで犯人性を推認できるかは,微妙な問題であって,その際に,類似事実の存在は,一つの補強的な証拠になり得ると考えられる。本件のような事案においては,そうした認定の当否を審理することが必要であり,証拠として許容される場合があるのであって,それが,併合審理をする意義の一つであると考える。
(4) もっとも,本件においては,上記のような総合的認定という観点のほかに,被告人の認めている2件の住居侵入・窃盗・現住建造物等放火を,他の8件の住居侵入・窃盗・現住建造物等放火の犯人が被告人であることの間接事実とすることができるのかという観点もある。この観点については,他の類似犯罪事実をもって被告人の犯罪傾向を認定し,これを犯人性の間接証拠とするという点で,上記第二小法廷判決が戒める人格的評価に基づく推論という要素を含んでいることは否定できない。したがって,基本的には,同判決が示した法理に従うべきであろうが,この法理が,自然的関連性のある証拠の使用を,不当な予断・偏見のおそれや合理的な根拠に乏しい認定に陥る危険を防止する見地から,政策的考慮に基づいて制限するものであることに鑑みれば,「顕著な特徴」という例外の要件について,事案により,ある程度の幅をもって考えることは,必ずしも否定されないのではないだろうか。
上記第二小法廷の事案が,窃盗の件数は31件の多数に上るのに,放火は1件にとどまるのに対し,本件は,20件のうちの半数において放火が起訴され,しかも約4か月という短期間に多数の類似犯罪事実が連続的に犯されたというものであって,事案に重要な差異がある。また,前述のように,本件においては,被告人が上記多数の住居侵入・窃盗の犯人であることは,他の証拠によって立証されており,その犯人と放火犯人との同一性という,限局された範囲における推認であることも,考慮すべき点といえよう。さらに,併合審理される類似事実については,前科についてみられる,その存在自体で人格的評価を低下させる危険性や,同判決が指摘する争点拡散のおそれは,考え難い。これらの点を総合的に考慮すれば,本件において「顕著な特徴」という要件が満たされていると解する余地もあるのではないかと思う。
3 いずれにしても,本決定は,あくまで原判決における証拠の使用方法を違法と判断したものであって,上記2に述べた点についてまで判断したものではない。事案の内容から,本決定の射程距離に疑義が生じるおそれなきにしもあらずと危惧し,念のため付言する次第である。
⑶解説(判例タイムズ1387号104頁)
「1 本件は,被告人の前科に係る犯罪事実や被告人の前科以外の類似する他の犯罪事実(以下「類似事実」という。)を,犯人と被告人の同一性を立証する間接事実として用いることができるかが問題となった事案である。
2 被告人は,家屋に対する住居侵入,窃盗(未遂を含む。以下同じ。),現住建造物等放火等計20件で起訴され,うち10件の住居侵入・窃盗については概ね事実を認めたが,その他10件の住居侵入・窃盗・現住建造物等放火については犯人性を争った(ただし,そのうち2件については,住居侵入・窃盗の犯人が被告人であることは認めており,現住建造物等放火の犯人性のみを争っていた。)。
1審判決は,全ての事実について被告人を有罪と認定し,被告人が事実誤認等を理由に控訴した。原判決は,控訴を棄却したが,事実誤認の控訴趣意を排斥するに当たり,被告人の前科に係る犯罪事実(被告人が昭和47年9月から同48年9月までの間に起こした窃盗14件,現住建造物等放火1件,同未遂2件等,平成2年3月から同年12月までの間に起こした住居侵入・窃盗10件,住居侵入・窃盗・現住建造物等放火2件,住居侵入未遂1件)及び本件のうち被告人が自認している10件の住居侵入・窃盗の事実等から,被告人には,ア住居侵入・窃盗の動機について,いわゆる色情盗という特殊な性癖が,イ住居侵入・窃盗の手口及び態様について,①侵入先を決めるに当たって下見をするなど何らかの方法により女性の居住者がいるという情報を得る,②主な目的は女性用の物を入手することにあり,それ以外の金品を盗むことは付随的な目的である,③家人の留守中に窓ガラスを割るなどして侵入するという特徴が,ウ現住建造物等放火について,女性用の物を窃取した際に,被告人本人にも十分に説明できないような,女性に対する独特の複雑な感情を抱いて,室内に火を放ったり石油を撒いたりするという極めて特異な犯罪傾向がそれぞれ認められるとし,これらの特徴等が,被告人が犯人性を争っている住居侵入・窃盗・現住建造物等放火の各事実に一致することが上記各事実の犯人が被告人であることの間接事実の一つとなるとした。
これに対して被告人が上告し,事実誤認,量刑不当を主張したほか,上記の原判決の認定が違法であると主張した。
3 本決定は,所論は適法な上告理由に当たらないとしたが,職権で,上記の原判決の認定を違法と判断した。すなわち,本決定は,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合の証拠能力についての最二小判平24.9.7刑集66巻9号907頁,判タ1382号85頁(以下「平成24年判決」という。)の判示は,類似事実の証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いようとする場合にも同様に当てはまるとした上で,前科に係る犯罪事実や類似事実を被告人と犯人の同一性の間接事実とすることは,これらの事実が顕著な特徴を有し,かつ,その特徴が証明対象事実と相当程度類似していない限りは許されないとした。そして,本件について,原判決の指摘する性癖,手口,態様はさほど特殊なものではなく,顕著な特徴とはいえないとし,また,原判決のいう特異な犯罪傾向についても,そのようにいえるか疑問がある上,そもそもそのような犯罪性向を犯人性の間接事実とすることは実証的根拠の乏しい人格的評価に基づく合理性の乏しい推論にほかならず許されないとした。もっとも,その余の証拠によれば,第1審判決に事実誤認はないとした原判断は是認できるとし,原判決の違法は判決に影響を及ぼすものではないとして,上告は棄却した。
4 平成24年判決は,我が国の学説や英米の制度も踏まえた上で,前科証拠は,自然的関連性があることに加え,証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに証拠能力が肯定されるとし,前科証拠を被告人と犯人の同一性の立証に用いる場合については,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであるときに証拠能力が肯定されるとしているが,前科証拠と類似事実の証拠とで,これを犯人性の立証に用いる場合の推論の過程は同様と解される(前科証拠についていえば,前科に係る犯罪事実から被告人の犯罪傾向を推認し,これを介して証明対象の犯罪事実の犯人性を推認することになるか,前科に係る犯罪事実の特徴から直接証明対象の犯罪事実の犯人性を推認することができるかが問題となり,これは類似事実の証拠についても同様である。)。また,我が国の学説においても英米の制度においても,前科と類似事実は特に区別されることなく議論されている。そうすると,平成24年判決の判示は,類似事実の証拠を被告人と犯人の同一性の立証に用いる場合にも同様に当てはまろう。そして,このように証拠能力が制限される以上,類似事実の証拠が当該類似事実を立証する証拠として適法に証拠採用され,取り調べられていたとしても,その類似事実を証明対象事実の犯人と被告人の同一性の間接事実として用いることは制限されることになると思われる。このようなことから,本決定は,「前科に係る犯罪事実や前科以外の他の犯罪事実を被告人と犯人の同一性の間接事実とすることは,これらの犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,その特徴が証明対象の犯罪事実と相当程度類似していない限りは,許されない。」と判示したものと解される。
5 そして,上記のとおり,原判決は,前科に係る犯罪事実及び類似事実について,特殊な性癖,手口,態様の特徴,特異な犯罪傾向が認められるとし,それが証明対象の住居侵入・窃盗・現住建造物等放火の各事実と一致するとしているのであるが,このうち,上記アの色情盗,上記イ①の侵入先を決めるに当たっては下見をするなど何らかの方法により女性の居住者がいるという情報を得ていたこと,上記イ②の主な目的は女性用の物を入手することにあり,それ以外の金品を盗むことは付随的な目的であったこと,イ③の家人の留守中に窓ガラスを割るなどして侵入したことといった点は,それら単独でも,また,これらを併せて考えたときも,それは「顕著な特徴」とはいい難いと思われる。すなわち,色情盗はめずらしい犯罪ではないし,その場合に女性用の物以外の金品を盗むことは付随的な目的であるのは当然であろう。侵入先を決めるに当たって侵入先の情報収集に努めることも特殊とはいえないし,留守宅に窓ガラスを割るなどして侵入することもよくみられることと思われる。そうすると,上記ア及びイ①ないし③の特徴等の一致を証明対象の各事実の犯人が被告人であることの間接事実とすることは,帰するところ,被告人に対して一定の類型,動機,手口による住居侵入・窃盗を行う犯罪性向があるという実証的根拠の乏しい人格的評価を加え,これをもとに上記各事実の犯人が被告人であるという合理性に乏しい推論をすることに等しく,許されないことになろう。上記ウの特異な犯罪傾向についても,まさに平成24年判決のいう「被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価」を行い,これをもとに上記各事実の犯人が被告人であるという合理性に乏しい推論をするものであって,許されないことになろう。
このようなことから,本決定は,原判決の上記の認定を違法としたものと解される。
なお,そもそも,原判決は,上記ア~ウの特徴が,証明対象の各事実と「一致する」としているが,被告人が否認している証明対象の各事実については,その特徴は客観的態様等からの推認によらざるを得ないものである。したがって,その「一致」をいう前に,証明対象の各事実について,上記ア~ウの特徴を有することが確実に立証されなければならないであろう。本件では,金築裁判官が補足意見で指摘するとおり,例えば上記ウの特徴について,証明対象の各事実がその特徴を備えているといえるかについては疑問もあろう。
6 以上のとおり,本決定は,被告人と犯人の同一性の立証に前科を用いる場合と類似事実を用いる場合とが,同様の枠組でその証拠能力や間接事実としての利用が制限されることを明らかにしたものであり,理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと思われる。
7 なお,前科と類似事実が同様の枠組に立つとしても,例えば「顕著な特徴」が認められる具体的な場合が異なってくることはあり得ると考えられる。この点については,金築裁判官の補足意見が触れているところである。また,平成24年判決も本決定も,前科や類似事実を被告人と犯人の同一性の立証に用いる場合についてのものであり,他の立証に用いる場合については直接判示しておらず,前科や類似事実を他の立証に用いることが「実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがない」(平成24年判決)として許容される場合やその要件については,今後の課題と考えられる。」

