最高裁昭和44年7月14日刑集23巻8号1057頁・刑訴百選【11版】A28事件(裁量保釈と余罪)

1 はじめに

 本判例は、勾留状の発せられていない公訴事実を裁量保釈の審査の一資料とすることの可否が問題となりました。

2 前提となる知識

刑訴法89条
保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。
① 被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したものであるとき。
② 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える拘禁刑に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
③ 被告人が常習として長期3年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したものであるとき。
④ 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
⑤ 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
⑥ 被告人の氏名又は住居が分からないとき。
刑訴法90条
裁判所は、保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか、身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。
刑訴法420条
①裁判所の管轄又は訴訟手続に関し判決前にした決定に対しては、この法律に特に即時抗告をすることができる旨の規定がある場合を除いては、抗告をすることはできない。
②前項の規定は、勾留、保釈、押収(電磁的記録提供命令(第102の2第1項第1号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)又は第123条の2第1項(第513条第10項において読み替えて準用する場合を含む。)の規定による複写に関する決定及び鑑定のためにする留置に関する決定については、これを適用しない。
③勾留に対しては、前項の規定にかかわらず、犯罪の嫌疑がないことを理由として抗告をすることはできない。

3 問題の所在

 「被告人が甲、乙、丙の3個の公訴事実について起訴され、そのうち甲事実のみについて勾留状が発せられている場合において、裁量保釈の許否を審査するにあたり、甲事実の事案の内容や性質、被告人の経歴、行状、性格等の事情を考察するための一資料として乙、丙各事実を考慮することはさしつかえない。」

4 判旨

 「一、弁護人松木武、同吉田孝美の抗告趣意第1点について。
 被告人が甲、乙、丙の三個の公訴事実について起訴され、そのうち甲事実のみについて勾留状が発せられている場合において、裁判所は、甲事実が刑訴法89条3号に該当し、従って、権利保釈は認められないとしたうえ、なお、同法90条により保釈が適当であるかどうかを審査するにあたっては、甲事実の事案の内容や性質、あるいは被告人の経歴、行状、性格等の事情をも考察することが必要であり、そのための一資料として、勾留状の発せられていない乙、丙各事実をも考慮することを禁ずべき理由はない。原決定も、この趣旨を判示したものと認められる。所論引用の高松高等裁判所昭和41年10月20日決定(下級裁判所刑事裁判例集8巻10号1346頁)は、勾留状の発せられている起訴事実について裁量保釈が適当と認められる場合には、勾留状の発せられていない追起訴事実の審理のために被告人の身柄拘束の継続が必要であることを理由として保釈を拒否すべきではない旨を判示したものであって、本件と事案、論点を異にし、適切ではないから、所論のうち判例違反の論旨は、前提を欠くことに帰する。その余は、単なる法令違反の主張であつて、結局、所論は、すべて刑訴法433条1項の抗告理由にあたらない。
 二、同第2点について。
 所論は、憲法31条、34条違反をいう点もあるが、その実質は、すべて事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法433条1項の抗告理由にあたらない。
 三、同第三点について。
 所論は、憲法14条違反をいうが、原決定は、単に被告人が前科8犯を有する元暴力団員であるとの理由のみによって裁量保釈の規定を厳格に解釈して保釈請求を却下したものではないことは、原決定文上明らかであるから、論旨は、前提を欠き、刑訴法433条1項の抗告理由にあたらない。
 よつて、刑訴法434条、426条1項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」

5 解説(刑訴百選【11版】A28事件解説)

 「勾留は被疑事実ごとになされ,その効力は,その理由とされた被疑事実についてのみ及ぶとする考え方(事件単位の原則)によれば,勾留に関する判断は,それを肯定または否定するいずれの方向の事項に係るものであっても,勾留事実を基準として行われるべきことになる。保釈は,勾留の効力を維持しつつ,その目的を阻害しないことを前提に,被告人の身柄拘束を条件付きで解くものであるから,その許否の判断についても同様のことがあてはまる。
 本決定は,保釈の許否の判断にあたって,勾留状が発付されていない起訴事実をも考慮することができるとしているが,それを独立に考慮することまで認めたものではない。保釈が許されるか否かは,あくまで勾留の理由とされた被疑事実について判断することを前提に,その事案の性質や被告人の行状,性格等の事情を判断する一資料として余罪を考慮しうるとしたものであり,事件単位の原則に抵触するものではないといえる。」

6 関連する判例

⑴最高裁平成26年11月18日刑集68巻9号1020頁・刑訴百選【11版】A54事件(裁量保釈と抗告)

ア 判旨

 「1 本件抗告の趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
 2 しかし,所論に鑑み,職権により調査すると,被告人の保釈を許可した原々決定を取り消して保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,取消しを免れない。その理由は,以下のとおりである。
 (1) 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,家庭用電気製品の販売等を目的とする会社の取締役であった者であるが,LED照明の製造会社やその販売会社の代表者ら4名と共謀の上,上記販売会社との間で売買基本契約を締結していた被害会社から仕入代金の先払い名目で金銭をだまし取ろうと考え,真実は,被告人が取締役を務める会社がLED照明の注文を受けた事実も,上記製造会社においてLED照明を製造して納品する意思もなく,かつ,被害会社から支払われる金銭は上記販売会社の借入金の返済等に充てる意思であるのにその情を秘し,上記販売会社の代表取締役が,被害会社の担当者に対し,「近いうちに被告人の会社から発注書が出る。受け取った前渡金は,全額,当社から製造会社に支払われ,製造費に充てることになる」旨うそを言い,さらに,被告人が,上記担当者に対し,「大型電球の注文があったので,上記製造会社の製品を納品することにした。その販売窓口が被害会社になったと聞いたので,注文書を持参した」旨うそを言い,LED照明7600点(販売価格2億3000万円余り)の注文書を交付するなどして,上記担当者及び被害会社の代表取締役らをして,被害会社がその注文を受け,上記販売会社に仕入注文をして購入代金の一部を先払いすれば,上記製造会社がその資金で上記LED照明を製造して納品するものと誤信させて,上記販売会社に対し上記LED照明の仕入注文をさせ,よって,その購入代金の先払い分及び残金として,2回にわたり,合計2億3000万円余りを上記販売会社名義の普通預金口座に振込入金させた」というものである。
 (2) 原々審は,最重要証人である被害会社の担当者に対する主尋問が終了した段階(第10回公判期日が終了した段階)で,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した。原々審が刑訴法423条2項後段に基づいて原審に送付した意見書によれば,原々審は,被告人と共犯者らとの主張の相違ないし対立状況,被告人の関係者に対する影響力,被害会社担当者の主尋問における供述状況等に照らせば,被告人がこれらの者に対し実効性のある罪証隠滅行為に及ぶ現実的可能性は高いとはいえないこと,本件における被告人の立場は,複数回の架空発注のうちの1件に発注会社の担当者として関与したにとどまること,被告人に対する勾留は既に相当期間に及んでおり,前述のような現実的でない罪証隠滅のおそれを理由にこれ以上身柄拘束を継続することは不相当であること等を考慮して保釈を許可したものと理解される。
 (3) これに対し,原決定は,「被告人は,共謀も欺罔行為も争っているのであるから,共犯者らと通謀し,あるいは関係者らに働き掛けるなどして,罪証隠滅に出る可能性は決して低いものではない。そうすると,罪証隠滅のおそれは相当に強度というほかなく,被告人には刑訴法89条4号に該当する事由があると認められる。また,その罪証隠滅のおそれが相当に強度であることに鑑みれば,多数の証人予定者が残存する中にあって,未だ被害者1名の尋問さえも終了していない現段階において,被告人を保釈することは,原審の裁量の幅を相当大きく認めるとしても,その範囲を超えたものというほかない」として,保釈を認めた原々決定を取り消した。
 (4) そこで検討すると,抗告審は,原決定の当否を事後的に審査するものであり,被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)に鑑みれば,抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるというべきである。
 (5) しかるに,原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。本件の審理経過等に鑑みると,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した原々審の判断が不合理であるとはいえないのであって,このように不合理とはいえない原々決定を,裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。
 3 よって,刑訴法411条1号を準用して原決定を取り消し,同法434条,426条2項により更に裁判すると,上記のとおり,本件については保釈を許可した原々決定に誤りがあるとはいえないから,それに対する抗告は,同条1項により棄却を免れず,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。」

イ 解説(判例タイムズ1409号123頁)

 「1 本件は,1審で審理中のLED照明の架空取引に関する詐欺被告事件について,保釈請求を認めた原々決定を取り消し,保釈請求を却下した原決定に対し特別抗告が申し立てられた事案である。
 2 被告人は,実際に商品が納品される通常取引と認識し,被告人自身が述べたとされる欺罔文言を述べてもいないとして,共犯者らとの共謀,欺罔行為を否認していたが,1審は,最重要証人である被害会社の担当者の主尋問が終了した第10回公判期日終了後に,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を認めた。
 これに対し検察官から抗告が申し立てられたところ,1審は,原審に対し,比較的詳細な意見書を送付した(刑訴法423条2項後段)。詳細は直接参照されたいが,これによると,要旨,1審は,共犯者らの主張の相違等に照らせば実効性ある罪証隠滅行為に及ぶ現実的危険性は高くなく,一連の架空取引において被告人と同様の立場にあった共犯者は既に執行猶予付き判決が確定している中,被告人の勾留が相当期間に及んでいることを踏まえて,保釈を許可したものと理解される。これに対し,原決定は,被告人が共謀も欺罔行為も争っていて,罪証隠滅のおそれが相当に強度であるから,未だ被害者1名の尋問さえも終了していない現段階で,被告人を保釈することは1審の裁量の範囲を超えたものであるとして,原々決定を取り消し,保釈請求を却下した。
 3 刑訴法90条は,「裁判所は,適当と認めるときは,職権で保釈を許すことができる」(※現在は法改正され、判断要素が明記されています。)と規定しており,基本的に保釈の判断は現に審理を担当している受訴裁判所の自由な裁量に委ねられているといえよう。ただし,この「適当と認めるとき」とは,完全な自由裁量を認める趣旨ではなく,合理性のあるものでなければならないと解されている(松尾浩也監『条解刑事訴訟法〔第4版〕』189頁)。
 そして,判例(最高裁昭和29年7月7日第一小法廷決定・刑集8巻7号1065頁,判タ42号30頁)は,保釈許可決定に対して,抗告裁判所は,同決定が違法かどうかにとどまらず,それが不当であるかも審査できる旨を判示しているところ,ここにいう不当との意味は,抗告審が基本的には事後審の性質を有することや前記の刑訴法の解釈にも照らせば,受訴裁判所の裁量の範囲内にとどまる判断について抗告審の心証と異なる場合(すなわち,抗告審が受訴裁判所の立場であれば裁量保釈しないという場合)をいうのではなく,受訴裁判所の判断が委ねられた裁量の範囲を逸脱して不合理である場合をいうものと解される。また,このような観点を踏まえれば,抗告審が,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを示すことになると考えられる。
 なお,場面は異なるが,刑事控訴事件における事実誤認の審査については,いわゆるチョコレート缶事件判例(最高裁平成24年2月13日第一小法廷判決・刑集66巻4号482頁,判タ1368号69頁)を機に,控訴審が原則として事後審であることを踏まえ,事実誤認があるという場合には,1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すように運用されている。抗告審も基本的には事後審であることや,受訴裁判所による裁量保釈における裁量の範囲が事実認定の場面以上に大きいと考えられることに照らせば,裁量保釈に関する抗告審の審査においても,受訴裁判所の判断が不合理であることを具体的に示すべきであるという点で,事実誤認の審査の場面と共通するものがあるように思われる。
 4 本決定は,受訴裁判所によってされた刑訴法90条による保釈の判断に対して,「抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要がある」と判示した上で,保釈を許可した原々決定を取り消して保釈請求を却下した原決定には刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる,とした。
 本決定は,前記の解釈に沿って受訴裁判所による裁量保釈の判断に対する抗告審の審査の方法を示したものであり,昭和29年判例の趣旨を敷衍したものと解される。本決定は,受訴裁判所による裁量保釈の判断に対する抗告審の審査の在り方を判示した点で重要な意義を有し,実務の参照価値は高いと思われる。」

⑵最高裁平成27年4月15日集刑316号143頁(平成27年度重要判例解説刑訴2事件②)

ア 判旨

 「1 本件抗告の趣意は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
 2 しかし,所論に鑑み,職権により調査する。
 (1) 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,柔道整復師の資格を有し,予備校理事長の職にあったものであるが,平成25年12月30日午後4時頃から同日午後5時15分頃までの間,予備校2階にある接骨院内において,予備校生徒である当時18歳の女性に対し,同女が被告人の学習指導を受ける立場で抗拒不能状態にあることに乗じ,施術を装い,その胸をもみ,膣内に指を挿入するなどのわいせつな行為をした」というものである。
 (2) 一件記録によれば,被告人は,第1回公判期日において,「被告人と被害者が2人で犯行場所とされる部屋に入った事実はなく,公訴事実記載の行為は一切していない」旨述べて公訴事実を争ったこと,第2回公判期日において,被害者の証人尋問が実施され,被害者は公訴事実に沿う証言をしたことが認められる。また,今後の審理予定として,弁護人は,被告人質問のほか,犯行現場の使用状況等に関し,被害者証言を弾劾する趣旨で,本件当時,本件予備校に通っていた元生徒1名の証人尋問を請求する方針を示している。
 (3) 原々決定は,第2回公判期日後に,保証金額を300万円と定め,被害者,上記元生徒及び本件予備校関係者らとの接触を禁止するなどの条件を付した上,被告人の保釈を許可した。
 (4) これに対し,原決定は,弁護人が請求を予定している元生徒の証人尋問が未了であり,本件予備校理事長の職にあった被告人が,上記元生徒ら関係者に働き掛けるなどして罪証を隠滅することは容易で,その実効性も高いと指摘し,被告人の保釈を許可した原々決定を取り消した。
 (5) しかしながら,原々審が原審に送付した意見書によれば,原々審は,既に検察官立証の中核となる被害者の証人尋問が終了していることに加え,受訴裁判所として,当該証人尋問を含む審理を現に担当した結果を踏まえて,被告人による罪証隠滅行為の可能性,実効性の程度を具体的に考慮した上で,現時点では,上記元生徒らとの通謀の点も含め,被告人による罪証隠滅のおそれはそれほど高度のものとはいえないと判断したものである。それに加えて,被告人を保釈する必要性や,被告人に前科がないこと,逃亡のおそれが高いとはいえないことなども勘案し,上記の条件を付した上で裁量保釈を許可した原々審の判断は不合理なものとはいえず,原決定は,原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。そうすると,原々決定を裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。
 3 よって,刑訴法411条1号を準用して原決定を取り消し,同法434条,426条2項により更に裁判すると,上記のとおり,本件については保釈を許可した原々決定に誤りがあるとはいえないから,それに対する抗告は,同条1項により棄却を免れず,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。」

イ 解説(判例タイムズ1414号152頁)

 「1 本件は,1審で審理中の準強制わいせつ被告事件について,保釈請求を認めた原々決定を取り消し,保釈請求を却下した原決定に対して特別抗告が申し立てられたところ,特別抗告審が原決定を取り消し,保釈を許可した原々決定を是認した事案である。
 2 本件公訴事実の要旨は,柔道整復師の資格を有し,予備校理事長の職にあった被告人が,平成25年12月30日午後4時頃から同日午後5時15分頃までの間,予備校2階にある接骨院内において,予備校生徒である当時18歳の女性に対し,同女が被告人の学習指導を受ける立場で抗拒不能状態にあることに乗じ,施術を装い,その胸をもみ,膣内に指を挿入するなどのわいせつな行為をしたというものである。
 被告人は,第1回公判期日において,「被告人と被害者が2人で犯行場所とされる部屋に入った事実はなく,公訴事実記載の行為は一切していない」旨述べて公訴事実を争い,第2回公判期日において,被害者の証人尋問が実施され,被害者は公訴事実に沿う証言をした。また,その後の審理予定として,弁護人は,被告人質問のほか,犯行現場の使用状況等に関し,被害者証言を弾劾する趣旨で,本件当時,本件予備校に通っていた元生徒1名の証人尋問を請求する方針を示していた。
 3 原々決定は,第2回公判期日後に,保証金額を300万円と定め,被害者,上記元生徒及び本件予備校関係者らとの接触を禁止するなどの条件を付した上,被告人の保釈を許可した。
 検察官が抗告を申し立てたところ,原決定は,弁護人が請求を予定している元生徒の証人尋問が未了であり,本件予備校理事長の職にあった被告人が,上記元生徒ら関係者に働き掛けるなどして罪証を隠滅することは容易で,その実効性も高いと指摘し,被告人の保釈を許可した原々決定を取り消した。
 4 本決定は,特別抗告の趣意は適法な抗告理由に当たらないとした上で,職権で,受訴裁判所として,被害者の証人尋問が終了したという審理状況やその結果を踏まえ,罪証隠滅の可能性,実効性の程度を具体的に考慮した上で,現時点では被告人による罪証隠滅のおそれはそれほど高度のものとはいえないと判断し,保釈の必要性,前科がないこと,逃亡のおそれが高いとはいえないことなども勘案して「裁量保釈を許可した原々審の判断は不合理なものとはいえず,原決定は,原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない」と説示し,原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があるとした
 5 本件と同様に受訴裁判所の保釈許可決定を取り消した原決定に対する特別抗告事件において,最高裁平成26年11月18日第一小法廷決定・刑集68巻9号1020頁,判タ1409号123頁は,抗告審の審査方法に関し,「抗告審は,原決定の当否を事後的に審査するものであり,被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)に鑑みれば,抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要がある」が,「原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない」として,保釈を許可した原々決定を取り消した原決定には刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があると判示した。本決定は,同判例を明示的に引用してはいないが,前記の判示内容からすれば,同判例が示した判断枠組みを前提に判断していることは明らかであると思われる。
 6 なお,本決定では,原々決定が裁量保釈を許可した理由を,原々審が原審に送付した意見書(刑訴法423条2項後段)により認定している。前記判例に関する本誌解説においても,「抗告審が受訴裁判所の判断の詳細な理由を知る方法としては,意見書がほぼ唯一のものであり,重要となろう。」,「判断権者によって保釈の判断が分かれ得るような事案であれば,受訴裁判所としては保釈を認め,あるいは却下した理由を意見書に具体的に記載すべきであろう。」と指摘されているが,特別抗告審における審査という観点からも同様の指摘が当てはまる。もっとも,具体的な記載をすべきかどうかは事案にもよるであろうし,迅速な判断が求められているのであるから,過度に詳細な意見書を作成するなどして,抗告審への記録送付に時間を要するようなことがあってはならないであろう。
 7 以上のとおり,本決定は,最高裁平成26年11月18日第一小法廷決定に続き,第三小法廷も同様の判断枠組みにより判断することを示した事例判例として,先例的意義を有するものと考えられるので,ここに紹介する。なお,特別抗告において原決定を取り消して保釈を認めた最近の判例として,ほかに最高裁平成26年3月25日第三小法廷決定・集刑313号319頁,判タ1401号165頁,最高裁平成24年10月26日第三小法廷決定・集刑308号481頁がある。」

7 権利保釈の場合について(名古屋高裁昭和30年1月13日高刑裁特2巻1~3号3頁)

⑴判旨

 「本件抗告記録によれば、被告人林は、本件を含め、16個に亘る詐欺の犯罪があるとして、起訴せられていることが明らかであるが、本件抗告において、問題となっている勾留、保釈は、前記3万円騙取の一罪であるから他の事件について罪証隠滅の虞れがあるかどうかを本件保釈について考慮することができないものである。他の事件について保釈を許し難い事情があれば、その事件について、新たに勾留するとか保釈取消の申立をすれば足るものであって、その事件のため、本件保釈を非難するのは、正当ではない。」

⑵解説

 「刑訴法が人身の自由に対して重大な侵害となる勾留について、極めて厳格な手続を要求していることに鑑みると(60条・61条・64条参照),勾留の効力は,勾留状に記載された事実のみに限定される、すなわち、事件単位の原則に立って考えるのが正当というべきであろう……。」(「大コンメンタール刑事訴訟法」〔第3版〕第2巻180頁)