東京地裁昭和58年9月30日判例時報1091号159頁・刑訴百選【11版】A21事件(訴訟条件と訴因)

1 はじめに

 本裁判例は、非親告罪として起訴された後にこれが親告罪と判明した場合、訟因変更の手続等によって親告罪として審判すべき事態に至った時点において有効な告訴があれば、実体裁判をすることができるとされた事例です。

2 前提となる知識

刑訴法230条
犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。
刑訴法312条1項
裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
刑訴法338条4号
公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

3 問題の所在(刑訴百選【11版】A21事件解説)

 「本件の被告人は, D社の作業所において鍵6個を窃取したという窃盗罪(非親告罪)で起訴された。公判において,検察官は,当該事実につき, D 社代表取締役および社員の告訴状の証拠調べを請求するとともに,器物毀棄罪(親告罪)の予備的訴因を追加した。……告訴は親告罪の場合に訴訟条件となるため,親告罪について告訴がなされていないにもかかわらず公訴提起された場合,当該公訴は判決で棄却される(刑訴338条4号)。もっとも,審判対象が訴因であるとする支配的な見解からは,訴訟条件の存否も訴因を基準に判断すべきとされるため,公訴提起時の訴因が非親告罪であるならば,告訴がなくとも訴訟条件に欠けるところはないことになる。そして,このように公訴提起手続が適法に行われている場合告訴の追完による不適法な公訴提起手続の補正の可否という後述の問題は生じないため,事実の変化に伴い,告訴があった後に親告罪に訴因変更がなされれば,本判決の言うように,実体裁判を行うことができる。
 これに対し,本件とは異なり,検察官が親告罪について告訴なしに公訴提起した場合については,当該公訴提起手続は不適法であったということになるため,告訴を追完することによってそれを補正することができるのか否かが問題となる。通説は,この場合の検察官の落ち度は重大であるため,これに対する否定的評価を明確にする必要があること等を理由に追完を否定する。もっとも,通説に対しては,追完を許さずに公訴棄却としても再訴の可能性が少なくないため,被告人が同意する場合は例外的に追完を認めてよいとする見解も主張されている。」

4 判旨

 「(予備的訴因を認定した理由等)
 検察官は、昭和58年8月17日付起訴の控訴事実第二につき、主位的訴因として窃盗罪を構成すると主張するが、同罪が成立するためには、犯人が財物に対しいわゆる不法領得の意思、すなわち、権利者を排除して他人のものを自己の所有物としてその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思を有していたことを要すると解されるところ、《証拠略》によれば、被告人は、前判示のとおり、株式会社ダイトー食品に恨みをいだいていたため会社が車を使用できなくしようとのもっぱら嫌がらせの意図で鍵を持ち出し、その後会社から約120メートル位離れた所で発見されにくいU字型の道路側溝に投棄したものであって、自動車の鍵の経済的用法に従って処分する意思は当初から全くなかった事実が認められ、右認定事実によれば、前記不法領得の意思を欠いており、被告人の右所為は鍵の効用を害したものとして評価するのが相当であるから、予備的訴因たる器物毀棄罪を認定した次第である。
 なお、非親告罪として起訴された後にこれが親告罪と判明した場合について起訴の時点では告訴がなかった点をどう考えるべきかについて付言するに、当初から検察官が告訴がないのにもかかわらず敢えてあるいはそれを見過ごして親告罪の訴因で起訴したのとは全く異なり、本件のように、訴訟の進展に伴ない訴因変更の手続等によって親告罪として審判すべき事態に至ったときは、その時点で初めて告訴が必要となったにすぎないのであるから、現行法下の訴因制度のもとでは、右時点において有効な告訴があれば起訴条件の具備につきなんら問題はなく実体裁判をすることができると解する。」