最高裁平成18年11月20日刑集60巻9号696頁・刑訴百選【11版】A12事件(訴因変更と時効の停止)
1 はじめに
本判例は、誤ってした併合罪関係にある事実についての訴因変更請求と公訴時効停止の効力が問題となりました。
2 前提となる知識
刑訴法254条1項
時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。
刑訴法312条1項
裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
3 問題の所在(刑訴百選【11版】A12事件解説)
「訴因変更請求は,刑訴法の規定する公訴時効進行停止事由にはあたらない。他方で最決昭和56年7月14日(刑集35巻5号497頁)は,「起訴状の公訴事実の記載に不備があっても,それが特定の事実について検察官が訴追意思を表明したものと認められるときは,右事実と公訴事実を同一にする範囲において,公訴時効の進行を停止する効力を有する」としていた。」
本判例の事案は併合罪関係にある、すなわち、公訴事実の同一性がない事実についても訴追意思を表明したものといえるかが問題となりました。
4 判旨
「弁護人古賀康紀,同美奈川成章,同船木誠一郎の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ,平成15年10月9日起訴に係る出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律(平成11年法律第155号による改正前のもの。以下「出資法」という。)違反被告事件の公訴時効の成否に関し,職権で判断する。
1 原判決の認定及び記録によると,本件出資法違反被告事件の訴訟経過は,以下のとおりと認められる。
(1)検察官は,平成10年11月13日,出資法5条2項違反の事実1件について被告人を起訴した。
(2)検察官は,出資法5条2項違反の行為が反復累行された場合には包括一罪になるとの見解に基づいて,平成10年12月10日,同日付け訴因変更請求書で,当初の訴因に平成9年11月28日から平成10年7月23日までの間に犯したとする出資法5条2項違反の事実20件を追加する内容の訴因変更請求をした。
(3)第1審裁判所は,平成11年2月19日の公判期日において,弁護人に異議がないことを確認して訴因変更を許可し,以後訴因変更後の公訴事実について審理が重ねられた。
(4)第1審裁判所は,平成15年9月16日の公判期日において,当初の訴因と追加分の訴因との間には公訴事実の同一性がないから,訴因変更許可決定は不適法であるとして,職権で訴因変更許可取消決定をし,追加分の訴因に係る証拠について証拠の採用決定を取り消す決定をした。
(5)検察官は,平成15年10月9日,訴因変更許可取消決定により排除された事実を公訴事実として改めて被告人を起訴し,その後の公判期日において,同事実についての審理が行われた。
(6)第1審判決は,訴因変更請求を公訴の提起に準ずるものとして刑訴法254条1項前段を類推適用するのは相当といえず,本件訴因変更請求には公訴時効の進行を停止する効力がなく,前記(5)の公訴事実については公訴提起の時点で既に公訴時効の期間が経過していたとして,被告人を免訴した。
(7)これに対して検察官が控訴を申し立て,原判決は,訴因変更許可決定がされた段階で,本件訴因変更請求に刑訴法254条1項前段が準用されて公訴時効の進行が停止し,訴因変更許可取消決定がされた時点から再び公訴時効が進行を始めたものと解されるから,前記(5)の公訴事実について公訴時効は完成していないとして,第1審判決を破棄した上で自判し,被告人に有罪を言い渡した。
2 本件出資法5条2項違反の各行為は,個々の制限超過利息受領行為ごとに一罪が成立し,併合罪として処断すべきものであるから(最高裁平成……17年8月1日第一小法廷決定・刑集59巻6号676頁参照),検察官としては,前記訴因変更請求に係る事実を訴追するには,訴因変更請求ではなく追起訴の手続によるべきであった。しかし,検察官において,訴因変更請求書を裁判所に提出することにより,その請求に係る特定の事実に対する訴追意思を表明したものとみられるから,その時点で刑訴法254条1項に準じて公訴時効の進行が停止すると解するのが相当である。したがって,前記訴因変更請求に係る事実について公訴時効が完成していないとした原判断は結論において正当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。」
5 解説(判例タイムズ1227号190頁)
「1 本件は,誤って併合罪関係にある事実を追加する内容の訴因変更請求をした場合に,その訴因変更請求を刑訴法254条1項の「公訴の提起」と同視できるかが問題となった事案である。
被告人は,詐欺,恐喝未遂,出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律(平成11年法律第155号による改正前のもの。)違反の各事実で起訴された者であり,このうち,判示事項に関する事実関係は判文にも摘示されているが,その概要は次のようなものである。
検察官において,まず出資法5条2項違反の制限超過利息受領行為1件を起訴し,次いで同種の行為が反復された場合には包括一罪になるとの見解の下に,同様の行為20件を追加する訴因変更請求書を審理に当たった1審裁判所に提出した。1審裁判所は,弁護人に異議がないことを確認した上でいったん訴因変更を許可し,以後審理が重ねられたものの,4年以上経過した時点で,当初の訴因と追加分の訴因との間には公訴事実の同一性がないから,訴因変更許可決定は不適法であるとして,職権で訴因変更許可取消決定をした。そこで,検察官が改めて取消決定により排除された出資法5条2項違反の制限超過利息受領行為20件分の事実を公訴事実として起訴したものの,その時点では,出資法5条2項違反の罪についての3年という公訴時効期間が既に経過していた。1審判決は,刑訴法254条1項には訴因変更請求を時効停止事由とする旨の明文はないとして,新たに起訴された20件分の事実について公訴時効完成を理由に被告人を免訴した。検察官の控訴を受けた原判決は,訴因変更許可決定の段階で刑訴法254条1項が準用されて公訴時効の進行が停止したと解され,公訴時効は完成していないとして,1審判決を破棄した上で上記20件分の事実についても被告人に有罪を言い渡した。
2 これに対して被告人から上告し,罪刑法定主義の精神からすると1審判決の解釈こそ刑罰権発動に関する規定に対する解釈として正当であり,原判決は刑訴法254条の解釈適用を誤っていると主張した。
本決定は,その余の上告趣意を含めて,いずれも適法な上告理由に当たらないとして退けた上,職権で「検察官において,訴因変更請求書を裁判所に提出することにより,その請求に係る特定の事実に対する訴追意思を表明したものとみられるから,その時点で刑訴法254条1項に準じて公訴時効の進行が停止する」との判断を示した。
3 訴因変更請求は起訴された事実と公訴事実の同一性のある事実について行われるものであるため,既に公訴提起の時点でその範囲内の事実については公訴時効の進行が停止しており,訴因変更請求によつて改めて公訴時効の進行が停止するという関係にはならないはずであるが,本件では,検察官や1審裁判所の間で出資法5条2項違反の罪についての罪数判断が食い違ったため,本件のような問題状況が生じたものである。すなわち,出資法5条2項違反の各行為は,個々の制限超過利息受領行為ごとに一罪が成立し,併合罪として処断すベきものであることは最一小決平17.8.1刑集59巻6号676頁,判タ1188号243頁が判示するとおりであるから,検察官は,本件訴因変更請求に係る事実を訴追するには,本来は訴因変更請求ではなく追起訴の手続によるべきであった。ところが,前記のとおり,訴因変更手続によったため,後に訴因変更許可決定が取り消され,新たに追起訴した時点では公訴時効が完成済みという事態を招くこととなった。
本件事案のように,訴因変更請求時点では公訴時効が完成していなかったが,改めて追起訴するとすれば,既に公訴時効が完成しているというような場合に,訴因変更請求を刑訴法254条1項の「公訴の提起」と同視して公訴時効停止の効力を認めるかどうかについては,これまで判例もなく,学説でもほとんど議論されていなかった(わずかに,安廣文夫・昭62最判解説(刑)241頁が本決定と同様の解釈の可能性について言及しているのが目に付く程度である)。
4 しかし,罪数関係について,判例・学説上,見解の対立がみられる場合は少なくなく,本件の出資法5条2項違反の行為もその一例である。いったん許可されていた訴因変更がその後の罪数関係についての見解の変動により取り消され,改めて追起訴しようとしても既に公訴時効が完成しているときは,被告人が当該事実についての訴追を免れる(あるいは免訴判決を受ける)というのは,いささか均衡を失する結論のようにも思われる。
刑訴法254条1項の公訴時効停止の効力は,公訴提起によって訴訟係属を生じ,その付随的効果として生ずるものと理解されており,訴因変更手続についても,訴因変更が行われた場合に,変更された内容の訴因について訴訟係属が生じることは明らかであるから,この点は違いがないように思われる。また,本件のように,罪数判断が検察官と裁判所の間ではもとより,当初の裁判所とその後の裁判所との間で食い違うような場合を考えると,訴因変更請求に公訴時効の停止効を認めなければ,検察官に対して,どのような措置をとるべきかの判断に当たって多大な困難を強いることになる。さらに,訴因変更請求の手続・方式は概ね追起訴と同様の形式を踏まえていて,本件でも厳正な訴因変更の手続・方式がとられ,追加された事実についても公判廷での実質審理が重ねられており,この間被告人に対しても十分な防御の機会が与えられていた。そうすると,実質的には,訴因変更により追加された事実について公訴提起がされない状態にあったとはみられず,一定期間継続した事実状態の尊重という時効制度の根本的な存在理由からしても,公訴時効の進行を認めるべき理由に乏しいように思われる。
1審判決が理由とする刑訴法254条1項の文言については,一般的な事象を取り上げて規定したものであり,訴因変更請求を時効停止事由とすることを絶対的に禁止する趣旨であるとまで解するべきかは疑問である。刑訴法上「公訴提起」とのみ規定されている場合に,事情によって,「訴因変更(ないし訴因変更請求)」と読み替えることは,追起訴と訴因変更請求の様式や法的性質の類似性等からして十分考えられることである。例えば,起訴前の勾留期間について定めた刑訴法208条1項についても,同条項の「公訴提起」を訴因変更請求と読み替えて,訴因変更請求を同条項にいう公訴提起に準ずるものとして取り扱うのが,確立した実務である。
本決定が,訴因変更請求書が裁判所に提出された時点で,刑訴法254条1項の「公訴の提起」に準じて,公訴時効の進行が停止すると判断したのは,このような点を考慮したものと思われる。
なお,本決定は,訴因変更請求一般についてではなく,訴因変更請求書による場合という具体的事案に即して判断している。この点,訴因変更請求に公訴時効停止の効力を認める理由として,検察官が特定の事実に対する訴追意思を表明したものとみられる点を強調すれば,口頭の訴因変更請求でも同様の結論になると思われるが,訴因変更請求手続が原則として公訴提起と同様の厳格な手続を要すると定められていることなど公訴提起との類似性も重要な要素と考える場合には,簡易な口頭の訴因変更請求まで同列には論じられないとの見解もあり得よう。
5 本決定は,この種の問題について最高裁が初めて判断したものであり,理論的に興味深いだけでなく,本件のように,審理係属中に罪数関係についての見解が変動するような事態は十分想定されることから,実務的にも重要な意義を有すると思われる。」

