最高裁昭和55年9月22日刑集34巻5号272頁・刑訴百選【11版】A1事件(自動車検問)
1 はじめに
本判例は、交通違反の予防・検挙のための交通検問として行なわれた自動車検問の適法性が問題となりました。
2 前提となる知識
警察法2条
①警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
②警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。
警察官職務執行法1条
①この法律は、警察官が警察法(昭和二十九年法律第百六十二号)に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。
②この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。
3 問題の所在
「自動車検問は,その目的によって,①交通違反の予防・検挙のための交通検問,②不特定の一般犯罪の予防・検挙のための警戒検問③特定の犯罪が発生した際における犯人の捕捉および捜査情報の収集のための緊急配備検問に分類される。本件は.このうち,①交通検問の適法性について判示したものである。
本件の交通検問は,飲酒運転の多発する場所で,警察官が道路端に立って,自動車の外観や走行の態様に不審な点があるか否かにかかわらず,同所を通過する自動車すべてに対して.赤色灯を回して停止を求めるという方法で実施され,この検問により,被告人の酒気帯び運転が発覚した。被告人は.本件検問は法的根拠を欠き違法であると主張した」(刑訴百選【11版】A1事件)
4 判旨
「被告人本人の上告趣意のうち、憲法違反をいう点は、原審において主張、判断を経ていないものであり、また、判例違反をいう点は、引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法405条の上告理由にあたらない。
なお、所論にかんがみ職権によつて本件自動車検問の適否について判断する。警察法2条1項が「交通の取締」を警察の責務として定めていることに照らすと、交通の安全及び交通秩序の維持などに必要な警察の諸活動は、強制力を伴わない任意手段による限り、一般的に許容されるべきものであるが、それが国民の権利、自由の干渉にわたるおそれのある事項にかかわる場合には、任意手段によるからといつて無制限に許されるべきものでないことも同条二項及び警察官職務執行法一条などの趣旨にかんがみ明らかである。しかしながら、自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきものであること、その他現時における交通違反、交通事故の状況などをも考慮すると、警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは、それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである。原判決の是認する第一審判決の認定事実によると、本件自動車検問は、右に述べた範囲を越えない方法と態様によつて実施されており、これを適法であるとした原判断は正当である。
よつて、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」
5 解説(判例タイムズ422号75頁)
「本件は、深夜、警察官が所属警察署の一般的指令に基づいて、飲酒運転の多発地点で、車両のすべて(但し、一方向のみ)に停止を求めて交通検問をし、その際、検挙された被告人が酒気帯び運転の罪で起訴されたものである。
上告趣意は、このような一斉交通検問は、法的根拠がなく、市民のプライバシーを侵害するもので違法であり、憲法13条などに違反する旨主張した。
自動車検問は、その目的に応じて、次の三つの類型に分けられる。
(A)緊急配備活動としての検問(杉原・警察研究34巻10号98頁、島・警察研究51巻6号59頁参照)、(B)不特定の犯罪の予防、検挙を目的とする警戒検問(例、自動車強盗の予防、検挙に関して、大阪地判昭37・2・28下刑集4巻1・2号170頁、大阪高判昭38・9・6刑裁資料217号159頁)、(C)交通違反の予防、検挙を目的とする検問(本件)である。
以上を通じて、いわゆる不審車両のみを対象とするものである限り、問題は少ない。
警職法、刑訴法の捜査に関する規定、道交法63条1項、67条1項などの規定によつて、当該車両に停止を求めて検問することができるからである。
これまで、警察官による車両の停止の適法性の問題を扱つたほとんどの裁判例(島・前掲論文62頁参照)は、不審車両に関するものである。
これに対して、不審な点の有無にかかわりなく車両のすべてに停止を求めることの法的根拠の有無については、説が分かれている。
第一説は、任意手段による限り、警察法2条1項によつて、このような一斉検問も許容されるという(出射・日沖還暦祝賀367頁、宍戸ほか・警察官権限法注解上19頁、平本・研修373号65頁、杉原・前掲論文等)。
第二説は、(B)の類型について述べられたものであるが、高速度交通機関としての自動車が帯びている性格からの当然の帰結として、警職法2条1項を拡張解釈して、重要犯罪の防犯上やむを得ない場合であることなどの諸条件の下に一斉検問の適法性を肯定しようとする(荘子・法時34巻6号50頁、前掲大阪高裁判決)。
第三説は、やはり(B)類型について述べているものであるが、警察法は組織法にすぎず、同法2条1項は個々の警察官の警察活動の一般的な権限規定と解することはできないし、また、警職法の拡張解釈も承認できないとして、一斉検問の適法性について疑問を投じている(中武・刑訴法判例百選〔第三版〕34頁、藤井・捜査法大系I 21頁、前掲大阪地裁判決等)。
本決定は、(C)類型の一斉検問について、警察法2条1項を基礎とし、これに加えて自動車運転者の社会生活上の地位に伴う責任などを指摘したうえ、検問が判示のような条件の下で行われる限り適法であるとした。
いろいろな問題を含む自動車検問についての最高裁の初めての判断として注目される。
文献として、上記のほか、田宮「自動車の停止権と人身の自由」警察研究35巻9号11頁、渥美「自動車検問に憲法上の限定を付した合衆国最高裁プロウズ事件」本誌383号24頁、横井・刑訴裁判例ノート(3)309頁、松尾・刑訴法上44頁、高木・本誌284号114頁等がある。」

