東京高裁平成22年11月8日判例タイムズ1374号248頁(覚せい剤取締法違反被告事件)

 本裁判例は、警察官が強制採尿令状の請求手続に取りかかった後被疑者を職務質問の現場に留め置いた措置は違法不当とはいえないとされた事例です。警察官が覚せい剤の自己使用の嫌疑のある被疑者を職務質問の開始から強制採尿令状の提示まで約4時間にわたり職務質問の現場に留め置いた措置は,職務質問の開始から約40分間が経過した時点で強制採尿令状の請求手続に取りかかっていたことなどからすれば,違法,不当とはいえないとしたものです。

 「本件控訴の趣意は,弁護人杉森芳博作成の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。
 論旨は訴訟手続の法令違反及び事実誤認の主張である。
1 訴訟手続の法令違反の主張について
 論旨は,要するに,被告人の尿の鑑定書等は,被告人に対する違法な身柄拘束を利用して請求,発付された強制採尿令状の執行の結果として形成されたものであるから,将来の違法捜査抑制のためにも違法収集証拠として排除すべきであるのに,これらに証拠能力を認めて,事実認定の用に供した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというのである。
 そこで,原審記録を調査して検討すると,被告人の尿の鑑定書及び鑑定を行った原審証人Aの証言のうち被告人の尿から検出された覚せい剤の濃度,検出状況に関する部分(以下,これらを「尿の鑑定書等」という。)は,違法収集証拠に当たらないとして,これらに証拠能力を認めた原判決の認定,説示は正当として是認することができる。所論にかんがみ,以下に説明を加える。
 被告人に対する強制採尿に至る経緯は,原判決の「補足説明」1(2)⑥の冒頭に「午後7時ころ,東京簡易裁判所裁判官に対し捜索差押許可状の請求がなされ,午後7時35分捜索差押許可状が発付された上,」と付加するほかは,原判決が「補足説明」の1(2)で認定するとおりである。その経緯を見ると,被告人に対する職務質問が開始された平成22年2月5日午後3時50分ころ(以下,ことわりのない限り同日のできごとであり,年月日の記載は省略する。)から捜索差押許可状が被告人に提示された午後7時51分までの間,約4時間にわたり,B巡査部長やC巡査部長ら警察官が,被告人を職務質問の現場に留め置いているが,所論は,この留め置きが違法な身柄拘束に当たると主張するものである。ところで,本件におけるこのような留め置きの適法性を判断するに当たっては,午後4時30分ころ,B巡査部長が,被告人から任意で尿の提出を受けることを断念し,捜索差押許可状(強制採尿令状。以下「強制採尿令状」ともいう。)請求の手続に取りかかっていることに留意しなければならない。すなわち,強制採尿令状の請求に取りかかったということは,捜査機関において同令状の請求が可能であると判断し得る程度に犯罪の嫌疑が濃くなったことを物語るものであり,その判断に誤りがなければ,いずれ同令状が発付されることになるのであって,いわばその時点を分水嶺として,強制手続への移行段階に至ったと見るべきものである。したがって,依然として任意捜査であることに変わりはないけれども,そこには,それ以前の純粋に任意捜査として行われている段階とは,性質的に異なるものがあるとしなければならない。
 そこで,以上のような観点に立って,まず,純粋に任意捜査として行われている段階について検討すると,B巡査部長らが被告人に対して職務質問を開始した経緯や,被告人の挙動,腕の注射痕の存在等から尿の任意提出を求めたことには何ら違法な点はない。そして,注射痕の理由や尿の任意提出に応じられないとする理由が,いずれも虚偽を含む納得し得ないものであったことや,後に警察署に出頭して尿を任意提出するとの被告人の言辞も信用できないとして,午後4時30分ころの時点で強制採尿令状の請求に取りかかったことも,前記の原判決が認定する事情の下では,当然の成り行きであって,妥当な判断というべきである。そして,この間の時間は約40分間であって,警察官から特に問題とされるような物理力の行使があったようなことも,被告人自身述べていない。これらに照らすと,この間の留め置きは,警察官らの求めに応じて被告人が任意に職務質問の現場に留まったものと見るべきであるから,そこには何ら違法,不当な点は認められない。
 次に,午後4時30分ころ以降強制採尿令状の執行までの段階について検討すると,同令状を請求するためには,予め採尿を行う医師を確保することが前提となり,かつ,同令状の発付を受けた後,所定の時間内に当該医師の許に被疑者を連行する必要もある。したがって,令状執行の対象である被疑者の所在確保の必要性には非常に高いものがあるから,強制採尿令状請求が行われていること自体を被疑者に伝えることが条件となるが,純粋な任意捜査の場合に比し,相当程度強くその場に止まるよう被疑者に求めることも許されると解される。これを本件について見ると,午後4時30分ころに,被告人に対して,強制採尿令状の請求をする旨告げた上,B巡査部長は同令状請求準備のために警察署に戻り,午後7時ころ東京簡易裁判所裁判官に対し同令状の請求をして,午後7時35分同令状が発付され,午後7時51分,留め置き現場において,これを被告人に示して執行が開始されているが,上記準備行為から強制採尿令状が発付されるまでの留め置きは約3時間5分,同令状執行までは約3時間21分かかっているものの,手続の所要時間として,特に著しく長いとまでは認められない。また,この間の留め置きの態様を見ると,前記C巡査部長ら警察官が駐車している被告人車両のすぐそばにいる被告人と約四,五メートル距離を置いて被告人を取り巻いたり,被告人が同車両に乗り込んだ後は,一,二メートル離れて同車両の周囲に位置し,さらに同車両の約2.5メートル手前に警察車両を駐車させ,午後5時35分ころからは,被告人車両の約10メートル後方にも別の警察車両を停め,その間,被告人からの「まだか。」などとの問い掛けに対して,「待ってろよ。」と答えるなどして,被告人を留め置いたというものであるが,このような経緯の中で,警察官が被告人に対し,その立ち去りを防ごうと身体を押さえつけたり,引っ張ったりするなどの物理力を行使した形跡はなく,被告人の供述によっても,せいぜい被告人の腕に警察官が腕を回すようにして触れ,それを被告人が振り払うようにしたという程度であったというのである。そして,その間に,被告人は,被告人車両内で携帯電話で通話をしたり,たばこを吸ったりしながら待機していたというのであって,この段階において,被告人の意思を直接的に抑圧するような行為等はなされておらず,駐車車両や警察官が被告人及び被告人車両を一定の距離を置きつつ取り囲んだ状態を保っていたことも,上記のように,強制採尿令状の請求手続が進行中であり,その対象者である被告人の所在確保の要請が非常に高まっている段階にあったことを考慮すると,そのために必要な最小限度のものにとどまっていると評価できるものである。加えて,警察官らは,令状主義の要請を満たすべく,現に,強制採尿令状請求手続を進めていたのであるから,捜査機関に,令状主義の趣旨を潜脱しようとの意図があったとは認められない。
 所論は,留め置きが違法であるとして,①B巡査部長は,被告人が被告人車両を運転中,B巡査部長を見て,顔を背けたことなどから不審を抱いたと証言するところ,被告人は顔を背けてはいない,②原判決は,被告人が強く立ち去る意向を示すことはなかったと判示しているけれども,被告人は立ち去る意向を示していたのであるから,原判決の認定は誤っている,③被告人に対する有形力の行使が「触る程度」であったと原判決が表現しているのは妥当でなく,より強いものであった,④被告人が被告人車両を発進させようとした際に,警察官が同車両のボンネットを叩き,被告人に対し何やっているんだなどと警告したのだから,警察官らが同車両の発進を明らかに妨害しているなどと主張する。
 しかしながら,①については,B巡査部長の証言を虚偽とすべき根拠はない。また,②について,原判決は,被告人が立ち去る意向を示したことはあったものの,被告人車両に乗り込んだ後は,それ以上強くそのような意向を示すことがなかったと認定しているのであり,所論が指摘する被告人の供述及びC巡査部長の原審証言も,かえって原判決の認定に沿うものである(むしろ,これらにより,原判決は当該認定をしていると見るべきである。)から,この点の所論も理由がない。③については,原審裁判官が,被告人質問において,被告人の仕草を見て,「触っている状態」に見えるがと質したのに対し,被告人がそれを否定せずに,「腕をかけてきて,それを振り払った」と答えているところからすると,「触った程度」という表現が適当であるかについてはともかく,有形力の行使の程度としてはごく軽度なものにとどまっていたというべきであるから,この点の所論も当を得たものとはいい難い。④の所論指摘の事実については,原審第5回公判期日に行われた被告人質問において,被告人が述べたところであるが,B,C及びDの3警察官ともそのような事実があったことを証言していない。加えて,被告人自身も平成22年4月26日実施の第2回公判期日における被告人質問においては,弁護人からの「車を発進させるということはできなかったのですか。」との質問に対し,そのような事実を全く述べていないし,同年6月3日付けの弁護人作成の「証拠排除の申立」においては,具体的かつ詳細に捜査の違法を主張しているのに,被告人車両の発進妨害については,「被告人の車を取り囲み発進を妨害した」としか記載されておらず,第5回公判期日において,所論に沿う供述をした後,検察官からその不自然さを指摘され,追及された被告人は,証拠排除申立ての時点では思い出していなかったなどと説得的な理由というにはほど遠い弁解しか述べることができていない。このような供述の経過等に照らすと,被告人の上記供述を信用することはできないから,この点の所論は前提を欠く。
 以上によれば,被告人に対する強制採尿手続に先立ち,被告人を職務質問の現場に留め置いた措置に違法かつ不当な点はないから,尿の鑑定書等は違法収集証拠には当たらないとして,証拠能力を認め,これらを採用した原審の訴訟手続に法令違反はない。論旨は理由がない。
2 事実誤認の主張について
 論旨は,要するに,被告人は,本件強制採尿の二,三日前に知人が覚せい剤を気化吸引する現場に居合わせ,その副流煙を吸引したに過ぎないのであるから,被告人には覚せい剤使用の故意がなかったというべきであり,にもかかわらず,被告人のこのような弁解を信用できないとして排斥し,原判示犯罪事実を認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。
 そこで,原審記録を調査して検討すると,本件は,被告人が平成22年1月下旬ころから同年2月5日までの間に,東京都内,千葉県内又はその周辺において,覚せい剤を自己の身体に不正に摂取したとして,覚せい剤取締法違反罪に問擬された事案であるところ,原判決が「犯罪事実」及び「補足説明」の「2 被告人の覚せい剤使用の事実について」において認定,判示するところは,当裁判所もおおむね正当として是認することができる。そして,当審における事実取調べの結果によっても,前記認定は左右されない。
 所論は,尿の鑑定書を作成したAが行った薄層クロマトグラフィー試験,シモン反応及びマルキス反応は,いずれも定性試験であるから,同人の原審証言中の被告人の尿の濃度が中位であったとする部分は,科学的根拠を欠き,信用し得ないと主張する。しかしながら,薄層クロマトグラフィー試験は基本的に定性試験ではあるけれども,弁護人作成の報告書(当審弁1)に添付された文献にも「覚醒剤を多量に使用していれば呈色反応は濃く出る」と記載されているとおり,同試験によって,全く量的なものを判定し得ないというものではない。かえって,報告書(当審検1)によれば,警視庁科学捜査研究所においては,鑑定のためのサンプルを作成し,薄層クロマトグラフィーの発色の度合いとスポットの幅を検討した結果,尿中の覚せい剤が1000マイクログラム以上の「濃い」,1000ないし100マイクログラムの「中程度」,100マイクログラム未満の「薄い」の3段階に分類し,覚せい剤の鑑定を行う薬物鑑定員は,この分類方法とそれぞれの経験に基づき,当該尿の覚せい剤の濃度を判断していることが認められるから,同研究所の薬物鑑定員である前記Aの本件における鑑定もその手法によるものであり,原判決認定のとおり,同人には数多くの尿中覚せい剤の鑑定を行ってきた経験があることに照らすと,同人の原審証言の前記部分に科学的な合理性を優に肯認することができる。
 所論は,また,前記知人は,4ないし5時間にわたり,二,三十回は覚せい剤の気化吸引を続け,同人が覚せい剤を吸入器に追加した回数も10回以上に及んでおり,室内に副流煙として漏れた覚せい剤の量もかなりの量に上ると考えられるから,それを意識しないで吸入した被告人の尿中から覚せい剤が検出されることがないとはいえず,このような特殊な状況を考慮せず,被告人が副流煙として覚せい剤を吸入しても,被告人の尿から覚せい剤が検出されることはないとする原判決は誤っていると主張する。しかしながら,原判決も指摘するとおり,アメリカでコカインを用いて行われた実験では,コカインを加熱吸引使用する者の同室者の尿からは,コカインは全く検出されないか,ごく微量しか検出されないとの結果が出ているところ,そこで使用されたコカインが覚せい剤よりも気化しやすいものであったことを考慮すると,覚せい剤の加熱吸引使用の場合,同室者による摂取の可能性はより低くなり,加熱気化しているすぐ近くでその煙を吸わない限り,体内に摂取されず,摂取されてもその量はごく少ないものにとどまると考えるのが合理的である。また,当該知人が被告人の述べるように多量の覚せい剤を吸引使用したとすれば,同人には覚せい剤の薬効が強く発現し,さらに,尿中から中程度の濃度の覚せい剤が検出された被告人についても覚せい剤の影響が出るはずであるのに,被告人は,知人には特に何も変わった様子がなく,自身も覚せい剤の薬効を特には感じなかったと述べているのであって,そのことだけをとらえても,被告人の供述内容は極めて不自然である。このほか,被告人が腕にある注射痕について,当該知人から血抜きをされたとする説明も,その内容自体通常考え難いものであるし,当初,エイズ検査受検などと虚偽の理由を述べていたことや副流煙を吸った際の状況について捜査段階半ばでは知人と被告人のほかにもう1人いたと供述していたこと等を併せ考えると,副流煙を吸ったとする弁解は全く措信できない(なお,被告人の述べるような覚せい剤の副流煙が充満しているような室内に,そのことを知りつつ留まっていた以上,それだけで覚せい剤使用の未必的故意があると言えるから,そもそも覚せい剤使用の故意を否認する弁解として成り立ち得ないものであることを付言しておく。)。
 以上の次第で,所論はいずれも採用できず,してみると,被告人の尿中から覚せい剤が検出され,被告人が覚せい剤をそれと意識しないまま体内に摂取したことを窺わせる特別の事情もないことに帰するから,尿中から覚せい剤が検出される期間,その間の被告人の所在地を考慮して,原判示犯罪事実を認定した原判決に事実誤認はない。
 論旨は理由がない。
3 よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて,刑事訴訟法181条1項ただし書を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。」

 本裁判例は、留め置きに関する最高裁平成6年9月16日刑集48巻6号420頁・刑訴百選【11版】2事件(留め置きに関する平成6年判例)を前提としています。

 「弁護人小野純一郎の上告趣意第一は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は事案を異にして本件に適切でなく、同第二は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は、所論のように控訴審において訴因変更を許可した後控訴を棄却することは許されないという趣旨まで判示したものではないから、前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
 なお、所論にかんがみ、職権により判断するに、原判決が被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力を認めたのは、次の理由により、結論において正当である。
一 原判決及びその是認する第一審判決の認定並びに記録によれば、事件の経過は、次のとおりと認められる。
 1 福島県会津若松警察署A警部補は、平成四年一二月二六日午前一一時前ころ、被告人から、同警察署八田駐在所に意味のよく分からない内容の電話があった旨の報告を受けたので、被告人が電話をかけた自動車整備工場に行き、被告人の状況及びその運転していた車両の特徴を聞くなどした結果、覚せい剤使用の容疑があると判断し、立ち回り先とみられる同県猪苗代方面に向かった。
 2 同警察署から捜査依頼を受けた同県猪苗代警察署のB巡査は、午前一一時すぎころ、国道四九号線を進行中の被告人運転車両を発見し、拡声器で停止を指示したが、被告人運転車両は、二、三度蛇行しながら郡山方面へ進行を続け、午前一一時五分ころ、磐越自動車道猪苗代インターチェンジに程近い同県耶麻郡a町大字b字cの通称堅田中丸交差点の手前(以下「本件現場」という。)で、B巡査の指示に従って停止し、警察車両二台もその前後に停止した。当時、付近の道路は、積雪により滑りやすい状態であった。
 3 午前一一時一〇分ころ、本件現場に到着した同警察署C巡査部長が、被告人に対する職務質問を開始したところ、被告人は、目をキョロキョロさせ、落ち着きのない態度で、素直に質問に応ぜず、エンジンを空ふかししたり、ハンドルを切るような動作をしたため、C巡査部長は、被告人運転車両の窓から腕を差し入れ、エンジンキーを引き抜いて取り上げた。
 4 午前一一時二五分ころ、猪苗代警察署から本件現場の警察官に対し、被告人には覚せい剤取締法違反の前科が四犯あるとの無線連絡が入った。午前一一時三三分ころ、A警部補らが本件現場に到着して職務質問を引き継いだ後、会津若松警察署の数名の警察官が、午後五時四三分ころまでの間、順次、被告人に対し、職務質問を継続するとともに、警察署への任意同行を求めたが、被告人は、自ら運転することに固執して、他の方法による任意同行をかたくなに拒否し続けた。他方、警察官らは、車に鍵をかけさせるためエンジンキーをいったん被告人に手渡したが、被告人が車に乗り込もうとしたので、両脇から抱えてこれを阻止した。そのため、被告人は、エンジンキーを警察官に戻し、以後、警察官らは、被告人にエンジンキーを返還しなかった。
 5 右4の職務質問の間、被告人は、その場の状況に合わない発言をしたり、通行車両に大声を上げて近づこうとしたり、運転席の外側からハンドルに左腕をからめ、その手首を右手で引っ張って、「痛い、痛い」と騒いだりした。
 6 午後三時二六分ころ、本件現場で指揮を執っていた会津若松警察署D警部が令状請求のため現場を離れ、会津若松簡易裁判所に対し、被告人運転車両及び被告人の身体に対する各捜索差押許可状並びに被告人の尿を医師をして強制採取させるための捜索差押許可状(以下「強制採尿令状」という。)の発付を請求した。午後五時二分ころ、右各令状が発付され、午後五時四三分ころから、本件現場において、被告人の身体に対する捜索が被告人の抵抗を排除して執行された。
 7 午後五時四五分ころ、同警察署E巡査部長らが、被告人の両腕をつかみ被告人を警察車両に乗車させた上、強制採尿令状を呈示したが、被告人が興奮して同巡査部長に頭を打ち付けるなど激しく抵抗したため、被告人運転車両に対する捜索差押手続を先行させた。ところが、被告人の興奮状態が続き、なおも暴れて抵抗しようとしたため、同巡査部長らは、午後六時三二分ころ、両腕を制圧して被告人を警察車両に乗車させたまま、本件現場を出発し、午後七時一〇分ころ、同県会津若松市鶴賀町所在の総合会津中央病院に到着した。午後七時四〇分ころから五二分ころまでの間、同病院において、被告人をベッドに寝かせ、医師がカテーテルを使用して被告人の尿を採取した。
二 以上の経過に即して被告人の尿の鑑定書の証拠能力について検討する。
 1 本件における強制採尿手続は、被告人を本件現場に六時間半以上にわたって留め置いて、職務質問を継続した上で行われているのであるから、その適法性については、それに先行する右一連の手続の違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断ずる必要がある(最高裁昭和……61年4月25日第二小法廷判決・刑集40巻3号215頁参照)。
 2 そこで、まず、被告人に対する職務質問及びその現場への留め置きという一連の手続の違法の有無についてみる。
 (一) 職務質問を開始した当時、被告人には覚せい剤使用の嫌疑があったほか、幻覚の存在や周囲の状況を正しく認識する能力の減退など覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動が見受けられ、かつ、道路が積雪により滑りやすい状態にあったのに、被告人が自動車を発進させるおそれがあったから、前記の被告人運転車両のエンジンキーを取り上げた行為は、警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項に基づき交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置に当たるということができる。
 (二) これに対し、その後被告人の身体に対する捜索差押許可状の執行が開始されるまでの間、警察官が被告人による運転を阻止し、約六時間半以上も被告人を本件現場に留め置いた措置は、当初は前記のとおり適法性を有しており、被告人の覚せい剤使用の嫌疑が濃厚になっていたことを考慮しても、被告人に対する任意同行を求めるための説得行為としてはその限度を超え、被告人の移動の自由を長時間にわたり奪った点において、任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない。
 (三) しかし、右職務質問の過程においては、警察官が行使した有形力は、エンジンキーを取り上げてこれを返還せず、あるいは、エンジンキーを持った被告人が車に乗り込むのを阻止した程度であって、さほど強いものでなく、被告人に運転させないため必要最小限度の範囲にとどまるものといえる。また、路面が積雪により滑りやすぐ、被告人自身、覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動を繰り返していたのに、被告人があくまで磐越自動車道で宮城方面に向かおうとしていたのであるから、任意捜査の面だけでなく、交通危険の防止という交通警察の面からも、被告人の運転を阻止する必要性が高かったというべきである。しかも、被告人が、自ら運転することに固執して、他の方法による任意同行をかたくなに拒否するという態度を取り続けたことを考慮すると、結果的に警察官による説得が長時間に及んだのもやむを得なかった面があるということができ、右のような状況からみて、警察官に当初から違法な留め置きをする意図があったものとは認められない。これら諸般の事情を総合してみると、前記のとおり、警察官が、早期に令状を請求することなく長時間にわたり被告人を本件現場に留め置いた措置は違法であるといわざるを得ないが、その違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえない。
 3 次に、強制採尿手続の違法の有無についてみる。
 (一) 記録によれば、強制採尿令状発付請求に当たっては、職務質問開始から午後一時すぎころまでの被告人の動静を明らかにする資料が疎明資料として提出されたものと推認することができる。
 そうすると、本件の強制採尿令状は、被告人を本件現場に留め置く措置が違法とされるほど長期化する前に収集された疎明資料に基づき発付されたものと認められ、その発付手続に違法があるとはいえない。
 (二) 身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができ、その際、必要最小限度の有形力を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、そのように解しないと、強制採尿令状の目的を達することができないだけでなく、このような場合に右令状を発付する裁判官は、連行の当否を含めて審査し、右令状を発付したものとみられるからである。その場合、右令状に、被疑者を採尿に適する最寄りの場所まで連行することを許可する旨を記載することができることはもとより、被疑者の所在場所が特定しているため、そこから最も近い特定の採尿場所を指定して、そこまで連行することを許可する旨を記載することができることも、明らかである。
 本件において、被告人を任意に採尿に適する場所まで同行することが事実上不可能であったことは、前記のとおりであり、連行のために必要限度を超えて被疑者を拘束したり有形力を加えたものとはみられない。また、前記病院における強制採尿手続にも、違法と目すべき点は見当たらない。
 したがって、本件強制採尿手続自体に違法はないというべきである。
 4 以上検討したところによると、本件強制採尿手続に先行する職務質問及び被告人の本件現場への留め置きという手続には違法があるといわなければならないが、その違法自体は、いまだ重大なものとはいえないし、本件強制採尿手続自体には違法な点はないことからすれば、職務質問開始から強制採尿手続に至る一連の手続を全体としてみた場合に、その手続全体を違法と評価し、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められない。
 5 そうであるとすると、被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力を肯定することができ、これと同旨の原判断は、結論において正当である。
 よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」

 本裁判例は、留め置きに関する平成6年判例を前提としつつ、「強制採尿令状の請求に取りかかったということは,捜査機関において同令状の請求が可能であると判断し得る程度に犯罪の嫌疑が濃くなったことを物語るものであり,その判断に誤りがなければ,いずれ同令状が発付されることになるのであって,いわばその時点を分水嶺として,強制手続への移行段階に至ったと見るべきものである。したがって,依然として任意捜査であることに変わりはないけれども,そこには,それ以前の純粋に任意捜査として行われている段階とは,性質的に異なるものがあるとしなければならない。」という見解を示した点で重要な意義を有するとされます(令和8年度版判例六法・刑訴法197条の15個目の裁判例)。

 本裁判例に関連する裁判例として、札幌高裁平成26年12月18日判例タイムズ1416号129頁(令和8年度版判例六法・刑訴法197条の16個目の裁判例)があります。

「1 被告人が当初は任意にパトカーに乗車して所持品検査に応じ,被告人の所持品から,比較的新しい血痕が付着したティッシュペーパー及び注射器の包装袋が発見されたため,被告人に任意採尿に応じるよう説得したが,被告人が応じようとしないため,職務質問開始から約50分後に強制採尿のための令状請求の準備を開始したとしても,当時,被告人が,チャイルドロックのかかったパトカー運転席側後部座席に,警察官が助手席側後部座席に乗車した状態で,被告人が降車の意思を示したにもかかわらず,有形力を行使してこれを阻止した警察官の措置は,長時間にわたり被告人の移動の自由を過度に制約したものとして,任意捜査の範囲を逸脱した違法なものであったと評価せざるを得ない。
 2 本件留め置きが違法なものであったとしても,当初被告人が任意に職務質問や所持品検査に応じていたこと,前記有形力の行使は,いずれも被告人の意思を制圧するような強度のものであったとはいえないこと,職務質問を開始した約50分後に採尿令状を請求する方針を決定して準備を始めたことなどに照らすと,警察官に令状主義を潜脱する意図があったものとは認められず,留め置きの違法性の程度は,いまだ令状主義の精神を没却するほどに重大なものではない。
 また,その後の採尿手続及び覚せい剤の差押えも司法審査を経て発付された令状によるものであって,これらの手続によって収集された証拠を被告人の罪証に供することが将来における違法捜査抑制の見地から相当でないともいえず,鑑定書及び覚せい剤を違法収集証拠であり証拠能力を欠くとして,検察官の証拠調請求を却下した原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。
 3 留め置きが純粋に任意捜査として行われている段階と,採尿令状の請求準備に取りかかってから執行までの段階(強制手続への移行段階)に分けた上,強制手続への移行段階では相当な程度にわたり強く被疑者を留め置くことも許されるとの判断枠組みは,犯罪の嫌疑の程度が採尿令状の請求準備をするか否かという警察官の判断により直ちに左右されるものではない上,その段階で嫌疑を深めるべき新たな証拠や事実が発見されてもいないから,上記のような警察官の判断時点を境界として,許容される留め置きの程度に有意な違いが生じるものと解することはできず,このような判断枠組みで留め置きの適法性を判断すべきではない。」

 また、東京高裁平成27年10月8日判例タイムズ1424号168頁(令和8年度版判例六法・刑訴法197条の12個目と17個目の裁判例)は、本裁判例を前提としつつ、留め置きについて下記のように判断しています。

 「被告人は,職務質問に応じない姿勢を明確に示しており,臨場した荒金弁護士も,2時間以上職務質問が続いていると聞いて,これ以上,職務質問に応じる必要はないと判断し,被告人を連れて帰るため,ローソン前から駅前ロータリーに移動を開始したものである。他方で,警察官らは,その時点で,被告人に対する捜索差押許可状の請求中であったことから,令状が発付された場合の執行のしやすさを念頭において,被告人をその場にとどまらせようとしていたものである。したがって,この時点においては,被告人は,職務質問の対象から,覚せい剤取締法違反被疑事件の任意捜査の対象に移行していたというべきである。
 そこで,警察官のとった行動が任意捜査として許されるかが問題となるところ,原判決は,被告人と思われる者が痛みを訴える声を上げている場面も存するが,現場が繁華街であり,人や車が多い場所であったこと,特にローソン付近では,野次馬が多数いた上,被告人を助けようとする人物やベンツ,車道を通行する自動車が存在し,混乱し,騒然となっている状況であることからすると,そういった間を縫って移動する被告人に対して意図せぬ力が加わってしまうことはあり得ると説示している。また,原判決は,被告人の転倒は,周囲の警察官と接触したか,あるいは警察官から制止された際,被告人が体勢を崩した結果によるもので,混乱し騒然となっていた状況下でのやむを得ない出来事との認定をしているものと解される。
 しかしながら,被告人が明確に捜査への協力を拒否し,その場から立ち去る言動を取っていたことに加え,法律専門家である弁護士が,警察官に対して,令状がない以上,その場にとどまる理由がない旨明確に述べ,被告人と共に帰る意思を明示し,被告人と共にタクシーに乗るために,ローソン前から駅前ロータリーに向かって移動を始めたのである。警察官が,任意捜査の一環として,令状が到着するまでその場にとどまるように要請することや移動する被告人を追尾することは,もとより許されるが,強制的にその場にとどまらせることができないことは明らかである。そして,本件においては,荒金弁護士は,弁護士としての立場において,これ以上,この場にとどまることはできないと述べて,その要請を明確に断り,現に移動を開始することにより態度でも拒否の姿勢を示したのである。また,荒金弁護士は,警察官が被告人を押したり,つかんだりした際などに,やめるように警察官に述べている。弁護士がこのような態度を明確に示しているにもかかわらず,警察官が,それを無視する形で,移動を阻止するべく,被告人をつかむなど,被告人に「痛い」と言わしめるほどの有形力を行使し,さらには,後方から被告人を転倒させるほどの有形力を行使することは,もはや任意捜査の限界を超える違法なものといわざるを得ない。原判決は,混乱し,騒然となっている状況であったからとの理由で,移動する被告人に対して意図せぬ力が加わってしまうことはあり得るとして,違法とはいえないとするが,任意捜査に応じない旨を明確に表明し,警察官に対し,被告人をつかんだり触ったりする行為をやめるように述べる荒金弁護士の適法な要請を,無視する形で行われた違法捜査を是認するものであり,到底容認できない。
 6 本件停止場所における出来事に関する所論の検討
 所論は,捜索差押許可状が持参されていないにもかかわらず,高速道路を走行させないように本件タクシーの進路を封鎖したことは,任意捜査の限界を超え,違法な捜査である,という。
 そこで検討すると,原判決は,この時点では,すでに捜索差押許可状が発付され,被告人の所在を確保する必要性が高まっているところ,パトカーが本件タクシーの進路を塞いだのは,高速道路上で本件タクシーを停止させ,被告人を確保し,捜索差押許可状を執行することには危険性が伴うことから,本件タクシーに一般道を進行させるためであり,被告人及び荒金弁護士が一般道を走行することを承諾した後は直ちに本件タクシー前方から移動し,数分という短時間でその進路を開けていることからすると,捜索差押許可状の執行のために必要な行為として許容される範囲内のものと考えられ,違法なものとはいえないと説示する。
 確かに,本件のようにすでに捜索差押許可状が発付されている場合,その執行を見据えて一般道を走行するように要請するため,走行中の本件タクシーに停止を求めることは,任意捜査の範疇に属するものとして許されるというべきである。そして,本件タクシーの運転手は,任意に本件停止場所で停止している。
 しかしながら,停止した本件タクシーの前方及び左右をパトカー3台で取り囲み,本件タクシーの進路を断って発進できない状態にしたことは,任意捜査の限界を超えている。
 原判決は,高速道路上での捜索差押許可状の執行の危険性等を考慮すると捜索差押許可状の執行のために必要な行為として許容される範囲内にあるという。しかしながら,この時点では捜索差押許可状が発付されていたとはいえ,本件停止場所にいた警察官は当該捜索差押許可状を所持していなかったのである。しかも,荒金弁護士は,警察官に対し,令状を持ってくるように再三述べていたところ,本件停止場所でも令状がないことから,このような進路妨害が違法である旨抗議した上,本件タクシーの運転手に発進するよう依頼している。本件タクシーの運転手は,1mも空いてないから行けないですよなどと荒金弁護士に述べており,パトカーによる封鎖のため,本件タクシーの発進を断念せざるを得ない状況に追い込まれている(原審甲38)。パトカーで三方から挟み込んで本件タクシーを動けない状況にしたのは,捜索差押許可状の円滑な執行の必要性を考慮しても,任意捜査の限界を超えたものといわざるを得ない。
 また,原判決は,許容される理由として,被告人及び荒金弁護士が一般道を走行することを承諾したことや,承諾後パトカーが直ちに本件タクシー前方から移動し,封鎖時間が数分という短時間であったことを挙げている。しかしながら,三方をパトカーに囲まれて発進できないような状況下において,警察官から一般道を使うならすぐにパトカーをどかせるなどと言われるなど,一般道を走行するように強く迫られた被告人や荒金弁護士が,任意かつ自由な意思決定に基づき一般道の走行を選択し,承諾したとは考えにくい。また,封鎖時間が短時間であったことは,違法性の程度の問題とはなっても,本件のような進路の封鎖が違法であるとの結論自体を左右するものではない。
 以上によれば,パトカーが本件タクシーの進路を塞いだ点は,任意捜査の限界を超えた違法なものであるから,これを適法とする原判決の認定には誤りがある。」

 なお、令状の電子化が施行された後には留め置きの事例は少なくなるであろうという指摘もあります(留め置きに関する平成6年判例に関する刑訴百選【11版】2事件の解説4参照)。

 本裁判例の解説である判例タイムズ1374号248頁によると下記のような指摘があります。

 「従前の裁判例では,捜査の経緯や留め置きの態様等一連の諸事情全体を総合して,違法性の有無や,違法性の程度が令状主義の精神を没却する重大なものか否かを検討して,尿の鑑定書等の証拠能力を判断するものが多かったように思われる(下級審の参考裁判例として,東京高判平8.6.28判時1582号138頁,東京高判平20.9.25東高時報59巻1~12号83頁《評釈として白取祐司・刑事法ジャーナル17号104頁》等。関連する最高裁判例としては,現場留め置きに関する最三小決平6.9.16刑集48巻6号420頁,判タ862号267頁,任意捜査の限界に関する最三小決昭51.3.16刑集30巻2号187頁,判タ335号330頁等)。
 他方,本件と同様に強制採尿令状の執行までの留め置きの適法性が問題となった事案について,東京高判平21.7.1判タ1314号302頁(以下「平成21年判決」という。)は,純粋に任意捜査として行われる段階と,強制採尿令状請求の準備に着手した後の令状の発付,執行に至る「強制手続ヘの移行段階」とを分け(二分論),後者の段階に入った時点では,対象者の所在確保の必要性が高いことを重視し,対象者の意に反することが明らかであっても,所在確保のため必要な限度にとどまる限り,一定の有形力の行使により対象者を留め置くことは適法である旨の判断を示した。
 本判決は,このような平成21年判決の先例的判断を踏まえたものと思われ,留め置きの適法性判断について,①二分論の考え方を明示した上で,②強制手続への移行段階後において,種々の条件を求めつつも,一定限度の有形力の行使を伴う留め置きを端的に適法と判断した点で画期的であり,実務上参考になると思われる(なお,原判決も,明示的には二分論を採用していないが,②と同趣旨の考え方を示している。)。」

 なお、上記の判例タイムズ1374号248頁が指摘する平成21年判決は平成28年度司法試験刑事系科目第2問(刑訴法)で出題されるなど、実務での基本的知識として重要なものと思われます。

 問題:https://www.moj.go.jp/content/001182601.pdf

 出題趣旨:https://www.moj.go.jp/content/001204818.pdf(15頁から)