最高裁令和2年2月28日民集74巻2号106頁・民法百選Ⅱ【9版】85事件(債務確認請求本訴,求償金請求反訴事件・使用者責任と逆求償)

 本判例は、被用者が使用者の事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合における被用者の使用者に対する求償(いわゆる逆求償)の可否が問題となりました。

 令和2年度最高裁判所判例解説民事篇37頁及び判例タイムズ1476号60頁によると本判例の事案の概要は以下の通りです。

 本件は、トラック運転手であるX(本訴原告兼反訴被告・被控訴人・上告人)が、勤務先であった株式会社Y(本訴被告兼反訴原告・控訴人・被上告人)に対し、Xが勤務中に起こした交通死亡事故につき、自ら被害者の遺族の1人に対して1500万円余りの損害賠償をしたことにより、Yに対する求償権を取得したなどと主張して、同額の求償を求めた事案です。なお、Yは、別の遺族に対して1300万円の損害賠償をしたことにより、Xに対する求償権を取得したと主張して、同額の支払を求める反訴を提起していました。

 法廷意見のみ引用します。

 https://www.courts.go.jp/hanrei/89270/detail2/index.html

 「上告代理人青木苗子,上告復代理人新内谷早紀の上告受理申立て理由について
 1 本件本訴請求は,被上告人の被用者であった上告人が,被上告人の事業の執行としてトラックを運転中に起こした交通事故に関し,第三者に加えた損害を賠償したことにより被上告人に対する求償権を取得したなどと主張して,被上告人に対し,求償金等の支払を求めるものである。
 2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1)被上告人は,貨物運送を業とする資本金300億円以上の株式会社であり,全国に多数の営業所を有している。被上告人は,その事業に使用する車両全てについて自動車保険契約等を締結していなかった。
 (2)上告人は,平成17年5月,被上告人に雇用され,トラック運転手として荷物の運送業務に従事していた。
 (3)上告人は,平成22年7月26日,上記業務としてトラックを運転中,信号機のない交差点を右折する際,同交差点に進入してきたAの運転する自転車に上記トラックを接触させ,Aを転倒させる事故(以下「本件事故」という。)を起こした。Aは,同日,本件事故により死亡した。
 被上告人は,Aの治療費として合計47万円余りを支払った。
 (4)Aの相続人は,その長男及び二男(以下,それぞれ単に「長男」,「二男」という。)であった。
 (5)二男は,平成24年10月,被上告人に対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。平成25年9月,二男と被上告人との間で訴訟上の和解が成立し,被上告人は,二男に対して和解金1300万円を支払った。
 (6)長男は,平成24年12月,上告人に対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。第1審裁判所は,平成26年2月,46万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡した。上告人は,同年3月,上記判決に従い,長男に対して52万円余りを支払った。
 長男が上記判決を不服として控訴したところ,控訴審裁判所は,平成27年9月,上記判決を変更し,1383万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡し,その後,同判決は確定した。
 (7)上告人は,平成28年6月,上記判決に従い,長男のために1552万円余りを有効に弁済供託した。
 3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,上告人の本訴請求を棄却した。
 被用者が第三者に損害を加えた場合は,それが使用者の事業の執行についてされたものであっても,不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し,負担すべきものである。民法715条1項の規定は,損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え,使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず,被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない。また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において,使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが,これは,信義則上,権利の行使が制限されるものにすぎない。
 したがって,被用者は,第三者の被った損害を賠償したとしても,共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き,使用者に対して求償することはできない。
 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 民法715条1項が規定する使用者責任は,使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和30年(オ)第199号同32年4月30日第三小法廷判決・民集11巻4号646頁,最高裁昭和60年(オ)第1145号同63年7月1日第二小法廷判決・民集42巻6号451頁参照)。このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
 また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
 以上によれば,被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。
 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人の本訴請求に関する部分は破棄を免れない。そして,上告人が被上告人に対して求償することができる額について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官菅野博之,同草野耕一の補足意見,裁判官三浦守の補足意見がある。」

 被用者が使用者の事業の執行につき第三者に損害を加えた場合、被用者は、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償義務を負い、使用者も、使用者責任(同法715条1項)に基づく損害賠償債務を負います。

 使用者が賠償した場合については、民法715条3項が「前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。」と規定しており、使用者から被用者に対する求償権があることが前提とされています。他方、被用者が賠償した場合における被用者から使用者に対する求償については、学説上、「逆求償」と呼ばれ、古くからその可否が議論されていました。本判例の事案では、この逆求償の可否が問題となりました(以上につき本判例に関する調査官解説である令和2年度最高裁判所判例解説民事篇41頁)。

 使用者責任の法的性質に関しては、代位責任説が伝統的な通説とされています。この代位責任説からは、不法行為者である被用者が、本来、損害全部を賠償すべきであり、使用者責任は、被用者が無資力である場合もあるため被害者保護の観点から肩代わりする責任を使用者に負わせたものにすぎないのであるから、使用者に負担部分はなく、逆求償は認められないという見解が一般的でした。しかし、現在では、使用者責任は使用者固有の責任であるとの見解に立ち、使用者にも負担部分を認めて逆求償を肯定する見解が有力となっています。使用者責任の法的性質論から演繹的に逆求償の可否が導かれるのかという疑問もあり、民法が使用者責任を規定した趣旨に遡った考察や、使用者と被用者の内部負担割合をどのように規律するのが不法行為法の趣旨に合致するのかという帰納的な考察も踏まえて、逆求償の可否を検討する必要があります(以上につき本判例に関する調査官解説である令和2年度最高裁判所判例解説民事篇41頁から42頁まで参照)。なお、最高裁令和2年7月14日民集74巻4号1305頁・重要判例解説令和2年度行政法7事件(故意による共同加害公務員が連帯して求償債務を負うとされた事例)は、民法715条1項の使用者責任と同じく代位責任と解されている国家賠償法1条1項について、宇賀補足意見が「代位責任説,自己責任説は,解釈論上の道具概念としての意義をほとんど失っている」と述べていますが、この判例については別の記事で取り上げていますので参照してください。

 逆求償の可否を検討するにあたって重要な判例としては、本判例も引用する最高裁昭和51年7月8日民集30巻7号689頁(以下「昭和51年判例」といいます。令和8年度判例六法571頁。民法715条の27個目の判例。)があります。この昭和51年判例は、石油の輸送販売業を営む会社の従業員が重油を満載したタンクローリーを運転中に追突事故を起こし、上記会社が使用者責任に基づき被害者に対して損害を賠償するとともに、タンクローリーの修繕費用等の損害を被ったため、上記会社が上記従業員(被用者)に対して、求償及び損害賠償を求めた事案につき「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」と判示した上で、上記会社が求償及び損害賠償を請求し得る範囲は、信義則上、上記会社が被った損害額の4分の1を限度とすべきとしました(以上につき本判例に関する調査官解説である令和2年度最高裁判所判例解説民事篇43頁から44頁まで)。

 本判決は、逆求償を肯定しましたが、その理由として、①使用者責任の趣旨及び②使用者から被用者に対する求償の場合における結果との整合性という2つの点を挙げています。

 まず、①使用者責任が設けられた趣旨について、「使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである」とします。本判例が引用する最高裁昭和32年4月30日民集11巻4号646頁や最高裁昭和63年7月1日民集42巻6号451頁(令和8年度判例六法571頁。民法715条の30個目の判例。)は、被害者や他の共同不法行為者との関係において使用車が被用者と同じ内容の責任を負 うべきことの理由付けとして使用者責任の趣旨が述べられていました。これに対し、本判例は、使用者責任の趣旨からすれば、使用者は被害者との関係で損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係でも損害の全部又は一部について負担すべき場 合があると解すべきである旨を述べており、報償責任ないし危険責任の考え方を使用者・被用者の内部関係にまで及ぶことを明らかにした点に特徴があります。そして、例えば、第三者に損害を加える危険を伴う業務を被用者に反復継続して行わせる事業を使用者が営んでいる場合を想定すると、そのような危険を伴う事業により使用者が利益を得る一方、その危険が現実化して生じた損害を全て被用者に負担させるというのは公平とはいえません。また、事故を予防するための業務態勢の整備や設備投資を行ったり、そのような対策を講じても発生し得る事故に備えて保険に加入するなどして損失を分散したりすることについては、被用者がこれらを行うことは困難であり、使用者が行うことができるものと考えられる。このような点に鑑みるならば、使用者の事業の執行について第三者に損害が生じた場合において、使用者は、被害者との関係で損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解するのが、損害の公平な分担に資するものといえます。本判決は、このような理解の下、使用者が「損害の全部又は一部について負担 すべき場合があると解すべきである」としたものと考えられます(以上につき本判例に関する調査官解説である令和2年度最高裁判所判例解説民事篇45頁から46頁まで)。

 次に、②使用者から被用者に対する求償の場合における結果との整合性について、昭和51年判例を引用しつつ「使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべき」と述べた上で、上記の場合、すなわち、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でないと述べています。昭和51年判例によれば、使用者が損害賠償債務を履行して求償した場合には被用者に対する求償は制限されることになりますが、被用者が損害賠償債務を履行した場合に逆求償を認めないと、被用者は全責任を負うこととなり、不公平な結論となります。使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行するか、被用者が第三者の被った損害を賠償するかといったことは、被害者が使用者・被用者のいずれに対して損害賠償を求めたなどの事情によって左右されるものであり、 そのような責任とは無関係な事情によって最終的な損害の負担が異なることになるのは合理性があるといえません。また、逆求償を否定すると、使用者としては損害賠償義務を履行せず被用者によって賠償がされるのを待つことにより自らは一切の損害負担を免れることができることとなり、他方、被用者としては自ら弁済すると損害全部の負担を免れないこととなるために被害者に賠償することが困難となるのであって、その結果、被害者は、使用者からも被用者からも速やかに損害賠償を受けることができず、損害の填補という不法行為法の目的に反する事態を招くことにもなりかねません。本判決は、以上のような考慮から、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、最終的な使用者と被用者の損害負担の結果が異なることは相当ではないとして、逆求償を肯定するとともに、逆求償できる額についても、昭和51年判例が挙げたのと同様の基準で決定すべきとしたものと考えられます(以上につき本判例に関する調査官解説である令和2年度最高裁判所判例解説民事篇46頁から48頁まで)。

 本判例は、使用者が被害者に損害賠償した場合において被用者に求償できる額の判断と被用者が被害者に損害賠償した場合において使用者に逆求償できる額の判断として、考慮すべき諸事情に違いがないこととされ、昭和51年判例と整合的な結論になることが示されている点等に重要な意義があります(以上につき本判例に関する調査官解説である令和2年度最高裁判所判例解説民事篇48頁)。