東京地裁令和6年1月25日令和2年(行ウ)第10号・重要判例解説令和6年度憲法7事件(旅券発給拒否取消等請求事件・海外渡航の自由・判例秘書L07930103)

 本裁判例は、旅券法13条1項1号に該当することを理由としてされた外務大臣の一般旅券の発給拒否処分が,外務大臣の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものとして違法であるとされた事例裁判例です。

 本裁判例では、種々の争点がありますが、本記事では、旅券法13条1項1号の法令違憲及び処分の違法性に関する裁量審査に関する部分を引用します。

 ①法令違憲に関する部分

 「海外渡航の自由は、憲法22条2項によって保障される基本的人権である(最高裁昭和29年(オ)第898号同33年9月10日大法廷判決・民集12巻13号1969頁参照)。そして、今日では、海外渡航の自由は、単なる経済的自由にとどまらず、人身の自由ともつながりを持ち、更には、海外における人々との交流をはじめとする様々な体験及び活動や、知識及び情報の獲得、発信等を通じ、個人が自己の人格を発展させるとともに、民主主義社会における意思形成に参画し、これに寄与する契機にもなり、精神的自由の側面をも持つものといえる。
 海外渡航の自由も公共の福祉に基づく合理的な制約に服するものであり、共同社会における公共の利益との間での交錯の多さゆえに社会政策や外交政策からの制約が課されることがやむを得ない場面はあるが、その基本的人権としての性質が先に述べたとおりのものであることからすると、海外渡航の自由へ制約は、合理的で必要やむを得ない限度のものということができない限り、許されないというべきである。」

 旅券法13条1項1号の目的は「国際信義を重んずる」ことにある。具体的には「具体的には、ある者を入国禁止とした国と我が国との二国間の信頼関係を想定」している。「多国間関係から我が国が得られる利益、すなわち、国際的な法秩序維持や国際社会における信頼関係の維持等であると解するのは困難である」「国際化が進展し、国家間の関係が複雑化する現代社会においては、ある国から入国禁止とされた者が当該国又はその関係国に渡航することによって、当該国の利害に影響が生じるおそれがあるか否か、どの程度影響が生じ得るか、それにより当該国と我が国との信頼関係が毀損されるか否か、どの程度毀損され得るか、そのような毀損を許容するか否かといった事項については、当該者による旅券発給申請時より前に予測できるものではなく、かつ、当該時点の国際情勢により変動するものである。以上のような事項を適切に評価し、当該国と我が国との間の二国間の信頼関係が害されるか否かについて判断することは、国際関係に関する専門的な知識と、外交上の機密に属する資料等を有する外務大臣等に、第一次的に委ねるほかない。また、旅券法は、ある国から入国禁止とされた者からの旅券発給申請について外務大臣等が採り得る手段を複数用意している。すなわち、外務大臣等は、時々刻々と変動する国際情勢に応じて、渡航先を全ての地域とする一般旅券を発給するか、渡航先を個別に特定した限定旅券を発給するか、一般旅券の発給を拒否するかの選択を行うことができるのである。そうすると、1号の規定による海外渡航の自由に対する制約は、合理的で必要やむを得ない限度のものというべきである。」

 ②処分の違法性に関する裁量審査に関する部分

 「旅券法13条1項1号は、ある国から入国禁止とされた者の旅券発給申請に対して、外務大臣等が「一般旅券の発給…をしないことができる」とのみ規定しており、その判断に特段の制限を課す文言はない。しかし、このことを根拠として、1号が外務大臣等に広範な裁量を認めたものと解することはできない。……海外渡航の自由は憲法が保障する基本的人権であって、単なる経済的自由にとどまらず、精神的自由の側面も持つものであるところ、外務大臣等による旅券発給拒否処分が海外渡航の自由を全面的に制約するものであることからすると、外務大臣等の旅券発給拒否処分に係る裁量が広範なものであると解するのは相当でない。……旅券法13条1項7号所定の事由に当たるとしてした外務大臣等の旅券発給拒否処分の適否につき裁判所が判断をするに当たっては、その範囲は、単に外務大臣の恣意、その判断の前提とされた事実の認識についての明白な誤り及びその結論に至る推理過程の著しい不合理などの有無に限定されるものではなく、当該処分当時の旅券発給申請者の地位、経歴、人柄、その旅行の目的、渡航先の情勢、外交方針、外務大臣の認定判断の過程、その他これに関する全ての事実をしんしゃくした上で、同号の規定により外務大臣に与えられた権限がその法規の目的に従って適法に行使されたかどうかに及ぶものである(最高裁昭和37年(オ)第752号同44年7月11日第二小法廷判決・民集23巻8号1470頁参照)。……外務大臣等が、ある国から入国禁止とされた者による旅券発給申請に対して1号に基づき旅券発給拒否処分をした場合において、同処分が、その者において渡航したとしても当該国と我が国との二国間の信頼関係が損なわれる蓋然性がない地域への渡航を制約する態様でされたときは、同処分は、外務大臣等が裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとして、違法になるというべきである。」

 「本件旅券発給拒否処分が、原告において渡航したとしてもトルコと我が国との二国間の信頼関係が損なわれる蓋然性のない地域への渡航を制約する態様でされたと認められるかについて検討する。……トルコ及びトルコと地理的に近接する国については、原告が渡航することによって、トルコと我が国との二国間の信頼関係が損なわれる蓋然性がないとはいえないが、トルコ及びトルコと地理的に近接する国を除く地域については、原告が渡航することによって、トルコと我が国との二国間の信頼関係が損なわれる蓋然性はないというべきである。……本件旅券発給拒否処分は、トルコ及びトルコと地理的に近接する国を除く地域に原告が渡航することによって、トルコと我が国との二国間の信頼関係が損なわれる蓋然性がないにもかかわらず、これらの地域への渡航を制約する態様でされたものであるから、外務大臣が裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用してしたものといわざるを得ず、違法である。したがって、本件旅券発給拒否処分は、憲法22条、13条及び自由権規約12条2項に違反するか否かについて検討するまでもなく、取り消されるべきものである。」

 本判例は、海外渡航の自由の根拠を憲法22条2項に求めつつ、その性質を複合的権利ととらえて、審査基準を定立しています。法令違憲については否定し、処分の裁量の範囲を逸脱・濫用したとして本件処分を違法として取消しています。適用違憲については判断していません。

 本判例も引用する最高裁大法廷昭和33年9月10日民集12巻13号1969頁・憲法百選【8版】100事件・帆足計事件は「憲法22条2項の「外国に移住する自由」には外国へ一時旅行する自由をも含む」としていました。

 海外渡航の自由は、本裁判例も指摘するように、「海外渡航の自由は、単なる経済的自由にとどまらず、人身の自由ともつながりを持ち、更には、海外における人々との交流をはじめとする様々な体験及び活動や、知識及び情報の獲得、発信等を通じ、個人が自己の人格を発展させるとともに、民主主義社会における意思形成に参画し、これに寄与する契機にもなり、精神的自由の側面をも持つ」とされます。

 本裁判例は、海外渡航の自由の複合的性質について、下級審ではあるものの明確に示した点が参考となると思われます。