最高裁令和6年6月24日民集78巻3号335頁・重要判例解説令和6年度行政法1事件(賃料減額等請求事件・公社住宅の使用関係と借地借家法32条1項)

 本判例は、地方住宅供給公社が賃貸する住宅の使用関係について、借地借家法32条1項の適用があるかが問題となりました。

 判例を引用します。

 https://www.courts.go.jp/hanrei/93108/detail2/index.html

 「上告代理人石畑晶彦、同小笠原憲介の上告受理申立て理由について
 1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 (1)被上告人は、地方住宅供給公社法(以下「公社法」という。)にいう地方住宅供給公社(以下「地方公社」という。)であり、神奈川県内において、多数の住宅を賃貸している。上告人らは、それぞれ、被上告人から第1審判決別紙物件目録記載の一棟の建物の一室を賃借する者である。
 (2) 被上告人は、平成16年4月から平成30年4月までの間、おおむね3年ごとに、上告人らに対し、前記の各室の家賃を改定する旨を通知した(以下、これらの改定を総称して「本件各家賃改定」という。)。その結果、月額3万9530円ないし5万6350円であった家賃は、最終的に月額6万1950円ないし8万6910円になるものとされた。
 2 本件の主位的請求は、上告人らが、被上告人に対し、本件各家賃改定による家賃の変更のうち適正賃料を超える部分は効力を生じないなどと主張して、家賃の額の確認を求めるとともに、変更後の家賃を支払ってきたことを理由に不当利得返還請求権に基づいて過払家賃の返還等を求めるものである。
 3 原審は、地方公社は、公社法24条の委任を受けた地方住宅供給公社法施行規則(以下「公社規則」という。)16条2項に基づき、その賃貸する住宅(以下「公社住宅」という。)の家賃を変更することができ、同項は、借地借家法32条1項に対する特別の定めに当たるから、公社住宅の使用関係について、同項の適用はない旨判断した上、本件各家賃改定による家賃の変更は、公社規則16条2項に基づく有効なものであるとして、上告人らの主位的請求を棄却すべきものとした。
 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 地方公社は、住宅の不足の著しい地域において、住宅を必要とする勤労者に居住環境の良好な集団住宅を供給し、もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することなどを目的とする法人であり(公社法1条、2条)、その目的を達成するため、住宅の賃貸を含む所定の業務を行うことができるものとされている(公社法21条1項、3項)。地方公社の上記業務として賃借人との間に設定される公社住宅の使用関係は、私法上の賃貸借関係であり、法令に特別の定めがない限り、借地借家法の適用があるというべきである。
 そこで、公社住宅の使用関係について借地借家法32条1項に対する特別の定めがあるかをみるに、公社法は、地方公社において住宅の賃貸等に関する業務を行うには、住宅を必要とする勤労者の適正な利用が確保され、かつ、家賃が適正なものとなるように努めなければならないことなどを規定した上(22条)、上記業務を行うときの基準について、「他の法令により特に定められた基準がある場合においてその基準に従うほか、国土交通省令で定める基準に従つて行なわなければならない。」と規定する(24条)。そして、公社規則16条2項は、公社法24条の委任を受けて、「地方公社は、賃貸住宅の家賃を変更しようとする場合においては、近傍同種の住宅の家賃、変更前の家賃、経済事情の変動等を総合的に勘案して定めるものとする。この場合において、変更後の家賃は、近傍同種の住宅の家賃を上回らないように定めるものとする。」と定める。
 公社法の上記各規定の文言に加え、地方公社の上記目的に照らせば、公社法24条の趣旨は、地方公社の公共的な性格に鑑み、地方公社が住宅の賃貸等に関する業務を行う上での規律として、他の法令に特に定められた基準に加え、補完的、加重的な基準に従うべきものとし、これが業務の内容に応じた専門的、技術的事項にわたることから、その内容を国土交通省令に委ねることにあると解される。そうすると、当該省令において、公社住宅の使用関係について、私法上の権利義務関係の変動を規律する借地借家法32条1項の適用を排除し、地方公社に対し、同項所定の賃料増減請求権とは別の家賃の変更に係る形成権を付与する旨の定めをすることが、公社法24条の委任の範囲に含まれるとは解されない。また、公社規則16条2項の上記文言からしても、同項は、地方公社が公社住宅の家賃を変更し得る場合において、他の法令による基準のほかに従うべき補完的、加重的な基準を示したものにすぎず、公社住宅の家賃について借地借家法32条1項の適用を排除し、地方公社に対して上記形成権を付与した規定ではないというべきである。このほかに、公社住宅の家賃について借地借家法32条1項の適用が排除されると解すべき法令上の根拠はない。
 以上によれば、

公社住宅の使用関係については、借地借家法32条1項の適用があると解するのが相当である。

 5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。」

 本件は、公社住宅の家賃を合意によらずに値上げする根拠が問題とされた事案です。民法の原則によれば、契約の要素たる家賃を合意に基づかずに変更することはできず、借地借家法32条1項の借賃増減請求の規定が、建物の賃貸借契約に限った例外を定めています。したがって、公社住宅の使用関係は私法上の賃貸借関係であり、他に特別の定めがないとすれば、公社住宅の家賃についても、借地借家法32条1項の要件を満たす場合に限り、合意によらない値上げが許されることになります。Y(被告・被控訴人・被上告人)は、公社住宅の使用関係が私法上の賃貸借関係であることを前提としながら、その特別の定めがあるとし、地方公社はその特別の定めにより任意に公社住宅の家賃を値上げできると主張しました。本判例は、そのYの主張を否定しました(以上につき、本判例に関する調査官解説である法曹時報77巻9号2532頁参照)。

 公営住宅の使用関係については、最高裁昭和59年12月13日民集38巻12号1411頁・基本行政法判例演習【1版】34頁(以下「昭和59年判例」といいます。)は、「公営住宅法およひ都営住宅条例の規定によれば、公営住宅の使用関係には、公の営造物の利用関係として公法的な一面があることは否定しえないが、他方、入届者が使用許可を受けて公営住宅の使用関係が設定された後は、事業主体と入居者との間の法律関係は、基本的には私人間の家屋賃貸借関係と異ならない。したかって、公営住定の使用関係には法および条例に特別の定めがない限り、原則として一般法である民法および借家法(※現在は借地借家法。執筆者注。)が適用され、その契約関係には信頼関係法理が適用される。」としていました。「本判決は、公社法1条の目的規定を引用した上、それが私法上の賃貸借関係と言い切っており、昭和59年判例(※執筆者が判例の年月日を簡略化。)では、低額所得者に低廉な家賃で健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を提供することを目的とする公営住宅の使用関係について、「基本的」には私法上の賃貸借関係であるとしていたこととの対比が意識されていることを読み込み得る」「これが私法上の賃貸借関係でないとすれば、たとえば、公法上の管理関係などと解することになろう……なお、この問題は、私法と公法との峻別を前提に、特に公営住宅に関し活発に議論されていたという歴史的な経緯がある」との指摘があります(本判例の調査官解説である法曹時報77巻9号2533頁、同2544頁から2545頁までの注14)。いわゆる公法私法二元論は採用しないことを当然の前提としつつ、そのことをより明らかにしたものと見ることもできるかと思われます。

 公法私法二元論に対しては、公法と私法との区別を当然の前提とし、明確な法律の根拠なく、ある法律関係が性質上公法関係に属することを理由に私法の適用を排除するのはおかしいとして学説から批判を受けており、現在では判例は公法私法二元論は採用していません(「基本行政法」〔第4版〕29頁)。「基本行政法」〔第4版〕29頁には、「関連する判例として、自作農創設特別措置法に基づく農地買収処分について民法177条の適用を否定した最大判昭和28年2 月18 日民集7巻2 号157頁、租税滞納処分により国が土地を差し押さえた事例につき民法177条の適用を肯定した最判昭和35年3 月31日民集14巻4号663頁(基判35頁、百選I9) 、国の安全配慮義務違反を理由とする、被害者の国に対する損害賠償請求権について、消滅時効期間を会計法30条所定の5年と解すべきではなく、民法167条1項(平成29年改正前)により10年と解すべきであるとした最判昭和50年2月25民集29巻2号143頁(基判41頁、百選I22) 等がある。これらの判例については、必ずしも公法私法二元論を前提とするものではなく、それぞれの法的仕組みの趣旨を解釈したものと理解することが可能であるとの指摘がなされている(塩野・行政法I30頁以下)。」とあります。

 公営住宅の使用関係が私法上の賃貸借関係である以上、その家賃の額を変更する形成権の定めは、私人間の権利義務に関わるものとして、法律時効ということになります(本判例の調査官解説である法曹時報77巻9号2534頁)。すなわち、公法私法二元論に立たない以上、法律の定めが必要ということになります。本件では、被告であるYは公社法により定められた公社規則が形成権の根拠になるとしていましたが、仮に公社規則の当該規定がYの主張する趣旨の規定であったとしても、そのような形成権の定めをすることが省令に委任されていなければ、それは違法無効な規定ということになります。

 本判例は、「地方公社の上記業務として賃借人との間に設定される公社住宅の使用関係は、私法上の賃貸借関係であり、法令に特別の定めがない限り、借地借家法の適用があるというべきである」としたうえで、借地借家法の適用を排除する趣旨の「特別の定め」が「法令」にあるか否かについて、地方住宅供給公社法(以下「公社法」といいます。)等の仕組み解釈をしました。すなわち、公社法に上記の形成権の定めを委任した規定はないことを公社法24条を同法1条や22条等を参照しつつ解釈し、公社法24条は借地借家法32条1項の適用を排除し、入居者との間の私法上の権利義務関係に係る新たな規律を設けることを委任したものではないとし、公社法には借地借家法の適用を排除する「特別の定め」はないとし、本件には借地借家法が適用されるとしました(本判例の調査官解説である法曹時報77巻9号2534頁から2535頁まで参照)。なお、法律による委任の範囲については、最高裁は、①授権規定の文理、②委任の趣旨、③受験法律の趣旨、目的及び仕組みとの整合性、④委任命令が制限する権利利益の性質などを総合考慮し、必要に応じて授権規定の立法過程における議論等も検討の対象にしているなどと整理されています(本判例の調査官解説である法曹時報77巻9号2535頁参照。)。判例としては、最高裁平成25年1月11日民集67巻1号1頁・基本行政法判例演習【1版】104頁以下・医薬品ネット販売事件があります。

 本判例は、法の委任がないと解した上で、公社規則についても判断しています。公社法24条の意義について、借地借家法32条1項の適用を排除し、入居者との間の私法上の権利義務関係に係る新たな規律を設けることを委任したものではないとした以上、公社規則の意義の解釈に立ち入らなくても、結論を導けますが、本判例は公社規則についても判断をしています。「この判示部分は、施行規則16条2項を授権法と整合的に解釈した場合の当然の帰結を示したもの」との指摘があります(重要判例解説令和6年度行政法1事件解説2参照)。