大阪高裁令和6年1月24日令和5年(ネ)第1445号・重要判例解説令和6年度憲法6事件(損害賠償請求控訴事件・判例秘書L07920648・法廷警察権と表現の自由等)
本裁判例は、ブリーリボンバッジ(以下「本件バッジ」といいます。)を法廷内で着用していたところ、裁判長が本件バッジを取り外すように要請し、それに従わなければ法廷への入廷を認めないという措置(以下「本件措置」といいます。)をしたことが表現の自由を侵害するとして国家賠償法に基づき損害賠償請求がされた事件です。
裁判例を一部引用します。
「法廷警察権は、法廷における訴訟の運営に対する傍聴人等の妨害を抑制、排除し、適正かつ迅速な裁判の実現という憲法上の要請を満たすために裁判長に付与された権限である。しかも、裁判所の職務の執行を妨げたり、法廷の秩序を乱したりする行為は、裁判の各場面においてさまざまな形で現れ得るものであり、法廷警察権は、各場面において、その都度、これに即応して適切に行使されなければならないことに鑑みれば、その行使は、当該法廷の状況等を最も的確に把握し得る立場にあり、かつ、訴訟の進行に全責任を持つ裁判長の広範な裁量に委ねられて然るべきものというべきであるから、その行使の要否、執るべき措置についての裁判長の判断は、最大限に尊重されなければならない。したがって、法廷警察権に基づく裁判長の措置は、それが法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱し、又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事情のない限り、国家賠償法1条1項の規定にいう違法な公権力の行使ということはできないものと解するのが相当である(以上について最高裁平成元年3月8日大法廷判決・民集43巻2号89頁参照)。そして、法廷警察権の上記趣旨に鑑みれば、裁判長は、開廷前であっても、法廷の秩序を維持するために必要な措置を執ることができ、たとえば傍聴人に対して、あらかじめ一般的に一定の措置を執ることも許される。」
「別件訴訟をめぐる双方の主義主張の対立は期日を重ねるごとにより激しくなる様相を呈していたものであるから、本件バッジの着用をそのまま許せば、別件原告及び別件被告らの各支援者の間でさらなるいさかいが生じ、傍聴券の発行手続や訴訟関係者及び傍聴人の入廷等が円滑に行われず、ひいては別件訴訟の審理運営に遅滞をもたらずばかりでなく、上記いさかいが法廷内に持ち込まれることにより当該法廷が紛糾するなどの支障を来して、法廷の秩序を維持できなくなる可能性があったと認められる。本件要請は、このような個別の事案における具体的な事情を踏まえ、裁判所ないし裁判の中立性、公平性を保ちつつ、上記支障が生じるのを防止して法廷の秩序を維持するとの観点から、メッセージ性のあるバッジを一律に対象としてなされたものということができる。
この点に関し、控訴人らは、本件要請により控訴人らの表現の自由が侵害された旨を主張する。しかし、法廷は、事件を審理、裁判する場であり、そこにおいて最も尊重されなければならないのは、適正かつ迅速な裁判を実現することであるところ(前記最高裁平成元年3月8日大法廷判決参照)、訴訟関係者や傍聴人がバッジの着用等により表現行為をすることは予定されていないし、またそのために法廷における円滑な訴訟の運営が妨げられる可能性がある場合にまで何らの制約も受けないということはできないから、控訴人らの主張は採用できない。」
「裁判所ないし裁判の中立性、公平性を保ちつつ、訴訟運営上、上記支障が生じるのを防止して法廷の秩序を維持するとの観点から、メッセージ性のあるバッジを一律に対象として、本件バッジを含みこれらバッジを着用した者に対して取り外すよう要請し、これを取り外さない限り入廷を認めないとした措置(本件要請等)を執ったことは、拉致対処法2条1項に関する控訴人らの主張を斟酌したとしても、なお法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱し、又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事情はないというべきであるから、これをもって国家賠償法1条1項の規定にいう違法な公権力の行使ということはできない。」
本裁判例が引用する最高裁大法廷平成元年3月8日民集43巻2号89頁・レペタ事件・憲法百選Ⅰ【8版】69事件は、「法廷を主宰する裁判長(開廷をした1人の裁判官を含む。以下同じ。)には、裁判所の職務の執行を妨げ、又は不当な行状をする者に対して、法廷の秩序を維持するため相当な処分をする権限が付与されている(裁判所法71条、刑訴法288条2項)。右の法廷警察権は、法廷における訴訟の運営に対する傍聴人等の妨害を抑制、排除し、適正かつ迅速な裁判の実現という憲法上の要請を満たすために裁判長に付与された権限である。しかも、裁判所の職務の執行を妨げたり、法廷の秩序を乱したりする行為は、裁判の各場面においてさまざまな形で現れ得るものであり、法廷警察権は、右の各場面において、その都度、これに即応して適切に行使されなければならないことにかんがみれば、その行使は、当該法廷の状況等を最も的確に把握し得る立場にあり、かつ、訴訟の進行に全責任をもつ裁判長の広範な裁量に委ねられて然るべきものというべきであるから、その行使の要否、執るべき措置についての裁判長の判断は、最大限に尊重されなければならないのである。」としていました。本裁判例は、レペタ事件の規範にあてはめて、裁判長が傍聴人に本件措置を執ったことは国家賠償法1条1項の違法性はないとした原審を是認し、控訴を棄却しました。
本裁判例は、法定警察権に関してのあてはめ裁判例です。レペタ事件の規範へのあてはめの仕方として参考になると思われます。
本件は表現の自由も主張しています。すなわち、本件バッジは北朝鮮によって拉致された日本人の救出を求める国民運動の象徴として制作されたものであり、本件バッジの着用は表現活動の一つとして重要な意義を有するから本件要請や本件措置は表現の自由を侵害すると原告・控訴人は主張しました。
この点に関し、本裁判例に関する重要判例解説令和6年度憲法6事件解説3は以下のように指摘しています。
「Xらは表現の自由を主張している。この点, レペ夕判決は,表現の自由によって法廷警察権を限界づけた。すなわち,憲法21 条から「筆記行為の自由」を導いたうえで,メモを取る行為は「傍聴人の自由に任せるべきであり,それが憲法21 条1 項の規定の精神に合致する」と述べた。
しかし, レペタ判決が取り上げた表現の自由は,表現の受け手の自由であることに注意する必要がある。「筆記行為の自由」は,「さまざまな意見,知識情報に接し,これを摂取することを補助するもの」という位置づけである。筆記行為を表現の送り手の準備行為と捉えるとしても,準備している表現は法廷外でのものであるだろう。これに対して,本件で問題になったのは,「メッセージ性のある」バッジの法廷内での着用,すなわち,法廷内における表現の送り手の自由である。本件はレペタ判決とは区別すべきではないだろうか。法廷内における表現の送り手の自由を傍聴人について考える場合,送る相手は誰か。この点を考えると,傍聴人の送り手としての表現の自由が法廷警察権に対して課す制限は,小さいように思われる。まず,法廷において裁判官に向けた表現の自由が傍聴人に保障されていないのは当然のことだろう。法廷で傍聴人が裁判官に働きかけることは,裁判の仕組みに反する。次に,当事者など訴訟関係人に向けた表現の自由も,憲法上保障されているとはいえないように思われる。当事者を萎縮させるような表現は裁判を受ける権利を危うくするし(参照,刑訴規202条),当事者への連帯を示すような表現も憲法上その自由が保障されているとはいえないだろう。傍聴席は,野球場の応援席ともコンサートの客席とも異なる。「ファンの応援が力になりました」というような関係が傍聴人と当事者との間に想定されているとはいえない。さらに,他の傍聴人に向けた表現も憲法上保障されてはいないだろう。レペタ判決が述べたように,「傍聴人は,裁判官及び訴訟関係人と異なり,その活動を見聞する者であって,裁判に関与して何らかの積極的な活動をすることを予定されている者ではない」。結局,表現の送り手としての傍聴人の自由による法廷警察権の制限は,裁判長が一方当事者側の表現のみ認めることは許されないというような観点規制禁止的意味に限られるのではないだろうか。」

