最高裁令和5年12月15日民集77巻9号2285頁・憲法百選Ⅱ【8版】132事件(年金減額改定決定取消、年金減額改定決定取消等請求事件・公的年金給付の減額決定と憲法25条、29条)

 公的年金では、昭和48年(1973年)に、前年度における年金平均の全国消費者物価指数(物価指数)と前々年度の物価指数とを比較し、その変動の比率を基準に年金額を改定する制度が導入されました(物価スライド制。物価指数はその後年平均単位での変動比率を基準とすることとされました。)。平成12年度(2000年)~平成14年度(2002年)の年金額については、上記の制度のもとでは減額改定がされる基準に達したが、当時の厳しい社会経済情勢等に鑑み、特例法が制定された。この特例法は不合理であるとし、平成24年に改正法が制定された。本件は、この平成24年改正法に基づき、特例法で据え置かれた水準(特例水準)から本来の水準(本来水準)との差(2.5%)の引き下げを政府が行ったことに関する判例です。

 法廷意見のみ判例を引用します。

 https://www.courts.go.jp/hanrei/92584/detail2/index.html

 「上告代理人佐伯雄三ほかの上告理由について
 1 本件は、国民年金法上の老齢基礎年金及び厚生年金保険法上の老齢厚生年金
(以下、併せて「老齢年金」という。)の一方又は双方の受給権者である上告人らが、厚生労働大臣から、各自の老齢年金の額を改定する旨の処分を受けたことから、被上告人を相手に、その取消し等を求める事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 (1)老齢年金制度においては昭和48年から、前年度又は前年において年度平均又は年平均の全国消費者物価指数(以下、単に「物価指数」という。)が前々年度又は前々年から変動した場合、その比率等を基準として年金額を改定する仕組みが導入されていた(以下、上記の改定に係る制度を「物価スライド制」という。)。
 もっとも、平成12年度から平成14年度までの各年金額については、平成12年度における国民年金法による年金の額等の改定の特例に関する法律、平成13年度における国民年金法による年金の額等の改定の特例に関する法律及び平成14年度における国民年金法による年金の額等の改定の特例に関する法律(以下、併せて「物価スライド特例法」という。)がそれぞれ制定され、物価スライド制の下での減額改定は行われず、平成11年度の額に据え置かれた(以下、物価スライド特例法が適用されなかったと仮定した場合の本来の年金額の水準を「本来水準」といい、上記の据置きを契機として生じた、本来水準よりも高い、実際に支給される年金額の水準を「特例水準」という。)。この結果、平成14年度においては、特例水準と本来水準との間でおおむね1.7%のかい離が生ずることとなった。
 また、平成15年度及び平成16年度の各年金額についても、物価指数の下落を踏まえて年金額の改定に係る特例法がそれぞれ制定され、給付額が減額されたものの、上記かい離は維持された。
 (2)このような中で、国民年金法等の一部を改正する法律(平成16年法律第104号。以下「平成16年改正法」という。)が制定され、物価スライド制が廃止されるとともに、老齢年金の保険料水準を将来的に固定することとした上で、物価や賃金の変動を基準として年金額を改定することとした。そして、国民年金事業及び厚生年金保険事業の財政の均衡(保険料及び国庫負担の額並びに給付に要する費用の額等を踏まえた収支の均衡)を保つことができないと見込まれるなどの所定の条件の下で、上記の改定に際して公的年金被保険者等総数の変動率と平均余命の伸び率を勘案して年金額を定める制度(以下「マクロ経済スライド制」という。)が導入された(平成16年改正法による改正後の国民年金法16条の2、27条の4及び27条の5並びに厚生年金保険法34条、43条の4及び43条の5)。
 また、平成16年改正法においては、特例水準を直ちに解消することとはされず、同法の施行後に物価指数が上昇しても特例水準による年金額を増額改定しないこととした上、上記施行後の物価や賃金の上昇により本来水準(同法による改正後は、同法の規定による年金額の水準を指す。以下同じ。)による年金額が上昇して特例水準による年金額を上回ることによって特例水準を解消することとされた。そして、特例水準による年金額の給付を受ける年金受給権者については、マクロ経済スライド制を適用しないこととされ、特例水準が解消された時点で同制度を適用することとされた。
 (3)しかし、平成16年改正法の施行後も物価指数の下落が生ずるなどした結果、特例水準は解消されず、かえって平成23年度には、特例水準が本来水準をおおむね2.5%上回る状況となっていた。加えて、政府が平成22年3月頃に公表した国民年金事業及び厚生年金保険事業の財政の現況及び見通し(国民年金法4条の3第1項、厚生年金保険法2条の4第1項)に関するレポートにおいては、我が国の少子高齢化が平成16年改正法の制定時に想定されていたよりも急速に進展する見込みとなったこと、また、国民年金及び厚生年金の各収支における赤字が増大する傾向にあることが示されていた。
 このような状況を踏まえ、国民年金法等の一部を改正する法律等の一部を改正する法律(平成24年法律第99号。以下「平成24年改正法」という。)が制定された。同法においては、平成25年度又は平成26年度に物価や賃金が上昇しない場合であっても、特例水準を平成27年度の開始時点までに3年度にわたって段階的に解消することとした(1条)。
 3 上告理由のうち憲法25条及び29条違反をいう部分について
 (1)所論は、平成24年改正法1条の規定のうち、国民年金法による年金たる給付等の額の計算に関する経過措置、平成25年度及び平成26年度における国民年金法による年金たる給付等の額の計算に関する経過措置の特例並びに平成25年度における厚生年金保険法による年金たる保険給付の額の計算に関する経過措置の特例について定める部分(以下「本件部分」という。)が憲法25条及び29条に違反する旨をいうものと解される。
 (2)前記事実関係等によれば、平成24年改正法1条は特例水準を3年度にわたって段階的に解消するものであるところ、特例水準は、それが生じた経緯に照らし、当初から、将来的に解消されることが予定されていたものといえる。このような特例水準による年金額の給付を維持することは、賦課方式(現在の年金受給権者に対して支給される年金給付の財源を、主に現役世代が負担する保険料によって賄う方式)を基本とする制度の下で現役世代に本来の負担を超える負担を強いることとなり、また、現役世代が年金の給付を受けるようになった際の財源を圧迫することにもつながるものと考えられる。そして、平成24年改正法の制定時には、今後、我が国の少子高齢化の進展に伴い、現役世代の保険料や税の負担能力が更に減少する一方で、支給すべき老齢年金の総額が更に増加することが合理的に予測されていたものである。
 これらの点に加え、特例水準の解消が、我が国における少子高齢化の進展が見込まれる中で、世代間の公平に配慮しながら前記の財政の均衡を図りつつ年金制度を存続させていくための制度として合理性を有するものとして構築されたマクロ経済スライド制の適用の実現につながるものであることをも踏まえれば、特例水準によって給付の一時的な増額を受けた者について一律に特例水準を解消することは、賦課方式を基本とする我が国の年金制度における世代間の公平を図り、年金制度に対する信頼の低下を防止し、また、年金の財政的基盤の悪化を防ぎ、もって年金制度の持続可能性を確保するとの観点から不合理なものとはいえない。
 以上によれば、立法府において上記のような措置をとったことが、著しく合理性を欠き、明らかに裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるということはできず、年金受給権に対する不合理な制約であるともいえない。
 (3)したがって、本件部分は憲法25条、29条に違反するものとはいえない。
 以上は、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁、最高裁昭和48年(行ツ)第24号同53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁及び最高裁平成12年(オ)第1965号、同年(受)第1703号同14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁)の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
 4 上告理由のうち憲法98条2項違反をいう部分について論旨は、憲法98条2項違反をいうが、その実質は単なる法令違反を主張するものであって、民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官三浦守、同尾島明の各補足意見がある。」

 本件は、特例水準の解消、すなわち、本来水準への引き下げが憲法25条、29条に反しないとした判例です。

 本判例は、最高裁大法廷昭和57年7月7日民集36巻7号1235頁・憲法百選Ⅱ【8版】128事件・堀木訴訟、最高裁大法廷昭和53年7月12日民集32巻5号946頁・憲法百選Ⅰ95事件、最高裁大法廷平成14年2月13日民集56巻2号331頁・憲法百選Ⅰ【8版】92事件・証券取引法事件を引用し、憲法25条、29条に違反しないことは明らかであるとしています。

 特例水準の維持は、年金制度からすると逸脱でもあり、その解消は、制度の持続可能性という観点から必要性・合理性が肯定されるものといえるとの評価がされています(憲法百選Ⅱ【8版】132事件解説4参照)。