最高裁令和8年2月20日令和6(行ヒ)362(保有個人情報不開示決定処分取消請求事件・個人情報保護法に関する判例)
本判例は、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(令和3年法律第37号による廃止前のもの)12条1項に基づく開示請求をした者の亡母が刑務所において同室者から受けたいじめに関する事案を調査した記録に記録されている情報が開示請求者を本人とする保有個人情報に当たらないとされた事例判断です。
判例を引用します。
https://www.courts.go.jp/hanrei/95570/detail2/index.html
「上告代理人森真子、同杉山佐枝子、同元永佐緒里の上告受理申立て理由について
1 本件は、上告人が、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(令和3年法律第37号による廃止前のもの。以下「法」という。)12条1項に基づき、処分行政庁に対し、上告人の死亡した母(以下「亡母」という。)が収容されていた刑務所(以下「本件刑務所」という。)において同室者から受けたいじめに関する事案を調査した記録(以下「本件調査記録」という。)に記録されている情報(以下「本件情報」という。)等の開示を請求したところ、その全部を開示しない旨の決定(以下「本件決定」という。)を受けたため、被上告人を相手に、その取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
⑴ 法12条1項は、何人も、法の定めるところにより、行政機関の長に対し、当該行政機関の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる旨を規定する。保有個人情報とは、行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した個人情報であって、当該行政機関の職員が組織的に利用するものとして、当該行政機関が保有しているもののうち、行政文書に記録されているものをいい(法2条5項)、個人情報とは、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は個人識別符号が含まれるものをいう(同条2項)。また、個人情報について「本人」とは、個人情報によって識別される特定の個人をいう(同条7項)。
法45条1項は、刑の執行に係る保有個人情報(当該執行を受けた者に係るものに限る。)については、法12条1項を含む法第4章の規定を適用しない旨を規定する。
⑵ 亡母は、平成30年5月、懲役受刑者として本件刑務所に収容され、平成31年4月、刑の執行停止により釈放された後、令和元年12月に死亡した。亡母は、その収容中、上告人との面会において、同室者からいじめられている旨を述べるなどしていた。
⑶ 上告人が、令和2年8月、法12条1項に基づき、本件情報等の開示を請求したところ、法務大臣から権限又は事務の委任を受けた処分行政庁は、同年9月、本件情報は、生存する個人に関する情報ではなく、また、上告人を本人とする保有個人情報に当たらないとして、本件情報の全部を開示しないなどとする本件決定をした。
3 原審は、上記事実関係等の下において、亡母が、同室者から受けたいじめに関し、同室者又は被上告人に対する損害賠償請求権を有していた場合には上告人がこれを相続するところ、本件調査記録は上記請求権の存否を判断するための最も重要な証拠の一つであるから、本件情報は上記請求権の存否に密接な関連を有する情報として、上告人を本人とする保有個人情報に当たるとした上で、刑の執行に係る保有個人情報が開示されれば、刑の執行を受けた者が生存するか否かにかかわらず、そのプライバシー権や名誉権が著しく侵害されるおそれがあることなどから、本件情報は法45条1項所定の保有個人情報に当たるとして、本件決定のうち本件情報を開示しないものとした部分に係る上告人の請求を棄却した。所論は、本件情報が同項所定の保有個人情報に当たるとした原審の判断には、同項の解釈適用の誤りがあるというものである。
4 法は、生存する個人に関する情報であって、所定の要件に該当するものを「個人情報」と定義した上で(2条2項)、個人情報のうち、刑の執行に係る保有個人情報については、当該執行を受けた者に係るものに限り、第4章の規定を適用しないこととして開示請求等の対象から除外している(45条1項)。
亡母は生存する個人ではなく、本件情報が亡母に関するものとして法45条1項所定の保有個人情報に当たるものということはできず、また、上告人は刑の執行を受けた者ではなく、本件情報が上告人に係るものとして同項所定の保有個人情報に当たるとみる余地もない。したがって、本件情報が同項所定の保有個人情報に当たるとした原審の判断には、同項の解釈適用を誤った違法がある。
5 もっとも、法12条1項に基づく開示請求が認められるためには、開示請求に係る保有個人情報が開示請求者を本人とするものであることを要する。そして、本件情報が開示請求者である上告人を本人とする保有個人情報に当たるか否かを判断するに当たっては、本件情報が、上告人に関する情報であって、これに含まれる記述等により上告人を識別することができるものであるか否かを検討する必要がある(法2条2項)。
そこで検討すると、亡母の同室者又は被上告人に対する損害賠償請求権は、上告人がその発生の可能性を主張しているにとどまるものであって、上告人がこれを有しているとはいえない。そうである以上、本件調査記録に記録された亡母に関する情報は、上告人が有する損害賠償請求権に関する情報であるということはできず、上告人に関する情報であるとはいえないし、本件調査記録に記録された亡母に関する情報をもって上告人を識別することができるということもできない。このことは、本件調査記録が上記請求権の存否に関する重要な証拠であるか否かや、本件情報が上記請求権の存否に密接に関連する情報であるか否かによって、左右されるものではない。
そして、他に、本件調査記録に、上告人に関する情報であって、氏名、生年月日その他の記述等により上告人を識別することができるものが記録されていることをうかがわせる事情も見当たらない。
したがって、本件情報は、上告人を本人とする保有個人情報に当たらないというべきである。
6 以上によれば、本件決定のうち本件情報を開示しないものとした部分は適法であるから、同部分に係る上告人の請求を棄却した原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、結論に影響を及ぼさない事項についての違法をいうものにすぎず、採用することができない。よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官林道晴、同石兼公博の補足意見がある。
裁判官林道晴、同石兼公博の補足意見は、次のとおりである。
1 本件では、死者に関する情報が生存する個人を本人とする保有個人情報に当たるか否かが問題となっている。これまでの下級審裁判例には、開示請求の対象とされた情報が、開示請求者が主張する死者の損害賠償請求権の存否に密接に関連する情報である場合には、開示請求者を本人とする保有個人情報に当たる旨をいうものが見られた。しかしながら、開示請求者が上記請求権の発生を主張しているにとどまり、開示請求者が上記請求権を有していると認められない場合には、仮に開示請求の対象とされた情報が上記請求権の存否の判断に資するとしても、当該情報は開示請求者が有する損害賠償請求権に関する情報であるということはできず、また、上記請求権の存否に密接に関連する情報をもって直ちに開示請求者を識別することができるということもできない。開示請求者が上記請求権の行使を目的とする訴えを提起するに当たって証拠を収集する必要があるのであれば、訴えの提起前における証拠収集の処分や証拠保全の申立て等によってその必要性が満たされることもあり得るのであり、現に本件では、上告人が申し立てた証拠保全の手続において、本件調査記録について検証が行われたことが記録上うかがわれる。死者に関する情報が生存する個人を本人とする保有個人情報に当たるか否かについては、法廷意見が判示するとおり、法の規定に従って検討することが肝要であり、法の規定を離れて、開示請求者が主張する死者の損害賠償請求権の存否に関する重要な証拠であるか否かやこれに密接に関連する情報であるか否かを基準に判断するのは相当でない。
2 同時に、法廷意見は、飽くまでこの問題に関する事例の一つについての判断を示したものであることには留意を要する。
例えば、情報公開・個人情報保護審査会の答申は、業務災害に関する保険給付を請求した労働者が死亡した場合において、その遺族である開示請求者が未支給の保険給付の支給を請求し、支給決定を受けているときは、当該労働者がした保険給付の請求に関して作成された調査結果復命書に開示請求者の氏名等が記載されていなくても、当該調査結果復命書に記載された情報が開示請求者を本人とする保有個人情報に当たるとの判断を示してきた。これは、開示請求者自身が労働基準監督署長から支給決定を受けて未支給の保険給付に係る請求権を取得しているため、当該調査結果復命書に記載された情報が開示請求者に関する情報であるとともに、開示請求者を識別することができる情報にも当たるといえることによるものと整理することができよう。
同様に、答申は、開示請求者が相続税に係る更正処分を受けた場合において、相続財産に関する調査関係書類に開示請求者の氏名等が記載されていなくても、当該調査関係書類に記載された情報が開示請求者を本人とする保有個人情報に当たるとの判断を示してきた。相続税に関する調査が相続人に対する課税を検討するために行われることからすれば、当該調査関係書類は開示請求者を含む相続人に関する情報を記載したものということができ、また、税務署長が開示請求者を相続税の納税義務者と特定して更正処分を行っている以上、開示請求者を識別することができるということにも支障がないであろう。
死者に関する情報が生存する個人を本人とする保有個人情報にも当たるか否かが、開示請求の対象とされた情報の内容等、個々の事実関係に応じて判断されるべきことは当然であり、法廷意見は上記各答申が対象とするような事案について論ずるものではない。
3 また、医療や介護の分野では、死者に関する情報が遺族を本人とする個人情報に当たるか否かにかかわらず、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(平成29年4月14日個人情報保護委員会・厚生労働省)等において、遺族に対して遅滞なく診療情報を提供するものとされている。他にも、個人情報保護法制とは別に、個別の法律において、遺族に対する死者に関する情報の提供について規定する例が見られるほか(警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律10条1項、医療法6条の11第5項等)、地方公共団体の個人情報制度について全国的な共通ルールを規定するなどした令和3年法律第37号の施行後、地方公共団体が、個人情報保護とは異なる観点から、条例等において死者に関する情報の取扱いを定める例も見られる。
死者に関する情報に係る以上のような取扱いは、個人情報保護法制の枠組みの外の問題であり、法廷意見はその当否について論ずるものでないことも付言しておきたい。」
個人情報保護法に関する判例として先例的意義を有するものと考えられます。補足意見も付されており、「死者に関する情報が生存する個人を本人とする保有個人情報にも当たるか否かが、開示請求の対象とされた情報の内容等、個々の事実関係に応じて判断されるべき」としている点等が注目されます。

