最高裁大法廷令和6年7月3日最高裁判所民事判例集78巻3号382頁・憲法百選Ⅰ【8版】22事件・旧優生保護法違憲判決(国家賠償請求事件)
本判例は、以下の4点について判断が下されました。
① 優生保護法3条1項1号から3号まで、10条及び13条2項(3条1項1号、2号及び10条については、昭和23年9月11日から平成8年9月25日までの間、3条1項3号については、昭和23年9月11日から平成8年3月31日までの間、13条2項については、昭和27年5月27日から平成8年9月25日までの間において施行されていたもの)と憲法13条及び14条1項
② 優生保護法3条1項1号から3号まで、10条及び13条2項(3条1項1号、2号及び10条については、昭和23年9月11日から平成8年9月25日までの間、3条1項3号については、昭和23年9月11日から平成8年3月31日までの間、13条2項については、昭和27年5月27日から平成8年9月25日までの間において施行されていたもの)に係る国会議員の立法行為の国家賠償法1条1項所定の違法性の有無
③ 裁判所が民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)724条後段の除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができる場合
④ 民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)724条後段の除斥期間の主張をすることが信義則に反し権利の濫用として許されないとされた事例
判例のうち法廷意見のみ引用します。
「上告代理人春名茂ほかの上告受理申立て理由について
1 被上告人ら及びその被承継人ら(以下、併せて「第1審原告ら」という。)は、自ら又は配偶者が、優生保護法(昭和23年法律第156号。平成8年法律第105号による改正後の題名は母体保護法。以下、同改正の前後を通じて「優生保護法」という。)3条1項1号から3号まで、10条又は13条2項の規定(ただし、3条1項1号、2号及び10条については、昭和23年9月11日から平成8年9月25日までの間、3条1項3号については、昭和23年9月11日から平成8年3月31日までの間、13条2項については、昭和27年5月27日から平成8年9月25日までの間において施行されていたもの。以下、併せて「本件規定」という。)に基づいて、生殖を不能にする手術(以下「不妊手術」という。)を受けたと主張する者である。
本件は、被上告人らが、上告人に対し、本件規定は憲法13条、14条1項等に違反しており、本件規定に係る国会議員の立法行為は違法であって、第1審原告らは上記不妊手術が行われたことによって精神的・肉体的苦痛を被ったなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。上記不妊手術が行われたことを理由とする第1審原告らの上告人に対する同項に基づく損害賠償請求権(以下「本件請求権」という。)が、平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」という。)724条後段の期間の経過により消滅したか否かが争われている。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要(公知の事実を含む。)は、次のとおりである。
(1)ア 優生保護法は、昭和23年6月28日に成立し、同年7月13日に公布され、同年9月11日に施行された法律である。
制定時の優生保護法1条は、この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする旨を定め、同法2条1項は、この法律で優生手術とは、生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で命令をもって定めるものをいう旨を定めていた。そして、優生保護法施行規則(昭和24年厚生省令第3号)1条は、優生手術の術式として、精管切除結さつ法、精管離断変位法、卵管圧挫結さつ法及び卵管間質部けい状切除法を定めていた。
制定時の優生保護法3条1項は、医師は、同項各号の一に該当する者(ただし、未成年者、精神病者及び精神薄弱者を除く。)に対して、本人の同意及び配偶者(届出をしないが事実上婚姻関係と同様な事情にある者を含む。以下同じ。)があるときはその同意を得て、優生手術を行うことができる旨を定め、これに該当する者として、①本人又は配偶者が遺伝性精神変質症、遺伝性病的性格、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有しているもの(1号)、②本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神変質症、遺伝性病的性格、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有し、かつ子孫にこれが遺伝するおそれのあるもの(2号)、③本人又は配偶者がらい疾患にかかり、かつ子孫にこれが伝染するおそれのあるもの(3号)等を定めていた。
また、制定時の優生保護法は、4条において、医師は、診断の結果、同法別表に掲げる疾患にかかっていることを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、都道府県優生保護委員会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる旨を定め、5条から9条までにおいて、同審査の手続等について定めていた。そして、同法10条は、優生手術を行うことが適当である旨の決定に異議がないとき又はその決定若しくはこれに関する判決が確定したときは、都道府県優生保護委員会の指定した医師が優生手術を行う旨を定めていた。なお、同法別表は、遺伝性精神病(1号)、遺伝性精神薄弱(2号)等の疾病や障害を掲げていた。
イ 優生保護法は、昭和24年法律第154号(同年6月1日施行)、同年法律第216号(同月24日施行)及び昭和27年法律第141号(同年5月27日施行。以下「昭和27年改正法」という。)により改正された。これらの改正においては、優生保護法3条1項1号及び2号が改められ、それぞれ、①本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇形を有し、又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの(1号)、②本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有しているもの(2号)とされたほか、同法中「都道府県優生保護委員会」が「都道府県優生保護審査会」に、同法4条中「申請することができる。」が「申請しなければならない。」に改められ、同法別表に掲げる疾病や障害の分類、名称等が改められるなどした。
また、昭和27年改正法による改正後の優生保護法は、12条において、医師は、同法別表1号又は2号に掲げる遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱にかかっている者について、精神衛生法(昭和25年法律第123号)20条又は21条に規定する保護義務者の同意があった場合には、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる旨を定めていた。そして、上記改正後の優生保護法13条2項は、優生手術を行うことが適当である旨の都道府県優生保護審査会の決定があったときは、医師は、優生手術を行うことができる旨を定めていた。
なお、優生保護法施行規則は、昭和27年厚生省令第32号により全部改正されたが、改正の前後で1条の定める優生手術の術式に変更はない。
(2) 厚生事務次官は、昭和28年6月12日、「優生保護法の施行について」と題する通知(同日厚生省発衛第150号。以下「昭和28年次官通知」という。)を各都道府県知事宛てに発出した。昭和28年次官通知には、審査を要件とする優生手術について、本人の意見に反しても行うことができるものである旨、この場合に許される強制の方法は、手術に当たって必要な最小限度のものでなければならないので、なるべく有形力の行使は慎まなければならないが、それぞれの具体的な場合に応じては、真にやむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合があると解しても差し支えない旨等が記載されていた。
厚生省公衆衛生局庶務課長は、昭和29年12月24日、「審査を要件とする優生手術の実施の推進について」と題する通知(同日衛庶第119号)を各都道府県衛生部長宛てに発出した。同通知には、審査を要件とする優生手術について、当該年度における11月までの実施状況をみると、以前に提出願った実施計画を相当に下回る現状にあるので、なお一層の努力をいただき計画どおり実施するように願いたい旨が記載されていた。また、同局精神衛生課長は、昭和32年4月27日、各都道府県衛生主管部(局)長に宛てて、例年、優生手術の実施件数が予算上の件数を下回っている実情であり、当該年度における優生手術の実施についてその実をあげられるようお願いする旨を通知した。
(3)ア 被上告人X1は、昭和7年生まれの男性であり、出生時から両耳が聞こえなかった。aは、同年生まれの女性であり、3歳の頃、病気のために聴力を失った。被上告人X1とaは、昭和35年5月に結婚式を挙げ、昭和36年12月に婚姻の届出をした。
aは、昭和35年7月又は同年8月頃に妊娠したことが判明したところ、その日の翌日、母親に連れられて病院に行き、人工妊娠中絶を受けるとともに、不妊手術を受けた。同不妊手術は、aの母親の同意をもってa及び被上告人X1の同意があったものとして、優生保護法3条1項1号の規定(昭和27年改正法による改正後のもの)に基づいて行われたものであった。
イ bは、昭和▲年生まれの男性であり、▲歳の頃、両耳の慢性中耳炎が悪化して難聴となった。被上告人X2は、昭和▲年生まれの女性であり、出生時から両耳が聞こえなかった。bと被上告人X2は、昭和43年頃に結納を交わし、昭和43年▲月に婚姻の届出をした。
bは、昭和43年1月ないし同年3月頃、母親に連れられて病院に行き、不妊手術を受けた。同不妊手術は、bの母親の同意をもってbの同意があったものとして、優生保護法3条1項1号の規定(昭和27年改正法による改正後のもの)に基づいて行われたものであった。
ウ 被上告人X3は、昭和30年生まれの女性であり、先天性の脳性小児麻痺である旨の医師の診断を受けていた。
被上告人X3は、昭和43年3月、不妊手術を受けた。同不妊手術は、優生保護法13条2項の規定(昭和27年改正法による改正後のもの)に基づいて行われたものであった。
(4)ア 平成8年4月1日、らい予防法の廃止に関する法律(同年法律第28号)が施行され、同法により優生保護法3条1項3号の規定が削除された。
平成8年9月26日、優生保護法の一部を改正する法律(同年法律第105号)が施行された。同法による優生保護法の改正(以下「平成8年改正」という。)においては、同法の題名が「母体保護法」に、同法1条中「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに」が「不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により」に改められ、同法3条1項1号、2号、4条から13条までの各規定が削除されるなどした。
イ 厚生労働省の保管する資料によれば、昭和24年以降平成8年改正までの間に本件規定に基づいて不妊手術を受けた者の数は約2万5000人であるとされている。
(5)ア 市民的及び政治的権利に関する国際規約に基づいて設置された人権委員会(以下「自由権規約委員会」という。)は、平成10年11月、日本政府の報告についての総括所見(以下「本件総括所見」という。)を採択した。本件総括所見において、自由権規約委員会は、障害を持つ女性の強制不妊の廃止を認識する一方、法律が強制不妊の対象となった人達の補償を受ける権利を規定していないことを遺憾に思い、必要な法的措置がとられることを勧告するとした。また、日本弁護士連合会は、平成13年11月、日本政府は、自由権規約委員会から勧告を受けている優生保護法下の強制不妊手術の被害救済に取り組むべきであり、同法の下で強制的な不妊手術を受けた女性に対して、補償する措置を講ずべきである旨の意見を公表した。
しかし、日本政府は、平成18年12月に自由権規約委員会に提出した報告において、優生保護法に基づき適法に行われた手術については、過去に遡って補償することは考えていないとした。
イ 日本弁護士連合会は、平成19年12月、上記報告につき、国は、過去に発生した障害を持つ女性に対する強制不妊措置について、政府としての包括的な調査と補償を実施する計画を早急に明らかにすべきである旨の意見を公表した。また、自由権規約委員会は、平成20年10月及び平成26年8月に採択した各総括所見において、日本政府は本件総括所見における勧告を実施すべきであるとした。さらに、女子に対する差別の撤廃に関する委員会は、平成28年3月、日本政府の報告についての最終見解において、優生保護法に基づく強制的な不妊手術を受けた全ての被害者に支援の手を差し伸べ、被害者が法的救済を受け、補償とリハビリテーションの措置の提供を受けられるようにするため、具体的な取組を行うことを勧告するとした。
しかし、平成31年4月までの間、本件規定に基づいて不妊手術を受けた者に対し、補償の措置が講じられることはなかった。
(6) 平成30年9月28日、被上告人X1、a、b及び被上告人X2が本件訴えを提起し、平成31年2月27日、被上告人X3が本件訴えを提起した。
上告人は、本件訴訟において、本件請求権は改正前民法724条後段の期間の経過により消滅した旨を主張した。
(7) 平成31年4月24日、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(以下「一時金支給法」という。)が成立し、一部の規定を除いて施行された。
一時金支給法は、前文において、優生保護法に基づき、あるいは同法の存在を背景として、多くの方々が、特定の疾病や障害を有すること等を理由に、平成8年に関係規定が削除されるまでの間において不妊手術等を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてきたとし、そのことに対して、我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深くおわびするなどとしている。そして、一時金支給法は、3条において、国は、本件規定に基づいて不妊手術を受けた者を含む所定の者に対し、一時金を支給する旨を定め、4条において、一時金の額は320万円とする旨を定め、5条1項において、内閣総理大臣は、一時金の支給を受けようとする者の請求に基づき、当該支給を受ける権利の認定を行い、当該認定を受けた者に対し、一時金を支給する旨を定めている。他方、同法は、一時金の法的性格を明らかにしておらず、一時金の支給を受けるべき者が同一の事由について損害賠償その他の損害の填補を受けた場合の調整等についての定めも設けていないなど、上告人に損害賠償責任があることを前提とはしていない。
(8)ア 令和2年11月、bが死亡し、相続人である被上告人X2がbの権利義務を承継した。
イ 令和4年6月、aが死亡し、相続人である被上告人X1がaの権利義務を承継した。
3 原審は、上記事実関係等の下において、本件規定は憲法13条及び14条1項に違反し、本件規定に係る国会議員の立法行為は国家賠償法1条1項の適用上違法であり、第1審原告らは自ら又は配偶者が本件規定に基づいて不妊手術を受けたことによって精神的・肉体的苦痛を被ったものであって、a及びbの慰謝料は各1300万円、被上告人X1及び同X2の慰謝料は各200万円、被上告人X3の慰謝料は1500万円と認めるのが相当であるなどとした上で、要旨次のとおり判断して、被上告人らの請求をいずれも一部認容した。
改正前民法724条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであると解されるところ、本件請求権の除斥期間は、本件訴えが提起される前に経過している。しかしながら、除斥期間の経過による効果を認めるのが著しく正義・公平の理念に反する特段の事情がある場合には、条理にもかなうよう、時効停止の規定(同法158条から160条まで)の法意等に照らして、例外的に上記効果を制限できると解すべきであるところ、本件請求権については、上記特段の事情があるものとして、本件規定が憲法の規定に違反していることを上告人が認めた時又は本件規定が憲法の規定に違反していることが最高裁判所の判決により確定した時のいずれか早い時から6か月を経過するまでの間は、上記効果が生じないというべきである。そして、第1審原告らは、上記効果が生ずる前に本件訴えを提起したといえるから、本件請求権が除斥期間の経過により消滅したとはいえない。
4 所論は、最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁(以下「平成元年判決」という。)その他の判例によれば、本件請求権は、改正前民法724条後段の期間の経過により消滅したというべきであり、原審の判断には同条後段の解釈の誤り及び判例違反があるというものである。
5 平成元年判決は、改正前民法724条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には、裁判所は、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により同請求権が消滅したものと判断すべきであって、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は、主張自体失当である旨を判示している。
しかしながら、本件の事実関係の下において、除斥期間の経過により本件請求権が消滅したものとして上告人が損害賠償責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない。平成元年判決が示した上記の法理をそのまま維持することはできず、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用となる場合もあり得ると解すべきであって、本件における上告人の除斥期間の主張は、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。以下、これを詳述する。
6(1)ア 本件訴訟において、被上告人らは、本件規定は憲法13条、14条1項等に違反しており、本件規定に係る国会議員の立法行為は国家賠償法1条1項の適用上違法であるなどと主張して、本件規定に基づいて不妊手術が行われたことにより第1審原告らに生じた損害の賠償を求めている。
イ 本件規定は、①優生保護法の定める特定の疾病や障害(以下「特定の障害等」という。)を有する者、②配偶者が特定の障害等を有する者又は③本人若しくは配偶者の4親等以内の血族関係にある者が特定の障害等を有する者を対象者とする不妊手術について定めたものである。
憲法13条は、人格的生存に関わる重要な権利として、自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由を保障しているところ(最高裁令和2年(ク)第993号同5年10月25日大法廷決定・民集77巻7号1792頁参照)、不妊手術は、生殖能力の喪失という重大な結果をもたらす身体への侵襲であるから、不妊手術を受けることを強制することは、上記自由に対する重大な制約に当たる。したがって、正当な理由に基づかずに不妊手術を受けることを強制することは、同条に反し許されないというべきである。
これを本件規定についてみると、平成8年改正前の優生保護法1条の規定内容等に照らせば、本件規定の立法目的は、専ら、優生上の見地、すなわち、不良な遺伝形質を淘汰し優良な遺伝形質を保存することによって集団としての国民全体の遺伝的素質を向上させるという見地から、特定の障害等を有する者が不良であるという評価を前提に、その者又はその者と一定の親族関係を有する者に不妊手術を受けさせることによって、同じ疾病や障害を有する子孫が出生することを防止することにあると解される。しかしながら、憲法13条は個人の尊厳と人格の尊重を宣言しているところ、本件規定の立法目的は、特定の障害等を有する者が不良であり、そのような者の出生を防止する必要があるとする点において、立法当時の社会状況をいかに勘案したとしても、正当とはいえないものであることが明らかであり、本件規定は、そのような立法目的の下で特定の個人に対して生殖能力の喪失という重大な犠牲を求める点において、個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反するものといわざるを得ない。
したがって、本件規定により不妊手術を行うことに正当な理由があるとは認められず、本件規定により不妊手術を受けることを強制することは、憲法13条に反し許されないというべきである。なお、本件規定中の優生保護法3条1項1号から3号までの規定は、本人の同意を不妊手術実施の要件としている。しかし、同規定は、本件規定中のその余の規定と同様に、専ら優生上の見地から特定の個人に重大な犠牲を払わせようとするものであり、そのような規定により行われる不妊手術について本人に同意を求めるということ自体が、個人の尊厳と人格の尊重の精神に反し許されないのであって、これに応じてされた同意があることをもって当該不妊手術が強制にわたらないということはできない。加えて、優生上の見地から行われる不妊手術を本人が自ら希望することは通常考えられないが、周囲からの圧力等によって本人がその真意に反して不妊手術に同意せざるを得ない事態も容易に想定されるところ、同法には本人の同意がその自由な意思に基づくものであることを担保する規定が置かれていなかったことにも鑑みれば、本件規定中の同法3条1項1号から3号までの規定により本人の同意を得て行われる不妊手術についても、これを受けさせることは、その実質において、不妊手術を受けることを強制するものであることに変わりはないというべきである。
また、憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、この規定が、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁、最高裁昭和45年(あ)第1310号同48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。しかるところ、本件規定は、①特定の障害等を有する者、②配偶者が特定の障害等を有する者及び③本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が特定の障害等を有する者を不妊手術の対象者と定めているが、上記のとおり、本件規定により不妊手術を行うことに正当な理由があるとは認められないから、上記①から③までの者を本件規定により行われる不妊手術の対象者と定めてそれ以外の者と区別することは、合理的な根拠に基づかない差別的取扱いに当たるものといわざるを得ない。
ウ 以上によれば、本件規定は、憲法13条及び14条1項に違反するものであったというべきである。そして、以上に述べたところからすれば、本件規定の内容は、国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白であったというべきであるから、本件規定に係る国会議員の立法行為は、国家賠償法1条1項の適用上、違法の評価を受けると解するのが相当である(最高裁平成13年(行ツ)第82号、第83号、同年(行ヒ)第76号、第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁参照)。
(2)ア 改正前民法724条は、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図した規定であると解されるところ、上記(1)のとおり、立法という国権行為、それも国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害することが明白であるものによって国民が重大な被害を受けた本件においては、法律関係を安定させることによって関係者の利益を保護すべき要請は大きく後退せざるを得ないというべきであるし、国会議員の立法行為という加害行為の性質上、時の経過とともに証拠の散逸等によって当該行為の内容や違法性の有無等についての加害者側の立証活動が困難になるともいえない。そうすると、本件には、同条の趣旨が妥当しない面があるというべきである。
イ その上で、上告人は、上記(1)のとおり憲法13条及び14条1項に違反する本件規定に基づいて、昭和23年から平成8年までの約48年もの長期間にわたり、国家の政策として、正当な理由に基づかずに特定の障害等を有する者等を差別してこれらの者に重大な犠牲を求める施策を実施してきたものである。さらに、上告人は、その実施に当たり、審査を要件とする優生手術を行う際には身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合がある旨の昭和28年次官通知を各都道府県知事宛てに発出するなどして、優生手術を行うことを積極的に推進していた。そして、上記施策が実施された結果として、少なくとも約2万5000人もの多数の者が本件規定に基づいて不妊手術を受け、これにより生殖能力を喪失するという重大な被害を受けるに至ったというのである。これらの点に鑑みると、本件規定の立法行為に係る上告人の責任は極めて重大であるといわざるを得ない。
また、法律は、国権の最高機関であって国の唯一の立法機関である国会が制定するものであるから、法律の規定は憲法に適合しているとの推測を強く国民に与える上、本件規定により行われる不妊手術の主たる対象者が特定の障害等を有する者であり、その多くが権利行使について種々の制約のある立場にあったと考えられることからすれば、本件規定が削除されていない時期において、本件規定に基づいて不妊手術が行われたことにより損害を受けた者に、本件規定が憲法の規定に違反すると主張して上告人に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権を行使することを期待するのは、極めて困難であったというべきである。本件規定は、平成8年に全て削除されたものの、その後も、上告人が本件規定により行われた不妊手術は適法であるという立場をとり続けてきたことからすれば、上記の者に上記請求権の行使を期待するのが困難であることに変わりはなかったといえる。そして、第1審原告らについて、本件請求権の速やかな行使を期待することができたと解すべき特別の事情があったこともうかがわれない。
加えて、国会は、立法につき裁量権を有するものではあるが、本件では、国会の立法裁量権の行使によって国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な本件規定が設けられ、これにより多数の者が重大な被害を受けたのであるから、公務員の不法行為により損害を受けた者が国又は公共団体にその賠償を求める権利について定める憲法17条の趣旨をも踏まえれば、本件規定の問題性が認識されて平成8年に本件規定が削除された後、国会において、適切に立法裁量権を行使して速やかに補償の措置を講ずることが強く期待される状況にあったというべきである。そうであるにもかかわらず、上告人は、その後も長期間にわたって、本件規定により行われた不妊手術は適法であり、補償はしないという立場をとり続けてきたものである。本件訴えが提起された後の平成31年4月に一時金支給法が成立し、施行されたものの、その内容は、本件規定に基づいて不妊手術を受けた者を含む一定の者に対し、上告人の損害賠償責任を前提とすることなく、一時金320万円を支給するというにとどまるものであった。
ウ 以上の諸事情に照らすと、本件訴えが除斥期間の経過後に提起されたということの一事をもって、本件請求権が消滅したものとして上告人が第1審原告らに対する損害賠償責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができないというべきである。
7(1) 以上のことを踏まえて、改正前民法724条後段に関して平成元年判決が示した法理につき、改めて検討する。
不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する改正前民法724条の趣旨に照らせば、同条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、同請求権は、除斥期間の経過により法律上当然に消滅するものと解するのが相当である。もっとも、このことから更に進んで、裁判所は当事者の主張がなくても除斥期間の経過により上記請求権が消滅したと判断すべきであり、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用である旨の主張は主張自体失当であるという平成元年判決の示した法理を維持した場合には、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定という同条の上記趣旨を踏まえても、本件のような事案において、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することのできない結果をもたらすことになりかねない。同条の上記趣旨に照らして除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用とされる場合は極めて限定されると解されるものの、そのような場合があることを否定することは相当でないというべきである。
そして、このような見地に立って検討すれば、裁判所が除斥期間の経過により上記請求権が消滅したと判断するには当事者の主張がなければならないと解すべきであり、上記請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができると解するのが相当である。これと異なる趣旨をいう平成元年判決その他の当裁判所の判例は、いずれも変更すべきである。
(2) 前記6のとおり、本件の事実関係の下において本件請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない。したがって、第1審原告らの本件請求権の行使に対して上告人が除斥期間の主張をすることは、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。
8 以上によれば、本件請求権が除斥期間の経過により消滅したとはいえないとした原審の判断は、結論において是認することができる。所論引用の判例(ただし、平成元年判決を除く。)は、いずれも本件に適切ではない。論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官三浦守、同草野耕一の各補足意見、裁判官宇賀克也の意見がある。」
① 優生保護法3条1項1号から3号まで、10条及び13条2項(3条1項1号、2号及び10条については、昭和23年9月11日から平成8年9月25日までの間、3条1項3号については、昭和23年9月11日から平成8年3月31日までの間、13条2項については、昭和27年5月27日から平成8年9月25日までの間において施行されていたもの)は、憲法13条及び14条1項に違反する。
② 優生保護法3条1項1号から3号まで、10条及び13条2項(3条1項1号、2号及び10条については、昭和23年9月11日から平成8年9月25日までの間、3条1項3号については、昭和23年9月11日から平成8年3月31日までの間、13条2項については、昭和27年5月27日から平成8年9月25日までの間において施行されていたもの)に係る国会議員の立法行為は、国家賠償法1条1項の適用上、違法の評価を受ける。
③ 不法行為によって発生した損害賠償請求権が民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)724条後段の除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができる。
④ 優生保護法(昭和27年法律第141号による改正後のもの)3条1項1号の規定に基づいて生殖を不能にする手術を受けた者及びその配偶者並びに同法13条2項の規定に基づいて生殖を不能にする手術を受けた者が、国に対し、上記各規定を含む優生保護法の関係規定に係る国会議員の立法行為は違法であると主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた場合において、次の⑴~⑸など判示の事情の下では、上記の者らが上記損害賠償を求める訴えを提起した後に「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」が成立し、施行されたことを考慮しても、上記の者らの上記の損害賠償請求権の行使に対して国が民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)724条後段の除斥期間の主張をすることは、信義則に反し、権利の濫用として許されない。
⑴ 国は、約48年間にわたり、国家の政策として、優生保護法3条1項1号から3号まで、10条及び13条2項の規定(3条1項1号、2号及び10条については、昭和23年9月11日から平成8年9月25日までの間、3条1項3号については、昭和23年9月11日から平成8年3月31日までの間、13条2項については、昭和27年5月27日から平成8年9月25日までの間において施行されていたもの)に基づく施策を実施してきた。
⑵ 国は、上記施策の実施に当たり、審査を要件とする優生手術を行う際に身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合がある旨の厚生事務次官通知を各都道府県知事宛てに発出するなどして、優生手術を行うことを積極的に推進していた。
⑶ 上記施策が実施された結果として、少なくとも約2万5000人の者が上記規定に基づいて生殖を不能にする手術を受け、これにより生殖能力を喪失するという被害を受けた。
⑷ 上記訴えを提起した者らについて、上記損害賠償請求権の速やかな行使を期待することができたと解すべき事情があったことはうかがわれない。
⑸ 国は、平成8年に上記規定が削除された後、長期間にわたって、上記規定により行われた生殖を不能にする手術は適法であり、補償はしないという立場をとり続けてきた。
と判断しました。
本判決は、最高裁が初めて立法目的の正当性を否定して法律の規定を違憲だと判断したものです。

